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◆第16話(閑話)テオとアリア


魔帝城の夜は、静かだ。


昼の喧騒が嘘みたいに引いていって、

残るのは紙の擦れる音と、

灯りの小さな呼吸だけ。


執務室の机に向かうテオは、羽ペンの先を整え、淡々と報告書を書き進めていた。


「……で、テオ。アンタ、いつまで書類と睨めっこしてるわけ?」


書類の山の向かい側、遠慮ゼロでソファに寝転びながら脚を組んでいるのは、

赤紫のウェーブヘアーをゆるくまとめた女、アリアだ。


上着を肩から外し、ゆるく羽織った状態で、

胸元まで無造作に開いた魔法師団の制服が、まったく仕事をする気のない色気を放っている。

自身で勝手に持ち込んだワイン入りのグラスをゆるりと回す。


騎士団長机の向こうで、ペンを走らせていたテオは、

一瞬だけ視線を上げ、それからきっちり書類に視線を戻した。


「……ミナト様が完全に眠るまでだ。」


声はいつも通り落ち着いている。

だが、その口調は昼の丁寧なものではなく、

同世代への気兼ね無さが乗る。


「ふぅん?」


アリアは頬杖をつきながら、わざとらしく笑う。


「じゃあ、騎士団長なテオにも質問しちゃおうかな〜?

 今日もミナトちゃんのベッド脇から

 一歩も離れなかったのは、職務?

 それとも趣味?」


「……」


ペンが止まった。

部屋の空気が、一瞬だけ静まる。

テオはわずかに眉を寄せ、咳ばらい一つ。


「当然、職務だ。

 陛下から“我が娘を命に代えても守れ”と命じられている。」


「命に代えても、ねぇ」


アリアはくすりと笑い、ソファから身を起こしてグラスに口をつける。

豊満な胸元が揺れ、ランプの灯りを受けて影をつくった。


「さっきなんか、ミナトちゃんがうなされたら、

 書類放り出して飛んで行ってたじゃない?

 “ミナト様、大丈夫ですか~?”って、すっごい優しい声で」


「……あれは、混合魔力の反動が出たのではと懸念したためだ」


「はいはい、騎士団長としての判断ね?」


アリアが肩をすくめ、足を組み替える。

組み替えたことでスカートのスリットから白い脚がグッと覗く。

しかし裾を直すことなく、ワイングラスに口をつける。

テオは顔を上げることなく手元のペンを走らせる。


「環境に慣れようとしてる。生活に馴染もうとしてる。

 でも、慣れようとするほど、反動は出る。

 特に夜。

 頭が静かになると、身体と魔力が先に喋りだすから

 ……まあ、しばらくは…、それもいいんじゃない?」


アリアは片手にグラス、反対の片手にワインの小瓶を持つと

テオの机の前まで歩み寄り、どっかりと書類の山の端に腰かけた。

テオの手元に、香り立つような体温が近づく。


「……おいアリア、そこは書類が――」


「いいじゃない。どのみち徹夜コースでしょ?

 アタシが邪魔しても、テオならちゃんと終わらせられるって信じてるわよ?」


「………」


テオはアリアの座り方を見て、

机から滑り落ちそうな書類をさりげなく押し戻す。


「それにしても、ミナトちゃんは可愛いわよねぇ。

 あっちの世界では男の子だったわけでしょ?

