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◆第29話 護衛と合図(後半)

大食堂は朝の光が差し込んで、あたたかい匂いがしていた。

城で働く人たちの賑やかな声。

パンとスープと、肉の焼ける匂い。


俺の向かいにホークとセシルが座る。

席に着いたところで、俺は盛大にテーブルへ突っ伏した。


「はぁ〜〜マジで腹減った〜!!」


嫌な緊張が解けたせいか、ぽろっと本音が漏れた。

セシルが目を丸くして、ホークが何とも言えない顔でこちらを見る。

俺は慌てて椅子に正しく座り直すと、スカートの裾を払う。


しまった。ついうっかりテオ達と食べる時の気分で接してしまった……


俺は手を合わせて二人を拝む。


「ごめん俺、その……あんまり“殿下”に慣れてないっていうか……今のテオ達には秘密な方向で!」


「は、はい! わかりました!」


真剣な顔で何度も頷くセシルとは対照的に、

ホークはテーブルに頬杖をつくとニヤリと笑う。


「“ミナト様”の秘密を俺たちが“マジで”握っちゃっていいんですか?」


「ホーク!!」


セシルが思わず小さく叫ぶが、明らかに冗談だとわかる口調に俺は思わず吹き出した。


そのまま俺もノリで、謁見の時の父さんのようにわざと背筋を伸ばして仰々しい声を出す。


「良い」


「ミ、ミナトさんまで!」

「ぶっ、はははは!!」


ずっと慌ててるセシルにホークの堪えきれなかった笑い声が重なる。

つられて俺も笑うと、最後にはセシルも微笑んでいた。

廊下での嫌な気分はいつの間にかどこかへ飛んでいってしまったようだった。


そのまま俺たちは朝食の皿を囲んでたわいの無い話で盛り上がる。


「へー。ルーメンティアには聖女伝説、そんなにあるんだ?」


俺の何気ない一言で、セシルの瞳が輝く。

瞬間、ホークが“あーあ”という顔をしたことに俺は全く気づかなかった。


「はい!!ミナトさんも読んだことがあるかもしれませんが、『街角の聖女譚 “あの日の光”を見た者たち』のパン屋の老婆の話では……」


弾みで聖女の話題が出てからというもの、会話は一気にセシルの独壇場となる。

俺の相槌も届いてるのかどうか、わからないくらいの勢いだ。


「そして私がいつも読んでいる、ほら!前にホークには貸しましたね? 『白き旅路の聖女 リサと四人の誓い』に出てくる焚き火のシーンで――」


(普段の様子からは想像のつかない早口で、

 めっちゃ喋るじゃん…!)


「それでですね!聖女様の光の御業といえば、教会に伝わる『聖女リサ正伝 第一巻:光の系譜と奇跡の記録』で聖女様が勇士達と共に異形なるモノの退治をされた時に――」


「セシル様、少し落ち着きましょう。ミナト様が困ってますよ。」


いつものことなのか、慣れた様子のホークが食後のお茶を俺とセシルの前に置いていく。


「いや、いいよ。聞いてて面白いから」


俺は最初こそ聖女の話題にヒヤっとしたけど、

セシルの口から聞く、やたら勇ましい母さんの話は笑いを堪えるのが大変だ。

スーパーの特売で先陣を切るように、この世界で異形に立ち向かっていたのだろうか。


(母さん、どうしてるかな?きっと心配してるよな……)


