4-15 オークション当日
時は移り、オークション当日。
カーリア子爵夫妻を宿から小劇場まで送り届けたフィルは、夫妻の護衛を護衛隊隊長に任せ、小劇場内を巡回していた。
廊下を歩き裏口までやって来たフィルは、扉を開けたまま暫く待ち、外から裏口を閉めた。
オークション前の催しである演劇が始まるホールや劇場表側の盛況さと違い、劇場裏口に人気は無く、静かなものである。
フィルは周囲に人影がない事を確認すると、振り向きながら口を開いた。
「また会ったね。やっほーグラントさん」
「うげっ。片眼鏡が居たのかよ」
嫌そうなメフィストの声に続き、誰も居ないように見えるフィルの正面から、神経質そうな男の声が聞こえた。
コレクターズ・ドーンに所属する魔術師、アッシュ・グラントの声だ。
「先刻から貴公らの後ろに――「廊下ですれ違ったよねぇ」――フィルメイル殿。やはり君の目は誤魔化せないようだ。そして、また会えて嬉しい限りだよ杖殿」
「ケッ。あれは使うんじゃねーぞ」
「うんうん。それとニュクス・ケープはそのままでいいよぉ」
「気遣い、痛み入る」
姿を隠す魔法の道具『夜神の羽衣』を纏ったまま小さくお辞儀をするアッシュに、フィルは微笑み返し、あえて明後日の方向を向いた。
「さっそくだけど、今回のグラントさんの狙いって、やっぱり天使の花冠?」
「本来ならばコレクターズ・ドーンの狙いはそのはずだ。だが今回、我が使命は別でね。フィルメイル殿の邪魔はせんよ」
アッシュの可笑しな言い回しに、フィルの口がへの字に曲がる。
「なんか含みのある言い方ですにゃぁ……まぁ私としては、カーリア子爵夫妻と治癒の宝杖に手を出さないなら、そっちと関わる気ないんだけど」
「そう言いながらも、何かありゃ動いちまうのが相棒だからな。てな訳だ片眼鏡。頭かち割られたくなけりゃ相棒の近くで悪さしねぇことだ」
「忠告感謝するよ、杖殿。そしてフィルメイル殿と再び決闘したくば、周囲で暴れろと云う訳だな」
冗談めいたアッシュの言葉に、メフィストがピキッと音を立ててキレた。
もし木製の杖に額があれば、青筋を立てていた事だろう。
「死にてぇようだなぁ……なぁ相棒。今のうちガンッとやっちまおうぜ」
「勘弁してぇ~。ワタシ、マダ、シニタクナーイ」
今にも不可視のアッシュへ飛び掛かりそうな相棒を、フィルは片言でお道化ながらもガッシリ掴んで離さなかった。
「安心したまえ。先日、ゴットン様から下命を一つ賜ってな……邪魔されん限り魔女見習いフィルメイル・クリスタと杖メフィストフェレスには手を出すな、と」
「……なぁぜぇ?」
コレクターズ・ドーン首魁ゴットン・ゴットラーから下された意味の分からぬ命令に、フィルの首がガクンと横に倒れてしまう。
夜神の羽衣の中でアッシュが肩を竦めたことに、フィルは気が付かない。
「さぁな。我にも分からん。だがゴットン様にも何かお考えがあるのだろう。我としては、是非とも杖殿を賭けて一つ決闘を――」
「しないよ」
冷たく言い放つフィルに、アッシュは「フッ」と小さく息を払う。
「残念だ。決闘はまたの機会に――」
「はーい。お帰りはこちらでーす」
フィルはそう言いながら裏口をガチャと開けると、優雅に一礼しながら左手で劇場内を指し示した。
そして、扉へと歩き始めた無音不可視のアッシュへと、一言送る。
「まっ、お互いお仕事頑張りましょー」
「ああ、今日はもう会わぬ事を夜の神に祈ろう」
アッシュが劇場内に再侵入した事を確認し、フィルもまた劇場内へと戻った。
そしてフィルはアッシュを追わぬよう、暫し周囲を探るふりをしながら、脳内会話で相棒へ話しかけた。
『私達に手を出すなって、どういうこと?』
『さぁな。だが少なくとも今日は、敵対する気ねぇみたいだったな』
フィルは問題なしと言わんばかりに無言で頷く演技をし、相棒へ言葉を返す。
『それは有難いんだけど、グラントさんのあの言い方、どうもコレクターズ・ドーン自体は何か別で動いてるっぽいんだよねぇ』
『しかも狙いは天使の花冠じゃねぇっぽい……ん? 確か奴らのお題目はセルゲイ・ブラッドの遺産奪還じゃなかったか?』
『そのはずだよ』
フィルは、護衛依頼を受ける前にギルドマスターが『奴らは『奪われたソロモンの遺産を取り戻す』という主義を掲げているんだ』と言っていた事を思い出しながら、周囲を探るふりを止め、廊下を歩きだした。
