表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/54

◆第28話 女の子の時間

使節団が滞在してもう四日目。


毎日のように会談しているシグやバルドを中心に、今日も文官達が忙しなく動いている。

リーンが「異形なるモノに対して魔族と人間が共同対処するのは歴史上初の試み」と言っていたから、決めることも多いんだろう。

魔法師団所属のアリアや騎士団長であるテオも随時呼び出されて席を外すことが増えていた。


そんな中、俺は一人で中庭が見える回廊に座り込み、ぼんやりと昨日の訓練場を思い出していた。


(ホーク、強かったな……)


俺と大して年も変わらなそうなのに、強い……だけじゃない。

礼儀もあって、ちゃんと線を引けて、それでいて風みたいに軽い。

ああいう人が護衛隊長を務めるルーメンティア王国は、どういう国なんだろう?


(……でも、やっぱり、テオが一番すごかったと思う。俺は。)


「強い」って言葉が追いつかない怖さ。

なのに俺の隣に戻ってきたときの声はいつも通り柔らかくて……


(前に、ぎゅってされた時に感じた安心感すごかったよな。腕とかも筋が……)


――って、おい! 何考えてるんだ俺は!


頭の中の映像を振り払うように俺は慌てて頭の上で手を振る。


男が、男の筋肉にときめくなんて……いや、今は女だけど!

だからって、テオの筋肉を……ばか、やめろ俺!!


代わりに必死でアリアのセクシーなポーズやセシリアの可愛い仕草を思い出す。

そんなことを考えていたら、廊下の向こうから軽い足音が弾んできた。


「ミナトちゃーん! お疲れ・さ・ま!」


実際にセクシーな装いのアリアが、いい顔をして現れた。

かといって喜んでいる場合ではない。

これは、完全に“何か企んでいる顔”だ。


「その顔やめて。ろくなことしない顔だ」


「失礼ね。今日は“癒し”よ。

 大人達のせいでカチカチになった心を、ほどよく溶かしたいの、アタシが。」


アリアが肩をすくめる。珍しくどこか少し疲れがみえた。


「……使節団との会談、やっぱ大変?」


「ええ。ようやく固まってきたけどね。でも固体のままだと割れるでしょ?」


的を得ない回答だったが、疲れていることだけはわかった。

俺は神妙な顔で小さく頷く。

その背後から、ふわりと小さな影が降りてきた。


「ねえねえ、癒しってことはさ。お茶会?」


リーンだ。いつも通り楽しそうで、いつも通り危険だ。


「そうよ、ミナトちゃんとお茶会。リーンも来る? セシリア様も来るわよ。」


「え? セシルも呼んでるの?!」

「ボクも行く行くーー!!」


さらっと伝えられたアリアの言葉に俺とリーンの声が被る。


「そうよ、だからミナトちゃんは強制参加よ。拒否権はないわ。」


「倫理!」


「妖精にも魔族にも倫理はないよ」


あるよ、あってくれ。


ちょうどそこへ、セシルが控えめに現れた。

両手を胸の前で揃えて、まじめに頭を下げる。


「ミナトさん。昨日はお疲れさまでした。……その、今日は……」


小さく微笑みながら言いかけて、きゅっと口を結ぶ。

言葉が喉元でつっかえている顔。かわいい。守りたい、この笑顔。

そう、これが正常な男の子の思考!

