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流星の魔女  作者: ごこち 一
第一話「そして少女は少女と出会う」

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1-8 決闘アッシュ・グラント〜止まぬ攻防〜


水よ(ウォーター)散れ(スプレッド)


 フィルの詠唱を合図に、アッシュが跳ねた。先刻までの華麗な動きとは違い、その驚くべき身体能力はまるで獣の動きを思わせる。


 破壊された石畳など苦にもせず、フィルへ肉薄するアッシュ。

 杖を前に言葉を続けるフィルへ、白き刃が振り下ろされた。


「――幻惑の(イリュージョン)


 くるりと回転したフィルが、アッシュの目の前で左右に分かれた。

 白刃の軌跡に合わせ真っ二つになった訳では無い。斬撃をひらりと回避したフィルの実像二体が左右へと逃れたのだ。


 二人のフィルから声が響く。


ミスト


 フィルのその呪文と共に、あたかも初めからそう在ったかの(ごと)く、戦いの場に薄い霧が生まれた。薄い霧は視界を遮る程のものではなく、アッシュの左右に居る二体のフィルの姿を遠くのアイヴィの瞳に映していた。


「≪スラッシュ≫」「盾よ(シールド)


 互いに無属性の軽い攻撃と軽い防御を放つ。

 アッシュは不可解な状況に攻撃の牽制を。対しフィルはその守りを。


 左右へと放たれた二つの飛ぶ斬撃は、二人のフィルの前に生み出された力場、その片方の力場に阻まれ消滅し、もう片方をすり抜けた。


 だがその守りの魔法は必要なく、盾などなくとも二人のフィルはひらりと斬撃を(かわ)していた。


 回避に合わせ、一つ二つとステップを踏む様にフィルは跳ぶ。

 彼女と彼女の幻影が一つ跳ぶたびに、二人が四人に、四人が八人に、八人が十六人へと増えた。


 先の魔法により砕かれた石畳。

 そのただなかにて、アッシュは自分を中心に半円を描く様に配された十六人のフィル達を眺め、それぞれが違う動きをしている事に気付いた。


 手を振っている者もいれば、とんがり帽を押さえている者もいる。


 ただの姿写しではない。

 その警戒の心が、アッシュの動きを鈍らせる。

 攻めるか守るか。二つ目のレリックを起動させるか否か。逡巡(しゅんじゅん)するアッシュへ向け、全てのフィルから声が飛ぶ。


「幻惑は得意って言ったでしょ」

「声では判別出来んか」

「とぉーぜん。風よ(ウインド)穿て(スピア)


 それぞれのフィルの元に、円錐状の風の槍が一本ずつ生まれる。計十六の円錐の先端がアッシュへ向けられ、機を(たが)え放たれた。


 アッシュの思考にゴーレムを射抜いた二本のウインドスピアと、先の二人のフィルへ放った斬撃の魔法の片方が力場をすり抜けた様子が浮かび上がる。


 常識的に考えれば、十六の内十五のフィルは幻で一人が本物、十六の槍の内十五の槍もまた幻――だが、アッシュは全てを本物と考え対処を始めた。


 一つを(かわ)し、一つを切り裂き、また一つを躱す。

 破壊された石畳の上でさえ、アッシュの動きは鈍らない。

 風の槍を切り裂く剣から伝わる感覚から、アッシュは『やはり』と心で(うなず)く。


 風の槍が比較的簡単な第二階層魔法であるとは言え、手製のゴーレムを一撃で葬った風の槍を十六も同時に生み出す技術。己から離れた幻影の位置へと正確に生み出した緻密さ。並みの者であれば一本一射で片が付く程の精度。


 これが魔女かと感心しながらも、アッシュは休む間もなく放たれた十六の槍を剣技と体捌(たいさば)き、そして大天使の剣の力で切り抜けた。

 とても魔術師とは言えぬ動きに、全てのフィルが地団太を踏む。


「一個ぐらい! 当たっても! いいのにぃ!」

「残念だったな。これぐらい出来ねば師の作りし大天使の剣(アークエンジェル)の持ち主を名乗れん。それと魔女殿。その幻惑の霧は我には悪手だよ……見開け、智天使の眼(ケルビム)


 名を呼ばれ、キラリと光るモノクル。

 瞬間、フィルの背に怖気(おぞけ)が走った。


 ゾクリと震える全てのフィルを一瞥(いちべつ)したアッシュは、本物のフィルへ視線を向けニヤリと笑った。

 地が()ぜんばかりの勢いでアッシュが駆け出す。


「やっぱり、それ! 切り裂け(スラッシュ)

