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◆第12話 異形なるモノ①



静かすぎる朝って、だいたいロクなことにならない。


魔帝城の中庭に面した回廊で、

俺はひんやりした石床に座り込んで、ぼんやり空を眺めていた。


黒髪を風が揺らすたび、視界の端で虹色の瞳がきらっと反射する。


(……なんか、胸騒ぎがするんだよな)


胃の奥が、ずっとそわそわしてる。

お腹が空いてるだけならいいんだけど。

いや、さっきちゃんと朝食食べたしな?


「ミナト様」


背後から聞き慣れた低い声がして、俺は振り返る。

そこには、いつも通りきっちり制服のボタンを留めたテオが立っていた。


日に透けて銀色に見えるアッシュグレーの髪が

風で少し揺れている。

彫刻みたいな顔に、無駄のない立ち姿。

相変わらず、男目線でもため息が出るレベルの男前だ。


「テオ。なんか、やけに静かじゃない?」


「はい。……それが、少々気になるところでして」


テオの表情が、いつもよりわずかに硬い。

職務モードの真面目な顔だ。


「城の結界に、微細な乱れが出ていると報告がありました。

 本来なら魔術師団だけで対処可能なレベルですが……」


「でも、嫌な感じがする?」


「――ええ。リーンの様子も、少々」


「ボクの様子がどうしたって?」


声と同時に、視界の端を金色の何かが横切った。

次の瞬間、肩のあたりがふわっと重くなる。


「わっ」


「おはよ、ミナトちゃん。今日も虹色、いい感じ」


リーンが俺の肩にちょこんと座り、虹色の瞳を覗き込んでくる。

淡緑の瞳がいたずらっぽく細められる。


「リーンちゃん。……やっぱり、なんか感じてる?」


「うん。ボクの魔力センサーが、さっきからピリピリしてる。

 城の外から、いや〜な揺れ方の穴みたいなのが近づいてる」


「穴……?」


「異形っぽい匂い」


さらっと物騒な単語が出た。


テオの表情が、ぐっと引き締まる。


「……確証は?」


「確証っていうか〜……ボクの勘、かな?」


「リーンの勘は、だいたい当たりますからね」


テオが小さく息を吐く。


そのタイミングで、回廊の向こうからヒールの音が近づいてきた。


「やっぱり、ここにいた」


赤紫のウェーブの髪を揺らしながら、アリアが姿を見せる。

いつもどおり、露出度は高いのに上品な服。あのバランス感覚ほんと何。


「テオ、ちょっといい? ……あ、ミナトちゃんもいたのね。都合がいいわ」


「……俺も?いやな予感しかないんだけど。」


「いい直感力ね。――本題。

 結界の検査してたらね、外周の森のあたりに“歪み”が出てるの。

 魔力の質からして、異形のモノが近くに生まれかけてる」


全員の顔が瞬時に強張る。


夕食の時に魔王、父さんから聞いた話では「異形なるモノ」とは

この世界に突如現れるモンスターみたいなもので

魔族領でも人間領でも昔から手を焼いている、らしい……


そんなのが城の近くで生まれかけてるって、

かなり大変なことなんじゃないの?


「陛下には?」


「報告済み。で――」


アリアは扇子をぱちんと閉じて、にやりと笑った。


「陛下のご命令。“ミナトを連れて現場確認に向かえ。ただし絶対に傷つけるな”」


「……おい、父親」


思わず頭を抱える。

過保護通り越して、なんかもう発想がパワフルすぎる。


テオはといえば、予想どおり眉間に皺を寄せていた。


「陛下は、なぜミナト様を……」


「“娘の力を、そろそろ世界に見せつけたい”んですって」


「やめろよ父親ァ!!!」


回廊に俺のツッコミが響いた。


魔力が高いと言われても、未だ攻撃魔法も使えないし

テオに習って剣も握ってみたけど素質なし!

