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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4-22 幕間~ヘリクス・トルシオンの夢~


 螺旋(らせん)(きみ)ことヘリクス・トルシオンは、夢を見ていた。


 自身の研究室に居る彼の目には、空中に浮かぶ青白き文字の羅列と複雑怪奇な図形の数々が映っていた。

 彼の目は文字を読み取り、彼の頭脳は高速で回転し、彼の指は文字を訂正するように宙に走り、新たな文字を生み出している。


 幾度かの訂正が続き……彼が息を吐くと、宙に浮かんでいた青白い文字と図形は彼の目の前に置かれた宝石へと吸い込まれていった。

 すると彼の後ろから、荘厳(そうごん)さを感じる老いた男の声が聞こえた。


「終わったな、へリクス」


 振り返った彼を待っていたのは、赤いローブを(まと)う白髪の老爺(ろうや)であった。

 老爺の姿を見た彼の口から、喜びに満ちた若い声が放たれる。


「はい! 御師様。これが改良した魔力炉の設計図です」

「儂にも見せてくれ」


 弾む様に駆け寄った彼は、握った宝石を老爺セルゲイ・ブラッドへと手渡した。

 そして彼が一歩セルゲイから離れた瞬間、セルゲイの周囲に青白い文字と図形が生まれた。


 重なり広がる文字の海をセルゲイの鋭い目が泳ぎ、宙を走るセルゲイの左指が展開された文字を次々と書き換えていく。

 彼は、宙に舞う文字を追う師の、その鋭い視線がまるで自分に向けられているかのように感じていた。


 気付かぬうちに緊張で(つば)を飲み込んでいた事を、彼は乾いた口で知る。


 宙を走っていたセルゲイの左指が右手に持った宝石へと行きつき、指がポンッと宝石を叩くと、全ての文字と図形が宝石に吸い込まれた。


 彼は静かに、師の言葉を待つ。


「ヘリクス。お前の魔術回路の造りは甘い。この設計通りに動かせば、秒と経たずに暴走するだけだ。世界を破壊したいのならば、良い兵器になるのだがな」

「は、はい……」


 彼は、自分の顔が苦々しく変化するのを感じた。

 彼のその表情を見てか、セルゲイの老いた顔に笑い(しわ)が増える。


「なに、ただの冗談だ。お前が作り上げた魔法。少量の魔素から膨大な魔力を生み出す『螺旋の魔術』を利用した大型魔力炉。根本の考えは悪くない。そもそもこれが使い物にならないガラクタならば、一目見た瞬間にでも設計図ごと砕いている」


 そう言い、セルゲイは彼へ宝石を返す。

 受け取る彼の手に、セルゲイの骨ばった手が重なった。


「今改善した箇所を、後で良く確認しておく事だ」

「御師様! では、このまま開発を続けても」

「当然だ。この魔力炉が完成した(あかつき)には、世界は一変するぞ。ヘリクス・トルシオンの名は儂の名を超え、魔導王ソロモンの名すら超えるやもしれん」


 重なる手を離しながらそう褒める師の言葉に、彼は嘘を感じなかった。

 彼は紅潮(こうちょう)する顔を冷ます事が出来ず、代わりに、宝石を持たぬ左手で己の頬を()く事しか出来ない。


「御師様を超えるだなんて、ご冗談を……けど、必ず完成させてみせます。僕は御師様の、セルゲイ・ブラッドの弟子ですから」

嗚呼(ああ)。楽しみだ」


 言葉の通りに、荘厳な顔を崩すセルゲイ。

 そんな師の笑みに対し、彼は表情を引き締めると、嬉しそうな師へ頭を下げた。


「御師様。今お時間がありましたら、このまま設計の改善についてご教授願えませんか?」

「自信がないのか? 独りで作り上げた方が、名声も高まるぞ」


 顔を上げた彼の目に、試すような師の視線が突き刺さる。

 彼は静かに首を横に振ると、師の視線に真っ向から立ち向かった。


「魔法は名よりも人々の為に。富よりも子の笑みの為に。才に関わらず皆が魔法を享受できる世界を……御師様の言葉ですよ」

「それはただの……老いぼれの小さな矜持だ」

「僕にとっての道しるべです」


「ふぅ」と溜息をつくセルゲイの顔には『困ったことを言う奴だ』と言わんばかりの色が浮かんでいた。

 困惑と喜びの混じり合った色が。


「ヘリクス。厳しくいくぞ」

「はい!」


 心地良い声を返し、彼は敬愛する師と共に研究を続ける。

 時に怒鳴られ、時に叱責を受けながらも、彼は嬉しそうに笑っていた。


 だが、そのひと時を遮るように、廊下から小さな足音が聞こえた。

 そして、足音が止まり、研究室の扉がガチャリと音を立て、開く。


「おじさま。遊びましょう――あっ! お爺様だぁ!」


 開いた扉から顔を覗かせたのは、愛らしき小さな花、まだ年の頃四つ程に見える小さな小さな少女、アイリスであった。


「二人きりで遊んでいるなんて、ずるいわ」

「アイリス。今は大事なお仕事をしているんだ。またにしなさい」

「でも――」

「アイリス」

「……はい」


 俯き、肩を落とすアイリス。

 小さな花が(しお)れ行く姿を見て、彼は自分の顔が柔らかに緩むのを感じた。

 そして彼は、師へ向き直り、口を開いた。


「御師様。ここから先は僕一人で大丈夫です。御師様はアイリス様のお相手を」

「……そうだな。お前ならば問題ないな。任せる」

「はい、御師様。アイリス様も、また後ほど」


 パッと明るく咲き誇るアイリスの笑顔を見て、彼の顔にも微笑(ほほえ)みが浮かぶ。

 跳ねるようにセルゲイに近づき、アイリスが手を引っ張り始める。


「絶対よ。さぁお爺様。行きましょう」

「ああ。行こうアイリス」


 ブンブンと手を振り、研究室を後にするアイリスへ、彼も手を振り返す。

 師と小さな花が去った後、彼は己の頬をパシッと叩き、気合いを入れ直した。


「さぁ、続きだ」


 彼は独りになっても、机に向って黙々と研究を続けた。

 有りえたかもしれない、有りえなかった過去を描く、夢の世界で。

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