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◆第22話 世界を紐解く午前中

目が覚めて最初に思ったのは。


(……俺、昨日なに食ったっけ?)


次に思ったのは。


(……ここ、異世界だったわ)


天井の装飾がやたらと立派で、壁が石で、窓がデカい。なのに寝具はふかふか。高級ホテルみたいな顔して、文化が全部ファンタジーで殴ってくる。


そして最後に、俺は自分の胸元を見下ろして、


「……でっけえ」


自分の声に自分でうなずいた。毎朝おなじ反応をしてる気がするけど、慣れないもんは慣れない。


胸の存在感が「おはようございます」を言う前に主張してくる。

俺の人生、いつからこんなにボリュームがついたんだ。


その時、控えめなノックがした。


「ミナト様。起きていらっしゃいますか」


扉の向こうから聞こえる、落ち着いた低い声。耳の奥に気持ちよく響く、最近では認めざるを得ない俺の弱点。


(朝からイケボが脳を殴ってくる……)


俺は物騒な思考を頭を振って追い出すと咳払いして、平静を装う。


「起きてる。入っていいよ」


扉が開く。現れたのは、騎士団長テオバルト・エルネスト。

きっちりと着込んだ制服の上からでも鍛えられた筋肉がわかる体躯。

アッシュグレーの髪色は、光の加減で銀っぽく見える。

彫刻みたいに顔が整ってるから、黙ってたら怖いのに、口調は丁寧で柔らかい。

俺の護衛で、俺の生活に一番近い騎士だ。


「おはようございます、ミナト様。本日は……」


「本日は?」


テオは一瞬だけ間を置いて、なぜか少し困った顔をした。


「アリア殿が、“授業”をすると申しておりまして」


「授業?」


「はい。……人間国に関する講座、と伺っています」


俺は一拍考え込むと、ちらりとテオに視線を送る。


「……拒否したら、その後どうなる?」


「……恐らくご想像通りかと」


「じゃあ出席します」


俺は即答した。命は大事だ。

テオが軽くうなずく。


「では、身支度が整いましたら、書庫へご案内します」


「了解。……っていうか授業って、学生に戻った気分だなぁ」


俺は伸びをしてベットから降りる。

同時に窓の方から小さな羽音がした。


「ミナトちゃーん! おはよー!」


ふわり。視界に金髪の妖精が滑り込む。

リーンだ。身長は筆箱サイズ、顔は天使、性格は爆弾。


「今日ね、ボクも授業受ける! ボク天才だから!」


「天才は授業いらねーだろ」


「いるよ! 天才はさらに天才になるために授業を受けるの!」


思ったより理屈が強い。

そのままぎゅっと俺の胸元に顔を埋めるリーン。

言葉に詰まった俺の代わりにテオがため息をついた。


「リーン、今日は騒がないでください」


「えー?  騒がない妖精なんて妖精じゃないよ?」


「それはただの迷惑です」


テオが俺の胸にしがみついているリーンの襟元をつまむと、ぺいっと引き剝がして放り投げる。

リーンが「ひどーい!」と大げさに羽をばたつかせたが楽しそうだ。

その騒がしさで、日常を実感する俺も中々に異世界に馴染んできている気がする。



俺は着替えながら、ふと自分の袖を引っ張った。

最近はだいぶ慣れたけど……


(この世界の服って、やたら紐が多いんだよな。)


おしゃれのつもりなのか、罠なのか……。

紐を結んでいたら、リーンが肩にとまって覗き込んできた。


「ミナトちゃん、今日の服、かわいい! でも紐、多すぎない?」


「だろ? これ、誰かの陰謀だと思う」


「間違いないね!」


即断。


そこに別間で待機しているテオが静かに口を挟む。


「……結び方が難しければ、お手伝いしますが」


さらっと言うな!


