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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4-21 大金庫室での攻防~アッシュ・グラント~


 何も無い空間から(ちり)一つ付かぬ靴が見え、そのまま貴族めいた白の洋装が包む細い足が見え、左腰に差す魔法の剣、骨ばった両人差し指にはまる青の指輪が見え、細身の体を昇り、神経質そうな顔に浮く右目のモノクルが現れ、そして最後に良く撫でつけられた灰色の髪が白日の下に晒された。


 大金庫室入口に立つアッシュへ、濃紺色の髪をした若い男が感情を感じさせぬ眼を向けながら、面倒そうに口を開いた。


「グラント様。いったいどういうおつもりですか?」

「それはこちらの台詞だ。誰の許しを得て動いている……いや、こう言うべきか。貴様ら、誰の息の掛かった間者(かんじゃ)だ」

(かん)(じゃ)?」


 状況が読めぬアイヴィの呟きを無視し、濃紺色の髪をした賊の男は、エメラルドに輝く障壁の奥で平然と首を横に振った。


「何をおしゃいますか。この身はゴットン・ゴットラー様の為に――」

「貴様らがあの夜、そこの愚かな妹弟子にヘルハウンドをけしかけた事は、既知たる事実だ。そして態々天使の花冠(エンジェル)が運び出された後を選び、大金庫を、治癒の宝杖(ほうじょう)を狙う動き。それがゴットン様の為だと……戯言(ざれごと)(わきま)えて口にしろ」

「弁明は無用、という訳ですね」


 濃紺色の髪をした男の狙いは既にアイヴィから外れ、アッシュへと向いていた。

 アッシュもまた右手を突き出し、発動体(スターター)たる青い指輪を敵対者へと向けていた。


「どこの手の者か素直に吐くならば、五体満足でそこのトルシオンの犬に突き出してやろう。さもなくば――」


 まるで開戦の鐘でも鳴ったかのように、アッシュと賊の男は同時に呪文を唱え始めた。


「≪アイシクルローズ>」「≪エアスラッシュ≫」


 アッシュが放つは、透明で青白い一輪の薔薇(バラ)

 賊の男が放つは、緑色に輝き宙を走る斬撃。


 エメラルドの如く輝く障壁に突き刺さり、障壁を一瞬にして凍り付かせる薔薇。

 対し、飛ぶ斬撃は二刃一組、三度に分けアッシュへ放たれた。


 まるで斬撃の軌跡を(あらかじ)め知っていたかの(ごと)く、事も無げに(かわ)すアッシュ。その後方で、鋭利に切断された壁が裂け、入口の扉が崩れ落ちた。

 攻撃の失敗を知り、次の手を打たんとする賊の男。

 だが、そんな時間はなかった。


 賊の男を守る障壁を凍り付かせた薔薇の花弁が舞い散り、その花弁一枚一枚が障壁の側で破裂した。

 破裂の力が凍り付いた障壁を破壊し、破裂した花弁から生み出された無数のつららが賊の男へ向け拡散し襲い掛かる。


 腕をクロスさせ、顔と頭部を守る賊の男。

 無数のつらら達は、賊の腰を(かす)め、その(もも)に刺さり、その足を貫いた。


 多くのつららは、賊の男の周囲の床に突き刺さっている。

 賊の男の胸や頭部につららが行かなかったのは、アッシュの慈悲などではなく、殺しては情報を聞き出せないからでしかない。


 賊の男は、つららに貫かれ凍り付いた自身の足の事をあまり気にしてはいなかった。動けぬ中、賊の男は素早く服のポケットに両手を入れ、手の平に納まる何かを取り出した。

 ようやくニヤリと感情を顔に出した賊の男は、口を柔らかに動かす。


「全てを喰らえ。ヘルハウンド」


 そう口遊(くちずさ)みながら、賊は魔力を込めたそれを左右へ放り投げた。

 男から左右へ離れ行くのは、ルビーにも思える(きら)びやかな赤い宝石。

 宙を舞う赤い宝石は、その内から宝石の赤にも負けぬ深紅の炎を――生まんとした瞬間、一つの宝石が白い杭に撃ち抜かれ、粉々に砕け散った。


「クッ」


 アイヴィに一匹阻止された事を、苦々しく(つぶや)く賊の男。

 だが、阻止出来たのは一匹のみ。

 賊の男の横では、赤い宝石から生まれた炎が(うごめ)き、そこに一匹の炎の猟犬を生まれんとしていた。


 それを放置するほど、アッシュ・グラントという男は甘くはなかった。

 氷の薔薇より拡散し、部屋中に突き刺さった無数のつらら達。

 その全てが今、水へと変化していた。


 それは、ヘルハウンドが生まれんとする熱によるものではない。

 それは、アッシュの次の一手の為の布石であった。


「我が(いと)しき≪ウンディーネ≫よ、駄犬を喰らえ」


 アッシュの声に応じ、周囲全ての水から水柱が立ち昇る。

 膨張し、体積を増やした水柱から伸びる無数の水の手が、今まさに大きな猟犬の形を作った炎へと伸び、その全身へを(つか)み始めた。


 あまりにも多い水の手に、ヘルハウンドの全身は水で覆い尽くされてしまう。

 それでも水の手の動きは止まらず、重なり、重なり、重なり続け、一つの水の球へと変化した。


 炎の猟犬を包む、宙に浮かぶ水球。

 水の中で拘束されたヘルハウンドは、身動き一つ取れない。


 そんなヘルハウンドへ向け、無数に折り重なった水の手は自らを水の(とげ)へと変化させ、水球の内側へと向け突き進んだ。

 球状を保っていた水球であったが、その全方向へと棘を出した為、まるでウニのような形状になってしまっていた。


 外側へと飛び出た(とげ)は、すなわち内に閉じ込めたヘルハウンドを全方向から貫いた棘でもあり、水球の中に居たのがもし人であったのならば、見るも無残な姿と化していた事であろう。


