表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
番外編「アイヴィ、ギルドに加入する」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/80

4.5-1 アイヴィ、銀水晶を訪れる


 これは、オークション会場での事件の後、領地へ戻るカーリア夫妻の護衛の為に魔女見習いフィルメイルが魔法都市『ヴァルミオン』を離れている時の話。


 アイヴィ・アルケインと偽名を名乗る少女アイリス・ブラッドは、ギルド『銀水晶』に加入する為、今現在、ギルド拠点の二階にあるギルドマスターの執務室を訪れていた。


 今日のアイヴィは、普段は仕事の際に着用している戦闘用になめし革で補強した洒落(しゃれ)た洋装で、小柄な体を包み込んでいた。

 だが、流石(さすが)に魔法の銃や短刀は身に着けていない。


 仕事着で訪れたことからも分かるように、アイヴィは遊びに来た訳ではない。

『やっほー。ギルドマスター、今ひまぁ?』などと執務室に現れるのは、ギルド員であるフィルメイルぐらいである。

 今日、アイヴィは、ギルドに加入出来るか否かの審判を受けに来たのである。


 直立した体を緊張で震えさせるアイヴィ。

 そんな彼女の前に居るのは、造りの良い椅子に腰掛けた年齢四十程に見える男であった。


 丁寧に撫で付けられた豊富な黒髪。

 (しわ)には苦労が(にじ)み出ているものの、形良い目鼻立ちをした端正な顔立ち。

 鍛えあげた肉体を包む、(のり)のきいたシャツ。


 ギルドをまとめる者としての当然の清潔感と、戦う者としての威圧感を兼ね(そろ)えた彼の名は、シルバー・ホープラン。

 ギルド銀水晶のギルドマスターを務める男である。


 彼と初対面のアイヴィは『厳格そうなおじさま』と印象を抱いていた。

 その厳格そうなシルバーは今、アイヴィの提出した書類に目を通している。


 読み終えたシルバーが小さく息を吐く姿一つ、重厚な机に書類を置く動き一つ、自分へ向く視線一つ、アイヴィの心にチクチクと針が刺さる要因であった。

 厳しさの宿る灰色の目に見つめられ、アイヴィの背に冷たい汗が流れる。


 それでもアイヴィは、腹にギュッと力を込め、出来得る限りハッキリと声でシルバーへ自己紹介を始めた。


「加入願いを提出させて頂きました、アイヴィ・アルケインと申します。加入の審議、(よろ)しくお願いします」

「宜しくアイヴィさん。早速だが、君の参加を歓迎しよう。ようこそ銀水晶へ」

「へぇ?」


 出自ゆえ、絶対にひと悶着(もんちゃく)あると想像していたアイヴィは、既に受け入れられている事実を前に、気の抜けた声を漏らしてしまった。

 そんなアイヴィを前に、シルバーは決して表情を崩しはしないが、続けて出た彼の声は穏やかで落ち着いた声であった。


「銀水晶は何でも屋のようなギルドでね。君の志願する狩人(かりゅうど)の、魔物狩りの仕事も当然受けている。きっと君の眼鏡に適う仕事も見つかる事だろう」

「い、いえ、その……」


 戸惑(とまど)うアイヴィの姿に、少し見当違いな事を言い出すシルバー。

 続くシルバーの言葉もまた、アイヴィの想像とは少々ずれた言葉であった。


「ああ、狩人ギルドの事ならば心配する事はない。銀水晶は生産、工房、商業、魔法、学術、そして狩人、王国中に拠点を持つ大ギルドとの掛け持ちは禁止していないから安心してくれ。(ただ)し、魔都内にある小ギルドとの掛け持ちは遠慮してくれ。人材の取り合いになって、トラブルの元になるからな」

「はい。いえ、そうではなく……」


「あぁ、こちらだな。もし狩人ギルドの仕事を受ける際は、所在確認の為にも銀水晶へ一報入れてくれると助かる」

「はい。分かりました」


 戸惑いを(ぬぐ)う事を諦めたアイヴィの態度を見て、シルバーの言葉が止まった。

 諦めたが(ゆえ)に生まれた空白に、アイヴィにも問う余裕が生まれる。


「えっと、ギルドマスター。質問宜しいでしょうか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「私がブラッド家の者である事は、当然御存じですよね?」

