4-24 古き秩序の名の下に
上方より照らす光が、舞台の上に立つ二人と一杖の姿を鮮明に輝かせる。
華美なドレスを纏い、左腕に竪琴を抱える銀髪の女性、アダマセイン。
濃紺のローブを身に纏い、とんがり帽を被った黒髪の少女、フィルメイル。
そして、彼女の右手に握られた一本の木製の杖、メフィストフェレス。
今にも一戦交えんばかりの雰囲気が、両者の間に広がっていた。
だが、フィルへ向けられたアダマセイン嬢の微笑みが、その空気を緩和させる。
「ねぇフィルメイルさん。先程の話の続きをしましょう」
「んー? フィルちゃんVS怪盗ヴァラファールは全一話だから続きはないよ」
「ウフフ。そちらではありませんわ……もう一度だけ言うわ。わたくしのモノになりなさい、フィルメイル・クリスタ」
アダマセイン嬢は声と表情に機嫌の良さを表しながら、まるで演技でもしているかのように大袈裟に右手を前に突き出した。
歩けば五歩ほどの位置に立つフィルへ伸ばされた手は、フィルを求めふわりと開き、手の内側を光に晒した。
だがしかし、どれ程その姿が美しかろうとも、フィルの心を動かす事はない。
フィルは小さく首を横に振ると、すぐに断りを入れた。
「何度言われても無ぅ理っ。この状況見てよ……」
そう言ってフィルは、何も持たぬ左手をぐるりと回し、舞台の上から客席を、そして舞台端で眠る特務隊を指し示した。
「こんな事やっちゃうあなたの軍門に下るだなんて、へたれか小心者か……とんでもない悪党だけだよ。そんな小者が好みなのかなぁ」
「これから自分がどんな目に合うか分かっているのに、そう言い切ってしまえるのね……だからこそ、嗚呼、本当に惜しいわ」
「おっ! もう勝った気でいるんだね」
「当然でしてよ。貴女も御覧になったでしょう……」
言葉を途切れさせたアダマセイン嬢は、右手で竪琴を鳴らした。
美しき旋律と共に、アダマセイン嬢を透明度の高い薄紫色の膜が包み込んだ。
球状に包み込む膜に隙は無く、不思議と床を透過している様子から見て、下方向にも膜は張られている様であった。
「貴女の魔法がわたくしに通じない事は、もう分かっているのでしょう」
「……まぁねぇ。それと、態々鳴らさなくても使えるでしょ、それ」
「フフッ。目ざとい」
有り余る余裕を見せつけるアダマセイン嬢へ、フィルは不敵に笑みを向ける。
だがその内心では『どうしたもんかなぁ』と思考を巡らせていた。
フィルの思考を遮るように、フィルの右腕に握られたメフィストが声を上げた。
「なぁ、嬢ちゃん。それを――いや、オロバスをどこで手に入れたんだ?」
「あらあら。その杖、自律行動を取るだけでなく、博識なのね……ですが、残念ながら出所は秘密でしてよ」
「まっ、言う訳ねぇか」
アダマセイン嬢は今一度竪琴を鳴らし、自身を包む膜を消した。
その間にフィルは、オークション会場であるこの場全体を包み込む巨大な膜を感じ取りながら、脳内会話でメフィストへ情報共有を求めていた。
『メフィちゃん。あれって?』
『想像通りだぜ相棒。正真正銘のソロモンの遺産。拒絶の力『オロバス』だ』
『うへぇ、厄介そう。勝てる?』
『俺様と相棒の二人ならな』
『おーけー。ならやっちゃおう』
外から見れば無言で佇むフィル。
それを楽し気に眺めていたアダマセイン嬢は、フィルの口元がニヤリと動くのを見て、赤い唇を動かした。
「わたくしを倒す方法でも思い付いたのかしら?」
「うん。まずは勝つ為の一歩として、もうちょっとだけお喋りを続けて魔力回復に勤しもうかなぁ、てね。その赤い薔薇にちゅーちゅーされて結構キツイんだよぉ、これでも」