そんな俺に何ができるっていうんだ…。


リーンは「楽しそう~」と笑っている。

いや、たしかに異世界ファンタジー的には盛り上がる展開なんだろうけどさ。


「というわけで、警護はテオ。リーンとアタシはサポート兼観察役。

 ミナトちゃんは、基本見ているだけ――のつもりで行きましょ?」


アリアが俺の腕を取り、強制的に立たせる。

柔らかいものが二の腕にふにっと当たって、俺の脳が一瞬フリーズする。


(相変わらず、アリアさんのおっぱい近すぎない??)


「ミナトちゃん、顔赤い」


リーンがニヤニヤしながら囁く。


「ち、違う! これはその! 物理的に近いからであって!!」


「物理的にも精神的にも近くなりたいけどね〜?」


アリアが楽しそうに笑い、さらに距離を詰めてくる。


……テオの気配が、一瞬だけピキッと揺れた気がしたのは内緒だ。





◇◇◇




城の外周、森の手前。


空気が、じっとりと重かった。

さっきまで城内で感じていた胸騒ぎが、ここに来て明確な違和感になっている。


「……うわ、空気まず」


リーンが珍しく顔をしかめる。


「魔力が濁っていますね」


テオが短く言う。

その横顔は、いつもの落ち着きのままだけど――

すでに警戒モードで、視線の動きが鋭い。


「ボクのセンサー的には、ここからもうちょっと先」


リーンが俺の肩に乗ったまま指をさす。


森の中へ続く小道。

そこだけ、じわじわと闇が滲んでいるみたいに見えた。


アリアが扇子を広げ、小さく呟く。


「《鑑定アナライズ》……うん、確定ね。

 異形のモノ――まだ完全体じゃないけど、核が生成されてる」


「核、って?」


「この世界に居座るための杭みたいなものよ。

 あれが育つと、まともな意思も形も持たない化け物になる」


さらっとホラーなこと言うな。

静かな森の雰囲気と相まって、俺はぶるりと身震いする。

そういえば、さっきから鳥の声とか一切していない。


「戦闘になった場合、ミナト様は決して前に出ないように」


テオが念を押すようにしっかりと俺に視線を合わせてくる。

こいつ、さては俺が考えなしに飛び込むと思ってるな?

とはいえ――


「うん、俺、なにもできないしな……」


情けないけど、事実だ。

魔力が高いって言われても、扱い方なんてさっぱりだし。


「“今は”ね」


アリアが意味ありげに笑う。


「ミナトちゃんの魔力なら、いざとなったら本能で反応しちゃうと思うし?」


「ちょっとやめて、そのフラグっぽいやつ」


胸の奥が、嫌な予感と妙な高揚でざわざわする。

一切の音がしない森を進むたびに、予感が膨らむ。


「ねぇ!もう生まれてるやつがいる!!」


突然リーンが俺の肩から立ち上がる。

そのまま俺の肩から離れ、飛び上がると森の奥へ目を凝らした。

同じ方向を見据えるテオが、一歩前に出る。


「いずれにせよ、ミナト様は私が守ります。

 アリア殿、リーン、援護を」


「了解〜」


「はーい」


三人とも、いつもの軽口とは違う空気を纏いながら、それぞれの位置につく。


俺は、一歩だけ後ろに下がった。


(怖い。……正直、めちゃくちゃ怖い)