「い、いい! 自分でできる!」


俺は勢いで断った。

できると言った途端、紐が急に反抗期になった。

指が絡まる。結べない。紐がほどける。俺のプライドもほどける。


テオは何も言わず、距離を保ったまま待っている。

待つ姿勢が紳士すぎて、逆にプレッシャーがすごい。


「……よし。できた!」


プレッシャーに打ち勝った俺は

勝利宣言して、さっさと部屋を出たのだった。





◇◇◇


廊下を歩くと、城の空気が少し冷たい。

大きな窓から差す朝の光が、床に模様を落としている。


書庫へ向かう途中、リーンが急に耳元で囁いた。


「ねえねえミナトちゃん。人間国の印象ってどう? こわい?」


「うーん……人間って言っても元の世界とは違うだろうからな。

 俺まだこっちのこと知らないこと多いし、ちょっと怖い印象はある」


「ふうん。じゃあ、怖いのは“知らない”のほうだね!」


「まあ、そうかもな」


テオが前を歩きながら、静かに付け足す。


「知れば、恐れは形になります。形になれば、対処ができます」


「……テオ、今日ちょっと哲学者っぽいな」


「そうでしょうか。……普段からですが」


「自分で言うな!」


俺が笑うと、リーンも笑って、テオがほんの少しだけ目を細めた。ほんの少し。たぶん本人は自覚してない。だが俺は見た。


(テオの穏やかな顔、破壊力が半端ないな……)


やめろ俺。これから授業だぞ。集中しろ。

俺は自分の頬を両手で小さくペチっと叩くと、記憶を封印した。


「ミナト様、こちらです」


書庫の前に着くと、テオが書庫の重厚な扉を開ける。

そのまま、片手で扉を押さえるテオに促されて俺は中へ足を踏み入れた。


「わ、すげ……」


思わず声が漏れる。天井まで届く本棚。紙とインクの匂い。古い魔導書の背表紙がずらりと並ぶ。

俺は一瞬、場違いな気分になった。

俺、絶対ここに似合わない。


そう思った瞬間。


「俺には似合わないわ~って顔してる」


背後から艶のある声が飛んできた。


振り向くと、赤紫のウェーブロング。紫水晶みたいな瞳。気怠げだが、どこか余裕のある笑み。

豊満な胸元を惜しげもなく見せつけた魔法師団の若きエース、アリアドネ・フィロメナ。


アリアが、机の上に本をどさっと置いた。


「はい、ミナトちゃん!今日の授業は……“人間ってめんどくさい”です」


「タイトルが雑すぎるだろ」


「雑じゃないわ。これは要点。」


椅子を引いて座る俺の前にアリアがいそいそと大きな地図を広げる。

それをリーンと俺で覗き込む。テオは俺の少し後ろ、定位置から俺たちの様子を眺めていた。


「ミナトちゃん、これ大陸の一番新しい地図だー!」


「そ。まず、これが人間側の大国。聖光王国ルーメンティア」


少し得意げな顔をしたアリアの細くて白い指が

地図の上をスッと滑ると、光の線が北側に印をつけていく。

次に、南側へ影の線。


「で、こっちが魔帝国グリーグ。陛下の治める国ね」


「そこまでは分かる」


「えらいえらい。では次」


アリアは地図の端に黒い点を置いた。

点はじわっと滲んで、嫌な広がり方をする。


「異形なるモノ。国も種族も関係なく食い散らかす厄介者」


黒が地図の線を舐めるみたいに伸びた瞬間、喉の奥が乾く。


「……だから、全面戦争とかしてる場合じゃない、ってこと?」


「そう。仲良くする余裕はなくても、殴り合ってる余裕もない。世界っていつも余裕がないのよ」


アリアは軽い調子のまま、肩をすくめると、次に淡い光の粒を人間側へ寄せた。


「ルーメンティアは、名前の通り“聖光”が売り。信仰が生活に入り込んでる。

 で、聖女ってのは……まあ、向こうにとっては“奇跡の象徴”ね」


アリアの声が少しだけ落ち着いた。空気がひんやりする。

俺は妙な居心地になって思わず椅子に座り直した。


「ミナトちゃんは聞いたことあったかしら?

