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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4-16 大蛇の視線


 フィル達は地下へと続く階段を下り、劇場が用意した警備員や白の軍服を着た魔都特務隊が厳重に守る廊下を抜け、大金庫がある部屋へと続く扉を(くぐ)った。


『金庫の中ってどうなってるんだろう?』


 そんなワクワクを抱いていたフィルであったが、フィル達が大金庫室に到着した時には既に、巨大な金庫は閉ざされた後であった。

 代わりに金庫から取り出したであろう品々が丁寧に並べられており、目利きの利く者が見れば目玉が飛び出る光景が広がっていた。

 しかし、フィルやメフィストが食い付くような品は、そこにはない。


 周囲で忙しく動くオークション運営側の人々、そして魔都特務隊の人々を一瞥(いちべつ)したフィルは、警備の真っ最中であるリーブラと眼鏡の少女の二人と目が合った。

 そっぽを向くリーブラと、ペコリと頭を下げる眼鏡の少女。


 二人へ笑みを浮かべながら手を振り返したフィルは、続いて支配人バロックの進む先に居る別の二人組へ目を向けた。

 それは、大金庫前でつまらなそうに待つ貴族の女性と執事風の青年であった。


 ひときわ目を()くのは、貴族の女性。

 長い銀の髪が彼女の背にさらりと流れており、その立ち姿を輝かせていた。


 女性としては背の高い体。しなやかに伸びる手足。造形美に満ちた顔。どれをとっても麗しく、百人が百人美しいと評価するであろう女性であった。

 前に大きく張り出した胸も、そこからキュッと引き締まる腰元も、彼女の美を際立たせる要因であろう。


 (まと)うドレスや、指や手首を飾るアクセサリー達もまた瀟洒(しょうしゃ)な物であるのだが、輝く彼女の立ち姿に比べれば、どこか見劣りしてしまう。

 隣に立つ青髪の眉目秀麗な青年も、彼女の引き立て役にしかならない。


 しかしフィルにとっては、あまり関心の抱けない女性であった。

 むしろフィルの目は、彼女の身につけるアクセサリー群、いや、発動体(スターター)魔法の道具(レリック)の数々に向く。


 そこから感じる威圧感を受け、フィルは彼女が『金剛石の魔術師』と呼ばれる二本線の魔術師(ドゥーエ・マギ)アダマセインである事を知り、その実力が称号だけのものでないと見抜いていた。