何人(なんぴと)たりとも、この智天使の眼(ケルビム)からは逃れられん」


 牽制として飛ぶ斬撃をアッシュは白い刃で容易(たやす)く切り払うと、勢いのままフィルに迫り、両手に握る剣を振り上げた。

 フィルの眼前。刃を背に上段に構えたアッシュが、勝利の確信と共に剣を振り下ろす。


 その右腕、取った――だが現実は、アッシュの想像とは別の形で膠着(こうちゃく)していた。


 万物を裂く白き刃が、木製に見える杖に防がれていたのである。


 アッシュにとってはそれだけで驚きなのだが、魔力で強化した自分の力で両手で杖を持つフィルを押し切れぬ事もまた、驚愕に値する事実であった。


「なん……だと……」

「自己紹介がまだだったな。世界一――おい片眼鏡ぇ! 俺様の話を聞けぇ!」


 メフィストの声なぞお構いなしに弾き、離れる杖と剣。

 そのまま流れる様に始まるフィルとアッシュの攻防。

 接近したこの機を逃さんと放たれるアッシュの乱打を、フィルは軽やかに(さば)いていく。


杖殿(つえどの)。それは魔女殿に言うべきでは?」

「あはは。メフィちゃん、ごめーんねっ」

「ちっ。許さねぇぞ片眼鏡ぇ!」

「くっ。何故(なにゆえ)……」


 そんな軽口も、フィル、メフィスト、アッシュにとっては、舞うが如き剣戟を妨げる要因にはなり得ない。


 払う剣は立てた杖に弾かれ、流れる様に側頭部を狙う杖の払いは、上体反らし一つで無に()す。

 袈裟(けさ)に斬る白き線は足捌き一つで空を切り、鋭き杖の突きは白刃に逸らされる。


 互いに傷つけあうことの出来ぬ剣戟ではあったが、アッシュの攻めの方がより苛烈であった。アッシュの攻めが八であり、フィルの攻めが二である。

 フィルはアッシュの生んだ隙にしか攻撃出来ぬが、アッシュの攻めは自在。


 一手間違えば死が見える苛烈な攻めを受けるフィルを、アイヴィは遠くから見守る事しか出来ない。

 近接戦に集中した二人の目には映っていなかったが、アイヴィの目にはフィルの苦しさの表れが映っていた。


 それは、幻惑の霧の中、生み出されていた十五人のフィルの姿が一人一人と消えていく光景。

 それは、高度な魔法の維持が難しくなっている証拠。


 しかしアイヴィは、己の無力さを(なげ)きながらも『魔女見習い』と名乗った彼女ならば何とかしてしまうのではないかという、不思議な信頼を感じていた。

 その信頼の表れが、フィルとアッシュの攻防の中で起こった。


 振り下ろされた斬撃を受け止める杖。

 だが、その杖を握る手は片手。


 両手に握る剣でそのまま押し切らんとするアッシュは、(きょ)を突かれた。

 剣の力を抑えている杖から、フィルが手を放したのだ。


 放してなお、剣は進まず。

 自由になったフィルが瞬く間に踏み込み、アッシュの腹を拳で穿(うが)つ。


 生物的本能にも似た危機感から咄嗟(とっさ)に後方へ跳んだアッシュは、その一撃の全ての力を受けずに済んだ。だが、痛む腹部が一撃の重さをアッシュへ教える。


 若干距離が離れたフィルとアッシュ。


 左手で患部を押さえるアッシュの目には、くるりと回る杖を持ち直し構えを取るフィルの姿が映されていた。

 同時に智天使の眼(ケルビム)が、次の一手を打たんとするフィルの高まる魔力を捉えていた。

 十全と魔法は撃たせんとばかりに、アッシュは己の全身を満たしていた魔力を強引に使い、呪文を口遊(くちずさ)んだ。


「≪アイシクルローズ≫」

地よ(アース)壁となれ(ウォール)


 アッシュの左手に生まれた魔法が、右から左へと払う投擲(とうてき)の動きに合わせフィルの元へと飛ぶ。

 だがその魔法は、下から突然生えた土の壁に阻まれ、突き刺さるに留まる。


 虚を突く攻撃魔法すら読んでいたフィル。

 フィルには、不透明な土の壁の裏側にある突き刺さった魔法が見えていた。


 透明で青白い薔薇を(かたど)った、美しき魔法を。

 突き刺さるだけでは終わらず、周囲へ花弁を散らした魔法を。


「やっばっ! 盾よ(シールド)


 フィルが大きく後ろへ跳び退()きながら、急ぎ言葉を紡いだ――瞬間、散った花弁一枚一枚が凍結の力となり破裂した。


 魔法は、それだけでは終わらない。

 破裂した花弁より生まれた無数のつららが拡散し、凍り付いた土の壁に次々と突き刺さる。あまりの威力に強固な筈の土の壁が持たず、突き抜けたつららが後ろへ引いたフィルを襲う。


 フィルは己に命中するつららを見定め、複数生み出した無属性の力場を斜めに用い、襲い来る無数のつららを外へと反らした。

 つららが消えても休む暇もなく、フィルは再び幻影を生み、左右へと別れる。


 ボロボロになった土の壁が崩れると同時に、アッシュが突撃を仕掛けた。


 幻影と本物。

 左右に分かれたフィルであるが、智天使の眼(ケルビム)を使うアッシュには、どちらが本物のフィルかなど見るだけで分かってしまう。

 アッシュは片方のフィルを一瞥(いちべつ)し、同定を済ませ、一直線に本物へと向かう。


「甘いっ! ≪インパクト≫」

盾よ(シールド)――きゃっ」


 本物のフィルを追うアッシュの放った衝撃の波は、それ程強力なものではなかった。だがしかし、急ぎ張られた力場を食い破り、そのままフィルを弾き飛ばす程度には強く鋭いものであった。


 フィルは、衝撃の波に正面から跳ね飛ばされ、地に倒れてしまう。


 鋭く駆けるアッシュは、石畳に両手を突き起き上がらんとしているフィルへ、勢いそのままに肉迫した。

 杖を手放した今が好機と。


 (ゆえ)にアッシュは、フィルの目の前に踏み込むまで、地を踏む違和感に気付く事が出来なかった。


縛れ(バインド)」「フィルメイル!」


 フィルとアイヴィの声が響き、踏み込んだアッシュの左足と後方の右足を、フィルの魔法が捕えた。


 無属性の甘い拘束で止まる訳がない。そもそも魔女は既に致死の距離に居る。

 瞬時にそう考えたアッシュは、足の拘束を無視し、勝利へ向け動く。

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