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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4-31 仕事の後に待つ幸せ


 アイヴィを中央特区内の仮住まいへ送り届けたフィルは、そのままギルド『(ぎん)(すい)(しょう)』の本拠地へと帰宅した。


 帰って来たフィルを出迎えたのは、一階食堂で酒盛りをしているギルド員達の奏でる喧騒と、体から湯気を立ち昇らせたお風呂上がりの少女ララであった。

 

「ラァーラちゃん。たっだいまぁ」

「フィルさん、おかえりなさいです、こんな時間までお疲れ様ですぅ」

「えへへ、ありがと。でもほんと大変だったんだよ……それにもう少し早く帰っていれば、ララちゃんと背中流しっこ出来たのに、出来たのにぃぃぃ」


 まるで、血の涙でも流さんばかりの悔しがりを見せるフィル。

 だが、それを見るララからすれば『いつものこと』でしかなかった。


「しないです。お母さーん。フィルさんが帰ってきたですよぉー」

「はいはーい」


 ララに呼ばれ、食堂横の厨房から現れたのは、金髪の美女ヨハンナであった。


 ヨハンナは持って来たホットミルクをララへ手渡すと、そのままララの頭を優しく撫で始めた。

 まだ少し濡れた髪を撫でられたララの丸っこい顔が、嬉しそうな、むず(がゆ)そうな、そんな複雑な表情へと変化する。


 その、並ぶとまるで姉妹の様にも見える親子の(なご)やかな姿を見て、フィルは『眼福眼福』と今日の疲れを吹き飛ばしていた。

 だが、たとえ疲れが吹き飛んだとしても、腹は減るものである。

 堂々と腹の音を鳴らしたフィルに、ララとヨハンナの笑みがフィルへと向く。


「おばちゃん。今日もよろ」

「パスタでいい?」


 親指を立て、キラリと白い歯を見せるフィル。

 ヨハンナは「アハハ」と明るく笑うと、もう一度ララの頭を撫で、厨房へと戻って行った。


 ヨハンナの料理を待つ間、フィルは今日の武勇伝をララへと語り、気のいい酔っぱらいから酒のつまみを貰い、ララに抱き着きに来た赤毛の少女ベルを風呂場へ追い払い、部屋へと戻るララへ「歯を磨こう」と今日の訓示を送り……メフィストとお喋りしていたフィルの前に、山盛りのパスタがドンッと置かれた。


「お待たせ、フィルちゃん。ミートパスタとミニサラダだよ」

「おぉおぉ……ごくり……では、いっただっきまぁーす」

「たんとお食べ」

「はーい」


 (にわ)かにフォークを持ったフィルの目は、立ち去るヨハンナではなく、卓の上を(いろど)る料理へと向いていた。


 トマトをベースにした赤いソースの絡んだロングパスタが、白い大皿の上で小山を作っており『早くお食べ、早くお食べ』とフィルを誘っている。その隣には、ミニと言いながら普通量のサラダが置かれており、オリーブオイルが線を引くレタスの緑が映えていた。


