◆第18話 城下町散策①
目を開けた瞬間、
いつもより空気がやわらかい気がした。
すっかり慣れてきたいつもの朝――
なんだけど、今日は、ちょっとだけ特別だ。
「ミナトちゃーん、起きてるー?
起きてなかったら今から起こしに行くけどー!?」
遠慮という概念を知らない妖精の声が、
窓越しに響いてくる。
ついでにバンバンッと
小さな手で窓を叩いてる音もする。
「……もう起きてるってば!」
ベッドの上で上体を起こしながら返事をすると、
窓の向こうで「やっぱり今日は早起き!」って
からかうような笑い声が聞こえて、
そのまま遠ざかっていった。
俺は思わずニヤケそうになる頬を手で押さえる。
(……そりゃね、
結構前から今日を楽しみにしてたからな!)
なぜなら今日は――
「城下町に、行ってもよい」
と、魔王――父さん直々に許可が出た日なのだ!
初めての異形との戦闘から少し時間が経って、
俺もだいぶ体力と魔力のコントロールが戻ってきた。
暇を持て余した俺が父さんに遠回しに言ったところ
表向きは視察という名目で、
気晴らしのために城下町に出かけることになったのだ。
(初めての城下町……
ゲーム的に言ったら、完全に“チュートリアル飛び出していざフィールド”だよな)
わくわく半分、不安半分。
俺はベットから降りると、そのまま姿見の前に立ち、自分の姿をじっと見下ろした。
長い黒髪。常時キラキラしてる虹色の瞳。
その下に――いつまで経っても慣れない……
いや、風呂とかで見慣れてはいるんだけど、ボリュームのある胸元。
(あー……今日こそ「ただの観光」ってノリで楽しみたいのに、
どう考えてもこの身体、観光向きじゃないんだよな……視線集めまくるやつだろ……)
そんな俺の嘆きを、扉の向こうのノック音が遮った。
「はーい?どうぞー!」
俺の返事に続いて、勢いよく扉が開く。
「おはよーミナトちゃーん、おまたせぇ!」
派手な赤紫のウェーブヘアを揺らしながら、アリアがずかずかと入ってくる。
その後ろから、ふわっと金色の何かが飛び込んできて、俺の目の前でくるっと一回転した。
「おはよー!ミナトちゃん、お出かけ日和だよー!!」
リーンだ。
今日も筆箱サイズのくせにテンションだけは城一つ分ある。
「朝から元気だなぁ、二人とも」
「だって今日は、ミナトちゃん“お披露目”の日だもの。城下町って、噂好きの宝庫よ?
“魔王の娘で聖女の子です”って顔して歩くんだから、せめて格好はアタシが責任もって仕上げないと」
「その紹介の仕方やめろぉ!? 絶対に騒ぎになるやつだろ!!」
俺がツッコミを入れるより早く、アリアは俺の前にドンっと服の山を置いた。
「はい、本日のコーデ候補!
一番左が“清楚ちょい甘プリンセス”、
真ん中が“ちょっと大人なお嬢様”、
右が“歩く男殺し”。」
「最後のやつ物騒すぎない!?」
試しに右の服をつまんでみると、
どう見ても布の面積が少ない。
「これ絶対、城下町に着く前に父さんに止められるやつだろ……」
「じゃあ消去法で真ん中かしらねぇ。
清楚は今さらって感じだし、“ちょっと大人”でテオの反応見ましょーか?」
「な、なんで最終目的がテオなの!?」
とはいえ、アリアのセンスを疑えないのは悔しいところだ。
選ばれたワンピースは、淡いクリーム色に黒いリボンがアクセントになった膝丈ドレス。
胸元はギリギリ「上品」と言い張れるラインで、ウエストがきゅっと締まり、スカートがふわっと広がる。
鏡の前に立つと――
「……うわ、なんか、ちゃんとお姫様してる……」
長い黒髪をハーフアップにまとめられ、
虹色の瞳がきらりと光った。
(中身は俺なのに……外見だけやたらポイント高いな、おい)
「ミナトちゃん、すっごく似合ってる!」
リーンが目をきらきらさせながら、ふわふわと周りを飛び回る。
「胸のライン、やっぱり良いわねぇ。うんうん、これはテオが無言になるやつだわ」
「アリア、そこ考察しなくていい!!」
わちゃわちゃしていると、再びノック音がした。
「ミナト様、テオバルトです。ご支度の状況はいかがでしょうか」