 特にフィルは、彼女の左手中指に()まる透明な指輪から不思議な感覚を感じ、どこかむず(がゆ)くなってしまう。

『なんだろう?』と思うフィルを尻目に、支配人バロックはアダマセイン嬢へ近づくと、丁寧に腰を折った。


「アダマセイン様、大変お待たせいたしました」

「構いませんわ。あのアイリス・ブラッドに会えるのですもの」


 アダマセイン嬢はそう言い、赤く色づく唇を嬉しそうにニュと曲げた。

 だが、その目は全く笑っていない。

 アイヴィへと動いた銀の瞳も、一瞥(いちべつ)しただけですぐにバロックの元へと戻ってしまう。発した言葉と違い、アイヴィに興味がないことは一目瞭然であった。


 アイヴィにもそれが分かっていたが、気にする様子もなくスカートを両手で()まみ、丁寧に頭を下げた。


「お初にお目に掛かります、アダマセイン様。わたくし、マクシミリアン・ブラッドの三女アイリス・ブラッドと申します。お会い出来、嬉しく思います」

「ええ。よろしく。わたくしもアイリスさんには一度会ってみたかったの……魔法の使えぬ、ブラッド家の出来損ないに」


 その直接的な罵倒の言葉を聞き、フィルの(ひたい)に青筋が浮かぶ。

 だがフィルは、微塵(みじん)も動揺をみせぬアイヴィの背を見て、その怒りを抑えると共に、飛び出しかねないメフィストをギュッと握り締めた。

 そして脳内会話(お忍びモード)で制止を呼びかける。


『メフィちゃん、動いちゃ駄目だよ』

『チッ。アイヴィの立場が悪くなるだけか』

『そういうこと』


 周囲の誰も言葉を発さぬ中、支配人バロックが静寂を破った。


「アダマセイン様。アイリス様には、天使の花冠(エンジェル)の真贋を見て頂く為に御足労頂いたのです。お(たわむ)れも程々に願います」

「そうね。ごめんなさいね、アイリスさん。水に流して貰えると助かるわ」


「お気になさらないで下さい。久しい呼び方だったゆえ少々驚きましたが、陰で悪辣(あくらつ)に騒ぐ他の者共に比べれば、アダマセイン様は『まだマシ』というものです」


 わざと砕けた言葉を挟むアイヴィに、アダマセイン嬢の目が豊かに曲がった。

 その目が示すは、喜か怒か。

 知るのはアダマセイン嬢だけである。


 フィルはというと、バロックとアイヴィの後ろから黙って見守り続けていた。

 アダマセイン嬢と執事風の青年に目を配りながら、いつ何が起こっても介入出来るよう身構えながら。


 だが、フィルの警戒は杞憂(きゆう)に終わる。

 何も起きぬまま、アダマセイン嬢が口元を隠しながらクスクスと笑い始めた。


「アイリスさん、貴女(あなた)、思ったより面白い方ね。もう少し社交界に顔出して下されば良かったのに」

「ご冗談を」

「ウフフ……確かに、心無い者に美酒を与える必要はないわね」


 和やかに語るアダマセイン嬢を見て、フィルとメフィストが心の中で『心無いのはお前だ!』と同時に叫ぶ。

 周囲に居る人々も、ピリピリとした雰囲気を醸し出していた。

 そんな周りの気も知らず、笑い合うアイヴィとアダマセイン嬢。


 進まぬ会話に支配人バロックがどうするべきかと逡巡(しゅんじゅん)していると、意外な者が物事を先へと進める言葉を発した。

 執事の青年である。


「お嬢様。アイリス様も御多忙でありましょう。天使の花冠(エンジェル)の用意は既に」

「助かるわ。ユーリー、アイリスさんを案内なさい」

(かしこ)まりました」


「アイリスさん。ソロモンの遺産の後継者としての仕事、(よろ)しくお願いしますわ」

「はい、少々お時間頂きます」


 執事の青年に案内され、この場を離れたアイヴィ。

 フィルは仕事の邪魔をする訳にもいかず、手持ち無沙汰なままアイヴィの背を見送るしかなかった。


 フィル達から少し離れた場所で、アイヴィが黄色輝く宝石が目を引く輪っかを手に取り、つぶさに調べ始める。


 アイヴィが手にしたそれは、王冠と呼ぶには簡素でティアラと呼ぶには質素な、サークレットとでも呼ぶべき形をしていた。

 正面に位置する黄色の宝石が美しくはあるが、フィルの目から見ても華やかには感じず、どちらかと言えば流麗で洗練された美しさであった。


『あれが天使の花冠(エンジェル)か……思ったよりシンプルだな』

『おっ、メフィちゃん。言葉選んだねぇ』

『見てくれと中身は関係ねぇしな。俺様みてぇにさ』

『うむうむ』


 暇つぶしがてら相棒とそんな事を話していると、フィルはふと、自分を見つめる視線に気付いた。


 フィルが首を曲げ、視線の主へ目を向けると、(なめ)る様に動くアダマセイン嬢の銀の瞳と目があってしまう。

 視線が合った瞬間、アダマセイン嬢の目が新しい玩具でも見つけた子供の様に弧を描いた。


「ところで、あなたどなた?」

「ただのアイリスちゃんの付き添いなので、お気になさらずぅー」

「あら、あなた程の魔術師を気にするなだなんて、可笑(おか)しな事を言うのね」