 そんな目に優しい緑を無視し、フィルは誘う赤き小山を切り崩しに掛かる。

 くるりとフォークに巻き付くロングパスタ。その塊が、あーんと開けたフィルの口へと入り込み、舌にトマトの旨味を届けた。


 やや細めのパスタを一噛(ひとか)み、二噛(ふたか)みしたフィルの口の中で、トマトと牛と玉葱(たまねぎ)が踊り始める。

 酸味よりも旨味の強い濃厚トマトが全体に広がり、ミンチ状の牛がじゅわりと自己主張し、ひっそりと玉葱が甘味を生み出していた。

 そして中央に(わず)かな硬さの残るパスタの食感……フィルの(あご)が弾む、弾む。


 口が(から)になったフィルの手は、既に次に放り込むパスタを巻き取っていた。

 フィルは、フォークを目の前に掲げ、ソースを(まと)ったパスタに絡むミンチ肉と透き通った玉葱を眺め、大きく(うなず)く。


「うん! うまぁい。濃厚トマトもグッドだけど、この肉がたまらんのさぁ」


 誰に聞かせる訳でもない感想を口にし、フィルは目の前のパスタを口にした。

 相棒たるメフィストの笑い声を(さかな)に、そこからフィルは黙々とパスタを巻き付けては食べ、巻き付けては食べを繰り返した。


 時折サラダへと浮気し、オリーブオイルのみ懸けてあるシャキッとレタスで口を休めながら、濃厚ミートパスタの山を低くしていく。

 三分の一程食べ進んだ頃。フィルの脳内にメフィストの声が響いた。


『今日も良い食いっぷりだな、相棒』

『そりゃね。働いて、美味(おい)しいものを食べる。これが私の幸せだもん』

『ララやおばちゃんの笑顔も、だろ』

『メフィちゃんの笑顔も、ねっ』


 もぐもぐと顎を動かしながら、フィルは隣に立てかけてある杖メフィストへ笑いかける。

 その笑みに『ケッケッケッ』と返る、悪戯(いたずら)そうな笑い声。


 笑声を発したからといって、杖が変化する訳ではない。

 だが、フィルは満足そうに目に弧を描くと、パスタとの格闘に戻った。


 黙々と食べ、山の半分、約二人半前のパスタを腹に収めたフィル。だが彼女の舌は今、ミートパスタの濃さに慣れてしまっていた。

 そのタイミングを見計らったかのように、ヨハンナの助けが入る。


「フィルちゃん。こういうのもあるわよ」


 パスタからヨハンナへ視線を映したフィル――その青い瞳が、キラリと輝く。

 フィルの視線をくぎ付けにしたのは、ヨハンナの持つ乳白色の物体であった。

 ヨハンナは反対の手に、細かい穴が(いく)つも()いた金属製の棒を持っている……そう、ヨハンナが持って来たのはチーズとおろし(がね)である。


 凄い速度で(うなず)くフィルに、綺麗な顔を(ほころ)ばせ、ヨハンナがパスタの上でチーズを削り始めた。

 ザッ、ザッとチーズが金属棒に触れる度に、パスタの上に雪が降り注ぎ、赤を乳白色へと染めていく。

 むわっと広がる乳の香りに、フィルの食欲がむくり、むくりと(よみが)っていく。


 食べる事の出来ぬメフィストですら「こりゃ美味(うま)そうだ」とヨハンナへ声をかける程の光景であった。


「おぉお! たっぷりだぁ……おばちゃん、愛してるぅ」

「アハハハハ。頑張ってるフィルちゃんに、ちょっとしたご褒美だよ」

「いぇーい、よーし、食べるぞぉ」


 再び食べる事に集中し始めたフィルを見て、ヨハンナの目に慈しみが(あふ)れ、目尻の(しわ)が増えてしまう。

 幸せそうに食べるフィルを見ていたのは、ヨハンナだけではなかった。


「フィルちゃん見てると、腹減るんだよなぁ」

「うむ! 俺の咀嚼筋(そしゃくきん)もぉ()えを感じているぞぉ! 干し肉では足りん!」

「ヨハンナ姉さぁーん。こっちにもパスタ下さーい。チーズ多めで」


「あんたらは自分でやりなよ」

「ういー。エールも追加で、おねがいしゃーす」


 俺も俺もと騒ぐ酔っぱらい達とは違い、フィルは黙々と食事を進めた。

 新たに加わったチーズの味わいは、決して濃すぎることなくトマトソースに混ざり合い、ミートパスタの味を一段階上へと押し上げていた。

 濃厚と濃厚の掛け算である(はず)なのに、程よい。味とは不思議なものである。


 フィルの幸せな時間は、食後のコーヒーを飲み終え、お風呂上がりのベルとのカード勝負まで続いた……勝敗の行方は、卓に()()すフィルを見れば明らかであった。


~~~~


 トラブルがあったものの、オークションを終え、魔法都市『ヴァルミオン』観光を済ませたカーリア子爵夫妻。

