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冬休み編② 聖夜祭と贈り雪

雪灯祭の翌日。

城の中庭は、昨日よりさらに白くなっていた。


雪は音を吸う。

そのせいで、城の廊下の笑い声だけが、やけに鮮やかに聞こえる。


「ミナトちゃーん!ドア開けて開けてー!」


テンションが山を越えそうな勢いの声が廊下から響いてくる。

俺が扉開けてやると思い切り突撃してきたリーンが、部屋のテーブルの上に“どさっ”と何かを落とした。


「わっ!どうしたんだよ、これ」


包み紙。リボン。小箱。布袋。

明らかに、贈り物の山。


「今日は、聖夜祭だよ?これはボクからの贈り雪!」


「これ全部?!いや、嬉しいけど……贈り雪?

 どんな行事なんだ?」


「昨日は雪灯で、今日は聖夜祭で贈り雪!

 二日構成!!」


「なんだそのイベントの密度……」


リーンは鼻の下を擦ると得意そうに胸を張った。


「城の人みんな、贈り物を交換する日!クリスマスっぽいやつだよ!」


「ちょ、こら!

 急にメタい発言をするんじゃない!!」


「だって“っぽい”もん!」


そこへ、アリアがぬるっと入ってくる。

いつもの涼しい顔で、俺の机の山を一瞥し、にっこりした。


「ミナトちゃん。今日のメインは贈り雪よ。

 『一年の感謝を形にして渡す日』…って建前で、

 実態は“気持ちの殴り合い”」


「殴り合……もっと優しい言い方が他にあるだろ!」


「分かりやすいじゃない」


アリアが指を鳴らす。

いつもの侍女さんがさらりと運んできたのは、深緑の枝で編まれた輪っかと、赤い実の飾り。

色合いがすでにクリスマス。めちゃくちゃクリスマス。


「わぁ、クリスマスリース……」


「似合うわよ、ミナトちゃん」


「飾る前提で言うな」


遠い目で棒読みになった俺とは正反対に、リーンが目をキラッキラさせる。


「でねでね!今日は“雪樹ゆきぎ”も飾るよ!大きい木に光る魔晶石をつけるの!」


「完全にクリスマスツリーだろ、それ!」


「雪樹!」


「言い張るな!」


アリアは肩をすくめて言った。


「それで、問題。ミナトちゃんは誰に贈り雪を渡すの?」


「……え、俺も誰かに贈るの?」


口に出したと同時にアッシュグレーの髪と茶色の瞳が頭に浮かぶ。


……いや、ほら!

日頃の感謝って言ったら、やっぱりね?!

いつも護衛してもらってるから、ね?!


ただの言い訳ではないはず。

ちゃんと正当な理由であるはずなのに、

どうしても口に出すのが恥ずかしい。

俺がそれ以上話せず口をパクパクさせていると、リーンが身を乗り出す。


「テオでしょ!」


「声でかい!」


反射で答えてしまった俺にアリアがにやりと笑う。


「そうよね。でも、今朝から城の女の子達……だけじゃないわね。

 野郎も含めてざわついてるわよ『団長に贈り雪を渡したい』って子で。」


俺の背中がぴしっと固まった。


「……え」


「うちの騎士団長、人気者だからね~」


リーンが頭の後ろで手を組んでふわ~と漂う。


「……」


心の中で、昨日の“手袋事件”が再生される。

胸の奥で、またチクッと刺さった。


(いや、違う。俺は大丈夫。これは嫉妬とかじゃない……寒さだ)


リーンが即座に言う。


「嫉妬だよ」


「なっ…心読んだ!?」


「ううん、でも顔赤い」


「寒いからだってば!!」


アリアがさらっと追撃する。


「ここは屋内。今日は雪も降ってないけど?」


「……」


……詰んだ。


アリアとリーンは揃って実に魔族らしい笑顔を浮かべていた。




◇◇◇


午後。

城の大広間は、完全にクリスマスの顔をしていた。

天井から吊られた金の飾り。

赤と緑の布。

雪樹ツリーの枝には、魔晶石の小さな灯りが無数に揺れて、雪が残る窓の外を青く反射している。

厨房からは甘い匂い。

焼き菓子、香辛料、温かい果実酒……の代わりに、俺には温めた果汁が用意されていた。


「ここ、もはやお祭り会場じゃん……」


「そうよ、ミナトちゃん。今日は祭り」


呆然と見上げる俺の横で、アリアは平然とした顔のまま俺の手元に小さな包みを置いた。


「はい」


「なにこれ」


「ミナトちゃんの贈り物。選ぶ時間がなさそうだったから、私が候補を用意したの」


「勝手に!?」


包みを開けると、三つ入っていた。


・刺繍入りのハンカチ(高級)

