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流星の魔女  作者: ごこち 一
第一話「そして少女は少女と出会う」

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1-6 トリア・マギ


 被っていた大布を取り払うが(ごと)く、磨かれた靴から上り、白色の貴族めいた洋装が包む細身の体、左腰に差す剣、両人差し指にはまる青の指輪、声が表す通りの神経質そうな顔に浮く右目のモノクル、そしてよく撫でつけられた灰色の髪が光の下に(さら)される。


 年の頃二十前半に見えるその男と距離を空け、フィルはアイヴィを(かば)う様に立ち止まった。

 そしてフィルは口元の笑みを保ったまま、わざとらしく肩をすくめた。


「現在進行形で他人(ひと)様にご迷惑おかけ中な人が、礼儀とかいってもねぇ。うん、説得力かーいむ」

「ケッケッケッ、だな相棒」

「これはこれは手厳しい。しかし喋る杖とは……ほぅ……」


 フィルの挑発を意にも介さぬ男のモノクルがキラリと光り、その奥から熱き視線が杖メフィストへと注がれる。

 怖気(おぞけ)で震えるメフィストを右手で感じながら、フィルもまた男を観察していた。


 銀のモノクル。持ち手の美しい剣。長い袖の内側に隠れた腕輪。三点全てが一級品を越えた特別な魔法の道具(レリック)であると。

 そして両手人差し指の青い指輪。これが発動体(スターター)であると。


 発動体とは、魔力が凝縮されて出来た鉱物『魔鉱石』に魔法使いが己の魔力を長い時間掛けて注ぎ、混じり合わせたものである。


 内なる自分の魔力を発動体で増幅させ、外なる世界へと繋ぎ、放つ。

 今の一般的な魔法使いにとってこのプロセスは重要であり、彼らにとって魔法を発動させるためには無くてはならない必需品であった。


 魔力を注ぐほどに身に馴染み、放つ力や魔力効率が上がることから、幼き頃から一つの発動体だけを育てる者も多く、それゆえ魔法使いの命とも呼ばれていた。


 とある基礎魔法教本には、こう書かれている。


『相対する者の発動体を見れば、(おの)ずと決闘の勝敗が分かる』と。


『やってみなきゃ分からんでしょ』派のフィルにとってはどうでもいい言葉であるが、相手の実力を知る一つの指針としては、フィルにも(うなず)く所があった。


 男の身につける発動体は、これまでにフィルが見てきた物の中でも上位に位置するほどに優れていた。それは男の魔法使いとしての優秀さの表れ。

 それが二つ。


 一つの発動体に固執せずとも十全と魔法を扱える自信。

 一つの発動体を破壊しても止まらぬ優位。

 二つの発動体に三つのレリック……すなわち危険。


『思ったよりヤバいのが出て来ちゃった』と内心思いながらも、フィルは一つも表情に出さない。代わりに口が出る。


「あのぉ、うちのメフィちゃんが怖がってるんで、それ、やめて下さいなっ」

「怖いっつーか……キモいぜ」


「これは失礼。蒐集家(しゅうしゅうか)としての性分なもので。改めまして魔術師殿、我が名はアッシュ・グラント。コレクターズ・ドーン所属の三本線の魔術師(トリア・マギ)。以後お見知りおきを」


