4-30 流れ星に願うこと
事件が終わった後も、フィルはドタバタとしていた。
魔都警ら隊隊長の計らいで中央特区入りしていた、警ら隊遊撃班の面々。
その筆頭たる班長コルレオーネと協力し、事情説明、怪我人の治癒、犯人たちの移送、眠る貴族達の治癒院への搬送の護衛等々、フィルは動き続け……友への協力の為とはいえほぼタダ働きな雑事を全て終えた頃には、既に夕日が落ち、夜の帳が下りてしまっていた。
ぐったりとしながら小劇場へと戻って来たフィルを待っていたのは、なぜか劇場の従業員に慕われながら優雅に紅茶を嗜むアイヴィであった。
「貴女の帰りを待ってたのよ」
そう言って笑うアイヴィを送り届けるため、フィルとメフィストは、魔都中央特区の空へと飛び上がった。
普段よりも、ゆっくりゆったりと魔都の空を進む、杖メフィスト。
その上に横座りで乗るフィル。
その隣に腰掛け、夜風を心地よさそうに浴びるアイヴィ。
輝く魔都の町を眼下に置きながら、濃紺に染まった空を飛ぶ二人と一杖。
穏やかな空の旅を楽しむアイヴィの口から、気の抜けた声が漏れ出した。
「ふぅ……こういうので良いのよ」
「あはは。アイヴィちゃんも今日は大変だったねぇ。まさか外で大捕り物をしてたなんて思わなかったよ。流石アイヴィちゃん、かっこいぃ」
「貴女と同じで銀貨一枚にもならないけどね。私のことよりも、流石は貴女でしょう? あの天才と謳われた二本線の魔術師アダマセインまで倒しちゃうんだから……本当に、貴女って何者なの?」
互い顔を合わせ、見つめ合う二人。
大きな瞳から伸びる視線には、その言葉と違い、探る様な意図は微塵も混じっていなかった。
少なくとも、フィルはそう感じた。
「知っての通り、魔女を目指してるだけのただの魔法使いだよぉ。まぁ一つ違うとすれば、最高の相棒が隣に居るってことかな。アイ・ラブ・メフィちゃん! メフィちゃんさいこぉー」
「おっ? 今日は、いつにも増して真っ直ぐ褒めんじゃねーか。照れるぜ」
「フフッ。ちょっと羨ましいわね」
そう言ってアイヴィは、小さな尻を乗せる杖をポンポンと優しく叩き始めた。
その動きに、フィルは×印を両手で作り、アイヴィへと示した。
「ダーメ。たとえアイヴィちゃんにだって、メフィちゃんの隣は渡さないのだ」
「決めんのは俺様だけどな」
「そんなー。私とメフィちゃんの絆が、こんなに脆かったなんてぇ……うぅ」
悲しさを声に乗せ、フィルが流れてもいない涙を拭き始めた。
あからさまなフィルの演技に、アイヴィは『またやってるわね』と冷めた視線を向けてしまう。
「まっ今の所は、相棒の隣から退いてやるつもりはねぇけどな。ケッケッケッ」
「えへへぇ。メフィちゃん大好き」
「はいはい。ご馳走様ご馳走様」
そう軽くいなしながらも、アイヴィは『やっぱり羨ましい』と思ってしまっていた。その心をフィルから隠すために、夜空を見上げるアイヴィ。
その大きな瞳を彩るのは、薄っすらと輝く星々であった。
行先をメフィストに任せ、フィルもまた星々を眺め始めた――途端、濃紺の空を一筋の光が走った。
アイヴィは胸の前で手を合わせ、流れ星の軌跡を瞼の裏に映す様に瞳を閉じる。
対しフィルは、流れ星の軌跡を最後まで眺め、少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んでいた。
アイヴィが目を開けた時には、既に夜空に流れ星はなく、フィルの笑みにも寂しさは消えていた。
「綺麗な流れ星だったねぇ」
「ええ。夜雫の日じゃなくても見れるものね。ねぇ、フィルメイルは何かお願い事した?」
「んー? 当ててみて」
