◆第14話 異形なるモノ③
冷静な自分と、パニックになりかけてる自分が、頭の中でケンカしている。
(あ、これ――たぶん、やべえ)
光と闇が、もう指先だけじゃなく、全身を駆け巡っていた。
皮膚の下を、白と黒の稲妻が走るみたいな感覚。
「ミナト様、意識を……!」
テオの声がする。
すぐ近くにいる。
背中にはテオの、手の温もりがある。
「ミナトちゃん、核の“奥”見て!」
リーンの必死な声がする。
「ミナトちゃん、深呼吸。魔力に飲まれないで、自分で握るイメージよ」
アリアの冷静な、でも心配そうな声もする。
(……そうだ。飲まれるんじゃなくて、握る)
俺は、ぎゅっと拳を握った。
そのイメージを、胸の奥の渦に重ねる。
(これは、俺のものだ。
母さんの光も。父さんの闇も。
どっちも勝手に暴れさせるんじゃなくて――)
(俺が、使う)
その瞬間、世界が“カチッ”と音を立てて噛み合った気がした。
嵐みたいに荒れていた魔力の渦が、すっと一つにまとまる。
眩しさも、重さも、怖さも残ってる。
でも――さっきまでの制御不能感が、少しだけ薄れていた。
(……いける)
俺はゆっくりと前に踏み出す。
テオの手が一瞬だけ迷ったあと、そっと背から離れた。
けれど、すぐ横に並んで立ってくれる。
「一人で前に出させはしません。
隣に立つくらいは許していただきたい」
「……カッコつけんなよ」
思わず笑ってしまう。
でも、その一言で、胸の緊張が少しほどけた。
アリアが微笑む。
「いいわね、その並び。絵になるわ」
「今そういうのいいから!」
ツッコミを入れながらも、ほんのちょっとだけ嬉しい。
リーンは俺の頭上でぐるぐる回り、魔力の流れを見守っている。
「ミナトちゃん、今の感じ、すごくいい。
そのまま、“あそこ”だけ狙って!」
異形は、さっきよりもさらに歪んだ姿で立っていた。
体のあちこちが欠けているのに、なおこちらに向かってくる。
その中心――核のところだけが、やけに鮮やかに見えた。
(あれを、撃ち抜く)
イメージはシンプル。
FPSとかシューティングゲームで散々やったやつだ。
右手を前に伸ばす。
今度は、左手も添えた。
掌の前に、小さな白い球体が浮かぶ。
その周りを、黒い輪がくるくると回り始める。
(……ちょっと、楽しくなってきたかもしれない)
「技名、つける?」
リーンが茶々を入れてくる。
「今!? そういうの後からでよくない!?」
「いや、最初が肝心ですよ」
テオまで真顔で言ってくる。
「ミナトちゃん、初めての大技よ? 記念すべき瞬間よ?」
アリアまでキラキラした目で見ている。
なんだこのパーティ。
「……じゃあ、えーっと……」
思わず頭を抱えたくなりつつ、必死に脳内検索。
中二病の引き出しが、勝手に全開になる。
(光と闇、混ざってる、俺専用、初めて――)
「《――ツインレイ・バースト》!!」
言っちゃった。
叫んだ瞬間、白と黒の球体が伸びて双曲線になり、螺旋を描きながら異形の核へ飛ぶ。
時間が、またスローモーションになる。
異形が、こちらを振り向いた。
穴だらけの顔みたいな部分が、確かに恐怖に歪んだ気がした。
(――喰らえ)
光が、核を貫いた。
ドンッ。
衝撃音と同時に、異形の体が内側から弾ける。
でも、肉片や血が飛び散るわけじゃない。
黒い影と、紫の靄が、霧みたいに拡散していくだけだ。
(……よかった。グロくないタイプで)
内心そんなことを考えてしまう自分に、ちょっと呆れる。
その霧の中心で、小さな光が弾けた。
まるで、なにかとの繋がりが断ち切られたみたいだった。
「……消えた、のか?」
息を切らしながら呟く。
リーンが、目を細めて宙を見つめる。
「うん。核、完全に壊れた。
向こうの巣との回線も、ぷつんって切れた感じ」
「やったじゃない、ミナトちゃん!」
アリアがゆっくりと術式をほどきながら微笑む。
テオは、しばらく異形がいた場所を警戒するように見てから、ようやく剣を収めた。
「……終わった、ようですね」
力が抜けた。
どさっとその場に座り込みそうになった瞬間――
「危ない」
テオの腕が、また俺の腰を支える。
「わっ……」
「足元、まだふらついています。
魔力の放出直後ですからね」
近い。
距離が近い。
声も息も、ぜんぶ近い。
(やばい、今はさすがに意識すると死ぬ)
「テオ、離れなくてよろしいの?」
アリアがわざと芝居がかった口調で扇子を広げる。
完全ににやにやしながら俺たちを見ている。
「ミナト様が自力で立てるまでです」
テオは真面目な顔だが、耳だけ、うっすら赤い。
リーンはというと、俺の頭の上で全力で拍手していた。
「ミナトちゃん、格好良かった!
