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◆第20話 城下町散策③



夜の空気を纏った魔帝城は、

昼間の城下町とぜんぜん違い、威圧的な雰囲気だ。


屋台の匂いも、喧騒も、さっきまでの“縁結び市”の熱も――

全部、背中を向けて置いてきたはずなのに。


(……なんで俺、まだ落ち着かないんだよ……)


手首のブレスレットが、微かな余韻みたいに、まだ淡く光っている。

テオは俺の少し前を歩いて――いや、歩けてない。

歩幅がいつもより短い。

呼吸も、ほんの少しだけぎこちない。


「ミナト様、足元にお気をつけください。……段差があります」


「う、うん。ありがとう」


振り返ったテオに返事をするだけで、下腹に“きゅっ”と刺激が走る。

そしてその“きゅっ”に反応するみたいに、ブレスレットが一瞬だけ脈打った。


「……っ」


顔に血が昇るのを知られたくなくて思わず下を向く。

だから俺には、テオの瞳に、一瞬、金色の揺らぎがあったことなど知る由もなかった。


「……もう少しで着きます」


テオの指が、掴んだままの俺の手首をかすめた。

護衛として当たり前の“支え”なのに――俺の身体の方が、当たり前に従ってくれない。

肌が触れる箇所に甘い刺激が走るのを止められない。


(やめろ俺! 落ち着け! これは帰宅! ただの帰宅!)


後ろから、能天気な、楽しそうな声が飛んでくる。


「ねぇねぇ、ミナトちゃん!今日食べた串焼き、最高だったね!

 あとさあとさ、さっきの告白ラッシュ!面白かった〜!あれ永久保存したい!」


「悪趣味な事すんな!!」


「ふふ。永久保存どころか、再現実験したいわねぇ」


横からアリアが、完全に研究者の目で俺の手首、ブレスレットを見ている。

目がキラッキラしてる。怖い。


「ね、ミナトちゃん。城に着いたらすぐ解析。いい? すぐ。今すぐでもいいわよ?」


「よ……良くない! 今すぐは良くない!!」


「ミナト様」


テオが低い声で俺の名前を呼ぶ。

びくっとしてしまって、俺は思わずテオを見る。

……その横顔。

いつもより、ほんの少しだけ険しい。

だけど、耳が赤い。気のせいじゃない。赤い。


(テオって…理性の歯止めが効かなくなったら……

 いやいや!何考えてるの俺!?俺の理性こそがんばれ……!)


冷や汗すらかいてそうなテオを横目に

俺はふるふると頭を振って思考を追い出した。



◇◇◇



城門をくぐった瞬間、衛兵が一斉に頭を下げた。


「お帰りなさいませ、皇女殿下」


「お、お疲れさまです……」


言い慣れない立場に、声がちょっと裏返る。


その瞬間――城内の奥から、重い気配が近づいてきた。

ドン、ドン、と靴音。

闇みたいに濃い威圧感。だけど、混ざっているのは――不安。


「……遅かったな」


城のホールに現れたのは、魔王――父さんだった。

腕を組んで、表情は厳しい。

けど、その目だけが、俺を確かめるみたいに忙しなく動いている。


「父さん……」


「街はどうだった。危険はなかったか。誰かに触れられていないか。変なものを食って腹は――」


「ちょ、心配しすぎ!!」


思わずツッコんだ。

父さんは一瞬だけ黙って、それから咳払いをひとつ。


「……心配して何が悪い。夜更けまで戻らぬ娘を待つ父の気持ちが、誰に分かるか」


「わ、分かるけど……っ」


胸がじわっと熱くなる。

父さんの心配が、うれしいのも本当だ。

その横で、テオが一歩前に出て、深々と頭を下げた。


「陛下。私の判断で、帰城が遅れました。すべて私の責任です」


父さんの視線が、ゆっくりとテオに向く。

空気が一段冷えた。


(うわ……怒られる……)


――と思ったのに。

父さんはテオを怒鳴らない。

代わりに、俺の手首へ視線を落とした。


「……その腕のものは、何だ」


「えっ」


アリアが、待ってましたと言わんばかりに笑う。


「縁結び市で手に入れたブレスレットです、陛下。

 ふふ、ミナトちゃんの魔力で“ただの”じゃなくなったけどねぇ」


「アリア!! 余計な説明しないの!!」


「余計じゃないわ。重要よ!?最高に興味深いもの!!!」


アリアのテンションが危険域に入った。

リーンも負けずに胸を張る。


「ボクも見た!ミナトちゃんの魔力がブレスレットからぶわーって漏れて、縁結び市場がね、急にね、告白大会になったの!