「ぎゃー来た!!」
反射的に立ち上がると俺の胸は、ドレスの布ごとふわんっと揺れた。
……揺れるな。落ち着け。俺の心臓がつられて変なリズム刻むから。
「入って大丈夫よぉ~」
アリアの呑気な声で扉が開き、アッシュグレーの髪と茶色の瞳――テオが姿を現す。
「お迎えに上がりました、ミナト様。
……本日は、その、お出かけ日和かと」
一瞬だけ、テオの視線が俺の全身をすっとなぞる。
そのまま、ほんの一拍、動きが止まった。
(……あ、今、固まった)
すぐに表情はいつもの冷静さに戻るけれど、
その目が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
「……よく、お似合いです」
「っ……あ、ありがと」
なんか、まじまじと褒められると、変に照れる。
声がちょっと裏返ったのは聞かなかったことにしてほしい。
「ほらほらテオ。今日のミナトちゃん、いつも以上にお持ち帰りご遠慮ください仕様なんだから、ちゃんとエスコートしてあげなさいよ?」
「アリア殿、その表現はいかがなものかと……。
……しかし、護衛としては、より一層気を引き締めさせていただきます」
テオは真面目に答えながら、俺の前にすっと手を差し出した。
「本日は私が城下をエスコートさせていただきます。お手をどうぞ」
「あ、う、うん」
エスコート。
日本ではそんな習慣なかったし、
誰かにするのもされるのも考えたこともなかったけど、普通に手を出せばいいんだよな?
そんな、どこか他人事みたいな思考で
スッと手を出してしまったのがいけなかった。
その手を取る瞬間、
指先が触れ合って、一気に現実に引き戻される。
俺よりも明らかに大きな大人の手。
手袋越しでもテオの体温がわかり、
握られた時の安心感がすごい。
(……いやいや、落ち着け俺。これはただの護衛ムーブ。職務。プロ意識。うん)
テオの方は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
その完璧な落ち着き具合に何故か腹立たしくなって
俺も深呼吸で動揺をやり過ごす。
アリアが小さく手を叩いて、注目を集めた。
「よし、それじゃあ城下町ツアー、出発といきましょうか、ミナトちゃん」
「わーい!ミナトちゃんと初デートだー!」
リーンが俺の肩に乗ると顔に抱きついてくる。
金髪のふわふわが頬に当たるくすぐったさに
肩をすくめながら、俺も自然と笑顔だ。
「ぞろぞろ行くのってデートって言うかな?」
「どうですかね。」
視線だけで投げかけた質問にテオも小さく笑うと肩をすくめる。
リーンは気にした様子もなく、小さな拳を振り上げて楽しそうだ。
「出発進行ー!!」
こうして俺たち四人は、浮き立つ気持ちを抱えたまま、城下町へ続く城の門をくぐったのだった。
◇◇◇
城門を抜けた瞬間、空気が変わった。
石畳の大通りに、色とりどりの布で飾られた店先。
焼いた肉の匂い、甘い果物の香り、香辛料のツンとした刺激。
魔族、獣人、エルフ、ドワーフ……いろんな種族が行き交っている。
「うわ……テーマパークかよ……」
「テーマ……?」
「あ、こっちの世界でいう“お祭り+遊園地”みたいなもん!」
説明になっているようでなってないような俺の言葉に、リーンが楽しそうに笑う。
「ミナトちゃん、いつもより目がキラキラしてる〜。
やっぱり外の世界、好きなんだね」
「そりゃまあ。だって屋台とか……最高だろ」
正直、俺の胃袋が一番テンション上がっている。
「ミナト様、あまり人混みの中にお一人で入らないように」
すかさず横にぴたりとつくテオ。
その反対側に、自然な顔で腕を絡めてくるアリア。
「ほらほら、ミナトちゃん。迷子になったら大変よ、アタシが掴んでてあげる♡」
「だぁあ!歩きにくい!!」
とはいえ、アリアと腕を組むと、
やわらかいものが当たって、うっかり意識がそっちに向いてしまいそうになる。
(くっ……この包容力……! これがサキュバス系お姉さんの本気……!)
