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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4-?? 天使の花冠

 時は今より十二年ほど前。ファザム新歴1500年。


 遠くから鳥のさえずりが耳に届く、日差し穏やかな朝の事。セルゲイ・ブラッドの研究室を、一人の青年が訪ねていた。


 それは燃える様な赤い髪をした、歳の頃二十前半の若々しい青年であった。

 彼の名はヘリクス・トルシオン。

 セルゲイの愛弟子の一人であり、(のち)螺旋(らせん)(きみ)と呼ばれる魔術師である。


 ヘリクスは、研究室とは名ばかりの大きな屋敷の門を潜り、預かっている鍵を使い正面から屋敷に入り、勝手知ったる屋敷の中を進む。

 向かう先は、自分に割り当てられた部屋ではなく、師が主に利用している一室であった。


 扉を三度鳴らすヘリクスの入室願いに返って来たのは「入れ」と短く響く、生気の感じない老いた男性の声であった。


「失礼します。御師様(おしさま)、本日も……御師様?」


 研究の手伝いに来たヘリクスが言葉を止めたのにも、理由があった。

 ヘリクスが来たにも係わらず、師であるセルゲイは、女性型の胸像の前で眉を(ひそ)め「うーむ……」と、(うな)りに近い声を上げ続けていたからである。

 

「御師様! もしやお加減でも悪く――」

「そこは問題ない……問題は……ヘリクス。これを見てくれ」


 駆け寄ろうとしていたヘリクスは、ホッと息を吐きながら師へ歩み寄り、思案気な師の勧め通り、女性型の胸像へ目を向けた。


 その胸像の頭部には、銀色に輝くサークレットが飾られていた。

 よく言えば洗練。悪く言えば質素。

 そんなサークレットの正面には、恐らく大粒の宝石をはめるであろう空間がぽっかりと空いていた。


 ヘリクスの感性からすれば、もう少々装飾にも(こだわ)りたくなる一品である。

 だが、自身の感性と世の人々の感性は別物であるのは(つね)であると、ヘリクスも理解していた。


「この正面に魔術回路を組み込んだ宝石を(はい)するならば……魔力保全の観点からしても、機能美に()けた美しい意匠ですね。流石は御師様」

「お前の言葉で答えろ」


 短く鋭い師の言葉に、ヘリクスは一瞬迷い、諦めて自分の感性を言葉に変えた。


「……女性用であるならば、もう少々デザインに()ってもよいかと」

(しか)り、だな。儂が作ると、どうしてもこうなってしまう……」


 セルゲイの声に力はなく、普段荘厳(そうごん)さを感じる姿にも(かげ)りを見せていた。

 非常に珍しい師の姿に、ヘリクスは掛ける声を見つけられない。

 弟子たるヘリクスが答えを見つけるよりも、セルゲイが大きく肩を落とす方が早かった。


「作り直しだな。これではアイリスは喜んでくれんだろう」

「あぁ、アイリス様への贈り物だったのですね」

「そうだ。儂はあの子から多くの貰って来たのだ。笑顔も、幸せも……血に(まみ)れた儂が受け取るには、勿体(もったい)ない程に……」


 そう言ってセルゲイは、部屋の壁に飾られている一つの花冠へ視線を向けた。

 ヘリクスの目に、柔らかな(しわ)を増やした師の顔が映る。

 それは、先程までの(ひそ)めた表情とは全く違う顔であり、師が孫娘であるアイリスをどれ程大切にしているかが、一目で分かる程の表情であった。


 飾られた花冠一つとってもそうである。

 ヘリクスは部屋を見回し、そのシロツメグサで編まれた花冠がこの部屋の中で最も強い魔法が掛けられており、その花弁一つ朽ち、落ちぬように保護されている事を再認識した。


 ヘリクスは花冠から師へ視線を向け直し、師へ自論を説いた。


「御師様。このままで(よろ)しいかと」

「何を言う、ヘリクス。これがアイリスに似合うとでも?」


 師の言葉を聞き、想像を巡らせるヘリクス。

 日の光を浴び、草原に満開に咲く花のような幼き少女アイリスの姿と、目の前の洗練されたサークレットを重ねたヘリクスは、素直に首を横に振った。


「似合いませんね。可憐なアイリス様には」

「では、なぜだ? 儂は、作り直すならばお前に意匠を依頼しようと思っているのだぞ」


「光栄です。ですが、それではいけません。アイリス様が欲しいのは僕の作った物ではなく、御師様手ずから作った物のはず。御師様も、そうだったのでは?」


 ヘリクスの言葉に、荘厳な顔にハッと驚きを浮かべたセルゲイは、壁に飾られたシロツメグサの花冠へ近づいた。

 しわがれた指が、そっと冠の内側を、緑の茎の上を撫でる。


「……そうだな。嗚呼(ああ)、そうだ。この冠には到底及ばぬだろうが、このままで行くとしよう。まさか弟子に教えを受けるとはな」

「御師様の教えに比べれば、小さなものです」


 ヘリクスの言葉に、師の背中が(わず)かに揺れた。

 見えぬ所でセルゲイの皺が増えたことを、弟子たるヘリクスは知らない。


「そうか。ヘリクス。本体たる魔術回路は黄色のトパーズに組み込もうと思うのだが、どう思う?」

「魔法の事ではなく、意匠の話ですね。それならば最上かと。希望、友情……願いの籠った良いものになります。アイリス様にも黄色は似合うかと」

「喜んでもらえるだろうか……儂の天使に」


 ヘリクスの目に、花冠から自分へ向いた師の表情が映る。

 それは発した言葉と違い、自信に満ち溢れた、普段と変わらぬ威厳(あふ)れる師そのものであった。

 そんな師の姿に、ヘリクスの顔にも活気が宿る。


「はい、必ず。雑事があれば僕に任せて下さい」

「ああ、頼むぞ、ヘリクス」

「はい! ですが御師様。これは何の魔法の道具なのでしょうか?」

「ああ、これはな、アイリスの夢を叶える為の……」


 夢の中だけでも、夢を叶えさせてやりたい。

 そんな師の言葉に、ヘリクスは少し残酷だなと想いながらも、師の想いを尊重し大きく頷いた。


 この時のセルゲイとヘリクスは知らない。


 アイリスという少女が持つ、特殊な体質の事を。


 知らぬ彼らは夢を見る。

 大きな瞳を輝かせ、冠を見つめる天使の笑顔を。

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