◆第34.5話?(if閑話) 夢の装備点検
出発前夜。
城の廊下は静かで、灯りは早めに落ちている。
なのに俺の頭だけが、ずっと明るい。
(明日には出発。共同調査隊。交易都市ヴァルモント。リムネ村……)
脳内で予定が踊り、やっと布団に潜り込んだのに眠りは浅い。
まぶたの裏で、会議の地図と、テオの声と、リーンの笑いがぐるぐる回っている。
そして最後に残ったのは、最悪の単語だった。
(異世界でも存在してたんだな。ビキニアーマー……)
そこで意識が、ふっと沈んだ。
⸻
夢の中の俺は、宝物庫の前に立っていた。
重い扉の向こうから、わけの分からない“きらきら”した圧が漏れてくる。
「ミナトちゃん、装備点検しよう!」
背中を押す声。リーンだ。
俺が振り向く前に、扉が勝手に開いた。
宝物庫は前に来た時よりも明るかった。眩しいくらいだ。
俺は、光に圧倒されて目を細める。
金属片も、魔晶石も、価値の分からない何かも、全部が光ってる。
「いや、これ…絶対ダメなやつ……!」
「だいじょーぶ! 夢だから!」
リーンが笑って、棚の上から“例のアレ”を引っ張り出す。
細い金具。薄い板。信じられない露出。
しかも妙に、やる気のある意匠。
「これがビキニアーマー!! 防御力あるよ?」
「あるわけないだろ!」
俺が叫んだ瞬間、宝物庫の空気が変わった。
背筋が、すっと伸びる。温度が一段落ちる。
「……ミナト様?」
低い声。近い。
バッと振り返ると、テオがいた。
いつも通りの騎士団長の姿なのに、夢の中のテオは現実より少しだけ近い。
いつの間にか俺の手にあったビキニアーマーに、テオが視線を落とす。
「これは、却下です」
「夢でも却下!?」
「夢でも却下です」
真面目な顔で二回言うの、反則だろ。
俺が思わず笑いかけた、その瞬間。
テオが、俺の手首を取った。
痛くない。強くない。
でも離れられない強さがある。
「装備は、機能と安全と規律で選びます」
「規律……」
「はい。規律です」
テオの視線が、俺の顔から逸れない。
逸れないせいで、目だけじゃなくて息まで、捕まる。
「ミナト様が、恥ずかしい思いをなさらないように」
「……恥ずかしい思いって」
「はい」
テオが更に一歩詰める。
宝物庫の光が、金属の反射みたいに俺の胸をちらちら焼く。
「では確認しますね」
「な、なにを」
「……距離を」
言葉の意味が分かる前に、テオが俺の上着を指先で整えるみたいに触れた。
襟元。肩。喉の近く。触れ方が丁寧すぎて、逆に卑怯だ。
「ミナト様。呼吸が浅いです」
「お前のせいだよ!」
「承知しました」
なんだそれ!? 承知するな!
俺の頭は必死にツッコミを探すのに、身体の方が先に負けそうになる。
テオがほんの少しだけ顔を寄せた。
近い。近いって。
「嫌なら、止めます」
その言い方が、夢のくせに真剣で。
俺は喉が鳴るのを自覚した。
「……や、じゃない」
言った瞬間、テオの目が柔らかくなる。
笑ったのかどうか分からないくらいの変化なのに、心臓だけがはっきり飛び跳ねる。
「では」
テオが、俺の顎に指を添える。
持ち上げるんじゃない。逃げ道を消すだけ。
「確認、続けますね」
次の瞬間、唇が重なった。
柔らかい。熱い。
そのくせ、急がない。焦らない。
騎士団長のキスって、こんなに“手順”があるのかよ。
「……っ」
俺が息を漏らすと、テオは吐息すら逃がさないと、もう一度だけ深く重ねる。
指先が背中に回って、ふわりと支えられた。
宝物庫の光が揺れて、棚の奥でリーンが「わぁ」と小声を出す気配がした。
「見てんじゃねえ!」
叫んだのに、声が出ない。
やっぱり夢だから。最悪だ。
テオの額が、俺の額に触れる。
「……ミナト様」
名前を呼ばれただけで、ぞくっとするのも最悪だ。
俺は意地で言い返した。
「装備点検って、こういうのも入ってんのかよ」
「入っておりません」
「じゃあなんで」
テオは、ほんの少しだけ困った顔をした。
「ミナト様が……明日も、強がりそうだからです」
その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。
強がる。たぶん、する。絶対する。
俺が言い訳を探している間に、テオがもう一度、唇を重ねた。
今度は短く、優しく。
「怖いなら、言ってください」
「怖くは……ない」
「……では」
テオの声が、さらに低くなる。
「変な男に引っかからないでください」
それ、父さんの条件じゃねえか。
ツッコむ前に、テオの唇が頬に落ちた。喉に落ちた。熱が伝って、頭が真っ白になりそうになる。
俺の指が、無意識にテオの胸元を掴む。
硬い。温かい。息づかいが近い。
「……ミナト様」
声が、瞳が、俺の次の言葉を促してる。
俺は、夢だって分かってるのに、言ってしまった。
「……もうちょい、近く」
テオの腕が、迷いなく強くなる。
抱き寄せられて、視界が全部テオになる。
そこで突然、宝物庫のどこかからバルドの声が落ちた。
「危険判定でございます」
なんで夢にまで出るんだよ!
「封印しておきなさいませ」
音もなく、世界が暗転した。
⸻
「ハッ……!?」
俺は、勢いよく目を覚ました。
天井。自室。静寂。心臓だけ爆音。
(……夢だ……)
夢なのに、唇の熱だけがやけにリアルで、最悪だった。
俺は布団を顔まで引き上げて、呻いた。
「……くっそ……」
リーンだ。あの妖精、絶対なんかした。
してなくても、したことにしたい。
そして、なぜか自分の口が勝手に最後の台詞を繰り返す。
「もうちょい、近く……って、俺何言ってんだ!!」
布団の中で暴れた瞬間、ドアの外から落ち着いた声がした。
「ミナト様。お目覚めですか」
テオの声。
現実のテオだ。
夢のテオより、ずっと丁寧で、ずっと遠いはずのテオ。
なのに、俺の頭は勝手にフラッシュバックする。
宝物庫。熱。距離。
「……っ、起きてる! 大丈夫! なんでもない!」
「承知しました。では、明朝に備え、無理はなさらず」
その“無理はなさらず”が、優しすぎて刺さる。
俺は布団の中で小さく呻いて、天井に向かって“現実のテオ”に謝った。
(明日から旅なのに、俺、装備点検で死ぬかもしれない)
窓の外で金色の粒が煌めくのが見えた気がした。