アリアはアリアで俺の腕を掴んだまま首筋に鼻を寄せてくる。
「ミナトちゃんの匂い、やっぱりいいわぁ。
これ、歩いてるだけでナンパされないか心配なんだけど?」
「やめろ縁起でもないこと言うな!」
「ナンパされたら、ボクが鼻先に魔法ぶつけてやるから大丈夫だよ!」
「それはそれで物騒なんだよなぁ!?」
そんな調子で騒いでいると、
通りの向こうから、香ばしい匂いが漂ってきた。
「ミナト様、あちらは串焼きの屋台ですね」
テオが視線で示した先には、肉を豪快に焼いている屋台が。
「行く」
即答だった。
「決断早っ」
アリアが呆れつつも笑い、テオは小さく肩をすくめる。
「では、私が購入して参ります。ミナト様はこちらで――」
「いや、一緒に並ぶ。待ってる方が落ち着かないし」
そう言うと、テオが一瞬だけ目を細める。
「……承知しました。では、私の傍から離れないでください」
「はいはい、お父さんか」
「父親というには、いささか年齢が近すぎますが」
「そこ真面目に返さなくていいから!」
結局4人で列に並んでいる間、
屋台の親父さんが、ちらちらと俺たちを眺めてくる。
俺たちの番が来る頃には、親父さんが“待ってました!”と言わんばかりに話しかけてきた。
「嬢ちゃん、美男美女を侍らせて、景気がいいねぇ!」
「俺!?いやいや待って、もうちょい言い方ありません!?」
「ひとりは渋くて真面目そうな騎士様、もうひとりは色気ダダ漏れのお姉さん。
で、真ん中の嬢ちゃんが一番可愛いときたか。
こりゃあ、どうくっつくのか賭けが盛り上がりそうだなぁ!」
「賭けの対象にすんな!」
「おじさん!ボクもいるんだけど!?……ぶっ」
リーンが俺の肩後ろから顔を出そうとして、俺に思い切り手で押し戻される。
これ以上ややこしくなっても困るからな。
許してくれリーンちゃん……
テオが小さく咳払いをする。
「串焼きを4本、会計を。」
「おっと、こりゃ失礼。いやぁ、嬢ちゃんと騎士様、並んでると絵になるね。
夫婦じゃないのかね?」
「ぶっ」
今度は俺から思いっきり、変な音が喉から出た。
「ふ、夫婦!?」
隣でテオも一瞬固まり、耳まで赤くなっている。
「いえ、私は……その……」
珍しく言葉に詰まるテオ。
普段どんな難しい戦略でも淡々と説明するくせに、そこで動揺するのかよ!
「残念ながら、夫婦にはまだ程遠いわねぇ」
アリアがくすくす笑いながら、ちゃっかり会話に入ってくる。
「でも、未来の可能性ならあるかもしれないわよー?」
「アリアさん!?」
即座にツッコむ俺をみて屋台の親父は「おお?」とニヤニヤし始めるし、
テオは「アリア…」と低い声で抗議の視線を送るし、
リーンは「ボクはテオに金貨五枚、アリアに金貨三枚賭けるー!」とか言い出すし。
結局、串焼きはサービスで一本おまけしてもらった。
……何か釣り合わない気もするけど、旨かったから許す。
「ミナトちゃん、皆こっちこっち!ねぇ見て!きれ~い!」
「ん?」
いつの間に先を行っていたリーンが大きな声で俺たちを呼ぶ。
リーンを追って市場を通り抜けた奥には、
小さなアクセサリーショップが並ぶ一角があった。
色とりどりの石や、金属細工がキラキラと光っている。
「わぁ……」
思わず、感嘆の声が漏れる。
虹色の瞳に映る宝石たちは、まるで別の世界の星みたいだ。
「ね!きれいだよね~!」
俺とリーンはしばらく店先で宝石たちに釘付けになる。
「気になる? ミナトちゃん」
アリアが俺の背中にぴとっとくっつきながら耳元で囁くように聞いてくる。
「いや……こういうの、見てるだけでも楽しいなって」
「ふふ。似合いそうなの、いくつでもあると思うわよ?」
そう言い終わる前に、アリアは勝手に店内に入っていき「この子に似合うの、いくつか出して」と店主に声をかけ始めた。
「ちょ、アリア、買うなんて一言も――」
