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◆第19話 城下町散策②


石畳の上に、夜の明かりがぽつぽつ灯り始める。


さっきまで皆と夕陽を眺めていた高台から少し下った市場は、

昼間とは雰囲気ががらりと変わっていた。


「……なんか、さっきより人増えてない?」


「本日限定、“縁結び市”と書いてありますね」


テオが視線で示した先、広場の入口に大きな布看板が下がっている。


『恋人たちの夜市 縁結び市 本日限り!』


ハートっぽい模様やら、花の飾りやら、いかにもカップル向けですという雰囲気全開。

……魔帝国って色恋沙汰が好きな人、多い気がする。


「へぇ〜、いいじゃない。お祭りモードって感じで、アタシは嫌いじゃないわね」


アリアが上機嫌に髪をかき上げる。

赤紫のウェーブが、屋台のランタンの光を受けてふわりと揺れる。

その横で、肩の上のリーンが身を乗り出した。


「ミナトちゃんミナトちゃん! “縁結び”だって! 入ろう入ろう!」


「いや、俺たち今四人なんだけど……カップルじゃなくね?」


「四人いたら、四通りの縁があるじゃない?

 ねぇテオ? ミナトちゃんとアタシの縁とか〜」


アリアが俺の腕に絡みつく。

柔らかい感触が遠慮なく押し寄せてきて、思考が一瞬フリーズした。


(毎回、毎回!!お、おっぱい近いっ……! ていうかほぼ当たってる!)


俺の右腕は、ふわふわの何かに完全に埋もれている。

俺のもかなりふわふわな自覚はあるけど、アリアのはそれ以上で「迫力」だ。

これで気絶しない男がいたら尊敬する。


「アリア殿。ミナト様にあまり過度な接触をしないでください。」


「やだ、テオ。やきもち?」


「……護衛としての、冷静な判断です」


いつも通りの低い声。

だけど、ランタンの光のせいか、

テオがちょっとだけ赤くなってるような気がするのは俺の気のせいかな。


「まぁまぁ、せっかく来たんだし、ちょっとだけ見ていこうよ。食べ歩き、続きしよ、続き!」


元男子高校生として、祭りの、それも夜の屋台は素直にテンションが上がる。

焼き串、甘い菓子、よく分からない揚げ物……さっきからちょこちょこつまんでるけど、まだ全部制覇してない。


「ミナトちゃんがそう言うなら、決まりだね!」


リーンがぱたぱたと羽を震わせて、先に飛び込んでいってしまう。

妖精サイズのガイドさんは、今日も安定して先陣を切るのだった。




◇◇◇




縁結び市の屋台は、昼間よりちょっとだけロマンチック仕様だ。

カップルでシェアするためのハート型のお菓子。

“二人でお揃いにすると願いが叶う”とかいう半分インチキくさいお守り。

手を繋いでくぐるアーチ。


……うん、完全にリア充向けじゃん。


「ミナト様。ここは人が多いので、はぐれぬよう」


テオが自然に俺の腰のあたりに手を添えて、進行方向をさりげなく誘導してくる。

その手は大きくて、安定の安心感…な、はずなのだけど、今は「縁結び市の空気」と合わさってやたらドキドキした。


(落ち着け俺。これはあくまでいつもの護衛ムーブ。プロの仕事。断じて“恋人同士っぽい”とか考えるな)


「ミナトちゃん、ほら。あの串、おいしそうじゃない?」


アリアが指さした先には、香辛料たっぷりの肉串が山のように積まれていた。

元々串焼きを買ってから帰るつもりだっただけに、俺は判断を迷わない。


「食べる! ください、四本!」


「ウチの姫さん、ホントに食べ物の時は反応が早いわねぇ」


からかうアリアに、俺は肉串を一本押し付けた。


「アリアもちゃんと食え。おっぱいばっか成長してるけど、体力つけろ」


「ちょっとミナトくん、どこ見て何言ってんのよ〜?」


アリアが笑いながら俺の脇腹をつつく。

テオはテオで、無言で肉串を受け取りながら、どこか満足そうに俺たちのやり取りを見ていた。


(……なんか、この感じ、やっぱいいよな)


