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◆第24話 ルーメンティア使節団



胸の奥が、静かに忙しい。


落ち着いているようで落ち着いていない。

波が引いたと思ったら、次の波が「はい次あなたね」と肩を叩いてくる感じ。


(今日、人間の国から使節団が来る……。

 しかも王女様まで来る。

 更に教会の偉いのも来る。俺の噂付きで。)


情報が渋滞すると、思考はだいたい雑になってくる。

そして雑になればなるほど、余計なことを口にしそうで怖い。


だから俺は、鏡の前で“皇女の顔”を作る練習をしていた。


笑いすぎない。

睨まない。

困ってるのがバレない。


……無理ゲーでは?


鏡の中の俺は、使節団との謁見に備えて長い黒髪がゆるく巻かれており、虹色の瞳もいつもより少しだけ鋭く見える。

気合の入り具合は、ちゃんと顔にも出ているはずなのに、どこか身の置き所がない。


「はぁーー」


長い溜息が何度も出る。

この日のためにアリアが用意したドレスは、黒地に深いルビー色のグラデーションが入った生地。

裾には細かい銀糸の刺繍が施され、肩にかかる薄いマントには魔帝国の紋章をあしらってあった。


(いつもの黒ベースのドレスより、かなり気合の入ったドレスだよな……)


俺は、鏡の中の“皇女ミナト”をそわそわと見つめる。と――


「ミナト様」


背後から、聞き慣れた声が届く。歩く音にも無駄がない。

もう振り向かなくても誰か分かるようになってしまった自分が怖い……!


「どうぞー?」


俺の返事と共に、

アッシュグレーの髪をきっちり整えた、礼装用の軍服に身を包んだテオが入ってくる。

黒基調の軍服は見慣れた騎士服より装飾が多くて、

肩章や胸元の徽章が増えているぶん、いつも以上に「騎士団長」感がすごい。


「準備は整っております。衣装も問題ございませんね」


鏡越しにテオが、俺の肩の高さに視線を合わせるように少しだけ屈んだ。

その距離の取り方が、いつもの守る距離をしていて、ちょっとだけ呼吸がしやすくなる。


「……ありがと。なぁ俺、変な顔してない?」


「いつも通り、綺麗です」


「っ……お前なぁ! そういう…さらっと言うの……勘違いされるからな!?」


俺が小声で抗議すると、テオは咳払いで誤魔化した。

誤魔化し方が真面目すぎて、逆に怪しい。


そのタイミングで、扉の外からヒールの軽い足音が響く。


「ミナトちゃーん、どう?緊張してる?」


ノックもそこそこに、アリアが滑り込んでくる。


服装はいつもより格式の高い露出度のドレスだ。

大事なことだから二回言う……格式が高いのに露出しているドレスだ。

何を言ってるのかわからないと思うけど、

谷間がガッツリ出てるのに上品ってすごい!という俺の感想でわかって欲しい。


アリアは案の定、視線が迷子になってる俺の頬を楽しそうにツンツンとつついてくる。

この人、儀式とか格式とかを面白いイベントだと思ってる節があるよな。


「緊張、してるに決まってんだろ!?」


「うんうん、いい顔。かわいい♡」


「それ褒めてないよな?!」


アリアは俺の髪を一房つまんで、満足げに頷いた。


「褒めてるわよー?