「見るだけよ、見るだけ。
……気に入ったら、テオが買ってくれるでしょ?」
「なぜそうなる」
テオの眉がぴくりと動いた。
が、次の瞬間には俺に真っすぐ向き直る。
「ですが、ミナト様がお望みであれば、いくつでも」
「そういうことさらっと言うな!」
でも、言われた瞬間、ほんの少しだけドキッとしたのも事実だ。
これが本当のお姫様扱いってやつか…。
俺が動揺している間にも店主が、小さな箱をいくつか並べる。
中には、細い鎖に小さな石がついたネックレスや、耳飾り、ブレスレット。
「ミナトちゃん、これどう?」
アリアが手に取ったのは、シンプルな銀のネックレスに、小さな透明の石が一粒だけついたものだった。
「派手じゃないけど、光の入り方で七色に見えるの。
ミナトちゃんの瞳と、お揃いみたいでしょ?」
「……」
石が外からの日差しで七色にキラリと輝く。
(お揃い……この世界で俺の瞳は、母さんとお揃いなんだよな。)
思わず感傷的になり静かになった俺に、誰も何も言わなかった。
アリアが俺の手を引いて鏡の前に立たせると
器用にネックレスを俺の首にかけてくれる。
ひやりとした鎖の感触と、すぐ近くに感じるアリアの息。
「動かないでね、ミナトちゃん。
大丈夫、いくら首筋が綺麗だからって噛みついたりしないから」
「今なんか物騒なワード混ざったよね!?」
とはいえ、アリアの指先は繊細で、痛くも怖くもない。
鏡に映った自分は――少しだけ大人びた女の子に見えた。
「ん、いいんじゃない? どう、テオ?」
アリアがくいっと俺の肩を押し、テオの方へ身体を向けさせる。
テオは一瞬だけ息を呑んで、それから、ゆっくりと頷いた。
「……とても、お似合いです。
歩くたびに光が揺れて……ミナト様がそこにいることを、見失わずに済みそうだ」
「っ……今の、けっこう恥ずかしいこと言った自覚ある?」
急にポエムみたいなことも言えちゃうとか。
守備範囲が広すぎるだろ騎士団長。
「お買い上げ、決定ね!」
アリアが勝手にまとめる。
「いやいや、待って、まず値段を――」
「ミナト様の護衛として必要な“目印”と考えれば、必要経費です」
テオが淡々と財布を出した。
「護衛の必需品として処理した!?」
リーンが、それを見てきゃあきゃあ騒ぐ。
「ミナトちゃんの初・テオ印アクセだ〜!城に帰ったら帝国史に追記してもらお!」
「変な項目を残すな、歴史に!!」
支払いを済ませて店を出ると、店主のおばさまがにっこりと微笑んだ。
「お二人とも、お幸せにねぇ」
「だから夫婦扱いやめてぇぇ!!」
通りに出るまで、俺の耳はずっと熱かった。
◇◇◇
「ねぇねぇ、次はあっち行こうよ!」
リーンが指差したのは、色とりどりの瓶が積まれた露店だった。
「怪しい薬屋だな……」
黒いローブを着た店主が、何やら怪しげなポーズと共に瓶を掲げている。
「さあさあ、飲むだけで一晩中元気! 見るだけで恋が叶う!
塗るだけでモテモテ! 奇跡のポーションはいかがかな!」
「アウト〜〜〜!!」
反射的に叫んだ俺を、テオがちょっとだけ尊敬の目で見た気がする。
「ミナト様、確かにあれは完全に違法すれすれの品ですね。
……いえ、すでにアウトかもしれません」
「ボク、試してみたい!」
「やめろリーン! お前にそんなもん渡したら、この世界終わる!!」
アリアが顎に手を当て、妙に真剣な顔をする。
「でも、“見るだけで恋が叶う”ってワード、ちょっと気になるのよねぇ。
仕様書、あとで押収して読みたいわ」
「アリアはアリアで何する気なの!?」
店主が、俺たちを見てニヤリと笑う。
「おやおや、お嬢さん!そこのイケメン騎士様との仲を、もう一歩進めたいとは思わんかね?」
「なんで俺の心の奥をピンポイントで刺してくんだよ!?」
まだ認めないけど! 自覚したくないけど!!
