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◆第17話(閑話)リーンの観察日記



……えっと。

ボクの名前はリーン・フェアリール。

種族は妖精、見た目はちっちゃいけど

実は、中身は百年以上やってるベテランだ。


で。


この世界のバランスを揺るがすとんでもない存在が、今――

魔帝国の城の、とある一室でぐーすか寝ている。


そう、ミナトちゃんだ。


虹色の瞳を持つ元男の子にして、

今は女の子になった魔帝国の皇女サマ。



そして、光と闇のとんでもハイブリッド魔力の持ち主。


……なのに、寝相はあんまりお姫様っぽくない。

そこがまた、最高に可愛いんだけどね。


「ん〜……ねむ……」


ベッドの上で身体をもぞもぞさせるミナトちゃん。

黒髪がシーツに広がって、虹色の瞳がうっすら開く。


(ふむふむ、本日もすごく奇麗な魔力の色!)


ミナトちゃんは妖精の目で見てもかなり可愛い。

ボクはベッドの柱にちょこんと座って、足をぶらぶらしながら観察モードに入る。


纏う魔力は光と闇が入り混じった虹色。いつもちょっと甘い良い匂いがする。

それだけでも十分妖精として惹かれるんだけど、

大きな虹色の瞳に長いまつげがばさーってなってて吸い込まれそうだし、

柔らかい胸は乗り心地(?)いいし、

あとは全体的に、なんていうか、“線が綺麗”ってやつ。


元男の子とは思えないくらい、女の子としてここまで仕上がってることに

転換召喚した魔王陛下の激重な愛を感じざるを得ない。


「……あれ、リーンちゃん……?」


「おはよ、ミナトちゃん。寝癖、今日も元気だよ〜」


前髪がちょっと跳ねてるのを指さしたら、

ミナトちゃんは反射的に両手で頭を押さえた。


「うそだろ!? 今日こそキリッとした皇女モードでいこうと思ったのに!」


「残念〜。でもボクは寝癖ミナトちゃんも好き」


「慰めになってねぇ!」


そんなやりとりをしていると――

コンコン、と扉を叩く音。

このリズムは、もう覚えちゃった。


「ミナト様。テオです。入ってもよろしいでしょうか」


来た、騎士団長。

タイミング良すぎるでしょ。

あれ絶対、ミナトちゃんが起きた気配を読んでノックしたよね。


「ちょ、ちょっと待って!今はダメ!!」


ミナトちゃんが慌てて布団を胸元まで引き上げる。

寝間着、ゆるいからね。うん。とても、ゆるい。

ボクはこっそりメモを取るふりをしながら、

(※本当にメモしてるけど)

扉の向こうにいるであろうテオの顔を想像する。


たぶん今、

耳をぴくっとさせて、様子を伺ってる。

人狼族の血、便利そうだよね。

こっちの鼓動まで聞き取ってそうだし。


「……失礼いたしました。では、準備が整いましたら改めてお迎えに上がります」


淡々と、でもちょっとだけ間が長かったテオの声。


「……今の、絶対、気配で中の様子うかがってたよな……」


「うん。たぶん、ミナトちゃんの心臓のドキドキまで丸聞こえ」


「やめろ!!想像したら恥ずかしくなってきた!!」


ミナトちゃん、顔まっ赤。

……うん、今日も平和だ。




◇◇◇




身支度が終わって、テオがミナトちゃんを再びお迎えにくる。


「おはよう、テオ。さっきは待たせてごめんな?」


「いえ。お美しい装いでお出ましになられるまで待つのも、騎士の務めです」


わぁ。

サラッとすごいこと言うんだよね、この男。


顔もいいし、声もいいし、身長もでかいし、筋肉もバランスいいし、

ボクとしては「ミナトちゃんから距離をとりなさいポイント」がたくさんある。


(……でも、ミナトちゃんの好みど真ん中だからなぁ)


ミナトちゃん本人は、全く自覚がなさそうだけど。

身体は正直だよね。

ボクは、ひとりでうんうんと頷く。


「ちょ、そんなこと言われても、慣れねぇって……」


ミナトちゃんはと言うと、視線をそらし、胸元をちょっと押さえる仕草。

ボクはニヨニヨと口端が上がりそうになるのを隠しながらテオをチラ見。

テオは、表情ひとつ変えずに一礼。


もーーなんてつまらない男なんだ!