 “向こうは魔帝国ほど魔法に長けてない”ってこと」


「え?」


「魔帝国民は魔力の総量が高い種族が多いわ。術式も豊富。生活魔法も当たり前。

 でも人間達は、全体としてはそこまでじゃない。もちろん個人差はあるけどね?」


ファンタジーな異世界だし、みんな魔法を使うのかと思ってた……


俺はアリアの説明にコクコクと頷く。

満足そうに頷くアリアが指先に小さな光を灯した。柔らかいけど、芯がある光。


「……ただ、光属性だけは、人間の方が上手い場合がある。 特に教会の術式はね。祈りに紐づいた術があるから」


「そうなんだ……」


「だから向こうが……特に教会の奴らね。

 “聖女並みの光属性を持つミナトちゃん”を見たら、こう思う」


アリアはテーブルに乗り上げると、わざと芝居がかった声で言う。


「『聖女の系譜だ! 我らのものだ!』」


「それは……めんどくせぇな」


俺の口から素直な感想が出た。テオが小さく頷く。リーンが「うんうん」と顔をしかめた。


「でしょ。で、ここからがミナトちゃんにとって更に面倒くさいパート」


アリアの指が、さらさと光の線で言葉を綴っていく。


『噂』


その瞬間、俺の背中がひやりとした。

城下町に出た時から覚悟はしていた。していたけど……


「人間側でね。『魔帝国に、黒髪で虹色の瞳を持つ皇女がいる』って話が広がってる」


「……俺のこと、だよね」


「うん。で、こういう話には必ず尾ひれがつくものよ」


アリアがため息をつきながら指を折る。


「光っぽい奇跡があった、とか。

 異形に効きそう、とか。

 もっと言うと、聖女リサに関係がありそう……とか」


「それって……」


胃のあたりが、きゅっと縮む。

恐らく俺はすでにルーメンティア王国に、教会に目をつけられてるってことだ。


重くなった空気に流されるように俺の視線が、無意識に首元のネックレスへ落ちた。

指先で石に触れた瞬間、テオの手が重なるように添えられる。


「……少し整えましょうか」


「今?」


「はい。落ち着くはずです」


断れない言い方をするのが、テオは上手い。

上手すぎて腹が立つ前に、安心が先に来るのも腹が立つ。


テオが石に指を置いた。

キィンと一瞬の耳鳴りと共にテオの魔力が通ったのが分かる。


石が淡く脈打ち、胸のざわつきがすっと沈んだ。

落ち着いたのは魔力と不安に対してだけで、別の意味で落ち着かないのは……俺のせいだ。


「はいはい、そこ。空気甘くなってる」


アリアが片方の眉だけを器用に上げて、手を叩く。


「講義中に糖度上げないで。ミナトちゃんの体温が分かり易すぎる」


「あ、あがってない!」


「あがってる」


……即答された。


「ま、話を戻すと、こういう脚色された噂が民衆の口で勝手に増える。

 すると政治が動いて。教会が動き。軍が動く。

 最後には、噂の確認をしないといけない外交官が胃を痛める」


「胃薬が必要そうな世界だな……」


「大丈夫。ミナトちゃんにはアタシがいる」


アリアがにやりと笑って、俺の肩に手を置いた。

……手を置きつつ胸も当たってる。今の俺にはもうわかる。これは当てにきてる。

さすが距離感ゼロのお姉さまは、俺の視線を迷子にするのが上手い。


その瞬間、背後の空気が一段、硬くなった気がした。


振り返ると、テオが何も言わずに立っている。表情はいつも通り。いつも通り、なんだけど。


(……圧が、ほんの一ミリ増えてない?)


アリアも気づいたのか、わざと大げさに肩をすくめた。


「はいはい、護衛の圧が強い。授業の邪魔」


「邪魔はしていません」


「してる。存在で」


「存在で……」


テオが言葉を探している間に、アリアが俺の顔を覗き込んで言った。


「で、講義はここからが本番。ミナトちゃんの“虹彩”は常に輝いてる。万華鏡みたいにね」


「ああ、常時だな」


「その輝きは、光属性の人間から見たら聖女リサ様の再臨に見えるでしょうね」


「俺、信仰の対象になるの嫌なんだけど」


顔をしかめる俺の頭を“わかってる”という顔でアリアの手がぽんぽんと撫でる。

そのまま俺の隣に足を組んで座ると肩をすくめた。


「でも向こうは勝手にそうする。だからミナトちゃんは“皇女としての顔”を作る必要がある。

 作ってる間に、変なこと言っちゃダメよ?」


「変なことって」


「たとえば、“俺はリサ様の世界から転移してきた元男子学生です!”とか」


「言わねえよ!」


俺が言い切った瞬間、アリアがふっと笑って、身を乗り出した。


「じゃあ確認。ミナトちゃん、今ここで“皇女っぽい表情”してみて」


「え、いきなり?」


「いきなり。外交はいつだって突然」


アリアが俺の顎を指先で軽く持ち上げる。

距離が、近い。顔が近い。視線が近い。香りが近い。


(だぁーー変な汗出る……!)