「ウフフ。それは御免なさい。それならば、少しぐらいは付き合って差し上げないと可哀そうね」
「まっ、魔力はそんな簡単に回復しねぇけどな。ほんと厄介なことしやがるぜ」
文句をつける杖メフィストに、アダマセイン嬢は上機嫌に肩を揺らし笑う。
それはまるで、褒められたかの如き反応であった。
笑うアダマセイン嬢に、フィルは問う。
「取りあえず質問。何でこんなことしたのさ? 返答次第では協力するのもやぶさかではない。まぁ、悪い事なら『メッ』だけど」
「あら? 悪い事ではなくてよ。わたくしはね、世界を作り変えたいの」
「……世界とか言い出したよ。どうする? メフィちゃん」
「やべぇな。まぁ続きを聞こうぜ」
茶化すようなフィルとメフィストにも特に気分を害さず、アダマセイン嬢は話を続けた。
「フフッ、世界なんてそう簡単に変わるものではないわ。ですからわたくしは、まず手始めにこの国を作り変えようと思いましたの」
「それって、気に入らないから取りあえず支配しちゃおう、的な?」
「いやいや相棒。流石にそんな理由じゃ――」
「間違ってはいませんわ」
「嘘だろ……」と呆れるメフィストと、何となく分かると二度三度頷くフィル。
そんなフィルへ向け、アダマセイン嬢は『でしょう?』と言わんばかりに鼻を高くし、言葉を続けた。
「わたくしは気に入りませんの。魔法の才の無い者達や魔法を学ぼうともしなかった愚か者共が、魔法の力を享受しているこの世界が、この王国の事が」
「で? 支配してどうするの? ほったらかし?」
「そんな事は致しませんわ。今の王よりも民達を正しく導く自負はありましてよ。ただ、魔法を使えぬ者の手から魔法の力を取り戻すだけ」
フィルは左手の指を顎に当てながら少し考え込み、アダマセイン嬢がやりたいであろう事を、代わりに口にした。
「国中からレリックを没収するって事だね。火も水も、光も治癒も、力も守りも」
「それ、やべぇことが起こんだろ?」
「多少の犠牲は致し方ない事でしょう。本来、それが在るべき姿なのですから」
「本来在るべき姿、ねぇ……」
敵であろうアダマセイン嬢を前に、フィルは悲しそうに目を閉じた。
その姿に自分とは相容れぬ事を知り、アダマセイン嬢はつまらなそうに息を吐き出した。それでも彼女は話を続ける。
「ええ。在るべき姿よ。セルゲイ・ブラッドが愚者に魔法を与えるだなんて愚かな真似をしなければ、今もまだ、我々魔術師が正しく評価され、強者が強者として敬われる世界であったはずですわ。我々は、それを取り戻したいだけ」
「「我々?」」
重なるフィル達の声に、アダマセイン嬢は「フフン」と胸を張り、通りの良い声を会場中に響かせた。
「そう、優れた星たる我々魔術師による、魔術師の為の正しき世界『古き秩序』の名の下に」
小気味よいアダマセイン嬢の宣言を聞いたフィルの顔は……酷く、とても酷く嫌そうに歪んでしまう。
それはまるで、赤子や幼子を叩く大人を目撃してしまったかの様な顔であった。
『また変なのが出てきたったよぉ』という言葉をグッと飲み込み、フィルは表情を引き締め無理矢理平静を装うと、震える口を必死に動かした。
「まっ、まぁ、思想はご自由にだけど、だからってこんな事しちゃ駄目でしょ」
「あら? 計画の中では最も被害の出ない穏便な方法を選びましたのよ。それで、愚かなセルゲイ・ブラッドの残したレリックを使う事になったのですから……フフフ、皮肉ですわね」