そんなボクの抗議の視線にも動じない騎士団長様は

そのまま淡々とスケジュールを話し出す。


「本日は城内の別棟をご案内します。昨夜の会議で、魔王陛下からも許可が出ましたので」


「父さん、また何か企んでんじゃ……」


「“娘の生活範囲をしっかり把握しておきたい”とのことでした」


「重い!!」


うん、あの魔王は重い。

でも父親としては、わりと素直で可愛いと思う。


テオが一歩前に立ち、ミナトちゃんの歩調に合わせて歩き出す。

ボクはその少し前をぴょいぴょい飛びながら、二人の距離を観察する。


(うん、だいたい半歩ぶん近い)


騎士と主の距離としては理想的かもだけど、

ラブコメ的には「あと一歩詰めろ」の距離。


テオが少しだけミナトちゃんに顔を向ける。


「ミナト様、本日の体調に問題は?」


「大丈夫。昨日ちょっと疲れたけど、ちゃんと寝たし」


「そうですか。何かあれば、すぐに私かアリア殿、あるいはリーンに」


「ちょっと!なんでボクの名前だけ“あるいは”って最後なの!?順番!順番!」


「……優先度の問題です」


テオがほんの少しだけ口元を緩める。



あ、今のは完全に冗談モードだ。


真面目で誠実で、でもユーモアもある大人の男。

そりゃミナトちゃんの耐性じゃ足りないよねぇ。

ミナトちゃんは、そんなテオの横顔をちらっと見て――


(……くっそ、やっぱイケメン……イケボは反則……)


って顔をしてた。

※ボクには見える。





◇◇◇



中庭が見える長い廊下。

大きな窓から光が入って、床石にステンドグラスみたいな模様ができている。


「ここ、好きなんだよな……」


ミナトちゃんがぽつりと言うと、テオが横に視線を向ける。


「景観は魔帝国でも屈指ですから。ミナト様のお気に召したなら何より」


「ふふん、センスが良いってことだな、俺」


「はい。ミナト様のセンスは、私も高く評価しています」


「なんでちょっと真面目モードで褒めてくんだよ!」


こういうところなんだよね。

テオの攻撃力の高さ。

そんな二人(+ボク)が歩いていると――


「あっ、ミナト様! お足元!」


「え?」


廊下の端に、落ちた布切れ。

侍女の誰かが今さっき落としたんだろう。

ミナトちゃんの足先が、それを踏む。

次の瞬間。


つるん。


「うわっ──!?」


ボクが「あっ」と声を上げた時にはもう遅かった。


ミナトちゃんの身体が前に倒れ、前を歩いていたテオが反射で腕を伸ばす。


さすが人狼族の末裔。

反応速度がえげつない。


しゅばっ、と伸びた腕が、

ミナトちゃんの腰をがっつりキャッチした。


……ついでに、

重心の関係で、

ミナトちゃんの胸がテオの胸板にぴとっと当たることになった。


「っっっ……!!??」


ミナトちゃんの頭から湯気出た※比喩。


テオはというと――

一瞬、時間が止まったみたいに固まる。


嗅覚のいい人狼族には、

今、ミナトちゃんの匂いがダイレクトに届いてるんだろうな。


(あ、これテオの自制心ゲージ、かなり削れたんじゃ?)


「……っ……申し訳ありません。お怪我は……?」


声、ちょっとだけ低くなってる。

これは、まずい方向にドキドキしてる時の声だ。


「だ、大丈夫……! 俺こそごめん、変にこけて……!」


ミナトちゃんは全力で目をそらしながら、テオの腕の中でバタバタする。

腰に回された手に、がっつり支えられているのが余計に恥ずかしいのだろう。


テオは静かにミナトちゃんを立たせると、

ほんの数秒、視線を落として黙った。


「……ミナト様」


「な、なに……?」


「いつも申し上げておりますが、身体は、大事になさってください。

 ……私の心臓にも、あまりよろしくないので」


「えっ?」


今ので完全にとどめだった。

ミナトちゃんの顔が、真っ赤を通り越して若干湯だったトマト色。


テオはあくまで忠告のつもりなんだろうけれど、

その横顔は普段よりほんの少しだけ赤くて、

耳も微妙に火照っているように見えた。


(……バレないようにしてるけど、しっかり動揺してるね、テオ)