だからこそ、その勧誘は危険すぎる。
テオが俺を隠すように一歩前に出る。
「……そのような怪しげな薬物で、人の心を弄ぶのは感心しませんね」
「おっと、騎士様の前説教は勘弁だ。
……こいつはただの甘いシロップさ。効果があるかどうかは、飲んだ人の気分次第よ」
「余計タチ悪いわ!」
俺のツッコミにリーンがくすくす笑いながら、肩にちょこんと座る。
「いいじゃん、ミナトちゃん。テオに飲ませてみよ?」
「やめろっつってんだろ!!」
そんな危険なノリを、アリアがほどよいところで手綱を引いてくれた――
「今日は見るだけね。
……でも、今度こっそり研究用に一本買っておこうっと」
――ように見えただけだった。
「アリアぁぁぁ!!」
賑やかなやり取りに、近くを通り過ぎる人々もくすくす笑っている。
誰も、俺が“異世界から来た魔王の娘で聖女の子”だなんて知らない。
ただ、ちょっと派手な格好をした黒髪の女の子が、
騎士と魔法師と妖精と一緒に、観光してる――それだけの光景だ。
(……こういうの、悪くないな)
日本での普通の休日とはまったく違うはずなのに、
どこか似た匂いがする気がして。
俺はまた自然と口角が上がるのを抑えられなかった。
市場を一通り回ったあと、
テオの案内で、城下町を見下ろせる小さな高台に上った。
オレンジ色の夕陽が、屋根の群れと石畳を染めていく。
遠くでは、鐘の音が鳴り始めていた。
「……綺麗だな」
思わずこぼれた言葉に、横からテオの声が重なる。
「ええ。……ミナト様に、この景色をお見せできて、よかった」
ふと横を見ると、テオは町並みではなく、俺の方を見ていた。
「景色の方見ろよ、騎士団長」
「見ていますよ。……ミナト様ごと」
「意味深なこと言うな!!」
アリアが後ろから笑いながら俺の肩に顎を乗せてくる。
「ねぇミナトちゃん。
もしもの話だけど、人間国の城下町も機会があったら、見てみたい?」
「……そうだな」
今日街歩きをして色んな種族を見たけど、
魔帝国には、人間のような見た目の魔族はいても純粋な人間はいないらしい。
魔帝国の他にも、エルフの里とかドワーフの地下帝国、人間が住む聖光王国など
まだ見たことのない景色が、この世界にはまだたくさんあるようだ。
けれど、今、俺の目の前にあるのは――
魔王である父さんが治める国の城下町。
そして、その隣で当たり前のように立っているテオと、
後ろから抱きついてくるアリアと、頭の上でくるくる飛ぶリーンだ。
(……どこに行くにしても、このメンバーで歩くなら、悪くないな)
そんなことを思っていた、そのとき。
「ねぇねぇ、ミナトちゃん」
リーンが急に顔を空に向けて真剣な声を出した。
「ん?」
「ボク、ちょっとだけ……変な“風向き”感じる。
まだ遠いし、今すぐどうこうって感じじゃないんだけどさ」
「変な風向き?」
アリアが目を細める。
テオも、すっと視線を町の外に向けた。
「……気のせいならいいんだけどね!」
リーンはすぐに笑顔に戻り、「今日は楽しい日なんだし、難しい顔は明日のボクに任せよっ」と、勝手なことを言って空へ飛び上がる。
「お前、自分で言った“変な風向き”を雑に扱うなよ……」
「じゃ、そろそろ城に戻ろっか」
アリアが伸びをしながら言う。
それを受けて俺は、スッと手を挙げる。
なぜなら……
「帰り道、もう一本だけ串焼き食べたいです」
「はい!ボクも右に同じです!」
俺の提案に、リーンも即座に手を挙げる。
「……ミナト様がお望みなら、何本でも」
テオが自然に口にして、俺は思わず笑った。
「じゃあ、今日はテオの財布に甘えちゃうか~!」
「お任せください。万が一足りない場合は、アリア殿に借ります。」
「いや借金はやめろ!!?」
笑い声と夕暮れの風に包まれながら、
俺たちは来た道をゆっくりと戻っていった――。




