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◆第6話 お茶会と甘いもの

――アリアの魔力鑑定がひと段落した、数日後。


朝からずっと、城の中が少しだけ柔らかい空気に包まれている気がした。

昨日までの緊張が、ようやく「終わったもの」として廊下の隅に押しやられた気がする。


それでも、俺はまだ“皇女殿下”という肩書きの重さに慣れていない。


侍女さんが部屋に来て、髪を整えて、服を選び、靴を履かせる。

何をされても「普通の一日」を装って笑っていないと、気持ちが置いていかれる。


「本日は中庭に面したサロンにて、お茶会の用意が整っております」


「うん、わかっ…りました!ありがとう。」


俺が変な敬語でも、笑わないし、親切にしてくれる。

そんな優しい笑顔の侍女さんの声が丁寧すぎて、俺はつい姿勢を正してしまう。


(仲良くなるって難しいな……)


ーーーコンコンッ


そこへ、ノック。


「ミナト様。お迎えに参りました」


扉の向こうの声は、テオだ。

いつも通りの敬語、いつも通りの落ち着き。

なのに、その声を聞くだけで少し安心するのが悔しい。


「入っていいよ」


扉が開く。テオは騎士団長らしく整った制服姿で、背筋が真っすぐだ。

ただ――昨日の夜、寝てないんじゃないかと思うくらい、目の下が薄く影になっている。


「……お前、寝た?」


「問題ありません」


即答。問題あるやつだ、それ。


「問題ある顔してる」


「護衛は、顔色より任務を優先します」


そう言い切るくせに、俺がじっと見つめると、ほんの一瞬だけ目を逸らす。


(……分かりやすいな。真面目すぎるんだよテオは。)


廊下に出ると、今日の城は“穏やかなざわめき”がある。

騎士たちの足音、布の擦れる音、遠くの噴水の水音――その全部が、昨日までより少しだけ軽い。


「ミナト様、本日は――」


テオが説明を始めた瞬間、横からふわっと香りが飛び込んできた。


「ミナトちゃん! 今日はご褒美タイムよ」


アリアが現れた。相変わらず余裕の笑み。

その後ろでリーンがぴょこぴょこ跳ねてる。


「わーい! お茶会! お菓子! いっぱい!」


「リーン、落ち着け。お前、昨日も元気だったろ」


「昨日は昨日! 今日は今日!」


理屈の形をしていない勢いに、俺は小さく笑った。

そう、この感じ。

こないだの“危険”や“鑑定”から一歩離れた、生活の匂い。

肩の力が抜けるのを自分でも感じていた。



サロンへ向かう途中、俺たちは調理場の近くを通った。

甘い香りが壁の向こうから漏れてくる。焼き菓子の匂い。バター。砂糖。

そして少しだけ、スパイスの刺激。


「……すげぇ」


思わず口に出したら、アリアが得意げに言う。


「この国の菓子職人は、腕がいいの。特に城付きはね。

 魔力が濃い土地だと、素材の甘みが立つから」


「魔力と甘み関係あるのか……?」


「あるわよ。植物の育ちが違うもの。

 ミナトちゃんの世界にはない、こっちの常識ってやつ」


リーンが鼻をひくひくさせた。


「この匂い、幸せの味!」


「幸せの味ってなんだよ……」


「幸せは甘いの!」


(それは分かる気がする)


サロンの扉が開くと、光が満ちた。

白いカーテンが風を受けて揺れ、丸いテーブルにレースのクロス。

陶器のカップは薄く、縁に金の装飾。

並べられた皿は、視線を奪うほど美しい。

果実のショートケーキ。艶のあるタルト。小ぶりの焼き菓子。

砂糖菓子の小さな山と、琥珀色のジャム。

さらに、見慣れないものもある。黒い粉をまぶした細長い菓子――香りだけで“ちょっと大人”だと分かる。


「……うまそう」


俺が本音を漏らすと、アリアは満足そうに頷く。


「素直でよろしい。ね、テオ?」


「甘味の摂取は、疲労回復に有用ですから」


テオが真面目に答えた、その瞬間。

視線がケーキに、ほんの少しだけ吸い寄せられた。ほんの少し。

でも――俺は見逃さない。


(やっぱり甘党だな?)