ボクは心の中でニヤニヤしながら、メモに追記した。


きょうのメモ:

ミナトちゃんの胸vs騎士団長テオの自制心

勝者:いい勝負。次回に続く。




◇◇◇




お昼前にあんなごちそうを見てしまったボクは、

午後もわくわくしながらミナトちゃんの後をつけていた。

場所は、魔帝国騎士団ご用達の――訓練場。


「……本当に来てしまった……」


ミナトちゃんは、胸元をそっと押さえながら、砂の広場を見つめてため息をついた。


うんうん、分かるよ。


さっき着替えた訓練用の軽装、ボクから見てもなかなか危ないラインだもん。

上は動きやすい薄手のシャツに、上から羽織る軽いジャケット。

でも胸のサイズが想定外なせいで、前を全部閉めるとボタンが悲鳴を上げる。

だから、上の方を少しだけ開けている状態なんだけど――


(うん、これは絶対に騎士団長の寿命が削れるやつだね)


「ミナト様、足元にお気をつけください」


隣を歩くテオが、いつもの落ち着いた声で注意する。

今は完全に護衛モード。

でも、ボクには分かる。

さっきから視線がミナトちゃんの顔から下に落ちないように、全神経を使ってる。


(えらいなぁ、テオ。

 ボクだったら、絶対チラ見しちゃう)


……あ、してる。

ほんの一瞬だけ、喉仏が動いた。アウト。


訓練場の奥では、騎士団員さんたちが木剣を振っていた。

汗と土と鉄の匂い。

そこに混じるミナトちゃんの甘い匂い。

ボクの妖精鼻でも分かるくらいだから、人狼の血を引くテオにはたぶんもっとダイレクトに届いているだろう。


近くにいた若い騎士が、こちらに気づくとぽかんと口を開けた。


「……皇女殿下?!」

「なんだと!?わ、本当じゃないか!」

「騎士団の視察か……あの恰好で!?」


ざわざわと騒がしくなると共に視線が一気にミナトちゃんへ集まる。

ミナトちゃんはその視線に気づいて、慌ててジャケットの前をぎゅっと掴んだ。


「う、わ……剣術もやってみたいなんて言うんじゃなかった……」

「心がけは素晴らしいですよ。

 それよりも、これ以上騒がないようあいつらに話してきますね。」


テオはさらっと言うけど、それってつまり


(“見るな”って言いたいんだよね?)


声は穏やかなんだけど、横顔がちょっと怖い。

茶色の瞳の奥で、金色の光が一瞬だけ揺れたの、ボクは見逃さなかった。




◇◇◇




「では、本日は軽く体を慣らす程度にいたしましょう」


テオがそう言って、訓練場の端にミナトちゃんを誘導する。

近くには、さっきの若い騎士が一人残っていた。

木剣を持ったまま、完全に見学姿勢だ。


(お、いいねいいね、観客は多いほど楽しいからね!)


「ミナト様、こちらの木剣を」


テオが差し出した木剣をミナトちゃんが片手で受け取った瞬間――


「わ、重っ……!」


ミナトちゃんがバランスを崩した。

砂地に足を取られて、そのままぐらり。

ボクは思わず「おっ」と声が出そうになる。


前にいたテオの腕がすぐに伸び――


ドンッ。


前からじゃなく、横から別の、

見学していた若い騎士が支えようと慌ててミナトちゃんの片手を掴んだ。

……が、掴み切れずに手からすり抜け、タイミングがずれる。


結果。


ミナトちゃんの身体は、テオに向かって、勢いよく――

胸から突っ込む形で倒れ込んだ。


「っわ、ご、ごめ……っ!」


どさっ、と鈍い音。


テオの胸板とミナトちゃんのGカップが、物理的にこんにちはする。

砂埃がふわりと舞い上がる。

ボクは思わず口元を押さえた。


(これは……ラッキースケベ判定で言うと、Sランクでは……?)