 そう言ってアダマセイン嬢は優雅に一歩、二歩と足を進めると、フィルの頬へ右手を伸ばした。

 その手を払い除けるか受け入れるか……考えたフィルは、面倒臭くてそのまま受け入れる事を選んだ。


 アダマセイン嬢の手がしなやかに動き、フィルの顔を愛撫する。

 フィルはその最中、アダマセイン嬢の腕輪にはまる発動体(スターター)に、彼女の魔力が流れては消え、流れては消え、と繰り返している事を感じ取った。


 まるで『いつでも殺せるわよ』と言わんばかりに。


(もてあそ)んでますなぁ』

『やっぱぶっ飛ばすか?』

『別にいいよ』


 フィルは挑発に乗らず、そして動じもしない。

 むしろ、呑気(のんき)にメフィストと脳内会話を繰り広げる余裕すらあった。

 アダマセイン嬢はそんなフィルを見つめ、嬉しそうに目尻を下げ、柔らかで赤い唇を(うごめ)かせた。


「ねぇあなた。わたくしのモノになりなさい」

「お断りしまーす。初対面で暴言吐く人はご勘弁」


 フィルの軽すぎる断り文句に、アダマセイン嬢の右手の動きが止まる。

 アダマセイン嬢の発動体に魔力が増すと同時に、彼女の口が動く。


「嫌われたものね……よく考えて。あなたの様な魔術師がアイリスさんの下に居ても勿体(もったい)ないだけよ。わたくしの下ならば、存分に力を振るえるわ」

「あっ、それ間に合ってまぁす。それと私、まだ魔術師じゃないんで」


 フィルは非常に素直に答えたのだが、アダマセイン嬢の目は虚を突かれたかのようにキョトンと大きく開いてしまう。

 そしてフィルの頬から離れた右手が、彼女の口元を隠した。


「フフッ……アハハハハ。あなたが魔術師じゃないだなんて、面白い冗談」 

「本当なんだけどなぁ」

「ウフフ、どちらでも構いませんわ。わたくし優秀な魔法使いは大好きですもの……今、首を縦に振らないとすぐに後悔しますわよ」


 口元を隠したまま、妖艶(ようえん)微笑(ほほえ)むアダマセイン嬢。

 彼女が細めた目の奥に潜む銀の瞳が、フィルの青い瞳を(あや)しく捉え続けている。


 まるで大蛇にでも(にら)まれたかのように、フィルの背がブルッと震えた。

 フィルは華麗にテップを踏み大蛇から距離を取ると、相棒たる杖を前に構え、臨戦態勢をとった。


 当然それは、ただのポーズである。 


「よっと! それは脅しかにゃぁ。決闘するなら広い場所に行こう」

「あらあら、善意で言っているのに酷いわ。けどその様子、わたくしが誰が知っての言葉のようね」

「当然。たとえ相手が金剛石の魔術師でも、やるときゃやるのがフィルメイル・クリスタの流儀なのだ」


 自分が『金剛石の魔術師』と呼ばれる二本線の魔術師(ドゥーエ・マギ)である事を知っていても一歩も引かないフィルに、アダマセイン嬢の頬が赤らみ、整った顔が恍惚(こうこつ)の形に歪んだ。


嗚呼(ああ)、良いわ、あなた……ウフフ、あなたの事、もっと欲しくなりましたわ。しかし、その名前どこかで……」


 スッと恍惚の色を隠し、アダマセイン嬢は視線を横にずらし、考え込み始めた。

 そんな彼女へ、支配人バロックが端的に答えを告げる。


「フィルメイル様は、先日の怪盗騒動解決の立役者で御座います」

「ああ、そう言えばそんな方もいましたわね……」


 忘れていた事を隠しもしないアダマセイン嬢。

 怪盗事件と目の前のフィル。

 その二つが繋がった事で、彼女の目がジトリと細まり、フィルを睨んだ。

 口元は嬉しそうに歪んでいる姿が、より彼女の奇妙さを際立たせている。


「フフッ、あなたも人が悪い。既にコルレオーネ様の派閥に属しているのなら、わたくしの勧誘を断るのも頷けるわ」

「友達に派閥も何もないよ。貴族社会も窮屈(きゅうくつ)だねぇ」


「そうですわね。時折、()しき風習に流されている自分が嫌になりますわ」

「案外、お嬢様も大変なんだねぇ」


 鏡合わせのように己が頬に手の平を当て、同時に溜息を吐く二人。

 会話が途切れたタイミングを計っていた支配人バロックが、フィルへ一つの提案をした。


「フィルメイル様。アダマセイン様に捕りもの話を一つして頂けないでしょうか」

「あははバロックさん、その為に私を連れてきたんだねぇ。いいよ。お嬢様の暇つぶしに一丁話してさしあげましょう……では、ご清聴を――」


 快諾し話し始めたフィルを見て、バロックの老いた顔に和やかな(しわ)が増える。

 身振り手振りを交えて語るフィルの短い話は、同定(どうてい)を終えたアイヴィが戻って来るまで続いた。


 その間、フィルへと伸びる蛇の(ごと)き視線は、フィルの青い瞳を捉えて離さなかった。語る言葉になど一切の興味もなく、ただ目の前の魔法使いにのみ興味を抱いたかのように。

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