・革紐の小さなお守り(魔力耐性つき)

・騎士用の手袋(“団長が喜ぶ”やつ)


俺は手袋を見た瞬間、目が据わった。


「……手袋はダメ」


「なんで?」


「……昨日の女の子が、手袋渡してたから」


リーンが「うわぁ」と言って、口元を押さえる。

アリアは楽しそうに目を細めた。


「はいはい、かわいい」


「かわいくない!」


「ミナト君は意外と独占欲強いタイプなのかな~?」


「うるさい!」


俺は手袋を避けて、革紐のお守りを手に取った。

素朴だけど、意味がある。テオが“職務”で喜びそうだし、俺の気持ちも乗せられる。


(……これにする)


決めた。

決めたはずなのに。


大広間の向こうでは、ちょっとした人だかりができている。


「テオバルト様、これ……受け取ってください!」

「団長、今年もお世話になりました!」

「あの、これ、よろしければ……」


テオが、完全に囲まれている。


いつもの真面目な顔で、困ったように、でも丁寧に対応していた。


「お気持ちはありがたく頂戴します。ですが、過分なものは受け取れません」

「皆、業務に戻れ。祭りは良いが、明日もある」


……言い方が完璧に騎士団長。

囲まれることに慣れた対応が完全に人気者。


(……なんで俺、こんなに見ちゃうんだよ)


俺はお守りを握りしめた。

気づいたら、指に力が入りすぎて、革紐がぎゅっと軋んだ。


「テオバルト様!あの、私、手編みの手袋を……」


聞こえてきた少し高い声が否応なしに耳へ入ってくる。


(また手袋……それも手編み!?)


俺のこめかみが、ぴくっと動いた。

虹色の瞳に暗い影ができる。


(違う。昨日ほどじゃない。俺は平常心。平常心だ)


リーンが即座に囁く。


「平常心の人、眉が上がらない」


「だから人の心を読むんじゃねぇ!」


アリアが俺の顔を覗き込んで、にっこりする。


「かわいい」


「だぁああ!やめい!」


デジャヴを感じるやりとりに俺は早々に終止符を打つ。

どす黒いオーラを出し始めた俺の耳元でリーンが囁く。


「ミナトちゃん、行かないと贈り雪の日、終わっちゃうよ?」


「分かってるよ……」


アリアが優雅に背中を押す。


「ほら。行っておいで。早い者勝ちよ、騎士団長のご主人様」


「あいつの主は魔王だろうが!!」


俺はぶちぶち言いながらもテオに向かって足を出す。



人だかりが散った後、テオは壁際で静かに息を吐いていた。

鎧の金具に、ツリーの光が反射している。

俺は、その前に立った。


「……テオ」


テオが振り向く。

その瞬間、俺の心臓が勝手に跳ねた。


ええい、落ち着け俺の心臓!

日頃、一番世話になってる奴に感謝の気持ちを渡す、それだけ!!