『じゃあ何が狙いだ? 他のオークション品か? 分かんねぇな』
『だね。そもそも情報が足りないしぃ。結局、私は目の前の悪党を殴り飛ばすことしか出来ないのだよ、メフィちゃん。という訳で、悪党探しにレッツゴー』
『ケッケッケッ。悪党が悪党の顔してくれてりゃ楽なんだけどな』
意気揚々と廊下を進むフィルは、少し歩いた先で興味深いものを発見した。
それは、貴族の食事会にでも参加するような華美な装いをした少女、アイヴィであった。
ふわりと広がるロングスカートをゆったりと揺らしながら歩くアイヴィと、今にも跳ねそうに紺のローブをはためかせ歩くフィル。
正面から近づく二人。
フィルの青い瞳もアイヴィの大きな瞳も、お互いの目を見つめ合っていた。
「やっほー。アイヴィちゃん」「よっ、アイヴィ」
「こんにちは、フィルメイル、メフィスト。貴女達も来てたのね」
「アイヴィちゃんに会いに来たよぉ」
「嘘でしょ」
「まーねー。お仕事お仕事」
手が届かぬ程度の距離で、二人は立ち止まる。
フィルの視線がアイヴィの瞳から離れ、彼女の全身へと向いた。
明るく短い髪は狩人の仕事の時よりも丁寧に整えられており、その下の小さい顔にも濃すぎぬ程度の化粧が施されており、彼女の愛らしさを強調している。
露出した肩の下には、白と黄色を基調としたドレスを纏っており、普段の仕事時の格好と違い、どこか気品を感じる姿であった。
気品と愛らしさを兼ね備えたアイヴィを見たフィルは――
「か、かっ、可愛いぃぃぃぃぃ」
突然、奇声を上げたフィルがアイヴィへ飛び掛かった。
その奇行に対し、アイヴィは冷静に両手を突き出し、拒絶を示す。
その手に衝突したフィルの口から、息が零れた。
「げふっ」
「おさわり禁止」
迎撃されたフィルは抱き着くのを諦め、名残惜しそうに一歩下がった。
その口は「ちぇー」と尖っている。
「何やってんだ相棒」と言う相棒を無視し、フィルは尖った口を開く。
「もう、アイヴィちゃんったらつれないんだから……なら私のこの溢れる気持ちをどう表現すればいいのさぁ」
「普通に口で言いなさいよ」
「おっ! それもそっか。いつもの格好も可愛いけど、今日は一段とキュートだねぇ。黄色が似合う女の子はス・テ・キ。ほんとアイヴィちゃんがオークションに出品されてなくて良かった良かった。血で血を洗う争奪戦になってたよぉ」
「あ、ありがと……」
人に褒め慣れていないアイヴィは、若干引きながらも頬を赤らめてしまう。
そんなアイヴィの隣から、老いた男性の声が聞こえた。
「当オークションでは決して人身売買は行っておりませんゆえ、悪評はご容赦を」
「アハハ、冗談冗談」「ケッケッケッ」
「すみませんバロックさん、本当にすみません」
笑うフィルとメフィストに代わり、アイヴィが先程から同行していた支配人バロックへ頭を下げる。
平謝りのアイヴィに、バロックは老いた顔に困惑の皺を増やしてしまう。
「いえいえ、アイリス様。フィルメイル様の冗談である事は老いた私めも理解しております。フィルメイル様、見回りありがとうございます」
「いえいえ。劇が終わってオークションが始まるまで、わたし暇ですから。バロックさんは仕事として、アイヴィちゃんは劇見なくていいの?」
「私、悲劇はそんなに好きじゃないから。それにやらないといけない事がちょっとあってね」
愛らしい顔を僅かに曇らせたアイヴィに、フィルはあえて「へー」と気のない声を返し、深入りしない事を選んだ。
一方、二人と一杖の様子を観察していたバロックは、三者が友好的である事を知り、フィル達への提案を口にした。
「フィルメイル様、メフィスト様。お時間宜しければ、共に大金庫まで御同行頂けないでしょうか」
「いいよー」「別にいいぜ」
「ありがとう御座います。ではアダマセイン様がお待ちですので、行きましょう」
フィルの顔が『アダマセイン様』と聞いて、ピクッと引き攣ってしまう。
「ん? どうしたの?」
「何でもないよぉ。さっ、行こう」
フィルに促され歩き出すアイヴィとバロック。
友たるコルレオーネが蛇蝎の如く嫌う女性とは如何なものかと想像しながら、フィルは二人の後ろに回り、共に大金庫へと向かった。