心の中でガッツポーズをとる俺にお構いなしで

アリアがすっとセシルの肩に手を添えると、にっこり笑った。


「今日はね、女の子の時間♡」


セシルの目が少しだけ丸くなる。


「女の子の……時間」


俺の胸にも、変な緊張が走った。


「……女の子の時間って、なに」


「恋バナよ」


アリアが即答した。


「……はい解散!」


「解散は認めませーん」


くるっと踵を返した俺の肩にリーンがぴとっと寄り、耳元で囁く。


「逃げると追われるよ、ミナトちゃん」


「鬼なの!?」


「追う追う。だって面白いもん」


面白いを基準に世界を回すな。




◇◇◇


場所はサロン。

いつものお茶の香りに、今日は少しだけ甘い匂いが混じっている。

アリアが選んだ茶葉だろう。気分がふわっと上向くやつ。たぶん、俺の警戒心を溶かすために。


丸テーブルに、俺とセシル。

対面にアリア。

その上空をリーンがふよふよ漂っている。


完全に包囲されてる。


「さあ。今日のテーマは“距離”ね」


テーブルの上に胸ごと乗せて身を乗り出したアリアが指を一本立てた。


「距離?」


「そう。距離。近い人って、いるでしょ」


「……いる、けど」


言いながら、俺の頭の中に浮かぶのは、圧倒的に一人しかいない。

いや、浮かべるな。今は安全な話題にしろ。


リーンが羽を震わせて満面の笑みを浮かべる。


「ミナトちゃんの近い人って、朝も近かったね!」


「……朝のは、普通に護衛の距離だよ」


「その護衛って鼻いいから、いつもの距離でミナトちゃんの匂いもわかると思うよ?」


「え……!?」


誰とは言わないけど、焦った俺はカップを落としそうになる。

セシルが、紅茶のカップを両手で持ちながら、慎重に口を開いた。


「……ミナトさん。その“距離”は、怖くないんですか」


「怖い?」


「はい。……その、守られているのに、近すぎると……心が……」


言いかけて、セシルが耳まで赤くなる。自分で言って自分で照れてる。かわいい。


俺は咄嗟に、違う方向へ逃げた。


「いや、近いのは……危ないときは必要だし。護衛だから」


アリアが、にっこり笑った。

嫌な笑い方だ。優しいのに、逃がしてくれない笑い方。


「護衛だから、何?」


「え」


「護衛だから、近くていい。護衛だから、触れていい。

 ……護衛だから、目で追っていい。護衛だから、声が優しくなっていい?」


楽しそうなアリアが一つずつ、指を折っていく。


「それは……」


俺が言葉を探している間に、リーンが空中でくるりと回った。


「ミナトちゃん、最近言わなくてもわかること増えてるよねー」


「増えてない」


「増えてる。ミナトちゃん、振り向く前に誰かわかってるでしょ」


「それは気配が……」


言い淀んだ俺に頬杖をついていたアリアがすかさず口を挟んでくる。


「気配が整いすぎてる人の話?」


「……」


言い返せないの、やめてほしい。


セシルが小さく頷いて、ぽつりと言った。


「訓練場で……テオバルト様がミナトさんに声をかけた時、少しだけ……優しかったです」


「……っ」


今、胸の奥を指先で弾かれたみたいに跳ねた。


アリアがわざとらしく額に手を当てて、椅子の背もたれにぐったりと身を預ける。

……大げさに芝居がかっている時は、絶対面白がってる時!!


「ねえ、セシリアちゃん。もう一回言って?」


「えっ……あの……」


「“少しだけ優しかった”の、もう一回♡」


「言わせるな!」


俺が止めたせいで、逆に“そうなんだ”が確定する空気になった。最悪だ。


リーンがかじりついていた砂糖菓子を皿に置くと、手を挙げる。


「じゃあ質問カード方式にしよ! はい!」


リーンがどこからともなく札を出した。


……どこから? この小さな妖精のどこから?