 メフィストを観察するのを止めたアッシュが、優雅な一礼を見せる。

 フィルは『三本線の魔術師(トリア・マギ)』と聞き、内心焦っていた。


 そもそも魔術師とは、魔法使いの中でも魔術師協会に実力を認められた者だけが名乗る事の出来る称号である。

 そして、魔術師の実力と功績に合わせ、線の無い円、一本線、二本線と線の数を増やし、五つの線が形作る(ステラ)と呼ばれる最高位へと達する。


 数多(あまた)の国々にまたがり存在する魔術師協会の中で、十人しか居ない星の魔術師(ステラ・マギ)。残り二つの昇格で星へと辿り着く魔術師が、三本線の魔術師。

 当然、出来るならば相手にしたくない存在。


 それはそれとして、男の丁寧な挨拶に対し、フィルも左手でとんがり帽を押さえながらペコリと頭を下げた。


「ご丁寧にどうも。私の名はフィルメイル・クリスタ。ギルド『銀水晶』所属の魔女見習いでーす。よろ」

「なに呑気(のんき)に挨拶してんのこいつら……」「ほぅ。魔女とは……」


「挨拶は大事だぜ」「ねー」と呑気なフィルとメフィストの背を、アイヴィのジト目が突き刺す。


 そんなアイヴィには目もくれず、相対する男は再びモノクルを光らせていた。

 瞬間、フィルに怖気が走り、背が震えだす。


「うわっ、メフィちゃん。ほんとだ、気持ち悪い!」

「おい片眼鏡。うちの相棒がキモがってんだろがぁ。やめろや、それ」

「すまない魔女殿、害意はないんだ。だが魔女と聞いては調べずにはおれぬ」


 怖気の消えたフィルが一息つく様を、男の目は追う。

 一挙手一投足見逃さぬように、左腰の剣に手を当てながら。


「しかし魔都の魔女の噂は聞いていたが、まさかこうも簡単に出会えるとはな」

「まだ見習いだけどね。けど私ってそんな有名人? 日頃の行いのお陰かなぁ」


「ハハッ。相棒の場合、日頃の行いの所為(せい)だろ」

「だぁぁぁ! あんたらいい加減にしろ! やるならさっさとかかって来なさい、アッシュ・グラント。あんたが時間稼ぎしてんのは分かってんのよ! フィルメイルも乗らない!」


 怒声と共に魔法の銃を抜くアイヴィ。

 だが銃口を向けられた男アッシュは、焦る様子もなく、アイヴィへ侮蔑(ぶべつ)の視線を向けながら小さく溜息を吐いた。


「『射貫くもの(スティンガー)』か……それはソロモンの遺産ではないが、鍵のついでに回収させてもらおう。無粋な貴様よりは我らの方が有効活用できよう」

「渡す訳ないでしょ。あんたもさっさと抜きなさい」


「鍵?」「ソロモンの遺産ねぇ」


 一歩前に進み、独り臨戦態勢なアイヴィ。

 その横で首を(かし)げるフィルと物憂(ものう)げに(つぶや)くメフィスト。

 対し男は、(あざけ)るような笑みで神経質そうな顔を崩していた。


「その様子では、自分が狙われる理由すら話してないと見える。そもそも自分が何者であるかすら明かしていないのだろうな」

「くぅ……そうよ」

「んー。まぁそれはどうでもいいかなぁ」


 フィルは軽い口調でそう言うと、男を睨みながらも苦虫を噛み潰した顔をしたアイヴィの前を塞ぐ様に、男へ向け一歩、二歩と踏み出した。


 背に聞こえる「退()いて!」の声にも耳を貸さず、フィルは(かば)う様に立つ。


「どうでもいい事はなかろう、魔女殿。何故(なにゆえ)そんな礼知らずを庇う?」

「別に変わった理由なんてないよ。町の人を巻き込まないように不慣れな路地を必死に走る女の子と、それを大人数で追っかけ回す輩共(やからども)。町を壊さないように武器を使わず反撃しないで逃げる女の子と、攻撃魔法バンバンぶっ放しながら爆発するワンちゃんなんて使う魔法使い達……どっちの味方をするかなんて分かりきってない? ねっ、メフィちゃん」


「だな。自分らの行動をちったぁ(かえり)みろってんだ」

(しか)り、だな……追い込めとは命じたが、ヘルハウンドなぞ使いおって……」


 (うつむ)きながら眉間に(しわ)を寄せる男を見て、フィルは『おやっ?』と疑念を抱く。

 そんなフィルとは違い、フィルの背から顔を覗かせながら吠える少女が一人。


白々(しらじら)しい。この鍵、あんたらなんかに死んだって渡すもんですか」

「鍵の回収は大事だが、貴様に死んでもらっては困るのだよ」


「んー。あなたの目的ってもしかして、螺旋(らせん)(きみ)?」

「そうだよ魔女殿。そこの不出来な妹弟子を、この町の主を気取っているヘリクス・トルシオンの庇護下(ひごか)に置かせぬことだ」


「嘘よ!」と飛び出しそうなアイヴィを「どぉどぉ」と抑えるフィル。

 フィルが背を向けても、男は行動を起こさない。

 フィルはアイヴィを落ち着かせながら、男アッシュへ軽い口調で尋ねた。


「もしかして、特区に行かないなら邪魔しなかったり?」

「それは無理な話だ。師の残した鍵と魔女と戦う機会。そして何よりこの目で見ても分からぬレリックが目の前にある。コレクターズ・ドーンの一員として、このような僥倖(ぎょうこう)は他にない。さぁ魔女殿、魔術師らしく決闘しようぞ!」