「もちろんだ」


 落ち着き払ったシルバーの声を聞き、アイヴィの心も平静を取り戻し始める。

 落ち着いたからこそ、アイヴィは思う。

 加入の許可が出たのならば、態々(わざわざ)問う必要はないのではないか? と。


 だがアイヴィは、問わずにはいられない少女であった。


「でしたら、私が面倒事を持ち込みかねない事を御承知のはずです。それでも構わないと?」

「問題ない。とは言い切れないが、共に仕事をしたいというのならば、多少の面倒はこちらも背負おう。もし君が、企みや下心で我がギルドを利用しようとしているのならば、話は別だがね……どうかな?」


 シルバーのそれは問いではなく、仮定ですらない言葉であった。

 疑いの色など微塵も見せぬシルバーへ、アイヴィは深く頭を下げた。


「いいえ、そんなことは。宜しくお願いします」


 礼儀正しいアイヴィを見てか、始めぐらいは威厳を見せておこうと思っていたシルバーの顔にも柔らかな(しわ)が生まれていた。

 だがしかし、アイヴィが頭を上げるよりも早く、シルバーは表情を引き締め直してしまう。


「そう(かしこ)まる必要はない。銀水晶はそう堅いギルドではないからな……フィルメイルには少しぐらい君を見習って欲しいがな」

「あ、あはは……」


 その返答し(づら)いシルバーの愚痴を苦笑いで(かわ)し、アイヴィのギルド加入審判もとい、ギルドマスターとの顔合わせは終わりを迎えた。


 丁寧に退室したアイヴィは、シルバーの勧めに従い、一階の受付へと向かう。

 そこでアイヴィを待っていたのは、小柄なアイヴィからしても小さく見える少女であった。


 綺麗に整えられた金の髪を揺らしながら、受付の奥から小走りでアイヴィへ近づく様は、まるで草原に咲くタンポポの様に愛らしい。

 まだ十一歳? 十二歳? とアイヴィが悩むほどの少女は、幼さを隠しきれない丸みの残る顔に天使の笑みを浮かべ、アイヴィの前で立ち止まった。


「お話はギルドマスターから聞いてるです。本日、銀水晶の案内を務める、ララ・リアーナです。ララって呼んでください」


 そう言ってペコリと頭を下げる姿は、ただの愛らしい少女にしか見えない。

 だが、身に(まと)う革のベストと長袖の白いシャツは、受付の奥で働く事務員と同じ姿であり、この少女がギルドの一員である事を証明していた。


 下げた頭を戻したララへ、アイヴィは自然と手を振っていた。

 そんな友好的な態度に、ララの顔にも花が咲く。


「私の名前はアイヴィ。宜しくねララちゃん……でいい?」

「はい、それとお礼が言いたかったのです。この前のシュークリーム、とっても美味(おい)しかったです。ありがとうございます」 

「口に合ったのなら、よかった」


 アイヴィは『独り占めしなかったのね、フィルメイル』と意外に思う。

 同時に、今も味を想起し顔を綻ばせるララを見て『こんな子が居たらあげちゃうよね』と、自身の大きな目に柔らかな曲線を描いていた。


 微笑(ほほえ)ましい視線を受けたララは、顔をキリッと引き締め直す。

 そんな姿がまた愛らしく、アイヴィや受付に居るギルド職員達の顔がより柔らかく、より穏やかに変化してしまった。


「おっと、案内でした。まずは一階を案内するです。ここが受付。依頼の受諾(じゅだく)や終了報告、大金でなければ依頼料の受け渡しもここで行ってるです。お仕事の相談なんかもやってるですから、ご活用下さい」

「私達ギルド員が一番世話になる場所ね」


 そう言い、これから世話になる場所を見回すアイヴィ。

 二つある受付の奥には、事務員が使っているであろう机や書類の詰まった棚が見える。

 そして、受付から少し離れた場所にある巨大な掲示板。


 今は昼過ぎゆえ、受付前にはアイヴィ達以外誰もいない。

 狩人ギルド同様、朝や夕刻に賑わうのだろうと納得し、アイヴィはララへと視線を戻した。


「はいです。すぐそばにある掲示板に依頼が張り出されるので、そこで依頼を選び受付に持って来る。それが基本になるです。けど、朝一は依頼の取り合いで大変なのです……アイヴィさんも争奪戦、頑張って下さい」