ここは異世界で、魔王の娘で、いろいろ大変なはずなのに。

こうやって笑いながら食べ歩きしてると、普通の高校生っぽい気分になれる。

そんなことをぼんやり思っていると、ふと視界の端に、妙に“それっぽい”屋台が映った。

リーンがくいくいっと俺の袖を引っ張って指差す。


「ミナトちゃん、あれ……!」


「うわ、“出た”って感じのやつ来たな……」


看板には、こう書いてあった。


『恋占い・縁結びの護符 恋を叶える魔導具あります』


テーブルの上には、小さなペンダントや指輪、紙札みたいなお守りがずらり。

奥には、フードを目深に被った魔族の老婆が、いかにも怪しげな手つきで水晶玉を撫でていた。


「こういうの絶対当たらないやつじゃん……」


「ミナトちゃん、分かってないなぁ〜。“当たるかどうか”じゃなくて、“キャーキャー言うのが楽しいやつ”なんだよ?」


リーンが偉そうに腕を組む。

身長二十センチのくせに、態度はやたらデカい。


「ふふ、確かに。この手の屋台は、女の子がキャッキャ言うためにあるのよねぇ」


アリアが面白がって近づいていく。

テオは、完全に「警護モード」の顔になって一歩後ろからついてくる。


(まぁ、見るだけならいいだろ……)


そう思って、俺もついフラフラとついていく。



「おやおや……これはこれは」


老婆が、水晶玉の向こうから、じっとこちらを見つめてきた。

その視線が、まっすぐ俺の虹色の瞳に突き刺さった。


「……?」


「ほほう、ほほう……これはまた、とんでもなく派手な“縁”をぶら下げてるお嬢ちゃんじゃなぁ」


お、お嬢ちゃん。

そう呼ばれるのは、いまだにちょっと慣れない。


「派手な、縁……?」


「そうよ、ミナト。アタシから見ても、あなたの魔力の糸、かなり大渋滞してるもの」


アリアが面白そうに身を乗り出す。

テオは黙ったまま、しかし明らかに警戒心マシマシといった表情だ。


「で、お前さん。誰との縁を強めたい?

 “今の主”かい?

 それとも、遠い世界に残してきた“誰か”かい?」


「はあっ!?」


いきなり核心をぶち込まれた。


(今の主=魔王?

 遠い世界に残してきた誰か=母さん……?)