 女の身体にまだ慣れてない仕草とか。

 いちいち、観察しがいがありすぎて困るのよね」


「……観察」


「そう。研究対象としてよぉ?」


アリアの声色は冗談めいているのに、瞳だけは真剣だ。


「光と闇が同時に一つの身体に共存してるなんて、

 世界の理からは完全に外れてる。

 アタシからしたら、一生分の研究テーマにしても足りないくらい」


テオはわずかに目を伏せる。


「……ミナト様を、実験材料のように扱うんじゃない。」


「ふふ、心配しなくても。

 アタシ、ほんとに壊すようなことはしないわよ。

 楽しくて気持ちイイ実験しかしない主義だから」


「……その言い方どうにかならないのか?」


額に手を当てるテオ。

アリアはおかしそうに笑ってグラスの中身を飲み干した。


「ミナトちゃん、さ」


アリアは自らの手でワインを注ぎつつ、ふっと声の温度を落とした。


「もう普通には戻れないわ」


テオの指が、ペンの軸を強く握る。


「異世界から来た聖女の娘で、魔王陛下の娘。

 光と闇が混ざった魔力の持ち主。

 こっちでも特別。あっちでも特別。

 ……つまり、逃げ場がない」


ランプの炎が、揺れた。


「だからこそさ、テオ。アンタの出番なんじゃない?」


「……どういう意味です」


「簡単な話」


アリアは机から、テオを見下ろす形のまま言った。


「ミナトちゃんが“どっちに居ても居場所がある”って思えるようにする役。

 人族のお母さんを想っても、魔族の父さんを想っても、罪悪感で溺れないように。

 そして、特別な力に怯えても、日常に戻れるように」


「……私は、傍にいるだけです」


「護衛、ねぇ」


アリアは肩をすくめる。だけど目だけは真剣だ。


「じゃあ、もし――の話。

 いつかミナトちゃんが、どっちの世界に残るか選ばなきゃいけなくなった時」


その言葉に、テオの瞳がほんの少しだけ揺れた。


「アンタ、その横に立てる自信、ある?」


沈黙。

さっきまでの茶化しが嘘みたいに、部屋の空気が重くなる。


テオは書類から視線を外し、窓の向こうの夜景を見た。

遠くの灯りが点々と続き、国が“守るべき何か”でできていることを思い出させる。


「……自信は、ないな」


アリアは驚かない。

むしろ「やっと言った」と言いたげに笑った。


「うん。正直でよろしい」


「俺はこの国の騎士団長で、国を守る責務がある。……それなのに」


言葉が、そこで止まる。

続きを言えば、自分の中で何かが決定してしまいそうで。


アリアは軽く息を吐いた。


「責務と気持ちは、同じ場所に住めるわよ。

 ただし、家賃は高い」


「……それは比喩なのか?」


「アタシの比喩にはいつも含蓄があるの」


アリアは机から降りて、グラスに口をつけながらウインクする。

テオはそちらを一切見ないまま、虚空に溜息を吐いた。

いつの間にか止まっていたペンが、もう一度動き出す。



――ふと、テオの動きがピタッと止まる。


「――何?」


アリアが訝しげに首を傾げる。

テオはミナトの部屋の方向を見つめたまま神経を研ぎ澄ませているようだった。


「え?もしかして敵襲?

 アタシ何も感じないけど……」


「いや、ミナト様が起きたようだ」


「は……?」


テオの真剣な言葉に、呆れたアリアの羽織がズリ落ちる。

騎士団の執務室からミナトの寝室まではそれなりに距離がある。


「あなたって、人狼族の血を引いてるとはいえ、嗅覚異常じゃない?」


「少し出る」


テオは言葉少なに立ち上がると、

ソファ前のテーブルに置いてあった薬湯のポットとカップを手に取り

そのままアリアを振り返りもせずに部屋を出ていく。


ぱたんと閉められた扉の反動で、アリアのワイングラスの中身が揺れる。


「すご……ミナトちゃんが来る前のテオからは、想像もつかない過保護っぷり」


独り呟くと唇がニィと妖艶な弧を描く。

そのまま長く美しい指が空中にすらすらと魔法陣を描いていく。

やがて青白い光から微かに声が聞こえてくる。遠方の声を聞き取る術式だ。


『わり……ありがとうな』

『おやすみなさい、ミナト様』


それは“護衛”の声だった。


でも、その一言だけで、ミナトが少しでも安心できたらいい。

残された執務室で、アリアは一人、くすっと笑う。


「……あれで“傍にいるだけ”って言うんだから。

 騎士って不器用ね」



誰に聞かせるでもない呟きが、ランプの光の中に溶けていく。


灯りが揺れ、夜は更けていくのだった。




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