4-29 ソロモンの鍵
舞台の上。胸像の頭部にて輝きを放つ天使の花冠。
フィルとアイヴィは、暴走する天使の花冠を止めんと、頭を捻っていた。
「ねぇアイヴィちゃん。これ横から命令割り込めないかな? 止まれ! って」
「無理よ。これ、アッシュ・グラントが言ってた通り、暴走しているもの。たぶん彼女が起きても無理ね」
二人の視線が横たわるアダマセイン嬢へと向き、同時に溜息を零した。
フィルの案を否定したアイヴィは、そのまま自分の考えを口にする。
「他のレリックもそうだけど、制御出来ないレリックの対処法としては、魔力が空になるまで放置するって方法があるんだけど」
「んー。現実的じゃないかなぁ。溜まった魔力と消費量からみて……一年ぐらいそのまま動くよ、これ」
じぃーと天使の花冠を見つめそう言うフィルの側で、ふわふわ浮いていたメフィストが感嘆の声を上げる。
「マジか!? 燃費いい奴だな、こいつ」
「でしょう。流石はお爺様のレリック。って褒めてる場合じゃないわね」
愛らしい顔を困り気に変えるアイヴィ。
そんなアイヴィの肩を、コンコンとメフィストが叩いた。
「何?」と視線を向けたアイヴィの耳に、弾むメフィストの声が聞こえる。
「そう。解決の秘策はそれだぜ」
「おっ! メフィちゃんの名案。聞かせてちょーだいな」
「任せな相棒。アイヴィ、こいつもお前の爺ちゃんの作品ってことは、お前が持ってる鍵が使えるんじゃねーか? まぁ、持って来てんならだけどな」
メフィストの言葉に、自然とアイヴィの右手が自分の右足へと伸びていた。
「ソロモンの鍵……使える? いえ、使えたとして一体どうする気? まさか出力を上げて、一気に魔力を放出させようって事?」
「ダメダメ。ちょー危ないって、それ」
黙って聞いていようと思っていたフィルであったが、あまりにも危険な提案に、慌てて止めに入った。
お道化て「どうどう」と宥めるフィルへ、杖メフィストの呆れ声が返る。
「なことやる訳ねぇだろ相棒」
「なーんだ。心配させないでよぉ」
「もぅ」と言いながらペチペチと杖を叩くフィルの姿は、周囲の惨状に対してあまりにも呑気である。
そんな姿一つで、自然と気負ってしまうアイヴィの重荷が、零れる笑声と共に吐き出されていく。
愛らしい顔に心地良い笑みを浮かべるアイヴィに、問いを放つメフィスト。
その声もまた、軽快で明るいものであった。
「なぁ、アイヴィ。お前の爺ちゃんって、賢い人間だったか?」
「当たり前でしょ。人類の英知と言っていいぐらいよ」
「ハハハ。デカく出たな。じゃ、もう一つ質問だ。お前の爺ちゃんは、優しい爺ちゃんだったか?」
メフィストからの意外な問いに、アイヴィの大きな目がキョトンと丸くなってしまう。だがすぐにアイヴィは、自信に満ちた顔でフフンと笑った。
「愚問ね。お爺様は誰よりも優しく、そして誰よりも人の為に生きた人だったわ。ねぇメフィスト。これ何の質問なの?」
「いや。俺様はお前の爺ちゃんのこと、あんま知らねぇからな……けどその様子なら、たぶん大丈夫だ」
「大丈夫?」
いまいち相棒の意図が分からず、浮かぶ杖へ向け首を傾げるフィル。
対して杖メフィストは、確信めいたハッキリとした声で応える。
「だぜ、相棒。なぁアイヴィ。お前の爺ちゃんが、本当にあいつの……ソロモンの再来と呼ばれていた程の奴なら、きっと付けているはずだぜ。お前の持つ鍵に、自分の作ったレリックを停止させる力を」
「嘘!? そんなの……」
有りえないという気持ちと、メフィストの言葉を信じたい気持ちが混ざり。困惑するアイヴィ。
その横で、フィルは己が大きな胸の前で手を打ち、納得を示していた。
