4-20 大金庫室での攻防~アイヴィ~
大金庫のある部屋の中には、多くの警備兵達が床に倒れ伏していた。
それは、賊による凶行の結果である。
そして今も、一人の男が魔法の力によって吹き飛ばされていた。
ボロボロの白い軍服を纏う魔都特務隊の黒髪褐色肌の男エルナトは、吹き飛ばされた勢いのまま、壁面へ全身を叩きつけられてしまう。
響く衝撃により、エルナトの口から飛び出した苦痛の息と弾けた唾液が、床を汚す。魔法の力により、エルナトの全身と後ろの壁がギシギシと軋み上がった。
魔法が消え、壁へ押さえつける力を失い、エルナトの体は床へと落ちる。
だが、エルナトは鍛え上げた体に力を込め、着地と共に床に倒れそうな体を押し止めた。
痛みを堪えながら、エルナトは正面に居る賊達を睨みつける。
視界に映るのは、二十代後半程に見える茶髪の特徴のない男。
そして、それよりは少し若く見える、これまた特徴のない平々凡々な容姿をした濃紺色の髪をした男。
二人は感情一つ顔に出さず、特務隊であるエルナトを見ている。
賊二人の後ろには、怯える女性の首に短刀を押し付けているこれまた特徴のない顔の黒髪の男が一人。
怯える女性と賊の男三人は皆、劇場の者に扮した格好をしている。
隙がないかと視線を巡らせるエルナトへ、茶髪の男がボソリと呟いた。
「特務隊もこの程度か……苦慮は必要ないという情報は、その通りだったな」
「それが人質を取りながら言う台詞か。下種野郎が」
エルナトはそう吐き捨てながら、賊の足元に転がった指輪、先程人質を盾にされ自ら外し投げ捨てた己の発動体を見ていた。
そして、どうすれば独りで人質を救い、独りで賊を制圧出来るかを考える。
だが、その無駄な考えを嘲笑うかのように、茶髪の男が右手を天井へと掲げ声を上げた。
「人質? そうだな。≪エアプレッシャー≫」
茶髪の男の右指にはまる指輪が輝くと、エルナトの上方から魔法が降り注いだ。
上から下へと、不可視の力がエルナトを圧し潰さんとする。
賊の魔法に力の限り抗っていたエルナトであったが、抗い虚しく、膝を床に打ち付けてしまった。
一度崩れてしまえば、倒れるのは一瞬である。
まるで巨漢にでも圧し掛かられたかのように、床に這いつくばるエルナト。
「ぐはぁっ……クソォ」
エルナトは、床を這ってでも魔法の力から脱しようとする。
だが、そんな自由が許される訳もなく、エルナトに近づいた茶髪の賊は、エアプレッシャーを消すと同時に、這うために前に出したエルナトの腕を踏みつけた。
「ぐわぁぁ。チッ。このサディストが」
「俺に男をいたぶる趣味はない……お前には、実験台になってもらうだけだ」
「実験台、だと……」
己を踏みつける賊を睨むために見上げたエルナトは、賊の左手に一本の杖が握られている事に気付いた。
その杖は、青い水晶球を備えた銀色に輝く金属製の杖であった。
「回収する前に本物かどうか確かめろと、あのお方からの注文でな。すぐに直してやるから安心しろ」
魔法を放たんと天へ向けられた賊の右手。踏みつけられた腕。四肢の損傷すら治癒するといわれる杖、治癒の宝杖……エルナトは、賊が何をしようとしているのかを理解した。
踏みつけた腕を、魔法で切断しようとしているのだと。
「やっ、やめろぉぉぉ」
「≪エアスラ――」
魔法を唱え終えようとする直前、掲げた賊の右手、今まさに輝かんとしていた指輪を白い棒状の何かが貫いた。
魔法使いの命たる発動体が砕け、ついでと言わんばかりに賊の指の骨が砕ける。
賊が悲鳴を上げるよりも早く、賊の左肩に左膝に右膝にと、飛翔した三本の白い杭が突き刺さった。
膝を破壊された賊は、悲鳴と共に倒れ込んでしまう。
エルナトの上に圧し掛かる形になった賊は、痛みで呻きながら治癒の宝杖を手放した。