 水の牢獄に囚われ全身を貫かれた炎の猟犬はというと、ただただ己を保てなくなり、その炎の力を爆散する破壊の力へと変えるだけであった。

 水球の内側で爆発するヘルハウンド――の炎は、一欠(ひとか)けらたりとも水球を脱する事が出来ず、虚しいまでに即座に鎮火されてしまった。 


「そんな……馬鹿な事が――」

「あるのだ。捕らえろ」

「ぐっ――もぐぅぁ」


 アッシュの声に従い、先程までヘルハウンドを包み込んでいた水の球体から無数の水の手が伸び、賊の男の全身を掴み、男の口の中へと潜り込んだ。

 (またた)く間に全身を水に覆われた男は、そのまま水球の中で身動きが取れなくなってしまった。 


「貴様程度、剣を抜くまでもない」

「これ、窒息死しないの?」


「死なん。ウンディーネとはそういうものだ。そこの特務隊の男。この男は頂いて行く。残り物は貴様にくれてやる」

「勝手を言って。そっちを倒したのは私よ」


 食って掛からんとするアイヴィを無視するアッシュの目は、()し掛かっていた男を()け立ち上がる特務隊の男エルナトへ向けられていた。


 エルナトは、今にも倒れそうになりながらも、アッシュを睨みつけている。


「アイリス様、お下がりください……仲たがいのフリをして、そいつを連れて逃げるつもりかアッシュ・グラント。そうはさせるか」

「勘違いも(はなは)だしいな」


 アッシュが侮蔑(ぶべつ)の感情を乗せ、そう呟くと、賊の男を捕らえる水球から一本の水の手が伸び、エルナトの首を掴んだ。


 褐色の肌に食い込む水の手に(あらが)おうと藻掻(もが)くも、エルナトの手は水を素通りし、掴むことが出来ない。

 その間にも水の手はギシギシと締め付け、エルナトの首にくっきりと手の跡を刻み続けていた。エルナトの顔が苦痛で歪む。


「ぐぅ。がっ」

「我がその気ならば、この場の全員既に始末している。貴様を殺さないのは、目撃者の一人でも居なければ、全て我らコレクターズ・ドーンの仕業にされかねんからだ。貴様の命の価値なぞ、ただそれだけでしかない」

「止めなさい、アッシュ・グラント」


 アイヴィは、言葉と共に左手に持つ魔法の銃をアッシュへ突き付けた。

 アッシュは一つ鼻を鳴らすと、エルナトを掴む水の手を消滅させ、その首を解放した。


 解放されたエルナトは、床に膝を突き、苦し気に荒い息を整えている。

 そんなエルナトを見下しながら、淡々と言葉を発するアッシュ。


「そもそも貴様、我に構う暇などあるのか? それとも、上の騒動に気付かぬ程の凡夫(ぼんぷ)なのか? ならば魔術師の名など捨ててしまえ」

「ちょっと待ちなさい。上? 上の騒動って何?」


 アイヴィの問いに対し、アッシュはモノクルを光らせながら斜め上を見上げた。

 その方向には、オークションが開かれているメインホールがあり、アイヴィにもアッシュが何を見ているのか理解出来た。


「まさか! 会場で何かあったの?」

「先刻、天使の花冠(エンジェル)が起動……いや、暴走したと言うべきか。上で異常なまでの力が広がるのを感じた。だがその直後、ご丁寧に謎の膜で会場を覆い隠されてな……智天使の眼(ケルビム)でも見通せぬとは、実に興味深い」

「興味深い、じゃないわよ! おじさま、フィルメイル、メフィスト……」


 怒りから(なげ)きへと声を変え、アイヴィが内なる思いを名と共に口から零した。

 胸元を押さえ、(うつむ)き、唇を噛み締めるアイヴィ。


 だがアイヴィは、すぐに顔を上げると、次に自分が何をするべきかを活力あふれる声で宣言した。


「行かなきゃ。ううん。私、助けに行く。そこの人、この場は任せるわ」

「ア、アイリス様?」

「貴様が上に行っても何も出来まい」


 そう吐き捨て、アッシュは妹弟子であるアイヴィを見つめる。

 その冷たい視線に、アイヴィは愛らしい顔を輝かせ、ニコリと笑った。


「そんなこと知らないわよ。何が出来るかなんて、行ってから考えるわ」

「フッ。好きにしろ」

「私が出て行くからって、ここの物、盗むんじゃないわよ。アッシュ・グラント」


『それもいい』と言わんばかりに顔を愉快に歪ませると、アッシュは右目のモノクルを光らせ、大金庫室を見回した。

 そしてアッシュは、弾む声で口遊む。


嗚呼(ああ)、ここには喉から手が出る様な物ばかりある……特に治癒の宝杖。あれを盗めば、フィルメイル殿と再戦が――」

「ここで撃っておいた方がよさそうね」


「冗談だ。二兎(にと)三兎(さんと)と追う程、我は愚かではない。さぁ早く無駄足を踏みに行け」

「言われなくても」


 言うよりも早く駆けだしたアイヴィは、切り裂かれ、落ちた扉をヒョイと跳び越え、地上へと続く廊下を駆け抜けた。


 アッシュは、右目のモノクルを通し、遠ざかるその背を眺める。

 その口元は、楽しそうに弧を描いていた。

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