4-19 凶行は表と裏で
半裸で縛られ休憩室に転がされていた従業員達を解放したアイヴィは、彼らに事情を聞き、急いでその場を離れた。
賊は最低でも四人。男三人と女一人。
一人一人拘束した襲撃者は彼らの衣服を奪い、従業員達を休憩室に放り込み、この場を去ったそうな。
アイヴィは劇場入口に立つ警備の者へ事情を話し、給仕の格好をした人が何処へ向かったのかを問い、答えの方向へと走った。
天井の高い廊下を走りながら、アイヴィは考える。
賊が何処へ……いや、どちらへ向かったのかを。
オークション会場へ侵入する為の舞台裏。もしくは大金庫。
今この場で狙う必然があるのは、その二ヶ所だけであるが故である。
もしも、賊の狙いがオークション会場であるとしたら?
ふと、アイヴィの思考の中にフィルメイルの顔が割り込んで来た。
『きっと、あっちは大丈夫ね』
迷いの消えたアイヴィは、大金庫へ針路をとり、地下へ続く階段を駆け下りた。
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アイヴィが独り大金庫へと向かう中、オークション会場は静かな熱気に包み込まれていた。
皆の視線を一身に集めるのは、舞台の上から降り注ぐ魔法の灯りに照らされた、一つのサークレット。
それは、オークション最後の出品物である逸品。セルゲイ・ブラッドの遺した魔法の道具。ソロモンの遺産『天使の花冠』であった。
ソロモンの遺産を競り落とそうとする者も、最後のオークションに参加しようと思っていない者も、胸像の頭部にて輝くサークレットに目を奪われていた。
興奮で荒立つ息も、上がる感嘆の声も、天使の花冠に集まるばかりである。
だが熱の上がる貴族達とは違い、会場の壁際にて警戒を続けていたフィルは、今どうするべきか考え込んでいた。
先程、劇場地下にある大金庫周辺から魔法の発動を感じ取っていたからである。
この場を離れ、大金庫へと戻されたであろう治癒の宝杖を守りに行くか?
それとも、この場でカーリア子爵夫妻の護衛を続けるか?
フィルは、この身が一つであることを歯がゆく思いながら、どちらの正解を選ぶべきか悩んでいた。
悩むフィルの脳内に、一つの助言が飛ぶ。
『どっちも正解なら、雇い主に聞くべきだろ?』
『だね、メフィちゃん。もしもの時は……やるよ』
『おうよ』
会場内に支配人の声が広がる中、フィルはカーリア子爵の元へと歩みを進める。
舞台端に並ぶ魔都特務隊の姿を見つけたフィルは、何故ここに天使の花冠があるタイミングで、大金庫が襲われたのかを理解した。
物が物であるため、警備厚く舞台上へと運ばれた天使の花冠。
ならば今、大金庫の警備は? 当然、薄い。
『甘いな、あいつら』
『まぁまぁ、メフィちゃん。動かせる人員にも限りがあるものでしょ。外に出たアイヴィちゃんが巻き込まれてなければいいけど』
メフィストに脳内会話で返事をしながら、フィルはカーリア子爵の椅子の側でしゃがみ、そっと子爵に耳打ちした。
「子爵様。大金庫で問題発生です。どうしましょ?」
「もし今、治癒の宝杖を奪われても、我々が責を問われる事はありませんが……それでは高値で落札して下さった侯爵家に申し訳が立ちませんな」
そう言って子爵は、丸々した顔に朗らかな笑みを浮かべ、フィルに命じた。
「フィルメイルさんは大金庫へ」
「うけたまわり」
敢えてフィルは軽い言葉で返事をし、立ち上がった――瞬間、フィルの背にゾワリと悪寒が走った。
フィルが感じる視線へ、舞台の方向へと目を向けると、そこには天使の花冠の横で光を浴び、銀の髪を輝かせる一人の美しき令嬢が立っていた。
悠然と、そして堂々とした立ち姿で会場中の視線を一身に受けている。
だが、そんな彼女の目は、ただ一点を見つめていた。
妖艶な笑みの中に潜む銀の瞳が、フィルの青い瞳を射抜いている。