 若干の高揚を見せる男の言葉を聞き、フィルは振り返った。

 酷く嫌そうな顔をしながら。


「やっぱりそうなっちゃう?」

「当然だ。でなければ、わざわざ魔女殿の時間稼ぎになぞ付き合わんよ」


「あちゃー、バレてたか……門の内側で静観してる人達は()(かく)(けい)ら隊の友達が来てくれないかなぁって思ってたけど……私達を追ってた人達が足止めしてる?」

「御明察。警らの邪魔が入らなければ確保は必然。だったのだがね、魔女殿」


 モノクルの奥から伸びる(とが)める視線を受け、フィルは大儀そうに(うなず)いた。


「はいはい邪魔してごめんね。さぁてと、これ以上待っても無駄そうだし、受けるよ、決闘」

「魔術師として当然の事」

「んー。私まだ魔術師じゃないんだけどなぁ……」

「フッ、ご冗談を」


 微塵も信じぬ男アッシュの態度に、困ったように(ほお)()くフィル。

 そんなフィルの右肩をアイヴィが掴んだ。


「勝手に進めないで。決闘だなんてバカ言ってないで二人で戦うわよ」

「バカを言っているのは貴様だ。貴様では魔女殿の足枷(あしかせ)にしかならん」

「やってみなきゃ分からないでしょ」


 三本線の魔術師(トリア・マギ)啖呵(たんか)を切るアイヴィの言葉に頷きながらも、フィルは彼女の意思とは別の答えを返した。


「それはそう。けど私、アイヴィちゃんの実力知らないからなぁ。守りながら戦える相手じゃないよね、この人」

「だからって――」

「勝つから。離れて待ってて、ねっ」


 作られた笑顔に返るのは、奥歯を噛み締めた苦々しい表情。

 フィルに背を向け駆け出すアイヴィの「……ごめん」という声が、フィルの耳に残った。作り物の笑みが、ほんの少しだけ本物に近づく。 


「いーよ。さぁて、私が勝ったらコレクターズ・ドーンにはあの子を諦めてもらうから。OK?」

「了承した。では、(われ)が勝てばアイリス・ブラッドとソロモンの鍵は頂いて行く」


「うけたまわり」

「それと喋る杖殿(つえどの)も――」

「メフィちゃんは却下!」


 睨むフィルの圧に押され「うっ、ならば仕方ない」と男は諦める。


 二人は同時に息を吐き、そして同時に真剣な眼差しを向け合った。

 フィルは右手を前に長い杖を構え、男アッシュは右手を前に青い指輪を掲げる。 


「さぁ始めましょう、アッシュ・グラント」

「あぁ始めよう、フィルメイル・クリスタ」


 フィルの右腕で腕輪が赤く輝き、応ずるようにアッシュの指輪が青く輝いた。

 相対する敵が居るにもかかわらず、二人は同時に瞳を閉じ、二人は同時に言葉を(つむ)ぎ始める。


「「ここに築くは聖なる戦場。何人(なんぴと)たりとも(けが)す事なかれ、何人たりとも(おか)す事なかれ、(われ)、祖ファザムに誓う。勝利は我が力により決し、血によって決さず、敗北は我が言葉により決し、()が意思によって決さず。友たる竜よ、盟約に従い我らが戦いを見守り(たま)え。≪決闘デュエル≫」」


 フィルとアッシュ。

 二人から放たれた赤と青の小さな球体が二人の中点にて交わり混ざり、弾けた。

 瞬間、円を描く半透明の障壁が生まれ、決闘の場とそれ以外を(へだ)てる。


 駆けるには広く、飛ぶにはやや狭い空間。その中で睨み合う二人を、壁の外に居るアイヴィが見つめる。

 アイヴィの視線の先で、二人が同時に後方へと一足跳んだ。

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