テオは、さすが騎士団長。

即座に片腕でミナトちゃんを抱きかかえたまま、もう片方の手で地面を押さえて衝撃を逃がしていた。

……んだけど。


近距離すぎる。


お互いの鼻先が触れそうな距離で、

ミナトちゃんの髪がテオの頬をかすめ、

開き気味だったジャケットの隙間から、白い肌がちらり。


「……っ……」


テオの喉が、小さく鳴った。

その顔を見た若い騎士くんが、真っ赤になって固まる。


「あ、あのっ、団長……! オレが、その……!」


(うん、君は悪くない。

 ただ、団長の理性ゲージをあと三割ぐらい削っただけだよ)


「……大丈夫だ、下がれ。」


テオは低い声で一言。

言葉は少ないけど、圧がすごい。


ミナトちゃんの方はと言えば、

至近距離のイケメンと自分の柔らかい感触に気づいてしまって、顔を真っ赤にしていた。


「ちょ、ちょっとテオ……! これ、体勢……!」


「失礼。すぐに離れます」


そう言って、テオは本当にすぐ身体を離した。

騎士団長のくせに、こういう時だけ無駄に潔い。


でも、腕を離す瞬間――

ほんの少しだけ、指先が名残惜しそうにミナトちゃんの腰のあたりを撫でるみたいに滑ったのを、ボクはしっかり見ていた。




◇◇◇





「ミナト様、お怪我は?」


テオが姿勢を正して問いかける。


「だ、大丈夫……! ちょっと、びっくりしただけ……」


ミナトちゃんは両手で胸元を押さえながら答える。

ジャケットの前はさっきより余計に乱れて、

中のシャツがずれたせいで、鎖骨のあたりまできれいに見えていた。

若い騎士くんが、そこでまた真っ赤になって視線をそらす。


「し、失礼しました皇女殿下! オレが変に手を出したせいで……」



「い、いや、あの、その……俺がドジっただけだから!」


ミナトちゃんは慌てて両手を振る。

それに合わせて胸元も、ふるん……と揺れる。

若い騎士くんが目に見えて赤くなった。


これは……!とボクは、サッと視線をテオに向ける。

どす黒いオーラが出ているかと思ったけど

意外にもテオは、無表情を保っていた。

そのまま静かに横から口を挟む。


「……今の件は、私の監督不行き届きでもあります。

 訓練場内でミナト様に危険が及ぶことのないよう、以後、徹底して――」


「テオ、そんな大袈裟にしなくていいって!」


ミナトちゃんが慌てて遮る。


「それに、テオが下敷きになってくれたから怪我もないし……

 ありがと。その……助かった。」


テオは一瞬、目を見開いた。

そのあと、ほんの少しだけ視線を逸らし、

いつもの冷静な声に戻して答える。


「……当然のことをしたまでです、ミナト様」


でも、その当然の声の裏で、

さっきから木剣の柄がきしむほど握りしめられているの、ボクは見逃さない。


(あれたぶん、一瞬でも“他の男に触らせるな”って本心が混ざってるやつだな……)


若い騎士くんは、ぺこぺこと頭を下げながら後ろに下がっていく。

去り際、こっそりミナトちゃんをチラ見して、

また真っ赤になっていたのも、ちゃんと見た。

その瞬間――

ふわり。

風もないのに、ミナトちゃんの髪がふわっと浮いた。

(あ、今の、テオが極小の風魔法で視界カットしたな?

 騎士団長、さりげなく性格が悪いな……いや、そういうところボクは好きだけど)



こうして午後の訓練場は、

事故みたいなラッキースケベと、

それを全力で処理しつつ理性を死守する騎士団長と、

何が起きたのかよく分からないままドキドキしているミナトちゃんと、

全部を上から見ながらニヤニヤしているボク――リーン――という、

なかなかにボク好みの光景で幕を閉じた。




……ちなみに、

その日の夜、騎士団の宿舎では


「団長、さっきの倒れ込み、マジで羨ま……」

「黙れ。仕事を増やされたいか」


という会話が繰り広げられたらしい。


ボクは天井近くからそれを眺めながら、


(やっぱりこの城、最高に楽しい)


と心の底から思ったのだった。





――リーンの観察日記、つづく。





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