席につくと、リーンはすでにカップのふちにちょこんと座り、クッキーを両手で抱えている。


「ミナトちゃん、これ! サクサク! ほろほろ!」


粉が舞う。かわいいけど危ない。


「落とすなよ?」


「落とさないよ! たぶん!」


「たぶんかよ!」


俺はフォークを持ち、ショートケーキを切って口に運ぶ。

ふわっと甘さと果実の酸味が広がった。

生クリームは軽く、泡みたいに溶けるのに、後味にコクが残る。


「……うまっ」


声が漏れた。頬がゆるむ。


「いい顔するわねぇ、ミナトちゃん」


アリアが身を乗り出してきた。

その瞬間、視界の端にどーんと胸元の谷間が入り、心臓が変なリズムを刻み始める。


(おっぱいがっ……近い近い近い!)


「ミナト様」


対面のテオが、わずかに咳払いをした。


「ケーキのクリームが……口元に」


「え?」


指で拭おうとした瞬間――


「動かないでね?」


アリアの指が、すっと俺の唇の端に触れた。

柔らかい指先でクリームを掬い、そのまま自分の口に運ぶ。


「……甘いわね。クリームも、ミナトちゃんも♡」


「な、何言ってんのアリアさん!?」


顔が一気に熱くなる。


テオは――一瞬固まっていた。

視線が刹那、アリアの指と俺の唇の間を行き来して、それから何事もなかったように紅茶をひと口飲む。


「……不衛生では?」


「今さらなに言ってるのよ。同じテーブルで食事してるのに」


「理屈としては理解していますが……」


テオの耳がうっすら赤い。

リーンがバタバタ飛び回って笑う。


「テオ、赤い〜! ミナトちゃんとアリア、どっち見てるの〜?」


「リーン」


「はい、黙りまーす!」


テオのひと睨みで、リーンはくるっと回れ右をして俺の髪の中に隠れた。

髪の内側で「へへ」と笑ってる。まったく。


紅茶を飲んで、少し落ち着く。

香りは華やかで、口当たりが丸い。


(これ、俺の世界の紅茶より…やわらかい? 水の質か?)


アリアがその表情を読んだみたいに言う。


「気づいた? この国の茶葉は、魔力のある湧水で蒸すの。

 渋みが立ちにくい。だから甘い菓子と合わせやすい」


「へぇ……文化って、味に出るんだな」


「そう。だから“食”は記憶になる。

 ミナトちゃんがこの世界を好きになれるなら、まず口から落とすのが手っ取り早い」


「落とすって言うな!」


「ふふ、事実でしょ~?」


(この人、本当に人の反応で遊んでる……)


その頃、テオはまじめに茶を飲み、まじめに菓子を口に運び――

まじめすぎて逆に面白い。


「テオ、もっと味わっていいんだぞ?」


「私は十分に味わっています」


言いながら、タルトを切る手つきが丁寧すぎる。

騎士団長がケーキに礼儀を尽くしている。


リーンが砂糖菓子の山を指差した。


「これ、宝石みたい! 食べていい?」


「いいけど、食べすぎると――」


「だいじょうぶ! ボク、甘いのは羽根にいくから太らない!」


「それ何の理屈!?」


リーンは砂糖菓子をひとつ口に入れて、目をぱちぱちさせた。


「……キラキラする味!」


(…感想が詩人)