何枚かある札の一つには可愛い文字でこう書いてある。


『距離が近いって思った瞬間は?』


「リーンちゃん……それ、悪意あるよね?」


「善意だよ。甘い善意」


「甘いのはやめて」


アリアがにっこりする。


「ミナトちゃん、引いて」


「引かない」


「引いて♡」


圧が強い。サキュバス系お姉さんの“♡”は、拒否権を奪う。


俺は諦めて札を引いた。

そして、地雷を踏んだ。


『触れられて、心臓が跳ねた場所は?』


「……っ」


過去の恥ずかしい思い出が一気にフラッシュバックする。


セシルがきょとんとする。純粋な子なんだろう。これをどう受け止めるんだ。

アリアは嬉しそう。リーンは爆笑寸前。

俺は死にたい。


「……えっと」


逃げ道を探していると、サロンの扉が軽く叩かれた。


「失礼します」


落ち着いた声。

その一言で、室内の空気がほんの少し引き締まった。いや、正確には“整った”。


テオだ。


「ミナト様、こちらにおられましたか。……お変わりありませんか」


いつもの丁寧な声。

入室してから俺の傍に来るまで数歩。なのに、視線が俺の周囲を一瞬でなぞる。

座っている位置、距離、机の上の札。リーンのニヤニヤ。アリアの楽しそうな顔。セシルの赤い頬。


情報処理が早すぎる。こわい。


「う、うん。平和」


「……そうですか」


返事は穏やか。

なのに“間”が一拍だけ長い。気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃない気がする。


「セシリア殿下も、困りごとはございませんか」


「あ、はい! 皆さんに良くしていただいてま…す……」


視線を向けられたセシルが慌ててカップを持ち直す。

語尾はテオの圧のせいなのか最後の方がよく聞こえなかった。

テオは頷くと机の端に置かれた茶器を見て、すっと手を伸ばした。


「お茶が少し冷めています。お取り替えしますね」


「……あ、ありがと」


テオが俺のカップを持ち上げるとき、俺の指先にほんの少しだけ触れた。

触れたのは一瞬。なのに熱が残る。触れ方が丁寧すぎて、余計に心臓が跳ねる。


(今の……わざとじゃないよな?)


いや、わざとならもっと怖い。わざとじゃないのにこうなるのが一番怖い。


しばらく様子を見ていたアリアが、テーブルに頬杖をついた。


「ねえテオ。ミナトちゃん、今日すっごく頑張ったの。ご褒美に、私が抱きしめてあげようかしら♡」


……やめろ! 挑発するな!

セシルが目を丸くしている! リーンが腹抱えてる!


テオの手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「アリア殿。お気持ちはありがたいのですが……ミナト様がお疲れでしたら控えた方が良いかと」