「ミナト様。こちらにいらしたのですね。

 ……人が多く、騒がしくありませんか」


「別に」


嘘だ。騒がしい。主に俺の心臓が。

俺は包みを差し出した。


「これ」


テオが一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに姿勢を正す。


「……私に、ですか」


「他に誰に渡すんだよ」


言い方が強くなった。

自分でも分かる。嫉妬が混ざった声だ。最悪。


それでもテオは丁寧に受け取り、包みを開けた。

中の革紐のお守りを見て、ほんの一瞬、目が柔らかくなる。


「……ありがとうございます。

 魔力耐性の編み込みですね。とても実用的です」


「職務目線で喜ぶなよ」


「私個人として喜んでおります。ミナト様から頂いたものですので」


その言葉が、胸に落ちる。

落ちて、熱になる。


「……さっきさ」


俺は、口が勝手に動くのを止められなかった。


「みんなから、いっぱい貰ってたじゃん」


テオが少しだけ困った顔をする。


「祭りですので。

 ただ、過分なものはお断りしています」


「……優しいんだな」


「規律の範囲です」


またそれだ。

規律。職務。護衛。

テオの口からよく聞く便利ワード。


俺は唇を噛んで、言ってしまう。


「……俺のは、断らない?」


テオが固まった。

ほんの一拍。ツリーの光が瞬くくらいの間。


「断りません」


短く、きっぱり。


「ミナト様のものは、私の職務に関わりますので」


「なっ…そこはさぁ……!」


俺が叫ぶと、テオの口元がほんの僅かに緩んだ。


「……職務でなくとも、断りません」


「……」


「……申し上げ方が、よくありませんでしたか」


「いや……大丈夫……」


……大丈夫ってなんだ。

俺は顔が熱くなるのを誤魔化すため、わざと斜め後ろを向いた。

するとテオの視線が、俺の肩越しに固定される。


「ミナト様」


「なに」


振り向きそうになるのを堪える。

テオが手を伸ばした気配がしたが、

その手が俺に触れる前に、自分でも呆れるくらい拗ねた声が出た。


「……さっきの子も、手袋渡してた」


テオの指が止まる。


「はい」


「……受け取ってた」


「支給品です」


「そんなわけあるか。手編みだぞ。」


「……聞こえていらしたのですか」


俺は睨むようにテオを見た。


「……昨日、俺が手袋で妬いたの分かってて受け取ったのかよ」


言ってしまった。

言った瞬間、死にたくなった。

でも、もう止められない。


テオは一瞬、言葉を失った顔をして――そして、ちょっと口端があがったように見えた。


「……妬かれていたのですか」


「悪いかよ」


「悪いことではありません」


「そういうの、真顔で言うな!」


声が上ずる。

今どういう顔をしていいのかわからない。

テオは困ったように眉を寄せ、それでも最後は静かに言った。


「ミナト様。

 私は……ミナト様から頂いたものが、一番大切です」


「……」


「たとえ他の誰かが手袋をくれても」


「手袋やめろ」


「失礼。たとえ他の誰かが何を渡してきても」


テオは言いなおして、ほんの少しだけ声を落とした。


「私は、ミナト様のそばにいるのが仕事です。

 ……そして、それが私の望みでもあります」


そこで、ツリーの灯りがぱっと強く瞬いた。

魔晶石が、ちょうど俺の心臓に合わせて光ったみたいに見えた。


(なにそれ。反則だろ)


「……望みって言った?」


「言いました」


「嘘つくな。撤回しろ。」


「嘘ではありませんので、できません」


「頑固か」


「騎士ですので」


そのやり取りが、あまりにも“いつも通り”で。

だから、胸の奥が安心してしまって、余計に悔しい。




◇◇◇




広間の中央では、雪樹の前で歌が始まっていた。

子どもたちの合唱。厨房の甘い匂い。笑い声。

本当にクリスマスみたいな夜。


そこへ――


「我が娘よ!贈り雪は済んだか!」


父さんが登場した。最悪のタイミングで。


「済んだ!」


「よし!では次だ!

 雪樹の下に“贈り箱”を置け!明日の朝、勝手に増える!」


「はぁああ?!そんな魔法あるの!?」


「ある!今日は聖夜祭だ!」


なんて雑すぎるファンタジー。

リーンが大喜びで叫ぶ。


「わぁー!増えるやつ!ボク、増えるやつ大好き!」


薄目で静観していたアリアがさらっと耳打ちする。


「増えるのは大抵、面倒事よ」


俺はテオの横で、こっそり息を吐いた。

雪の夜は冷たいのに、不思議と心は温かい。

……でも最後に、これだけは言っておく。


「テオ」


「はい」


「来年は、最初に俺の贈り雪もらって」


テオの目が、少しだけ大きくなる。


「承知しました」


「即答すんな」


「即答します。ミナト様が先です」


その返事に、胸の奥がふっとほどけた。



雪が窓の外でまた降り始める。

青い灯りが、白い粒に反射して、夜空が静かにきらめいた。



この夜は、この先たくさんある夜のひとつになるんだろう。

でもきっと、二人の間にはちゃんと残る。

そんな聖夜祭だった。






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