4-18 オークション開始
「只今より、ヴァルミオン・オークションを開催致します。名だたる名画。大家の愛用した品々。果ては地下世界より発掘された遺物から至高たる魔法の道具まで。きっとお眼鏡に適う品と出会える事でしょう。最後の一品まで、どうぞお楽しみくださいませ」
拡声の魔法の道具から放たれた通りの良い声が客席を駆け抜け、支配人バロックが舞台の上で一礼すると、待ってましたとばかりに貴族達の拍手が鳴り響いた。
大衆向けではないこの劇場の客席は、座面柔らかで造りの良い椅子が距離を離して並べられており、客各々に十分なスペースが確保されていた。
だが、貴族達の側には護衛の者は一人も見受けられない。
あくまでそこは貴族達の場所である。
フィルも他の貴族の護衛と同じく、壁際に立ち、警戒を行っていた。
フィルはオークション会場たるメインホールに入った時から、カーリア子爵夫妻周辺を中心に視線を動かし、会場全体に異変や異常がないかを探り続けている。
舞台の上では、第一の出品物であろう大きな絵画が運び込まれていた。
白と青で描かれたその絵を一瞥したフィルは『落書き?』と評し、特に問題の起きない会場内へ視線を戻した。
平和な会場であるにも関わらず、フィルには警戒する理由があった。
それは、オークションが開始する前の事。
フィルが初めてホールに足を踏み入れた時、ゾワリと全身を弄られたかのような気持ち悪さを感じたからである。
その際、周囲を調べたものの、フィルは何も見つける事が出来なかった。
その違和を今は感じないものの、フィルの警戒心は強く、そして鋭敏に働き続けていた。
大きな絵画が舞台前方に設置され、支配人バロックが拡声のレリックを通し、声を会場内へ広げた。
「第一の品はこちら。白の伝道師と呼ばれた画家マルカプ・ヤークセンが描いた一枚『羽ばたき』で御座います。ヤークセン氏の邸宅より見える湖に降り立った一羽の白鳥を、大胆に青と白のみで描き切った傑作。ヤークセン氏の作品には好事家が多く……」
絵の解説が続く中、フィルの頭の中にメフィストの声が響いた。
『なぁ、相棒……あれ、白鳥か? ただの雲じゃねーのか?』
『よくわかんないねぇ。ちなみに私は、偶にそこら辺で浮いてる奴に見えた』
『あれ、浮いてんのか?』
『うん。浮いてるよ。魔都では不思議と見ないけど』
もう一度絵画へ目を向けたフィルは、青の中に漂う白を見て大きく頷いた。
やはり芸術はわからん、と。
「さぁ、一枚からのスタート。どなたか――」
「一枚」
「ありがとうございます。他におられますかな」
「三枚」
五枚、十枚と次々と上がるコールに、舞台上のバロックは最も高く値を付けた貴族へ手差ししていく。
少しずつ上昇していく数字に、フィルは一つの疑問を抱いた。
『これ、単位、なぁに?』
『金貨……じゃねえよな。金貨なら、まだ相棒でも買えるぜ』
『だよね。違うのは桁じゃなかったかぁ』
フィルは変な感心を相棒に伝えながら、同時に貴族社会には関わり合いになりたくないなぁと強く、そう強く思った。
細かく上がっていた数字が止まり、支配人バロックの手が一人を差し続ける。
「三十枚。他におられますかな…………二十五番、三十枚で落札! おめでとうございます」
バロックの宣言に合わせ、会場内に拍手が広がった。
二十五番と呼ばれた五十程の男性は、小さく握り拳を作り、喜びを示している。
舞台上の大きな絵画は落札者の元へといかず、再び裏へと運ばれていく。
そして交代する様に、次の品が暗い舞台裏から明るい舞台の上に姿を現した。
「続いての品はこちら――」
置かれた胸像を彩る宝石達に、会場内から感嘆の声が上がる。