「なる程。鍵ってオープンだけじゃなくて、ロックにも使うもんね。当たり前といえば当たり前だけど、盲点だねぇ。メフィちゃん冴えてるぅ」
「まっ。俺様、鍵には一家言あるからな」
「え? 初耳!」
「俺様は謎多き杖だからな。世界一硬い喋る杖は伊達じゃないぜ」
「よっ! 口も硬くて男前っ」
わちゃわちゃと喋る一人と一杖を他所に、アイヴィは独りしゃがみ、己がスカートの内側に右手を潜り込ませていた。
それを発見したフィルの目が、キラリと光る。
「まぁアイヴィちゃんたら、はしたないですわよ」
「トイレならあっちだぜ」
「こんな時に茶化すなぁぁぁ! もう……これよこれ。お爺様から受け継いだソロモンの鍵」
「おぉお……おお?」
立ち上がったアイヴィがフィル達に見せたのは、涙型の美しい宝石が一粒輝くネックレスであった。
銀の鎖の先、見る角度によって様々な色に輝いて見える不思議な宝石に、フィルの首が横に倒れてしまう。
フィルが不思議に思ったのは、七色に輝く所だけではなく、フィルの目を以てしても、それがただのネックレスにしか見えなかったからであった。
アイヴィは、七色に輝く一粒石を右の手の平の上で安置させ、その上へ大事そうに左手を重ねた。
「本当にそんな力がこれにあるかなんて、分からないけど……やってみるわ」
「ああ。信じてみな、お前の爺ちゃんの事を」
「ええ。もし失敗したら、その時はぶっ壊しましょう」
「おうよ。その時は俺様に任せな」
「アイヴィちゃん。頑張れ」
メフィスト、フィルと視線を移したアイヴィは、一度大きく頷き、天使の花冠を見据えた。そして、鍵を乗せた右手を輝く天使の花冠へと伸ばす。
すると、右手の上でソロモンの鍵が淡く輝き始めた。
「言葉は何でもいい。どうあって欲しいか、それをそいつに伝えてやれ」
「……ふぅ。ソロモンの遺産の後継者が――いえ、アイリス・ブラッドが命じる。天使の花冠よ、その力を鎮め、眠りなさい」
アイヴィの言葉に感応し、ソロモンの鍵が輝きを増す。
その光に反比例するかのように、天使の花冠の放つ光が徐々に弱まり、弱まり、完全にその光を鎮めた。
ソロモンの鍵もまた、役目を終えたとばかりに光を消していた。
アイヴィは、右手を閉じ優しく鍵を握りしめると、左手で停止した天使の花冠に触れた。
そのまま彼女は、愛おしそうに左手でサークレットの側面を撫でると、正面に飾られた宝石へ額を重ねる。
そして、想いを伝えるように、そっと、優しく呟いた。
「おやすみなさい」
その声は、広い舞台の中に溶けて消える。
フィルとメフィストは、アイヴィが満足するまで黙って見守っていた。
天使の花冠から額を離したアイヴィは、フィル達へ向き直ると、気恥ずかしそうに顔を赤らめ、左指で頬を掻き始めてしまった。
「なんか出来ちゃったわ」
「やったね。お疲れ、アイヴィちゃん。やっぱり私の目に狂いはなかった!」
「メフィストの案でしょ……それに、私じゃなくて鍵の力」
謙遜か卑下か?
そんな言葉を聞いたフィルとメフィストは互いに見つめ合うと「ハッハッハッ」と笑い始めた。
「何言ってんだアイヴィ。そいつを爺ちゃんに託された、お前の力だろ」
「そうそう。いやぁー流石メフィちゃん、いい事言うねぇ。やっぱりベストウッドロッドオブザイヤーはメフィちゃんのものだね」
「……何よそれ? まぁいいわ。ありがとうメフィスト、フィルメイル。そしてお疲れ様」
「おうよ、お疲れさん」
「お疲れぇ」
アイヴィが掲げた左手にフィルの右手が重なり、同時にメフィストの体が重なり快音を響かせる。
舞台に広がる小気味よい音が、本来下りるべき幕の代わりとなり、眠る観客たちへ事件の終わりを告げた。