 黒髪、つやつや。虹の瞳、きらきら。

 うーん、なんて見事な噂の完成形!」


「やめて、完成させないで……」


「大丈夫。噂は噂。重要なのは、ミナトちゃんが言質を取られないことだから」


アリアがウインクをして親指を立ててポーズを決める。


「質問が来たら、答えるのは目的だけ。

 つまり『異形なるモノの共同対処の話をしましょう』。それ以外は、なるべく薄く……ね」


「……薄くって、どれくらい?」


「霧くらい」


分かりづらい。

でもその“分かりづらさ”が外交なんだろう。


俺が肩を落としてこの日既に何度目かの長い溜息をついていると

扉がもう一度開き、宰相のバルドが姿を見せた。


「皇女殿下。お時間でございます」


その声は、硬すぎず柔らかすぎず。

立場の重さをきっちり支える声音だ。


「謁見の間へご案内いたします。陛下も、すでにお待ちです」


俺は一度だけ深呼吸して、頷く。


「……行きます」


俺が立ち上がると当たり前のようにテオが俺の半歩後ろに立つ。

その位置が、俺の盾であり、背中の支えだ。


「行きましょう、ミナト様」


アリアがひらひら手を振る。


「アタシも同伴しまーす」


その流れで俺は、ふと、いつも頭や肩に感じる重さがないことに気づいてアリアを振り返る。


「そういえば、リーンちゃんは?」


アリアはスッと天井を指差す。


「妖精は誰よりも自由よ。心配しなくてもミナトちゃんの傍にいるんじゃないかな?」


テオが頷き、バルドが小さく微笑んだ。

あの小さな妖精は常に最悪のタイミングで嵐を運んでくるというのに……


(この城の大人たちって寛容というか、肝が座ってる奴多いよな。)


俺はそんなことを思いながら自室の扉をくぐった。




◇◇◇




謁見の間は、広かった。


天井が高く、柱が太く、全てが式典用に整えられている。

歩くたびに靴音が反響して、俺の心臓まで「コツ、コツ」って鳴ってる気がした。


玉座の前に立つのは、魔王グレゴール。

普段の父さんはもっと“父さん”っぽいのに、今日は完全に“魔王陛下”だ。


黒い外套、豪華で見事な銀の刺繍。

鮮やかな赤い瞳は、視線だけで場を静める圧がある。


「我が娘」


呼ばれた瞬間、背筋が伸びる。

この呼び方は、甘さも含むけど、今日は宣言の意味合いを強く含んでいるようだった。


「ミナト。よい面構えだ」


「……父さんも」


「我は常に良い」


即答。


えぇーーなんなのその自信!


俺は思わずのけ反り、アリアが後ろで小さく笑っている気配がした。


父さんが玉座に腰を下ろす。

その一段下、右手側に宰相のバルドが立ち、

俺は父さんのすぐ左側、少し下がった位置に立つことになった。

テオは俺の斜め後ろ、半歩ほど下がった位置、

アリアはバルドの斜め後ろ、テオと対の位置で、腰に片手を当てながら気怠げに控えている。


(うう、緊張で口から胃が出そう……)


無意識にテオの気配を探して、いつもの位置にいることを確認する。

確認して深呼吸ひとつ。それから前を向く。

そして、扉の向こうで、号令が響いた。


「聖光王国ルーメンティアよりの使節団、入廷!」


重い扉が開き、靴音がこちらへと近づいてくる。

冷たい外の空気が一筋だけ入り込み、次に緊張した雰囲気が広間へと伝わっていく。


先頭に立つのは、壮年の男性。

背が高く、姿勢が揺れない。装飾は控えめなのに、存在が派手だ。

落ち着いた声が広間に響く。


「聖光王国ルーメンティア、使節団長と努めますシグ・セラフィンにございます」


続いて白金の鎧を纏った護衛団が一斉に敬礼をとる。

その中心に立つ、明るい茶髪の青年がひと際、目を惹かれる存在感を放っていた。

華やかな顔立ちに、青い瞳。

白金の鎧と深い青のマント姿は騎士というより王子にも見える。舞台の上に立っても目立つタイプだ。


視線が合いそうになった瞬間、彼はきっちり視線を下げた。

礼儀は完璧。だけど礼儀の奥に、好奇心の火が見えた気がした。


(異世界って、イケメンしかいねぇのかな……)


俺は半歩後ろに控える、我が国が誇るアッシュグレーの髪をしたイケメンを思い出し、チラリと視線を横に流す。

テオがすぐ視線に気づき怪訝な顔をしたので、俺は慌てて前を向き直した。


そして、使節団の中でも一段と空気が違う少女に気づく。


淡い桃色の髪を三つ編みにまとめ、水色のケープつき修道服姿だが、隠しきれない気品が漂っている。

華奢で儚げなのに、その瞳には強い意志が宿っているようだった。

使節団団長のシグが少女へ手を向ける。


「こちらは、我が王国の王女にして、大陸聖教会所属のシスター──」


「セシリア・フォルティスと申します」


(あれがセシリア王女……)


