1-7 決闘アッシュ・グラント〜開始〜
距離を取った二人の口が、同時に開く。
「まずはかーるく、風よ、矢よ」
「手始めだ、≪アイスニードル≫」
フィルの周囲に生まれたのは、透き通った緑の矢の群れ。
アッシュの周囲に生まれたのは、列をなす青白い氷の棘。
言葉なく放たれた、風の矢と氷の棘。
夜の中を緑と青の線が走り、互いに互いをぶつけ合い、消滅し合う。
何本も何本も。
飛び交い相殺し合うのは牽制のみではない。身に迫る棘を矢が撃ち落とし、身に迫る矢を棘が撃ち落とす。
その光景は、二人の放った魔法の精密さと力が互角である事を示していた。だが、生成、発射、生成、発射を繰り返す中、戦いに変化が生まれ始める。
氷の棘の迎撃を掻い潜る風の矢が、アッシュの元へと抜け始めたのだ。
己が身へ直撃せんと迫る矢を一つ、また一つと事なげなく躱すアッシュ。
しかし、さしものアッシュも、二つ三つと同時に襲う矢にはたまらず、魔法を以て対処を始めた。
「≪シールド≫」
呟きと共に回避をやめるアッシュ。
飛翔する風の矢がアッシュへと進み――間に生まれた透明にも見える白色の力場に阻まれ、空中に突き刺さり、その動きを止めた。
迎撃の棘を潜り抜けた風の矢が、次々とアッシュの正面で静止する。
フィルは、自分の放つ風魔法をいとも簡単に防いだ無属性の防御を見て、わざとらしく頬を膨らませた。
属性の乗らぬ無属性魔法は容易にして単純であり、故に無属性魔法では脆弱な力しか生み出せない。だがそれは、一般的な魔法使いに対する答えでしかない。アッシュの業は、それをまざまざと見せつけていた。
「無属性魔法で風の矢を平然と……いやになっちゃうね全く」
「そうは言うが魔女殿。その生成速度も非凡であろう」
「撃ち合い中にあんなもの作る人に言われてもねぇ」
緊張感を削ぐ会話の最中にも、緑と青の応酬は続いており、アッシュの盾を破らんと幾本もの風の矢が突き立てられていた。
そんな中、フィルは暇を持て余す左手で上方にある『あんなもの』を指差す。
二人の魔法の打ち合いを障壁の外から見ていたアイヴィは、フィルの左手につられ空を見上げた。
そこにあったのは、二十メートル程の高さに浮かぶ、大きな氷の塊であった。
「なに……あれ?」
アイヴィの問いに応える者はなく、睨み合う二人は次の行動へと移っていた。
周囲に並べていた氷の棘を全て上方へと飛ばすアッシュ。
対しフィルは、既に生成していた分の矢を全てアッシュへ放ち、続いて空への対処に動いていた。
ありったけの風の矢が飛ぼうとも、アッシュは焦り一つ見せず、おもむろに右手を上げる。右手人差し指に輝く発動体で、空中に浮かぶ氷の塊を指し示す様に。
「炎の、壁よ」「降り注げ」
フィルの声に応え、空中に浮かぶ敵意とフィルの間を遮る炎の壁が生まれる。
フィルが息を吸う間すらなく、闇夜に浮かぶ氷の塊が弾け飛んだ。
瞬間、降り注ぐのは大量の氷の棘。
雨を遮る傘の如く、炎の壁はフィルの身を濡らさない。
空の一点より降り注いだ氷の棘は回避不能なほどに広く放たれ、炎の壁が消し飛ばさなかった棘は、地に突き刺さり、石畳を凍り付かせていた。
「おぉ危ない危ない」「空に壁とは器用なものだ」
緊張感のない声を出しながらもフィルの目は周囲を、そしてアッシュ自身をつぶさに捉えていた。
右手を下ろし、代わりに左手を前へ差し出す姿を。
その左手にも青く輝く発動体を。
凍り付いた石畳が解け、表面に不自然な水が現れ始めている様を。
炎の壁を消しながら垂直に跳躍するフィル。
対しアッシュは、青く輝く左手を横へと払っていた。
「地よ、砕けろ」
「我が愛しき≪ウンディーネ≫よ、捕り殺せ」
フィルの足元すら埋め尽くさんとしていた水たまりがアッシュの声に応え――ようとしたその時、フィルが着地した石畳が砕け、そこから地を伝い、破壊の力が全方向へ走った。
破壊の力は石畳だけではなく、その上に生まれんとしていた魔法ごと粉砕する。
フィルを仕留めんと放った第五階層魔法『ウンディーネ』をいとも簡単に破壊され、アッシュは「ちぃ」と舌打つ。
だがその舌打ち一つ、隙でしかなかった。
破壊の中心にいるフィルの口は、まだ動いている。
「波よ」
破壊された石畳の円。その円から延長するように地を走る力の波が生まれ、アッシュを襲う。
たまらず横へと避けるアッシュ。
だが、フィルの魔法は続く。
「土塊よ、飛べ」
素早く唱える声に、拳大の土の塊が四つ放たれた。
回避の後を狙った一撃とはいえ、四つの土塊程度を躱せぬアッシュではない。
急ぎ放ったゆえに甘く弱い魔法になったのか――などと考えるほどアッシュは楽観的な男ではなかった。
土というキーワードと、正面からの甘い一撃。そして己の直感。
フィルの狙いを読んだアッシュは、まさかと思いながらも素早くゴーレムの死した場所へと向き直り、右手で腰の剣を抜いた。
抜かれた剣に刃はなく、だが空間に走る白い剣閃がその刃を示していた。
アッシュの目前まで迫っていた大きな土塊が、斬撃を受け、塵と化す。その消えた土塊は、破壊されたゴーレムの土より再構築されたゴーレムの腕であった。
アッシュの横へ払った右手、その柄の先には白き刃が存在していた。
「ちぇっ、あと一歩」「やるな、あの片眼鏡」
悔しがるフィルと称賛するメフィストの声を聞き、アッシュが右手を下ろす。悠然とした立ち姿のまま、アッシュがフィル達へと向き直った。
楽し気に目と口を歪めながら。
「もう少々魔法合戦を楽しんでいたかったが、こうも早く剣を抜かされるとはな……しかし魔女殿、我がゴーレムの残骸を使うとは、驚きだ」
「抗魔力があるっていっても、その剣には無意味って感じだね。ざーんねん」
特に構えを取らず、フィルとアッシュは自然体で視線を交わす。
油断とも取れる姿ではあるが、その実二人は互いの魔力の高まりを感じ取っていた。フィルが放たんとする魔法の前兆を。アッシュの全身に満ちる魔力を。
機を窺う二人の耳に、アイヴィの声が届く。
「気を付けてフィルメイル。そのレリックはお爺様が――星の魔術師が残したソロモンの遺産――」
「万物を裂くと謳われた光の刃。大天使の剣だ」
「はぁ!? それのどこがソロモンの遺産なんだ?」
「メフィちゃん。それはあと。今は目のまえ集中ぅ!」
憤るメフィストを右手一本でくるりと回し、フィルは正面に構え直す。
アッシュもまた柄を両手で握り直し、白き刃を前に構える。
睨み合う二人。その静寂を破ったのは、フィルの声であった。