離れ、床に転がる治癒の宝杖の行方を追う者はいない。
その場の残りの賊もエルナトも皆、一様に大金庫室の入口へと目を向けていた。
そこには、煌びやかなドレスを見に纏う小柄な少女、アイヴィことアイリス・ブラッドの姿があった。
アイヴィは、飾り気の少ない簡素な魔法の銃を左手一本で持ち、賊へと向けており、本来愛らしい大きな瞳を険しく細め、賊を睨みつけていた。
「コレクターズ・ドーン。あんたらがそこまで外道とは思ってなかったわ。大人しく投降しなさい。でなければ、全員ハチの巣にしてあげる」
啖呵を切ったアイヴィに最も早く反応したのは、首筋に短刀を押し当てられた女性であった。
「たっ、助けて下さい」
「この通りだ。こちらには人質が――」
女性を拘束していた男の言葉は、短刀を持つ手を正確無比に撃ち抜いたアイヴィの銃撃によって遮られてしまった。
手から血を流し短刀を落とした男へ向け、アイヴィの銃撃は止まない。
一つ、二つ、四つ、八つと放たれた魔法の杭は、二人の男女の手足へ次々と打ち込まれていく。
人質を取っていた男と、人質であったはずの女性。
二人の悲鳴が部屋中に響き、二人は床へと倒れ込んだ。
残る一人の賊、濃紺色の髪をした若い男が惨状を前に淡々と口を開いた。
「ここまで冷徹な女性でしたかな? アイリス・ブラッド様」
「フン、何が人質よ。あんたらのせいで私は紅茶を飲み損ねたのよ」
「お見通しという訳ですね。≪ウインドシェル≫」
魔法の発動を阻止せんと放たれた二射の銃撃を、濃紺髪の男はひらりと躱し、呪文を唱え終えた。
男の指輪が輝くと共に、男の正面に緑色に輝く壁が生まれた。
アイヴィは、その壁へ向け、一つ、二つ、三つと白い杭を打ち込む。
だが、エメラルドの如く輝く半透明の壁に阻まれ、突き刺さった白の杭が砕けるように破壊されてしまう。
「チッ。硬いわね」
「そのような玩具で破壊出来ると思わぬ事です。≪ウインドアロー≫」
透き通った緑色の矢の群れが男の周囲に生まれ、お返しとばかりにアイヴィへと放たれた。
連続して飛ぶ風の矢を、細かく、そして素早く跳躍し避けるアイヴィ。
アイヴィは躱しながらも、左手一本で銃撃を放つ。
だが放たれた白の杭は、当然と言わんばかりに障壁に阻まれ、その奥にいる賊の男に届かない。
絶え間なく放たれる風の矢は、軽業師の如く跳ね回るアイヴィには当たらない。
アイヴィもまた回避の合間に撃ち返し、障壁の一点に寸分違わず白い杭を打ち込むものの、障壁が破れる気配はなかった。
硬直した戦況の中、白と緑の魔法が行き交い、白は全て障壁に突き刺さり、緑は無駄に壁を穿ち続ける。
防御の効いた安全領域から攻撃をする賊の男と、障害物一つ無い空間を動き続けるしか出来ないアイヴィ。
劣勢を感じたアイヴィは、こちらを仕留めんと広がるように同時に放たれた風の矢を転がるように大きく避け、起き上がりながら右手を自身のスカートの中へと忍ばせた。
「こうなったら、スティンガーで障壁ごと――」
「やめろ馬鹿者。劇場ごと破壊するつもりか」
自分の声を遮る神経質そうな男の声に、アイヴィは戦闘中にも係わらず、声の方向へ顔を向けてしまった。向けてしまった。
回避行動の遅れたアイヴィへ、四本の風の矢が迫る。
アイヴィが気付いた時には既に――
「≪シールド≫」
素早く唱えられた魔法により、風の矢の脅威は去っていた。
アイヴィの側に生まれた透明にも見える白き力場に阻まれ、四本の風の矢が空中にて静止する。
「油断が過ぎるな、妹弟子よ」
「誰の所為よ! アッシュ・グラント!」
「まずは礼を言うべきではないのか? 全く、無礼は変わらんな」
アイヴィへ小言を言いながら、隠れていた男アッシュ・グラントが己が身を包む夜神の羽衣を剥ぎ取った。