フィルとアダマセイン嬢の視線が絡み合う中、支配人バロックの声が響く。
「此度のレリック、天使の花冠は説明だけでは、一体どんなものか実感が湧かぬことでしょう。今回、出品者であるバルディアス家のご厚意により、デモンストレーションが行われます。さぁ、アダマセイン様。会場の中にいる幸運な一人をお選び下さい」
そう言うとバロックは、拡声のレリックをアダマセイン嬢へ手渡した。
フィルから目を離したアダマセイン嬢は、期待の瞳で自分を見つめる貴族達を見回し、拡声のレリックで、その凛と響く声を会場中に広げた。
「一人だなんて小さい事は言いませんわ。皆を夢の世界へと案内しましょう」
「それは素晴らしい。では、希望者を募り――」
「いいえ。皆を」
バロックの声を遮ったアダマセイン嬢は、口元をニタァと歪めた――瞬間、フィルの体に異変が起こった。
唐突に訪れたのは、全身から力が抜けていく感覚。
グッと倒れる事を拒んだフィルは、己が身を襲うそれが、ただの脱力感ではない事を即座に理解していた。
魔素に満ちた世界に生きる者ならば、誰もが体の中に持つ魔力。
フィルの中に満ちる魔力が、今も足元から抜き取られている。
それは当然、フィルにだけ起こっている怪現象などではなかった。
会場のあちこちから苦悶の声が上がり、重なる悲鳴が舞台の上へと飛んでいる。
声と共に伸びるのは、疑問、苦しみ、そして怨嗟の視線。
それを、舞台の上で一身に受けるアダマセイン嬢。
天より落ちる光を浴びながら、彼女は何事も起きていないかのように晴れやかな笑みを湛え続けていた。
フィルは異常事態から逃れるために跳び上がり、相棒たる長い杖に腰掛ける。
それを視線で追うアダマセイン嬢が、拡声のレリックへ声を通した。
「あら? もう眠った方がいるみたい。お可哀そう」
憐れむアダマセイン嬢の言葉通り、多くの貴族達は魔力の吸収に耐え切れず、既に意識を失っていた。
魔力の吸収から脱したフィルは、瞬時に周囲を見回し、異常事態の原因を睨みつけた。フィルの目が捉えたのは、アダマセイン嬢ではない。
それは、天使の花冠が飾られた胸像であった。
フィルの目には見えていた。
胸像の内側に隠された何かに、会場中から吸い上げられた魔力が収束していく光景を。胸像の内側にて輝く赤い薔薇を。その赤い薔薇と天使の花冠が、魔力で繋がっている様を。
それに気付いているのはフィルただ一人であり、即座に魔力の吸収から脱したのもまた、フィルただ一人であった。
恐らく起こるであろう、天使の花冠を使った凶行。
それを止めるには、何を狙えば良いのか?
それを見定めたフィルは、胸像の内側、その心臓部に見える赤い薔薇に狙いをつけ、メフィストの上で素早く呪文を唱えた。
「風よ。貫け」「夢の世界への案内は、これからですのに」
杖に乗ったフィルの腕輪が声に応え赤く輝き、彼女の頭上に細長い円錐状の風の槍が生まれる。尖る槍の先端は、胸像へと向けられていた。
硝子のように透き通った風の槍は、発生に間を置かず動き出し、高速で胸像へと進む。
槍は、瞬きよりも早く胸像へと迫り――胸像の正面に生まれた薄紫色の膜に突き刺さり、風の槍はその動きを止めてしまった。
宙で砕ける風の槍。
気付けば、アダマセイン嬢の左腕には小さな竪琴が納まっていた。
「もう一丁。風よ――」
休まず、もう一撃放とうとするフィル。
『なんでオロバスが!』
驚愕の声を、フィルの脳内へ響かせるメフィスト。
そして、舞台の上のアダマセイン嬢は竪琴を鳴らし、優雅に笑う。
「では、幸せな夢を」
胸像の頭部を飾る天使の花冠が光を放ち――フィルの意識は、そこで途切れた。
メフィストの上から落ち、フィルの体は床に横たわってしまう。
「おやすみなさい」
眠りについた人々に、アダマセイン嬢の声は届かなかった。