「…………。」


「ミナトさん……? すみません、私つい話し過ぎてしまって……」


不意に黙り込んでしまった俺の顔を

セシルが心配そうに覗き込んでくる。


「ああ、違う!ごめん、ごめん!俺がぼーっとしてただけ」


俺は慌てて笑顔を作って、カップに口をつける。

いつの間にか朝食の時間は過ぎ、大食堂は人がまばらになっていた。


「良かったです。 ごめんなさい、私……王女という立場ではありますが、あまり人と話す事が得意ではなくて……。今朝も、そうですが……」


セシルは朝の廊下での出来事を思い出したのか

カップを両手で持ったまま、少しだけ言いづらそうに切り出した。

ネオジールの粘つく視線を思い出し、俺も自然と眉を寄せる。


「……早く立ち去りたい時でも、どうしても、上手く言葉が……出てこないのです」


セシルが俯いて、そして沈黙が降りる。

ホークが姿勢を正した。護衛の顔だ。


「助けを呼んでくだされば、俺がいつでも割って入りますよ。そのための護衛です」


俺は瞬きした。

護衛。

俺の中で、護衛といったら一人しか出てこない。


「助けを呼ぶ合言葉が要るってこと?」


俺の解釈にホークが小さく頷く。


「ええ、勝手に会話に割り込んでしまうには、判断が難しい場合もありますからね」


「へぇ……」


「ちなみにミナト様と騎士団長殿では、どういうものを合図にしているんですか?」


“晩餐会での距離感、完璧でしたよね”とホークが続けるが、俺の頭には入ってこない。


俺は真面目に考えようと、

召喚されてからこっち、過去の記憶を全て遡る。


――が、


「俺、そういうの使ったことないや……」


ホークが俺の言葉に片方の眉をキレイに跳ね上げる。


「へぇ……一回も?」


「うん……そうだな。そういう時って大体テオが俺のしたい通りに先に動いてくれてるから、俺から何かっていうのが――」


……言ってて途中で気づいた。

これ、惚気みたいに聞こえないか?


セシルが口に手を当ててほんのり赤くなっている。

ホークは一拍置いて、ぽつり。


「……“マジ”ですか」


沈黙が辺りを包む。

一瞬の沈黙も耐えられなかった俺はわざと得意げな声を出した。


「そう、マジ。悪いな、俺の護衛。護衛力が半端ねぇんだわ」


「……すごいですね」


茶化して誤魔化そうと思ったのに、素直に感心されてしまった……

この空気、どうしてくれよう。


頭を抱える俺の視界に、見知ったアッシュグレーの髪色が飛び込んでくる。

俺は反射で手を上げた。


「テオ! こっち!!」


「ミナト様、こちらにおられましたか」


コツコツと規則正しい足音を鳴らしてテオがテーブルに近づいてくる。

俺はテオの騎士服の端をくいっと引っ張りながら、反対の手で椅子を叩いた。


「良いところに! ちょっと座って!」


テオが一瞬だけ目を瞬いて、セシルとホークに一礼すると俺の隣へ座る。

セシルが慌てて姿勢を正し、ホークも一礼する。


「団長殿、お疲れ様です」


「いえ、お二方にはミナト様がお世話になりました」


「おおい!今日お世話してるの俺の方だから!」


「……お二方にはミナト様がお世話になりました」


「聞けよ!!」


俺たちのやりとりにセシルが「ふふっ」と笑って口元に手を当てる。

ホークも手を振って否定を示していたが、その顔は思い切り笑っていた。


「てか、そんなことより……テオの意見も聞きたいんだけど」


急に話を戻した俺の言葉で、テオの顔にハテナが浮かぶ。


「何を話されていたんですか?」


ホークがさらっと言う。


「今は、俺の護衛力が足りないって話をしてました」


「してない!」


俺は思わず椅子から立ち上がる。

セシルも慌てて首を振る。


「私、ホークは優秀な護衛だと思っていますよ!」


テオが、更に訳のわからない顔をすると、こちらにチラッと視線を送ってくる。

完全に説明を求められてる顔だ。

俺は頭をがしがしとかきながら、ざっくりまとめた。


「あー、セシルが、ホークに動いてもらうための合図が欲しいって」


「そ、そうなんです……!」


セシルが膝の上で両手を揃えて真っ赤になる。可愛い。

しかしそれで全てを察したかのようにテオは頷いた。

ホークが興味津々でテーブルに身を乗り出す。


「なんか良い案、ありませんかね」


テオは記憶を探しているのか、しばし視線が宙を浮くが、肩をすくめてホークを見返した。


「普通は合図となるジェスチャーか、キーワードを使いますが、それはホーク殿もご存知かと」


「やっぱり、そうですよねー」


俺はテオを見る。

するとテオも俺を見る。


「……やっぱり、普通は必要なものなんだ?」


「……そうですね、普通は。」


テオがほんの少しだけ視線を逸らした。

セシルとホークが同時に黙る。


……しまった。自爆した。


「まぁ、いや、その!

 合図……キーワード!何か良いのないかなぁ」


俺は慌てて目を閉じて顎に指を当てる。


決して誤魔化したわけじゃないからな!?