和やかな空気の中で、アリアがふと真面目な声を出す。


「そういえば騎士団長殿。

 ミナトちゃんの護衛って、今後もずっとテオがメインなの?」


「はい。陛下直々のご命令ですので」


テオは即答した。

その声音に、ほんの少しだけ誇らしさが混ざる。

胸がじんわり温かくなって、俺は自然に言っていた。


「……頼りにしてるよ、テオ」


テオの瞳がわずかに見開かれ、それから柔らかく細められる。


「お言葉、光栄です。ミナト様」


――が、すぐに続ける。


「ですが、危険な行動は控えていただけると助かります」


「それフラグっぽいからやめて!」


「フラグ?」


「こっちの世界のゲーム用語!」


アリアがくすっと笑う。


「ミナトちゃん、急に元の世界の言葉が出るの、可愛い」


「可愛いって言うな!!」


笑い声がこぼれる。

ああ、こういう時間があると、俺の中の“張り詰めた糸”が少しだけ緩む。


――と、その瞬間。

手が滑って、紅茶のカップがわずかに傾いた。

しずくが胸元に落ちる。


「……あっ」


(やば――)


慌ててハンカチを探そうとしたとき、テオがさっと立ち上がった。


「失礼します、ミナト様。お怪我は……熱くはありませんか?」


「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけで……!」


テオは目を逸らしながら、そっと自分のハンカチをテーブルの端に置く。

置き方が丁寧すぎる。触れたら爆発する物みたいに距離感が絶妙。


「その……場所が場所ですので。アリア殿」


「はいはい、レディのケアはアタシの仕事ってわけね?」


アリアが器用に魔法を使って、紅茶のしみを消してみせる。

そしてニヤリ。


「テオ、見ないようにして見てるでしょ?」


「見てません」


「今ちょっと間あったわよね」


「……見ていません」


(がんばれ、理性。

 俺もさっきアリアのおっぱい、ガン見しちゃったからわかるよ。)


リーンが俺の髪の中から顔を出して囁く。


「テオ、心がギリギリだよ」


「リーンちゃん……!(聞こえるからやめろ!!)」


テオが咳払いをし、姿勢を戻す。


「……ミナト様。お召し物の汚れは問題ありません。

 今後、熱い飲み物は私が先に温度を確認いたします」


「それ過保護すぎない?」


「護衛です」


「護衛の範囲、広いな……」


アリアが肩をすくめる。


「ミナトちゃん、いいじゃない。愛されてるってことで」


「愛って言うな!!」


(……でも、悪い気はしないのが困る)


お茶会の終わり際、テオが真面目な顔に戻る。


「ミナト様。明日、時間が許すようなら訓練場へご一緒にいかがですか。」


「訓練場?」


「はい。ここで暮らす以上、最低限、自分の身を守る術はあったほうがよいかと」


元の世界では平凡な高校生。

だけどこの世界では、魔王の娘で、聖女の子で、魔力の高い世界の例外。

狙われる理由が多すぎる。


「……分かった。俺もいざというとき、何か出来るようになりたい」


俺が頷くと、テオは静かに微笑んだ。


「承知しました。では明日は“城内の案内の続き”ということで」


その笑顔に、胸が少しだけドキッとした。

……きっと、まだ新しい世界に慣れていないせいだ。たぶん。





サロンを出ると、夕方の風が頬を撫でた。

甘い香りが、まだ口の中に残っている。

それが不思議と“今日を生きた証拠”みたいに感じられて、俺は小さく息を吐く。


(この世界で、ちゃんと笑える日が増えたらいい)


リーンがくるくる回って叫ぶ。


「明日もお菓子ある!?」


「訓練場だって言っただろ!」


「訓練の後にご褒美お菓子!!」


アリアが楽しそうに言う。


「いいわね、それ。

 頑張ったら甘いもの。世界共通の正義よ」


テオが真面目に頷く。


「合理的です」


(……こいつら、甘いものにだけ妙に一致団結するな)


俺は笑って、歩き出した。

長い廊下の先に待つ明日が、少しだけ怖くて、少しだけ楽しみで――

その両方が混ざった気持ちを、甘い後味がそっと包んでくれていた。





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