セシリアは玉座に向かって一礼し、それから俺を見た。

俺の虹彩が光を拾った瞬間、彼女の呼吸が、ほんの少しだけ止まったのが分かった。


そして最後に控えていた、胸に聖印を下げ、白い法衣に金の刺繍を施した男が

使節団長のシグが抑える前に一歩前に出る。


「大陸聖教会より参りました。高位司教、ネオジールでございます」


背筋が硬い。言葉が硬い。

そして目が……笑っていない。


(うわ、いかにも教会の人間です!って顔してるな)


父さんは片肘を玉座の腕に置き、赤い瞳で使節団をゆっくりと見下ろした。


「遠路はるばる、よく来たな。

 我が名はグレゴール・グリーグ・ランバルディア。

 魔帝国の皇帝にして、この世界の一角を預かる者だ。

 聖光王国の使節団を歓迎しよう。」


醸し出す空気は重いけど、妙にスッキリした挨拶だ。

魔王モードの父さん、ちゃんと仕事してる……


魔王の圧に顔を強張らせたシグが膝をつき、深く頭を下げる。


「魔帝国のご厚意に感謝いたします。

 我らは“異形なるモノ”への共同対処について協議すべく参りました」


父さんが頷く。ゆっくりと浮かべた笑みは完全に魔王そのものだった。


「異形は、種族を選ばぬ。

 共に討つ道を探るのは、理にかなう」


ここで、シグが視線をわずかに動かした。

玉座の横に立つ俺へ。視線の置き方が明らかに“確認”だ。


「そして……皇女殿下におかれましても、ご同席を賜り光栄に存じます」


俺は入念に準備した“皇女の顔”を使う。


「……ミナトです。よろしくお願いします」


声が揺れないように、息を細く吐いてから言った。

横でテオの気配がほんの少し近づく。触れてはいないけど、支えられていることが分かる気配だ。


俺の挨拶に何かを堪えきれなくなった面持ちのセシリアが小さく口を開いた。


「ミナト皇女殿下っ。セシリア・フォルティスと申します。

お会いできてっ……光栄です!」


彼女の声は震えていない。

でも、胸の奥がいっぱいなのが伝わってくる。


「こちらこそ。セシリア王女殿下」


俺が返すと、セシリアは少しだけ頬を緩めた。

それだけで場が一瞬、柔らかくなる。


「……噂に違わぬ」


ネオジールが、ほとんど息だけで呟いた。

呟いたのに、やけに響いた。完全に狙ってるだろ、この人。


空気が、一瞬にして張り詰める。

明らかに俺を凝視しているネオジールにテオの警戒の色が濃くなる。


(うわぁ、この空気どうしたらいいんだよ……)


――と、護衛団から明るい茶髪の青年が一歩だけ前に出て、即座に場を整えるように礼をとる。


「失礼。護衛隊長を務めるホーク・グレイスです。

本日は護衛として同席いたします。魔帝国の礼に感謝を」


口調は軽めなのに、そう思わせない空気感がある。

立て直しが上手いというか、空気が読めるってやつなんだろう。


(俺よりちょっと年上くらいかな? 若そうなのに隊長とか、すげぇな……)