自分で自分に言い聞かせながら

ぐるぐると色んな記憶を引っ掻き回す。

逃げたい時の合図。席を外す時の言い訳。


ふと、昔の記憶が浮かんだ。

向こうの世界で、友達が笑いながら言ってたやつ。


「……お花を摘みに行ってきます、って言うのは、どう?」


ホークがぱち、と目を瞬く。


「花?」


セシルも首を傾げた。


「それは……どういう意味ですか?」


俺はちょっとだけ言いづらくて、咳払いした。


「……えっと。トイレに行く時に使うやつ」


セシルが固まって、次の瞬間、顔が真っ赤になった。


「ミナトさん……!!」


「いや、ほら! 直接言いづらい時あるだろ!?」


ホークは口元を押さえて、肩を小さく震わせた。

笑ってる。絶対笑ってる。


「……でも、覚えやすいですね」


「だろ?」


俺は指で小さく花の形を作ってみせた。

指先を合わせて、ぱっと開く。


「ジェスチャーもこれでいける」


ホークが真面目な顔で頷く。


「理解しました。俺は“花”で動きます」


セシルが恐る恐る、同じ形を作る。

ぎこちない。可愛い。


「……これなら、言えそうです」


テオが静かに頷いた。


「良いと思います」


「よし、決まり!」


俺が言うと、ホークが真顔で言い添えた。


「……ミナト殿下も今後、“花”の合図を使っていただけたら俺も動きます」


「ん? ああ、俺たちの共通の合図だな!」


(……まぁ、俺の場合はテオがいるから使う機会なさそうだけど)


という第三の惚気は、なんとか言葉にしないで飲み込んだ。

ホークは呑気な俺の声に肩をすくめる。


「使わないに越したことはないんですがね。ちょっと気になることもありますので、念のためです」


「……後ほどお伺いしても?」


テオの目が騎士団長になる。ホークは小さく頷いた。


「皆さん、ありがとうございます」


少しだけピリッとした空気をセシルの柔らかい声が解く。律儀に頭を下げるセシルに俺は手を振って頭をあげさせた。


「いいって! 困った時はお互い様だろ?

 助け合えるなら、助け合わないと!」


「ミナトさん……」


俺の虹色の瞳がセシルの少しだけ潤んだ瞳に反射する。

どこか憧れのような、信仰が交じった視線がむず痒い。

一拍の間があってから、俺たちは同時に笑顔になった。


「ミナト様、そろそろ次の予定に向かいましょう」


ふと、時計を確認したテオがスッと立ち上がる。


「え? この後なんかあったっけ?」


「アリア殿が、ミナト様のための宝石商を呼んでいるそうです。」


「うへえ。この間ドレスの試着で酷い目に遭ったのに……また何か試着するのか」


がっくり肩を落とす俺は気づかない。

テオが俺の立ち上がるタイミングに合わせて椅子に手をかけ、立ち上がりやすいように引いているのを。


一連の流れを見ていたホークが口端に笑いを湛えながら声を潜めてセシルの脇をつついた。


「セシル様、これが護衛力です。」


「そ、そうなのかしら……?」


セシルが反応に困っていることにも気づかない俺は

二人を振り返って手を振る。


「じゃあ俺、行くね!」


「セシリア様、ホーク殿。お先に失礼します」


テオも丁寧に一礼する。

セシルとホークが礼を返したのを見届けて

俺たちは大食堂を後にした。


俺がテオの隣に並ぶと、テオは歩調を合わせてくる。

いつも通り……より、ほんの少しだけ近い気がする。


「合図、使うようなことが無いといいよな」


俺はセシルのぎこちないジェスチャーを思い出しながらぽつりと呟く。


「そうですね。 ですが少なくともミナト様には、使わなくても済むよう私がついております。」


俺は思わずテオの顔を見上げた。

当たり前の顔をしたテオが、俺の視線に気付くと

少しだけ口角を上げて笑う。

俺は慌てて真っ直ぐ前を向き直す。


(俺と同じような事考えてるじゃん……)


急に照れくさくなった俺は

にやけそうになる口角を無理やり手で直すと

赤くなった顔を見られたくなくて、ほんの少しだけ前を歩くのだった。







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