前に訓練場で、テオがいつも使っている剣が

重くて、触るとすぐ切れるものだって知った時も、そう思った。


研究室で、アリアが見せてくれる奇麗な魔法が、

モノをドロドロに溶かすこともできるって知った時も、そう思った。


二人とも“いざという時のために”と俺に危険性をちゃんと教えてくれなかったら

俺はきっとわからないままだっただろう。


この世界には、日本では当たり前だった安全がない。



でも、それ以上に――


目の前に広がる“本物の異世界”からも、目を逸らしたくなかった。


母さんがいた世界。

父さんが守ってる国。

そこで俺がどう生きるのかを、

たぶんこの先ずっと考えていくんだ。


だったら。


「……ちゃんと、見る」


誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。

その声に、テオの肩がわずかに揺れた。


「――来ます」


テオが低く言った瞬間、空気が裂けた。


森の奥、空間の一点が、ぐにゃりと歪む。

黒と紫が混ざったような穴が開き、その中から、何かがじわりと這い出してきた。


それは――生き物というより、悪意の塊だった。


骨のようなものと、影の触手と、意味のない口みたいな穴が、

ぐちゃぐちゃに混ざり合っている。

形ははっきりしないのに、こちらを見ていることだけが伝わる。


「うわ……なにあれ……」


思わず声が漏れる。


「異形なるモノ。意思疎通不能。全種族共通の敵」


アリアの声が、いつになく冷静だった。


リーンの羽音が、俺の耳元で震える。


「ミナトちゃん、後ろに下がっててね。

 大丈夫だよ!ボクが、かっこいいとこ見せてあげるからね!」


「……うん」


テオがスラリと剣を抜いた。

同時に、足元から風が巻き上がる。


「《風刃ウィンドスラッシュ》」


剣から放たれた斬撃が、空気を裂いて異形へ飛ぶ。

見慣れた剣筋に、風の魔力が重なっていた。


(……ほんとに、魔法剣士なんだ)


俺が感心してる間にも、異形はギャア、ともグワア、ともつかない悲鳴をあげて後退する。

だが、それだけだ。傷を負ったのかどうか、よくわからない。


「効きが悪いわね。やっぱり核を潰さないとダメか」


アリアが魔力を練る。


「《光槍レイランス》」


純白の槍が次々と生成され、異形の周囲に突き立っていく。

そのたびに、黒い体から煙のようなものが上がる。


「すげ……」


思わず見惚れていると――


異形の一部が、ぐにゃりと伸びた。


まるで腕のような触手が、俺たちの方へ一気に迫ってくる。


「――ミナト様!」


テオの叫びと同時に、世界がぐわっと揺れた。


俺の視界いっぱいに、黒い腕が広がる。

避ける間もなく、体がすくんだ。つい、ぎゅっと目を瞑ってしまう。


(やば――)


ドンッ、と衝撃。


「っ……!」


痛みは、来なかった。


代わりに、硬い胸板と、逞しい腕の感触に包まれる。


「ミナト様、大丈夫ですか」


耳元で、テオの声。

息がかかるほど近い。


「あ、え、あの、近……」


「申し訳ありません。今は許してください」


テオは異形から視線を離さないままだ。

その声は落ち着いていたが、

俺の膝下と背中に回った腕の力はしっかり強い。

テオの体越しに、異形の攻撃が横を掠めていくのが見えた。


(……ちょっと待って。

 俺ったら、今、完全にお姫様抱っこされてない??)


状況はヤバいのに、脳内に変な火花が散る。


「テオ~、抱っこは戦闘後にしてあげなさいよ〜!」


アリアのツッコミが飛ぶ。


「これは抱っこではなく、防御行動です」


即答だった。

でも、その耳がほんのり赤いのを俺は見逃さない。


リーンはというと、俺の頭の上でケタケタ笑っている。


「テオ、いいなぁ。ボクもミナトちゃんを抱っこしたーい」


「代わるか?」


テオが冷静に返す。


「冗談よね!? ボク20センチしかないよ!?」


なんだこの会話。


……でも、その一瞬の、いつものやり取りが、逆に怖さを和らげてくれた。


(そうだ。俺、一人じゃない)


テオがいて。

アリアがいて。

リーンがいて。


――この世界で、俺はもう完全に孤立した余所者(転移者)じゃない。


そのときだった。


胸の奥が、じりっと熱くなる。


(――え?)


心臓のあたりが、内側から押し広げられるような感覚。

光と闇が、同時にざわめいた。


リーンが、はっとした声をあげる。


「……ミナトちゃん。今、魔力、ちょっと――」


言い終わる前に。


異形のモノが、ぐりんっと再びこちらを向いた。


さっきより、はっきり敵意が乗っている。

黒い穴だらけの顔のような部分が、まっすぐ俺を捉えていた。


(……狙われてる)


背筋に寒気が走る。


テオの腕に、自然と力が込められた。


アリアの表情が、ふっと真剣になる。


リーンの羽音が、緊張で高く鳴る。


静寂が、一瞬だけ世界を覆った。


そして――異形が、飛びかかってきた。





瞬間、俺の中で何かが“はじけた”のだった。






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