4.5-2 アイヴィ、住む部屋を決める
一階をぐるりと巡ったアイヴィは、ララに連れられ二階を訪れていた。
だが、二階にはアイヴィの興味を引く部屋は特になかった。
相談事にも使える応接室。ギルド員を集める際に使う大会議室。ギルドのこれまでの仕事に関する書類をまとめた資料室。ギルド職員達の住まい。一部のギルド員の部屋。ララ曰く少し豪華なゲスト用の部屋。
そして、先程訪れたギルドマスターの執務室。
二階の案内を終え、三階へと向かう途中、アイヴィは気になる事をララの背へ投げかけた。
「ララちゃん。地下もあるみたいだけど、あの先は?」
「物置と博士の研究室があるですよ」
「……はかせ?」
「はい。色んな物を作る凄い人です。うちの大浴場も博士が作ったんですよ。えっと……循環した湯を浄化する際に発生する熱量を利用し……忘れたです」
頭を抱えたララを見て、それ以上説明を要求出来る者などいない。
少なくともアイヴィには出来なかった。
「へぇ。とにかく凄いって奴ね」
「はいです」
三階へと続く階段を昇りながらも、アイヴィの興味は地下へと向いていた。
だが、それを制するかのように、ララが注意を飛ばす。
「けど研究室には勝手に入っちゃ駄目ですよ。凄く、すっごく怒られるのです」
「怒られたの?」
「……違うですよ」
階段を上る小さな背を見ても分かる……ララが目を横に逸らしたと。
分かり易いララの反応に、アイヴィは口から零れそうな笑声を手で押さえつけるのに必死であった。
そんなアイヴィに気付かぬまま三階に上がったララが、くるりと振り返り、パッと両手を広げた。
「ここがギルド員さん達が暮らす三階ですぅ。部屋は男女で離れているので安心して下さいね。早速、空いてる部屋に案内するですよ」
「へぇ。ホテルみたいね」
ララの後を追うアイヴィは、そう素直な感想を呟いていた。
アイヴィの言葉通り、廊下の左右に扉が並ぶ光景は宿泊施設の様であった。
「それに、このギルド全体がそうだけど、思ったより綺麗で驚いたわ」
「ふふん。綺麗は日々の積み重ねなのです」
自分の勤めるギルドを自慢げに話すララの声を聞き、アイヴィは密かに『ここ、いいギルドかも』と銀水晶の評価を上げていた。
自然に上向く口角をそのままに、アイヴィはララの後をついて歩く。
ふと、廊下に飾られた木のプレートがアイヴィの目に入った。
そこには『フィルメイル・クリスタ』と名が刻まれており、そこが友人の部屋である事を示していた。
「ここに住んでるのね」
「アイヴィさん。こっちですよー」
扉の前で立ち止まっていたアイヴィを、隣の部屋の扉の前でララが手招きしていた。ララはアイヴィが近づくのを待たず、鍵を開けて中へと入ってしまう。
速足でララを追い部屋に入ったアイヴィを待っていたのは、質素に感じる部屋であった。だがその質素さは、備え付けの調度品によるものでしかなく、一人で暮らす分には十分過ぎる広さがもたらすものであった。
「日の入りも悪くなく、魔力線も上に照明用が一つと下に二つ。備え付けの家具は好きにしてもいいですよ。いかがですか?」
「へぇ。一人部屋にしては広い」
アイヴィは部屋を見回しながら、一番に感じた感想を告げた。
目に映るのは、両外開きのガラス窓二つ、部屋の奥に置かれた一人用のベッド、そして人二人分程のクローゼット。
採光の取れる場所には、木の机が一つ。その前に椅子が一つ。
天井を見ると、釣り下げ式の魔法の灯りが見える。
アイヴィがくるりと扉の方を見ると、側の壁に天井の灯りを操作する透明な石が飾られていた。
その側の壁には、木の壁の中で異質に見える硬質な板に空いた穴が二つ見えた。その穴は魔法の道具に魔力を供給する為の穴であり、ここ、魔法都市『ヴァルミオン』では至って普通の設備である。
部屋をぐるりと見回したアイヴィは、どうだろうとソワソワしていたララへ、ニッコリと笑いかけた。
「良い部屋ね。本当に使っていいの?」
「はいです。部屋代は当然頂きますけど、他所で借りるのの半分ぐらいです」
「お得ね。でもこんな良い部屋、何で空いているの?」
「前に住んでたミリィさんが、結婚して他所に家を借りたからですよ。お幸せそうで、ちょっと羨ましいです」
顔を赤らめ、両手で頬を包みながら顔を振るララ。
その可愛さにほんわかした視線を向けるアイヴィの脳裏に、もし『フィルメイルがこの場に居たらどうしていたのだろう?』という不毛な想像が浮かんだ……きっとララに飛び付き、抱き着いていたであろうという予想と共に。
そんな友人と隣室か……そう思うアイヴィの目は、穏やかに緩んでいた。
「なるほどね。ねぇララちゃん、ここに決めたわ。改めて今日からよろしくね」
「はい、よろしくお願いしますです。えへへ。同じ屋根の下で暮らす人が増えるのは、いつだって嬉しいです」
「……フィルメイルがここを勧めてくれた理由、ちょっと分かったわ」
アイヴィの言葉の意味を理解できないララは、その幼い顔を横に傾けてしまう。
アイヴィはその『勧めてくれた理由』を言葉にはせず、ただただ、嬉しそうな笑い声でララへ答えを返した。




