4-14 幕間~ある昼下がりの辺境伯令嬢~
フィル達が海老で舌鼓を打っている頃、中央特区内にあるとある高級宿の一室にて紅茶を飲む、一人の女性が居た。
部屋に差し込む光を浴びて輝く銀の髪。
カップの中で揺れる赤を見つめる、髪色に似た銀の瞳。
立ち昇る香りを受け止める、スッと高い鼻。
純白のカップに触れる、真っ赤な唇。
紅茶を飲む姿一つですら気品を感じる彼女の名は、アダマセイン・ルペ・リール・バルディアス。
王国西部の国境沿いを領地とする辺境伯バルディアス卿の孫娘にして、十九という若さにして『金剛石』の二つ名を持つ、二本線の魔術師である。
そんな名のある彼女も、紅茶を楽しむ最中は、普通の令嬢と変わらぬ穏やかな姿を見せていた。
部屋に居るのは、穏やかに茶を飲むアダマセイン嬢だけではない。アダマセイン嬢から離れた位置には、整然と立ち並ぶ若いメイド達が六人。
彼女達は、主人であるアダマセイン嬢側へ顔を向けたまま、微動だにしない。
それは、扉がノックされても同じであった。
「入りなさい」
凛としたアダマセイン嬢の声に従い、扉が静かに開く。
扉から姿を現したのは、一人の眉目秀麗な青年であった。
眉下まで伸びた青みの帯びた滑らかな髪、鋭さすら感じる顔の輪郭の中には切れ長の目を持ち、虚ろさすら感じる灰色の瞳を秘めている。
黒を基調とした執事然とした服装、その胸元に描かれたバルディアス辺境伯家の家紋が、彼がバルディアス家の使用人の一人である事を示していた。
執事の青年は、アダマセイン嬢の側まで歩み寄り、恭しき礼と共に口を開く。
「お嬢様。先程バロック様より、天使の花冠を狙う怪盗を無事撃退したと連絡が御座いました」
「フフッ、それは良かった。ユーリー、詳細を」
嬉しそうに両手を重ね、己が右頬へ当てたアダマセイン嬢が先を促す。
そんな彼女へ、執事の青年ユーリーが「畏まりました」と再び腰を曲げ、淡々と説明を始めた。
「本日昼、怪盗ヴァラファールがトルテ・コーレル様に変装し、オークション会場へと侵入。その際、事件解決の為に会場の調査を行っていたコルレオーネ・ソール様とフィルメイル・クリスタ氏の両名が、バロック様と共に大金庫へ向かっていた怪盗と遭遇し、変装を看破致しました」
「あら、コルレオーネ様が」
予想していなかった既知の名を聞き、アダマセイン嬢の目が輝く。
執事の青年は、虚ろな瞳を主人へ向けたまま、説明を続ける。
「正体を見破られ逃走を図る怪盗。会場を脱した怪盗を両名が追走。市街にて無事捕縛。ですがその後、怪盗は連行中に再度逃走致しました。今現在、怪盗の行方は不明。ですがコルレオーネ様曰く『もう怪盗は現れん』とのことです」
途中まで機嫌良く聞いていたアダマセイン嬢であったが、怪盗に逃げられると云うつまらない結末に、彼女は鼻で息を払ってしまう。
「コルレオーネ様が動いたにしては、随分と退屈な結果ね」
「いえ、お嬢様。逃走を許したのは魔都特務隊の者で御座います」
「フフフッ。トルシオンの犬なら仕方のないことね。駄犬を何匹飼おうとも王にはなれないのに……お可哀そう。それで、モンタナの薔薇は無事なのかしら?」
「無事、バロック様の元に」
感情の乗らぬ青年の言葉を聞き、アダマセイン嬢の顔にパッと花が咲いた。
「まぁ! 嬉しい! もう少しで大切なお友達を一人亡くす所でしたわ。律儀な怪盗に感謝ですわね。で? トルテを運び手として推したのは誰だったかしら?」
言葉の中、アダマセイン嬢の声が、熱い歓喜の声から流れるように冷たい声へと変わる。