「そういうのは、どこも同じなのね」


「依頼によって人手が必要だったり、そもそも適してなかったりするので、決して早い者勝ちという訳ではないですけど、早い方が有利なのは確かです。勝つポイントは早起きなのです」


 まるで『ギルドの先輩からのアドバイス』かの様に口にするララに、アイヴィの頬が緩む。だが弛緩しながらも、アイヴィは『確かに』と納得していた。

 ララは、そんなアイヴィの納得顔に『うむ』と(うなず)き、次の場所を手差しした。


「そして、受付の隣が食堂です。って、この前もここでフィルさんとお喋りしてましたし、案内は必要ないですよね」

「ええ。巨大オムライス……うえっぷ」


 友人が食べていた巨大過ぎるオムライスを思い出し、アイヴィの食道を胃酸が刺激する。

 口を抑えながら、食堂を見回すアイヴィ。


 食堂の中には、四~六人程で使うであろう簡素な四角い卓とシンプルな椅子が幾つも並んでいた。

 汚れやゴミは見当たらず、掃除が行き届いている事がハッキリと分かる。質素さよりも清潔感を強く感じる食堂であった。


 二十を超える席数を見るに、ぎゅうぎゅう詰めで食事をとる必要はなさそうであり、それはアイヴィにとっては非常に重要で、とても有難(ありがた)いことであった。


「ふぅ。落ち着いていて良い場所」

「食堂横の厨房に注文すれば、お母さんが料理を作ってくれるですよ」

「お母さん?」


 アイヴィの短い問いに、ララは自信満々な笑みを浮かべた。


「ヨハンナお母さんです。お母さんのご飯はすっごく美味(おい)しいですから、期待していいですよ」

「へぇ、それは楽しみ」


 ニカリと笑い声を弾ませるララの姿からは、母に対する愛情しか感じない。

 アイヴィはちょっと(うらや)ましいなと思いながらも『あの時コーヒーを持ってきてくれた人は、ララちゃんのお姉さんかな?』と、勘違いしていた。


「次、行くですよぉー」

「ええ。お願い」


 ララの後ろに続き、トコトコと歩くアイヴィ。

 次に紹介されたのは、一階奥にある一画であった。


「ここは浴場ですよ。こっちが男性用入口で、こっちが女性用です」

「へぇー。時間による交代制じゃないのね。贅沢」

「うち自慢の大浴場なのです。湯加減ポカポカで、一日の疲れが取れるですぅ~」

「けど共同浴場かぁ……そこは慣れるしかないわよね」


 昔は使用人と共に。そして最近は個室の浴室。

 外泊時にしか共同浴場を使わぬアイヴィにとっては、それが日常に置かれる事が中々に気がかりで、そして少々難しい問題であった。


 そんなアイヴィの貴族的な悩みを知らぬララは、廊下の反対側にある扉を指差していた。


「それとあの部屋で洗濯と乾燥が出来るので、ご活用下さいです」

「もしかしてレリック? 好きに使っていいの?」

「ハイです。充実した福利厚生ですぅ」


 フンスッと胸を張るララに、アイヴィの目も柔らかに曲がる。

 だがララは、困ったような顔をしながら、続けてその隣の部屋を指差した。


「ちなみに、その隣に小さな訓練部屋があるですけど……むさ苦しいので、私はあんまり近づかないです」

「へぇ……」


 ララの言葉に興味を引かれたアイヴィは、ララが指し示す扉に近づき、そっと中を(のぞ)こうとした。

 だが、中から漏れる声を聞き、ノブを握ったアイヴィの手が止まる。


「そうだ! もっとだ! もっと良い声を聞かせておくれ! 大腿筋(だいたいきん)よぉ!」

「はぁ……相変わらずダグはうるせぇなぁ……」

「あと百ぅ……そうだ! もっとだ! もぉっとぉ……アァ……」


 無言で戻って来たアイヴィに、ララは一つ頷き、次の場所へと歩き出した。

 世の中には触れぬ方が良い事もあると、二人の少女は知っているのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