平静を保ち解説をするバロック。それに反して熱狂する貴族達。
オークションを愉しむ者達を他所に、フィルは警戒を続けた。
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オークションが続く中、柔らかな椅子に腰掛けているアイヴィは、会場内の高まる熱とは違い、冷めた視線を周囲へ向けていた。
ヘリクス・トルシオン卿の付き添いとしてこの場に居るだけの彼女にとって、場違い感は拭えない。
場違い感だけならまだしも、人の欲が渦巻くオークションそのものに、彼女は嫌悪を抱き始めていた。
今もぎらついた視線が舞台へ集い、金の多少で争い合っている。
勝者が口元を歪め、敗者が足で地を揺らす。
その度に、アイヴィの口から溜息が零れる。
このままオークションが続けば、小さな苦味の残る思い出の品も貴族達の欲望の視線に晒され、争いの種になってしまう。
そんな想像に、アイヴィはまた溜息を吐いてしまった。
腹は満ちているにも係わらず、アイヴィの脳裏には先程フィルメイルと食べたスコーンとミルクティーの事が浮かんでいた。
気もそぞろに舞台上を見るアイヴィへ、隣の椅子に座る男トルシオン卿が心配そうに声を掛けた。
「気分が優れないみたいだね、アイリス。必要ならば治癒師を呼ぶよ」
「いいえ。少し熱気にあてられただけ……けど、私は外に出ていようかな」
力なく笑うアイヴィの姿に、トルシオン卿は眉尻を下げ、精悍な顔を崩した。
柔らかな視線と共に、気遣う優しい声がアイヴィへ届く。
「ああ、そうするといい。天使の花冠の事は僕に任せておいてくれ」
「ありがとう、おじさま。でも無理はしないでね……あれは、私が持っていても使えないものだから……」
そう言いながら立ち上がったアイヴィに、トルシオン卿が呟くように言葉を贈った。昔を懐かしむ、穏やかな声で。
「それでもあれは、君が持っているべきものだよ」
アイヴィは目を瞑り、首を横に振った。
そして言葉を返さず、ロビーへ続く扉へと向かう。
扉の隣で警備をしている者に鍵を開けてもらい、アイヴィは熱気に包まれた会場を後にした。
背後で両開きの扉が閉じ、ガチャっと鍵が掛かる。
ホールと隔絶された劇場のロビーは、静かで、穏やかで……自然とアイヴィの全身から余分な力が抜け、ホッと顔が弛緩した。
「紅茶でも貰おうかな」
気の抜けた口から漏れた思考に従い、アイヴィは先程スコーンを食べた休憩所へと向かう。
だが、そこには客はおろか給仕の女性の姿すらなかった。
客が来なさ過ぎて、裏で休んでいるのだろうか?
そう考えたアイヴィは、暫しの間椅子に座って待ってみることにした。しかし、待っても給仕は来ず、裏から現れる気配すらなかった。
周囲を見回してみると、劇場入口には警備の者が立っており、特に何か異常事態が起こった訳ではなさそうに見える。
仕方が無いと立ち上がったアイヴィは、厨房等、普段客の入らぬ場所へと続く扉へと進み、扉を開けた。
「すみませーん」
軽いアイヴィの声が廊下に響くが、どこからも反応が返ってこない。
流石に可笑しいと思ったアイヴィは、一度しゃがみ込み、自身の長いスカートの内側に左手を潜らせた。
そして、左のひざ下に巻き隠した革のホルダーから、愛用の魔法の銃『レイ』を取り出す。
低い体制のまま動き出すアイヴィ。
アイヴィは身を晒さぬように扉を開け、素早く跳び出し魔法の銃を部屋の中へ向け。そこが無人である事を確認した。
また次の扉、次の扉へと同じ事を繰り返し、ひと部屋ずつ調べていく。
そして劇場の従業員の休憩室であろう部屋を開け、魔法の銃を構えたアイヴィは発見した。
身包みを剥がれ、半裸で縛られ床に転がされた、五名の男女を。