右手で口元を隠し笑うアダマセイン嬢を見て、フィルは、彼女が嘘を吐いている様子はないと判断した。
そして、再び周囲を見回し『最も被害の出ない穏便な方法』を知った。
それは眠りにつかせるだけなのだと……この会場のように、王国全てを。
「なる程ねぇ。ここで騒動を起こして一体全体何を狙ってるのかと思えば、あなたの狙いって、ここ中央特区にある超大型魔力炉だったのね」
アダマセイン嬢は微笑を湛えながら、パチパチと称賛の拍手を送る。
「正解よ。そこで眠っているヘリクス・トルシオンが作った魔力炉と天使の花冠を組み合わせれば……ウフフ」
「国中おやすみなさーい、かぁ…で、みんなが目を覚ましたら、王族は一人残らず死んでて、貴族達には首輪が付けられてて、支配構造がガラリと変わった世界になってると……争うことすら出来ずに」
「ねっ、穏便な方法でしょう」
心の底からそう思っていそうなアダマセイン嬢へ、フィルはジトリと冷たい視線を返した。
冷たいのは視線だけではなく、発する声もまた冷たい。
「それのどこが穏便なのさ? もし普通の人たちが自分で起きられないのなら、あなた達があーだこーだやってる間に、寝てる人たち死んじゃうでしょ」
「民はすぐに起こして差し上げますわよ。民には、我々の築く世界で生きる義務がありますもの」
「うへー、怖いこと考えるねぇ……ん? てことは、ここで眠ってる貴族のみなさんって、使い道のないただのオマケ?」
アダマセイン嬢は、フィルの言う『オマケ』へ視線を向ける。
その銀の瞳には、熱の一欠けらすら含まれていない。
「ええ。欲しいのは天使の花冠の運用情報と、魔力炉を制圧する為の鍵となるヘリクス・トルシオンの身柄のみ。情報は充分に取れましたし、あとは彼さえ確保出来れば、他の方々になぞ興味ありませんわ」
「それってさぁ……」
「暗に、生きてても死んでても同じって言ってんだろ?」
フィルの言葉を継いだメフィストへ、キラリと輝く銀の瞳が向けられた。
興味の色が、アダマセイン嬢の声にも乗っている。
「あら、凄い杖。人の機微も分かるのね」
「むっ。メフィちゃんは渡さないよ」
咄嗟にフィルは、杖メフィストを両腕でギュッと抱き締めた。
杖を守るフィルを見て、アダマセイン嬢がクスリと笑う。
「盗りはしないわ。わたくしに支える杖など不要。わたくしが欲しいのは、貴女だけよ、フィルメイルさん」
「いやー。そんな可笑しな計画聞かされたあとじゃあ、余計ノーとしか言えないよぉ。けどこんな話、私にしてよかったのぉ?」
「ええ。だって貴女は、わたくしのモノになるかここで死ぬか、二つに一つ……どちらにせよ、貴女が秘密を口外する事はありませんもの」
自身に満ちた笑みを浮かべるアダマセイン嬢に対し、フィルもまた愉快そうに口元を歪めていた。
そしてフィルは、左の人差し指を立て、明るい声に合わせ指を振った。
「チッチッチッ。私が勝つからどっちにもならないよぉーだ。さぁ、そろそろ始めよっか」
「あら? もう宜しくて?」
「あなたを倒せるくらいには回復したよ」
右手に握る杖をくるりと回し、バシッと前へ構えるフィル。
そのわざとらしい動きを見る銀の瞳は、冷たく、そして怪しく輝いていた。
「金剛石の魔術師も舐められたものね……フフッ、そうね。どうせならば、魔術師らしく決闘に興じるとしましょう」
「ゲッ! やっぱりそうなるぅ!」
フィルの悲鳴じみた声を聞き、アダマセイン嬢の整った顔が歪んだ。
それはまるで、獲物を狙う蛇の如き笑みであった。