 彼らは、魔都で問題を起こした息子を縄で縛り付け、共に領地へ戻っていった。


 当然、護衛たるフィルも同行しての事である。

 その道中、オークション帰りだから金を持ってるだろうと勘違いした賊に夜襲を仕掛けられたのだが……何が起こったのかは、態々(わざわざ)言わずともよいだろう。


 無事、カーリア子爵夫妻を屋敷へ送り届けたフィル。

 屋敷の前で満足げに微笑(ほほえ)む子爵夫妻に、フィルの顔も柔らかであった。


「ホッホッホッ。中々スリリングな旅でしたなぁ。またフィルメイルさんには護衛を頼みたいものですなぁ」

「いいえ、あなた。むしろ我がカーリア家に嫁入りして欲しいぐらいですわ」


「あはは、それはお断りしまーす。ですが、再び御入用の際は、魔都ギルド『銀水晶』の魔女見習いフィルメイル・クリスタを、どうぞ御贔屓に」


 左手でとんがり帽を脱ぎながら一礼を決めたフィルは、ヒョイと垂直に跳び、自然とフィルの尻を持ち上げる様に移動したメフィストに乗った。

 空中で帽子をかぶり直したフィルを、カーリア子爵が見上げる。


「ええ。是非(ぜひ)とも。メフィスト殿も助かりましたぞ」

「おうよ。じゃあな」


 軽いメフィストの声を残しながら、フィルとメフィストは空へと舞い上がった。

 穏やかに手を振り見送る子爵夫妻の姿に、フィルの目尻が柔らかに下がる。

 フィルは大袈裟(おおげさ)に手を振り返すと、進む先へと視線を移した。


「貴族にしては、良い奴らだったな」

「ほんとにねー。大変だったけど、ああいうの見ると『良かった』って思うよね」

「だな。さーてと。帰るとしようぜ」


 速度を上げようとするメフィストを、フィルはポンポンと優しく叩く。


「ちょーっと待った。どうせならみんなに御土産(おみやげ)買って帰ろう。ここのワイン美味(おい)しいらしいよぉ」

「へぇ。相棒は飲まねぇのにまめだよな。まっ、仕事も終わったんだし、ゆっくり観光して帰るか」

「よぉーし。カーリアデートに出発しゅぱーつ」


 明るく弾む声を青空に響かせながら、町中を飛び回るフィルとメフィスト。


 輝く笑顔で杖とお喋りする彼女の姿は、彼女を知らぬ町の人々からすれば、どこか不思議で、どこか魅力的であった。


~~~~


 散々カーリア領で遊びまわったフィルは、夕日の中を超高速で駆け抜け、その日のうちに魔都へと帰還した。そして彼女は、真っ先にギルド『銀水晶』の三階にある自室へと戻り、ベッドへ飛び込んだ。


 疲れたフィルの体が、ずぶずぶとベッドの中へと沈んでいく。


「ふぅー。やっぱり()()は落ち着きますにゃー」

「疲れたのは、(おも)に遊んでたからだけどな。飯は?」

「あーとーでー」


 ベッドの柔らかな誘惑に負けたフィルは『お土産渡すのは後にしよ』と、ベッドの上で動かなくなってしまう。

 だが、その誘惑を断ち切るように、自室の扉が三度叩かれた。


「どーぞー」


 気の抜けたフィルの声に許可を得た来訪者が、扉を開ける。

 もぞっと体を(ひね)り、開いた扉を見たフィルは、跳ねる様に飛び起き、来訪者を出迎えた。

 開いた扉の先に居たのは、愛らしき少女。仕事着を着たアイヴィであった。


「どしたの? アイヴィちゃん」「よぉ、アイヴィ」

「おかえり、フィルメイル、メフィスト。そして、改めて……」


 言葉を止めたアイヴィへ、フィルは首を(かし)げてしまう。

 フィルの疑問に答えるように、アイヴィはその愛らしい顔に会心の笑みを浮かべ、言葉の続きを告げた。


「隣に越してきたアイヴィ・アルケインよ。今後ともよろしくね、フィルメ――」

「アッッイビィィちゃぁぁぁん」


 飛び掛かるフィルを両手で迎撃し、抱き着くのを阻止するアイヴィ。

 そして、拮抗して止まった二人へ、ふわふわと近づく杖メフィスト。


「ったく、なにやってんだ相棒」

「だから、そういうのは禁止よ」

「ぶーぶー」


 大きな目を鋭くし、フィルを(にら)むアイヴィ。

 わざとらしく口を尖らせ、不満を表すフィル。


 二人は同時に口角を上げ、同時に目に柔らかな弧を描いた。

 そして、二人と一杖の笑い声が、ギルド『銀水晶』に木霊(こだま)した。


 嬉しそうに。楽しそうに。

 そして、幸せそうに。


第四話「ソロモンの遺産と後継者」 完

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