解ける筈のないその問いに悩むアイヴィを見て、フィルの顔が柔和に蕩ける。
そして、自信なさ気に回答する姿もまた、フィルには眼福であった。
「……美味しいものを、お腹いっぱい食べたい……とか?」
「ぶっぶー。はっずれぇ……私は昔から何も変わってないよ……要するに秘密」
「そう。何となく分かるからいいわ」
アイヴィは、それが『魔女になる』的なものだと解釈し、願い事が変わらぬ事は良い事だと、独り納得の笑みを浮かべていた。
フィルは、そんなアイヴィの勘違いを知りながらも、特に訂正はしない。
『意地の悪い問題だぜ』
『答えなんてないからね』
そう秘密の会話を済ませたフィルは、夜空を見上げるアイヴィへ問い返した。
「それで? アイヴィちゃんは、流れ星に何をお願いしたのかなぁ?」
「私も秘密よ。けど、私は変わっちゃったかな……まっ、それも悪くないけどね」
ニシシと笑う愛らしい顔が、夜空からフィルへと向いた。
ギュッと抱き締めたい衝動を抑えながら、フィルは大きく頷く。
「うんうん。今、笑っていられるなら、それでいいんだよ。変わっても、変わらなくても……そして、明日も笑っていられるように頑張んないと、ねっ」
「それが難しいのよ……仕事探すの大変なんだから」
現実的な問題を前に、アイヴィの楽しそうな笑みが途端に萎み、愛らしい顔がしゅんとしてしまう。
その急な表情の変化に、フィルは「プッ」と噴き出してしまった。
「アハハハハ――ウッ。そんなに睨まないでぇ。ごめんなさい代わりに、一つ提案があります」
「なに」
睨みながら短く吐き捨てるアイヴィに対し、フィルの笑みは消えない。
「仕事がないなら、うちのギルド『銀水晶』に来たらどう? うちって狩人寄りの仕事も結構やってるし、それにご飯も美味しいよぉ。何なら私と一緒に仕事するってのも有り」
「ギルドの事は兎も角、一緒に仕事は嫌かな」
軽快にお断りされたフィルの顔が、一瞬にして凍り付いてしまう。
そんな彼女を乗せるメフィストは、顔だけでなく全身固まった相棒を落とさぬ様に気を付けながらも、追撃の一言を放った。
「ケッケッケッ。嫌われたな、相棒」
「ガァーンッ……今日一番のショックだよ!」
追撃が功を奏し、フィルの顔面に悲嘆と驚愕が混ざり合う。
その嘘か本当か分からぬ姿を解きほぐす為、アイヴィが弁明を始めた。
「違うわよ。もしも貴女と仕事をしたら、私が世話になるばっかりだもの……そんなの嫌でしょ」
「ふぅ、そういうことかぁ。んー? でも、そんなこと無いと思うけどなぁ」
「あるってば。それでも私は、貴女と対等でいたいから……こうやって送ってもらっておいて、なんだけど」
肩を揺らし、鈴の音のような声で笑うアイヴィを見て、再びフィルの顔が固まってしまった。
だがその硬直は、先程のものとは真逆の反応であった。
「……やぁっぱりぃ、可愛いぃぃぃぃ!!!」
隣に座るアイヴィへ抱き着かんとするフィル。
その素早すぎる動きに、アイヴィは抵抗する暇もなく、フィルの両腕に包まれギュッと拘束されてしまった。
アイヴィからすれば凶行に出たフィルも恐ろしかったのだが、それよりも恐ろしいことが一つあった。
そう。今、彼女達が居るのは杖の上であり、空中なのである。
「うわ! やめ! 離れて! 落ちる落ちるぅ」
「うーん。やっぱりアイヴィちゃんは可愛いなぁ」
「助けて、メフィストぉ」
「仲良きことは、いい事だぜ。ケッケッケッ……」
フィルの猫撫で声、アイヴィの悲鳴、そしてメフィストの笑声。
三様の声を魔都の夜に響かせながら、彼女達は帰路につく。
絶妙にバランスを取るメフィストの飛行テクニックにより、杖上で暴れる二人が落ちる事はなかった。