俺は必死に“高貴っぽい顔”を作る。たぶん無表情。たぶん。


アリアがじっと俺の目を見た。


「……うん。黙ってれば高貴。しゃべると崩れる。いつも通りね」


「褒めてんのかそれ!」


「褒めてる褒めてる。素材は完璧」


そう言って、アリアが俺の虹彩を確認しようと、さらに顔を近づけた。

俺は反射で少し後ろへ引いた。


その瞬間。


机の角に肘が当たって、置いてあった本がばさっと崩れる。


「うわっ!」


本が落ちる。アリアの体勢が崩れる。俺もバランスを崩す。

そして、俺の胸元の紐が。


なぜか、ほどけた。


いや、俺ちゃんと結んだよね? 勝利宣言したよね?


俺の服の胸元が、ふわっと緩んで、空気が入り込む。


「っ――」


アリアの視線が、一瞬だけ、そこに落ちた。


テオの空気が、二段くらい硬くなった。


リーンが「きゃー!」と楽しそうに叫ぶ。


(やめろ! これは事故! 事故だから!)


俺が慌てて紐を押さえた瞬間、アリアが素早く顔を背けて、口元だけで笑った。


「……ミナトちゃん。あなた、ほんとに誘惑が多すぎるわね」


「俺のせいじゃねえ! 服のせいだ!」


テオが、静かに一歩だけ近づいた。

ただの一歩。なのに、空気にピリッと緊張が走る。


「ミナト様。……紐を結び直しましょうか」


声が落ち着いている。落ち着いているんだけど、妙に低い。


「い、いい! 自分でできる!」


俺は顔を赤くしながら結び直す。指が震える。リーンが面白がって覗く。


「ミナトちゃん、手がぷるぷる!」


「見んな!」


アリアが咳払いして、すっと先生の顔に戻った。


「今日の講義はここまで。で、最後に大事なこと」


アリアが、さらっと言った。


「明日、来るわよ。ルーメンティアの使節団。」


俺の背筋が反射で伸びた。


「……え、明日!?」


慌ててテオとリーンを振り返るが、俺以外は“もう知っている”という顔だ。

テオが小さく頷き、リーンは腕組みをしてうんうんと頷く。


「来るって……まさか噂を確認しに!?」


焦る俺に対して本の上で足をぶらぶらさせていたリーンが応える。


「えっとねー。異形のモノを一緒に倒して欲しいとか、そういう内容だったかも?

 シグって人が代表で。騎士とか王女様も来るらしいよー!」


「……シグ。ルーメンティア王国の外交官ね。リーン、構成はそれだけ?」


顎に手を当てて思い出しながら話すリーンにアリアが口を挟む。

リーンは宙に視線を上げると、ぽんと片手を叩く。


「んーそれと、あの空気が苦い…教会の偉い人!それも来るって話してた。」


情報が多い。でも、リーンが言うと軽い。

軽いのが逆に怖い。


アリアが俺の背中をポンポンと叩いた。


「そう。だから準備してね。笑顔の練習、しておきなさい」


「俺、表情筋が死ぬ未来しか見えない」


テオが、いつも通りの落ち着いた声で言う。


「表情筋の補助はできませんが、護衛はできます」


「そこはせめて“任せてください”って言えよ!」


リーンが両手を挙げて宣言した。


「ボクはできるよ! 変な顔の補助!」


「いらねえ!」


アリアがくすっと笑って、机の上の紙を回収する。


「じゃあ明日は、実地試験。ミナト“くん”、ちゃんと“皇女”してね」


「……努力します」


「今は、努力でどうにかなる顔してないけど」


「おい!」


アリアに抗議する俺の肩の上でリーンが小さく囁く。


「ミナトちゃん、明日、楽しみだね」


「どこが」


「だって、面倒は楽しいでしょ?」


「……お前の価値観、危険だわ」


でも、リーンの言う“楽しい”が、少しだけ救いでもあった。

怖いのは、知らないから。だったら、知って、笑って、対処する。

アリア先生の雑すぎる授業は、案外ちゃんと、俺の背中を押していた。


明日、来る。

聖光王国ルーメンティアの使節団が。


俺の表情筋と胃が、今から小さく悲鳴を上げている。


(……よし。まずは胃薬の準備だ)


そんなことを考えながら、俺は書庫を出た。

背後で、アリアが楽しそうに言う。


「ミナトちゃん。お昼食べたら今日は、午後の授業で“礼儀作法”よ。逃げたら追いかける」


「脅迫じゃねえか!」


リーンが歓声を上げた。


「わーい! 追いかけっこ!好き!!」


テオが静かに言う。


「……逃げ道は封鎖しておきますね」


「テオまで!?」


明日のための準備は、どうやら今日から戦いらしい。





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