俺がしげしげと眺め過ぎてしまったのか、ホークと視線が噛み合う。

一瞬だが、微笑まれた気がして俺は慌てて目を逸らした。


シグが咳払いひとつで話を戻す。


「本題に入らせていただきます。

 我が国では、国境線に近い地域で異形の発生が増えております。貴国ではいかがでしょう」


バルドが一枚の資料を差し出す。

アリアがそこに視線を投げ、淡く頷く。

魔法面の裏付けを確認している顔だ。


そして、父さんが応じる。


「我が国も同様だ。

 ……随所に“歪み”が寄っている」


歪み。

前より異形が増えてきてたり、発生場所が変わってきてるのは知ってるけど、そのことなんだろうか。

俺は全くわからない話題に、さも当たり前のような顔でついていくことで必死だった。


逆にその単語が出た瞬間、ネオジールの目が微かに光る。

獲物を見つけた目だ。ぞわっとする。


「では、共同での調査と、討伐隊の編成について協議を」


「よい」


シグの明朗な声に対して父さんの返事は短い。

短いのに、決定は重かった。


そのまま会話は進んでいく。

調査範囲、情報の共有、使節団が滞在中の行動制限。

主にバルドとシグが淡々と線を引いていく。


その間、俺は“皇女”として座って、時々頷いて、時々短く答える。

中身の俺は、ずっとテオの存在を背中で感じていた。


(今、俺が変な顔とかしたら、たぶんテオが一番先に気づくはず)


それが救いで、ちょっと悔しいけど……頼りになるのは確かだ。


最後に、シグが深く頭を下げた。


「本日の謁見、誠に感謝いたします。

 滞在中、改めて席を設けていただけると伺いました。 そこで、より具体的な擦り合わせを」


「今宵は、晩餐の席を用意する。互いの顔を覚えるには、食卓が良い」


父さんの一言で、セシリアが最後に、もう一度、俺に視線を向けた。


「……ミナト皇女殿下。

 今夜、少しでもお話しできたら嬉しいです」


「あ……うん。俺も」


返事をした瞬間、テオの気配が、ほんの少しだけ硬くなった。


(え、そこ? 今の返事、普通だろ?)


俺が内心で冷や汗をかいて慌てている間に、儀礼は終わり、使節団は退出していく。

最後まで、ネオジールの目だけが俺の品定めをやめなかった。


扉が閉まり、謁見の間に残ったのは、魔帝国側の面々だけ。


……静か。

静かすぎて、逆に耳がキーンとする。


俺は肩の力を抜きかけて、抜ききれず、結局変な姿勢になった。


「……終わった?」


アリアが真顔で即答する。


「終わった。けど始まった」


「言い方が不穏すぎる!」


更に口を開きかけたアリアを、バルドが穏やかに遮る。


「晩餐会の準備は、すでに進めております。

 ミナト殿下、今夜は顔合わせが主になります。疲労が溜まる前に一度休息を」


父さんが玉座から降り、俺の方へ歩いてくる。

そして小さな声で、周囲に聞こえない距離で囁いた。


「ミナト。よく耐えた」


“魔王陛下”じゃなく、“父さん”の声。

それだけで胸がちょっとだけ軽くなる。


「……ありがと、父さん」


父さんは満足げに頷いてから、ふっと視線を横へ流す。

視線の先はテオだ。


「テオバルト」


「はい」


「今夜、我が娘の傍を離れるな」


「承知いたしました」


命令の形をしているのに、どこか親心が混ざっている。

テオはいつも通り丁寧なのに、返事がいつもより……


(早いっていうか……?)


俺がその違和感を拾った瞬間、テオの視線が俺に戻ってきた。


「ミナト様。お疲れでしょう。控えの間へ戻りましょう」


「……うん」


それを見てアリアがにこやかに手を叩く。


「はい、ミナトちゃん撤収、撤収~。

 夜は晩餐会のあとサロンも予定しているし、長丁場よ。今のうちにHP回復しましょ!」


「ゲームみたいに言うなよ」


「ゲームみたいなものでしょ? この世界」


否定できないのが悔しい。


俺は謁見の間を出る直前、ふと振り返った。

さっきまで人間側が立っていた場所。

そこに、まだ冷たい空気が残っている気がする。


(波乱の予感しかしないんだよなぁ……)


予感って、たいてい当たる。

嫌なところだけ。


そして俺は、半歩後ろの騎士の気配を確かめながら、次の予定に向かって歩き出した。


今夜。

まずは晩餐会だ。


“皇女の噂”は、食卓の上でも、きっと消えない。







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