図星を刺された気がして、思わず視線を泳がせる。

テオが、ほんの一瞬だけ目を伏せたのが分かった。


「おや、ちょっとお待ちよ。こりゃあ恋路も絡んでるかもしれんのぅ」


「こ、恋路って……!」


否定しようとした瞬間、リーンが俺の肩の上でぴょんと跳ねた。


「ねぇねぇババ様、この子、“縁”が多すぎてこんがらがってるからさ。“ほどいて繋ぎ直す”みたいな護符とかないの?」


「ちょ、リーンちゃん余計なこと言わないで!?」


老婆は一瞬きょとんとしたあと、くつくつと笑った。


「あるともさ。ちょうどさっき作った試作品が、一つだけねぇ」


そう言って取り出されたのは、小さな透明の石が埋め込まれたブレスレットだった。

淡い光が内側で揺れている。


「“縁結び”というより、“縁の整理”じゃな。身につけた者と、今いちばん近い縁を、少しだけ強めてくれる……はずじゃよ」


「はず、って言ったよね今!?」


「試作品、とも言いましたね」


テオの声が低くなる。

だが老婆は気にした様子もなく続けた。


「いいかね?これはあくまでも普通の娘の、ちょっとした手助けをする程度なんじゃ。“うっかり告白しちゃった♡”とか、“手を繋いじゃった♡”程度のねぇ」


「……それけっこう強くない?」


「ミナトちゃんにそれを使ったら、絶対おもしろ……じゃなくて、何か分かるかも!」


リーンの口が完全にすべった。


「今“おもしろ”って言いかけたよね!? ねぇ言いかけたよね!?」


「ミナトちゃんの魔力、普通の娘の何倍どころじゃないからなぁ……」


アリアが顎に手を当てて、完全に研究者の目をしている。

やめろ、その目はロクなことにならない。


「……やめておいた方がよろしいかと」


「テオの言う通りだと思う。ほら俺、こう見えても“魔王の娘の聖女の子”っていう面倒くさいタグ背負ってるし」


一応自覚はある。

あるんだけど──


「……まぁ、でも」


老婆がじっと俺を見上げる。


「お前さん自身の“本当の気持ち”を、ほんのちょっとだけ自分で確かめるには、悪くない道具かもしれんよ?」


心臓が、ドクンと鳴った。


テオの横顔、アリアの横顔、魔王の顔、お母さんの笑顔。魔帝城の自室から見る風景に日本での俺の部屋……

いろんなものが一瞬で頭の中を駆け巡る。


(……俺、自分が何を一番大事にしたいのか、ちゃんと分かってないのかも)


そう思った瞬間──


「よし、買った!」


俺は、ほとんど反射でブレスレッド代を支払っていた。


「ミナト様ッ!?」


「やっぱりミナトちゃんは最高!」


「こういう時の決断力、すごいわよねぇ。方向性はともかく」


三者三様のリアクション。

俺は苦笑しながら、ブレスレットを腕につけた。

──その瞬間


「……あれ?」


ブレスレットの石が、ぼうっと強く光った。


「ちょ、ババ様? これ、本当にただの護符?」


「お、おかしいのぅ。さっきまでこんなに……」


老婆が目を丸くする。

同時に、俺の胸の真ん中あたりから、じわっと温かいものが広がった。


(な、なんか……胸の中が熱い……?)


心臓がいつもより忙しく動いている。

でも、それだけじゃない。胸の奥に絡まっていた糸が、ぐいっと引っ張られるような感覚。


「ミナト様、ブレスレットから魔力の……」


テオの言葉が最後まで続く前に、光がぱあっと弾け飛んだ。

次の瞬間──


「わぁ……」「きれい……」


周囲から、ざわめきと感嘆の声が上がる。

俺の足もとから、虹色の光の粒がふわふわと立ち上り、屋台通り全体に拡散していく。


「ちょ、ちょっと!? これ、完全にミナトの魔力拾っちゃってるじゃない!」


「ミナトちゃん、今すっごく良い匂いしてる……!」


アリアとリーンの声がほぼ同時に飛んでくる。

その言葉通り、屋台の中の空気がどこか甘く、くすぐったいものに変わっていくのが分かる。

すぐ近くのテーブルでは、さっきまで普通に飲んでいた魔族カップルが、突然顔を真っ赤にして見つめ合い始めた。


「……あ、あの、その、前から……」

「ぼ、僕も……!」


隣のベンチでは、友人同士っぽい男女が、勢いで告白し合っている。

別の場所では、長年連れ添ったらしき夫婦が、急に手を握り合って照れていた。


「なにこれ、街全体がラブコメ化してない!?」


虹色の光はその間も拡散を続け、

あちらこちらで恋愛ドラマが始まりだす。


「ミナトちゃんの魔力、ここにいる全員に“ちょっとだけ”作用してるみたい……!

 はぁ〜ん!すごいわ、何だか溢れちゃうぅ~~♡」


アリアの目が、完全に研究者モード+サキュバスモードになっている。

テオはというと──


「…………」


無言だ。

無言なんだけど、いつもより呼吸が少し浅い。

さっきまで落ち着いていた茶色の瞳が、ほんの少しだけ潤んで見える。


「テ、テオ……?」


「ご安心を。理性は保っておりますので、問題ありません。」


そう言いながら、一歩だけ俺との距離を取った。

いつもなら、危険を感じたらすぐに俺の傍にきて庇うのに。


「むしろ危険源がミナト様ご自身ですので」


冷静な分析と一緒に、さらっと爆弾発言をしないでほしい。


「ちょ、リーンちゃん! これ、止められないの!?」


「ボクの魔力じゃ、もう混ざっちゃってて無理〜。

 ミナトちゃんの魔力、思ったよりえげつないよ?」


本人にえげつないって言うな。


「ババ様! これ、どうなってんの!」


「わ、わしの想定の十倍は強う出ておる……。

 お前さんの魔力どうなっとんじゃ!!!」


老婆は半分笑いながら、半分本気で驚いている。

その背後では、告白したり、手を繋いだり、照れたりしているカップル(と新カップル候補)が量産されていた。


(やばい……完全に“縁結び市”の盛り上がりブースターにされてる……!?)