今の、“ボクのご主人様だぞー!”って自慢したくなるレベル!」
「リーンのご主人様ではない」
テオが即座に否定する。
「じゃあ、ボクの“親友”にして、“将来のご主人様候補”?」
「その候補枠をどこで取ってきた」
「ボクの脳内会議で決まった」
なんだこの会話(2回目)。
でも――みんなが笑ってる。
さっきまで、世界が終わるんじゃないかってくらい怖かったのに。
今は、ただ、息が苦しいくらい笑いたくなっている。
胸の奥の光と闇は、さっきよりも静かだった。
暴れるんじゃなくて、ちゃんと“そこにいる”。
(ああ。たぶん――)
「この力、ちゃんと俺のだ」
思わず、ぽつりと呟いていた。
テオが、わずかに目を見開く。
アリアが、何かを確かめるように俺を見つめる。
リーンは、嬉しそうに笑った。
「そう。ミナトちゃんの力だよ。
聖女のでも、魔王のでもない、ミナトちゃんの力。」
「……うん」
怖いものは、たぶんこれからも山ほどある。
異形だって、生まれる原因がわからない以上、これが全てではないのだろう。
母さんのことも。
父さんのことも。
この世界と元の世界のことも。
まだ、なにも決まってない。
でも――
「とりあえず、今日のところは俺の勝ちってことで」
「そうですね。
初陣にして初勝利。お見事でした、ミナト様」
テオが穏やかに微笑む。
その笑顔に、心臓がまたちょっと跳ねる。
でもさっきよりは、冷静に受け止められた。
アリアが大げさに肩をすくめて見せる。
「これは今夜、陛下のテンションが面倒なことになりそうね〜」
「あ、やだ……絶対“我が娘が世界最強!”とか言うやつだ……」
俺は思わず頭を抱える。
リーンは、キラキラした目で俺を見る。
「いいじゃん。ボクも混ざって自慢する」
「やめてください」
テオが本気で止めに入った。
俺たちの笑い声が、森の中に広がっていく。
いつの間にか森にも音が戻っているようだった。
風で木々が揺らぐ音も今は心地いい。
異形の痕跡は、もう残っていなかった。
ただ、少しだけ冷たい風が吹き抜けていった。
その風の中で、俺はそっと自分の胸に手を当てる。
(……これから、もっと大変なこともあるんだろうけど)
(――まあ、そのときはそのときだ)
「腹、減ったなぁ」
思わず言うと、三人が同時にこちらを見た。
「……ミナト様らしいですね」
テオが目を細めて喉の奥で笑い、
「じゃ、帰ったら甘いもの増し増しでね」
アリアが扇子の先を口に当てたままウインクし、
「ボク、デザート担当に口利きしておく!」
リーンが得意そうに胸を張る。
俺は笑いながら頷いた。
こうして――
異世界で初めて、俺の本気の戦いは幕を閉じた。
でもきっと、これはまだ始まりの一撃にすぎないんだろう。
(……でも、みんな無事でよかった……)
安堵した瞬間、どっと全身から力が抜けた。
そのままテオの胸に体重を預ける形になってしまう。
「うっ……ごめ、俺、ちょっと……」
ここまで来て“男のプライドが〜”とか言ってられない。
まぶたが重い。もう立ってるのもしんどい。
「分かりました。あとは我々に任せて、どうかお休みください」
耳元で、低くて落ち着いた声がした。
本当に、テオの声は反則だと思う。
こんな状況でも、安心しちまう。
ぼやけゆく視界の中、遠くで誰かが叫ぶ声がした。
「ミナトォォォォォ!!! どこだ我が娘!!
怪我は!? 世界に殺意を向けていいか!?」
……うん、父さんの声だ。
最後にツッコむ気力もなくて、俺はただ、苦笑いしかけてから──意識を手放した。