敬語は崩れてない。

声も穏やか。

でも言葉の刃が、静かに立ってる。


アリアがにやにや笑う。


「ふぅん。じゃあ“抱きしめるのは護衛の仕事”ってこと?」


「……護衛の仕事は、守ることです」


「守るって、どうやって?」


「必要なら、手を取ります」


言い切った。


俺の心臓が死ぬほど跳ねた。


何なら身体ごと椅子からちょっと飛び上がった気がする。


その瞬間、テオが跪いて俺の外套の裾をそっと整えた。

指先の動きが自然すぎて、なのに、近すぎる。


「……こちら、裾が折れていました」


「……あ、ありがと」


足はぎりぎり触れられていない。

なのに片膝で跪いて見上げてくる茶色の瞳に色んなところを触れられている気分になる。

俺は思わず声が裏返りそうになるのを飲み込んだ。


アリアが満足げに息を吐いて、リーンが声を殺して笑っている。

セシルは口元を押さえて顔を真っ赤にしていた。


何この地獄。甘い地獄。


テオは立ち上がり茶を整え終えると、軽く頭を下げた。


「失礼します。訓練場の件で確認がありますので、すぐ戻ります」


「う、うん……」


テオが扉へ向かう。

出る前に、ほんの一瞬だけこちらを見た。

目が合う。

……胸がきゅっと鳴る。


――扉が閉まった。


空気が一拍遅れてふわっと緩む。


そして。


「……ねぇ、今の、見た?」


アリアが、最高に楽しそうな声で言った。


「見た見た」


リーンが即答した。


「……ミナトさん、あの、私…っ…」


セシルが小さな声で言う。


俺はもう、諦めて額に手を当てた。


「……なに」


アリアが頬杖のまま、笑う。


「ミナトちゃん。あれ、嫉妬よ」


「違う。たぶん業務」


「業務で“必要なら手を取ります”って言う男、いる?」


「……いるかもしれない」


「どこに」


「……ここに」


リーンがぴょんと宙で跳ねた。


「ミナトちゃん、今、ちょっと嬉しかったでしょ」


「嬉しくない」


「じゃあ、なんで耳赤いの」


「赤くない!」


セシルが、控えめに笑った。

その笑い方が、少しだけ柔らかい。きっと本人は気づいてない。


「……羨ましいです。そういう……近い人」


「セシル……」


アリアがふっと、真面目な顔になる……なりかけた。けど、すぐに悪い笑顔に戻る。


「ねえセシリアちゃん。羨ましいなら、作ればいいのよ」


「つ、作るって……」


「距離はね、勝手に縮まらない。縮めたくて縮めるの」


セシルがカップをぎゅっと握って、視線を落とす。

何か言いたい。けど、まだ言葉にならない。


俺はその“まだ”を、無理に引っ張らないようにした。

今日のこの時間は、もう甘いところだけでいい。


リーンが札をひらひらさせる。


「じゃあ次。『触れられて心臓が跳ねた場所』の答え、聞こっか」


「やめろって!」


「だって、さっき触れられて跳ねたでしょ」


「……」


否定できないのが一番つらい。


アリアが、ゆっくりと口元を吊り上げた。


「ねえミナトちゃん。触れられた場所じゃなくてもいいの。心臓が跳ねた“瞬間”を言いなさい」


「先生みたいな言い方するな!」


「先生よ。恋の先生」


セシルが、恐る恐る手を上げた。


「……その、テオバルト様は……ミナトさんに触れるとき……とても丁寧です」


「……」


「それって……大事にしている、ってことですよね」


セシルの真っ直ぐな目が、胸に刺さる。

俺は一瞬、逃げ道を失った。


(大事にされてる)


その言葉が、くすぐったくて、ほんの少し怖くて、嬉しい。


「……うん。たぶん」


言ってから、遅れて恥ずかしくなった。

アリアが満足げに笑い、リーンが拍手する。


「出た! ミナトちゃんの無自覚惚気!」


「惚気じゃない!」


俺以外の三人が顔を見合わせる。


「惚気だよ」

「惚気だわ」

「……私は、」


「セシルまで言うなよ!?」


セシルが慌てて首を振って、でも止まらずに小さく続けた。


「……でも。ミナトさんは、そういう顔をされるんですね」


「……どんな顔」


「……守られて、嬉しい顔です」


心臓がまた跳ねた。

やめろ、今日何回跳ねれば気が済むんだ。


俺はカップを持ち上げて、一口飲む。

甘い。喉の奥が熱い。顔も熱い。


(……ああ、もう)


お茶みたいに、簡単に飲み込めないものが増えていく。

距離とか、視線とか、指先とか。

守られているはずなのに、守りの中で心が揺れる。


扉の向こうから、遠くで誰かの足音がした。

たぶんテオだ。たぶん仕事だ。

だけど、俺の耳はその“たぶん”に勝手に反応する。


アリアが、くすっと笑った。


「ねえ。距離ってね、近いだけじゃなくて。

“帰る場所”を作ることでもあるのよ」


リーンがふわりと降りてきて、俺の肩に寄りかかる。


「ミナトちゃん、帰る場所、もうあるよ」


「……うるさい」


セシルはカップを胸に抱えて、小さく頷いた。


「……私も、いつか……」


言いかけて、飲み込む。

その“いつか”が、今日のサロンの空気に溶けていく。


俺はその余韻を壊さないように、黙って紅茶を飲んだ。


甘い香りの奥で、胸の奥がずっと忙しい。

それが、少しだけ幸せだと思ってしまう俺は。


――たぶん、もう手遅れなのかもしれない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