ピンッと張った空気の中を、アダマセイン嬢の視線がメイド達を貫いた。
誰も動かぬ状況に、億劫そうなお嬢様が溜息を吐く。
「困ったわね。皆、忘れてしまうだなんて。ユーリー、これで思い出させてあげなさい」
「はい。お嬢様」
アダマセイン嬢が、卓上に置かれていたタルト用のフォークを執事の青年へ手渡した。
恭しくフォークを受け取った執事の青年の視線が動き、虫でも見るかのような目が一人のメイドへと向く。
そのメイドが声を上げるのと、執事の青年が床を蹴り跳ねたのは同時であった。
「わたし――ヒィッ」
左眼球の前で止まったフォークの先端に、メイドが悲鳴を上げた。
彼女の横に並ぶメイド達は知っている。
もしも今、彼女が声を上げていなかったなら、彼女の眼球がどうなり、どこへ運ばれていたのかを。そして同時に、声を上げた彼女のその後に待つ責め苦を。
冷めたアダマセイン嬢の声が響く。
「思い出したのなら、早くこちらへ来なさい」
「ヒッ、ハァ、ハッ、ハイ」
怯えて返事をするメイドに見向きもせず、執事の青年は流れるようにアダマセイン嬢へフォークを返却する。
青年を追うようにお嬢様の側へと辿り着いたメイドは、まるで猛獣に牙を突き立てられた小動物のようであった。
椅子に座ったままのアダマセイン嬢の横で、メイドは膝を床につけ、沙汰を待つように首を垂れる。
一方、アダマセイン嬢は、返却されたフォークでタルトを一口頬張っていた。
「甘くていいわ。これもあなたが用意したものよね」
「はい。お嬢様」
震えるメイドの返事に、アダマセイン嬢はナイフとフォークをゆっくりと手放し、メイドへ視線を流す。
彼女のその顔は、恍惚の色で染められていた。
彼女を知らぬ男性からすれば妖艶に思える表情も、使用人たちからすれば恐怖の顔でしかない。
アダマセイン嬢の細い右手がメイドの頬を撫で。しなやかな指が顎の線を沿い反対の頬へと動く。
怯える目で手の動きを追うメイドの視界に、透明な魔鉱石で彩られた腕輪が映り込む。
それが光を放った瞬間、自分の全身は煌めく魔法によりズタズタに引き裂かれてしまう。そんな光景を想像したメイドの奥歯が、ガタガタと揺れるのは当然のことであろう。
それはただの想像でない。
なぜならば、過去何度も同じ様な光景が繰り返されているのだから。
しなやかな指は震えるメイドの耳を這い、そのまま瞼の上をゆっくりと這う。
「ウフフ。そんな怯えた顔で私を誘うなんて、さて、何をして欲しいのかしら?」
「お、お許しください」
「いいわよ」
有りえるはずのない許しの言葉に、メイドの口から「えっ?」と吐いてはいけない疑問が零れてしまう。
その失敗に気付いたメイドが、慌てて謝罪の言葉を口にする。
「も、申し訳御座いません、お嬢様」
「そんなに震えないでも何もしないわ……今、わたくし胸が躍っていますもの。嗚呼、もうすぐわたくしの夢が一つ叶うの。たった二日が待ち遠しいですわね」
メイドから手を離したアダマセイン嬢は、再びタルトを食べ始めた。
解放されたメイドは脱力する暇すらなく、怯えをその身に宿したまま、素早くメイドの列へと戻るしかなかった。
何事も無かったかのように、優雅にタルトを食むお嬢様。
「ユーリー。紅茶を入れ直して頂戴」
「畏まりました」
ティーポットを片手に、執事の青年が退室する。
その後、アダマセイン嬢が紅茶を飲み終えるまで、メイド達が動くことはなかった……いや、一歩たりとも動く事を許されていなかった。