 “好きだー!”とか“結婚してくれー!”とか、すっごかったよ!」


父さんの眉が、ぴくりと動く。


「……縁結び、だと」


その一言が重すぎて、俺は変な汗をかいた。

テオは――固まっている。完全に固まっている。


「……陛下、誤解のないように申し上げますが、私は――」


「分かっている。落ち着け、騎士団長」


父さんは落ち着いてる。

落ち着いてるんだけど、落ち着いてる“ふり”がうまいだけだ。

だって、俺の頭を撫でる手がやたら優しい。


「……無事でよかった」


その小声に、胸がきゅっとなる。

ブレスレットも、また一瞬だけ淡く光った。


「……む」


父さんがその光を見て、顔をしかめた。


「アリアドネ。今すぐ安全確認をしろ。娘の身体に害があるなら――」


「もちろんです。お任せください。」


アリアが指を鳴らすと、紫水晶みたいな魔法陣がふわりと空に浮かんだ。

俺の手首のブレスレットに、糸みたいな光が繋がる。


「……んー。基本は“心の傾き”を増幅して表に出す小物ね。

 普通の人なら、ちょっとドキドキするとか、素直になる程度。

 でもミナトちゃんの場合――魔力が濃すぎて、周囲まで巻き込んだ、と…。」


「俺なにもしてないのに!!」


「そうねぇ、でも巻き込んじゃうんだもの。ねぇテオ、これ面白いわよ。

 ミナトちゃんが揺れると、周りが共鳴して……ほら、今も」


アリアが楽しそうに言いかけた、その時。


「……ミナト様」


テオが、俺の手をそっと包んだ。

大きな手。ごつごつしてるのに、温度はやさしい。

途端に、胸の奥のざわつきが、すうっと引いていく。

ブレスレットの光も、波が引くみたいに落ち着いた。


(……まただ。テオに触れられると、落ち着く……)


テオは俺を見ない。

俺の手首と、魔法陣と、周囲の警戒だけに意識を向けているようだった。

なのに、耳まで赤い。


(理性……ぎりぎり……!)


リーンが、ぱぁっと笑う。


「わ! 落ち着いた! やっぱりテオすごい!

 ミナトちゃんの“安定装置”だね!」


「リーンちゃん黙って! 今一番言っちゃいけないやつ!!」


俺の手を握るテオの指が、ほんの少しだけ強くなる。

アリアがにっこり笑った。


「ふふ。……結論。今夜はもう休ませるのが正解ね。無意識で、またたくさん魔力使っちゃっただろうし。

 “深い解析”はまた明日、ちゃんと準備してから皆でしましょうね♡」


「ーーっ!!」


一気に顔の熱があがる俺から

テオが複雑な顔で視線を逸らす。

父さんが俺の肩に自分のマントをふわっとかけた。


「冷えたろう。部屋へ戻れ。……いや、戻る前に温かいものを飲め」


「父さん、俺もう子どもじゃ――」


「娘だ」


即答だった。

俺は負けた。

応接室でいつもの侍女さんが温かい飲み物を用意する間も、父さんは俺から目を離さない。

そのくせ、俺が視線を合わせると、ちょっとだけ気まずそうに咳払いする。


(……ほんと、分かりやすいな……)


それでもこの時間で俺の身体はすっかり落ち着いたようだった。

時計を確認したテオが静かに言った。


「陛下。私がミナト様をお部屋までお送りし、念のため魔力の安定を確認いたします」


父さんの眉がまた動く。

でも、反論はしなかった。

……たぶん、理屈で正しいのが分かってるから。


「……任せる。ただし、異変があれば即座に報告しろ」


「御意」


リーンが嬉しそうにくるくる回る。


「じゃあボクも一緒! ミナトちゃん、寝る前に今日の感想会しよ!

 “告白大会のベスト3”とか!」


「しない!!」


アリアが肩をすくめる。


「じゃ、アタシは先に研究室に戻るわ。

 ミナトちゃん、ブレスレットは……今日は外さないで。反応が落ち着いてる今の状態が貴重だから」


「外さないの……?」


「外すと、逆に反応が跳ねる可能性があるわね」


「脅すな!!」


ちょっとだけ半泣きな俺にアリアをウインクをすると手を振って部屋を出ていった。




◇◇◇



部屋の前。

父さんは最後までついてきて、扉の前で足を止めた。


「ミナト」


「ん?」


父さんは一瞬だけ迷って、それから俺の頭を撫でた。

あったかい手。


「……楽しかったなら、それでいい。

 だが、無茶はするな。ただでさえ、お前は我の闇と、母であるリサの光を内包している特殊な存在なのだ……心配する」


「……うん。ありがと、父さん」


父さんは満足そうに頷いて、背を向けた。

その背中が、少しだけ軽く見える。

扉が閉まる。


ようやく、静けさが戻ってきた。


――はずなのに。


テオが、まだ俺のそばにいるだけで、心臓が変なリズムを刻む。


「ミナト様。お身体は……」


「だいじょぶ。さっきより、全然落ち着いた」


俺が言うと、テオの肩がほんの少しだけ緩んだ。

それでも、視線は俺の手首から離れない。


「……ブレスレットの魔力が、沈静化しています。

 ……ミナト様の魔力も、安定していますね」


「……テオのおかげ、だろ」


「……護衛として、当然です」



当然。


そう言うのに、声だけが、やたら優しい。

俺は小さく笑って、ベッドに腰を下ろした。

ブレスレットはもう、ほとんど光っていない。


「長い一日だったな……」


「はい。……長い一日でした」


リーンが窓辺でふわふわしながら、満面の笑みを浮かべる。


「でもね! 最高の日だったよ!

 ミナトちゃんと初お出かけ!お買い物!告白大会――」


「告白大会は俺の記憶から消したいなぁ!?」


三人の笑い声が、部屋を満たす。

寝る準備をして、ベッドに潜り込むころには

胸の奥のざわつきも、ブレスレットの余韻も、いつの間にか丸くなって――すうっと眠気に変わっていく。


テオの手の温度を、ほんの少しだけ覚えたまま。

父さんの「無事でよかった」の声を、胸にしまったまま。

俺は目を閉じた。




――こうして、城下町の長い一日は幕を閉じたのだった。





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