「うっ……」


ブレスレットを介して魔力が拡散されたせいなのか

不意にめまいが俺を襲う。


「…っ、ミナト様?」


テオが珍しく一瞬躊躇ったのち、サッと俺の腕を掴んで座り込むのを防ぐ。

俺はくらくらする頭を手で抑えると何とか踏みとどまった。


「ごめん…ちょっと立ち眩み…。」


「……ミナトちゃん。歩ける?」


アリアが心配そうに覗き込んでくる。

さっきよりも、俺の体の中の“熱さ”は増していた。


「う、うん。大丈夫、ちょっとフラフラするけど……」



「このままここにいると、マジで街全体が“告白大会会場”になるわね。面白いけど、さすがに後が大変だわ。」


アリアが肩をすくめる。

その間も量産され続けるカップル達を見渡しながらテオが頷いた。


「とりあえず、ミナト様を人混みから離すのが先決かと」


テオが短く言い、俺の手首をそっと掴んだ。

その手は震えていない。けれど、握る力がいつもより少しだけ強い。

俺はめまいのする頭を片手で抑えたまま、いつもより硬い顔の護衛を見上げる。


「テオは…大丈夫?」


「……護衛として、ミナト様が誰かに攫われぬよう努めているだけです」


言葉だけならいつも通りなのに、声のトーンがわずかに低い。

なんか逆にドキドキするからやめてほしい。


「ババ様、このブレスレット、どうにかならない?」


「一晩経てば皆、落ち着くはずじゃ。今は“縁のおおもと”から離れるのが一番よ」


縁のおおもと=俺。


つまり、会場の人たちを助ける(?)なら

俺がこの場から退散するのがベストらしい。


「……分かった。じゃあ、城に戻ろう」


そう決めた瞬間、テオの手の力がほんの少しだけ緩んだ。

変わらず顔は硬いままだったが、その視線は出口を真っすぐ見つめていた。


「アリア殿、リーン。周囲の警戒を。ミナト様を中心に、人の波を避けつつ戻る」


「了解〜。ラブコメの余波で酷いケンカになってる人はいないみたいだから、その点は平和ね」


「ボク、上から見張る! ミナトちゃんの上空はボクの縄張り!」


頼もしいのか頼もしくないのか分からない宣言をしつつ、リーンが空中に躍り出る。

俺たちは、恋と告白で妙に盛り上がり始めた市場を横目に、そっとその場を離れた。


(……なんか、すごいことしちゃった気がする)


手首では、ブレスレットがまだ微かな光を放っている。

テオに誘導されながらふらふらと歩く俺の横でアリアがこっそりと囁く。


「そのブレスレット、後で私に解析させてね?…ねぇ、絶対よ♡」


魔力の影響なのか無駄にサキュバスモードが前面に出てるアリアが

そのまま手を引かれていない方の俺の腕に絡み、すりすりと俺に頬擦りしてくる。


「アリアドネ、そういったことは後にしろ。」


それを横目に見たテオが刺々しい声でアリアを諫めた。

その言葉の強さに俺は思わずテオをまじまじと見つめる。


「あら~騎士団長様に怒られちゃったわぁ~。えーんミナト~アリア怖~い♡」


「…………はぁ」


テオが眉を寄せたまま目を閉じて溜息をつく。


(すげぇ……テオがこんなにイライラしてるとこ、初めて見たかも…)


俺はこれ以上テオの機嫌が悪くならないように

鉄の理性でアリアを腕から引剥がす。

上から見ていたリーンは腕組みしながらニヤニヤしている。


「ミナトちゃん、モテモテで大変だね!

 ボクも、もちろん大好きだよ~~!」


「リーンちゃんは平和で良いね。俺も大好きだよ。」


俺は自分の大きな目が半月の形になるのを感じながら棒読みで返す。

リーンは大笑いしながら空中に飛び上がった。

そんなリーンをじろりと睨み、嘆息する。


俺の魔力って、どうなってるんだ?


珍しく手に汗をかいているテオの横顔を見ながら

俺は更にそっと溜息を吐いた。



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