4ー12 ヴァラファールを持つ者
空を駆ける追走劇の末、怪盗ヴァラファールを捕えたフィル。
彼女は憂いを帯びた顔を上げ、青い空をしみじみと見上げた。
「レミング美術館での出会いから続く因縁……神出鬼没な怪盗ヴァラファールの魔の手……栄光の手を巡る死闘……ようやく終わったね、メフィちゃん」
「ああ。長く苦しい戦いだったな、相棒」
ありもしない思い出を語るフィルに、メフィストも付き合い始めてしまう。
そんなフィル達を見上げる怪盗の目は、ジトリと冷たいものであった。怪盗の姿が凛とした令嬢であるトルテ嬢である事も、冷やかさを強める一因であろう。
「あのー? もう帰っていい?」
「おっと、冗談言ってる場合じゃなかった。まだ聞きたいことあるから自爆しないでね」
「負けちゃったし、ちょっとは答えてあげよう」
両腕を縄で拘束され、石畳に腰を下ろしたままにも関わらず、怪盗は少々偉そうに鼻を高くしていた。
フィルもメフィストも、そして縄の端を掴んでいるコルレオーネも、偉そうな怪盗の事を気にする事はなく、質問を始めた。
「そいつは重畳! とはいえ、正体に迫る質問には答えぬのだろう?」
「当然。怪盗は秘密を着飾るものでしょう」
「うむ、よく分からん! しかしそうなると、あまり聞く事はないな」
躊躇なく会話を終わらせんとするコルレオーネに、フィルは「えぇ……」と困惑を隠せなかった。
「真っ先に聞く事あるでしょコルちゃん。ねぇ怪盗さん。本物のトルテさんって無事なんだよね? 今彼女はどこに?」
「北区画の『天馬の安らぎ』でメイドさんと一緒にぐっすり寝てるよ。この格好で立ち入り禁止を命じたから、まだ発見されてないはず」
「そうか。後で部下を向かわせよう」
事務報告かの如く淡泊に話すコルレオーネへ、フィルの小さな溜息が流れる。
こういう部分は意外と感性の合わぬ二人である。
フィルの視線を気にせぬコルレオーネは、居丈高に腕を組み、胸を張っていた。
「よし! 次は私の番だな!」
「あれ? ターン制? もしかして一人一回?」
「さぁさぁコルレオーネさん。質問どうぞ」
フィルの問いに答えるものはなく、怪盗が質問を促す。
「率直に聞こう。貴様はなぜ予告状など出した?」
「あぁそれね。そりゃ普段は悪党狙いで小粋に盗みなんてやってるけどさ、今回はそういうのじゃない訳でしょ」
「そうだな。バルディアス卿の不穏な噂など聞かんな」
コルレオーネの言葉に、怪盗は頻りに頷いていた。
一方、フィルとメフィストは「へー」と適当な反応である。
「そうそう。だからせめて予告ぐらいしないと怪盗の名が廃るってものでしょう。そのうえ獲物がソロモンの遺産ってなれば尚更ね」
「おいおい怪盗の嬢ちゃん。ソロモンの遺産ってのは今お前が――」
「どうどう、メフィちゃん。それ以上は面倒になるから」
「ちぇっ、分かったよ」
右手に握る杖をなだめるフィルを見て、怪盗が驚きの声を上げた。
「へぇ、この子供の声って杖が喋ってたんだ。そんなレリック見たことないなあ」
「ねぇ怪盗さん……もしメフィちゃん盗んだら、地獄の果てまで追っかけるから……覚悟しといて、ねっ」
恐怖心か本能か?
フィルの口調は変わらず軽く明るいはずなのに、なぜか彼女を見上げる怪盗の体はガクガクと震えていた。
怪盗の本能が、凛としたトルテ嬢の顔に作り笑顔を浮かび上がらせる。
「あはは……盗まない盗まない。私、金にし易い物とソロモンの遺産以外は盗まない主義だから」
「まぁそういう事にしてあげよう」
「安心しな、相棒。俺様を盗める奴なんてこの世に居ねぇよ」
「ハッハッハッ! メフィスト君なら勝手に帰ってくるだろうさ」
「そうだねー。やっぱメフィちゃんが一番さ」
そう言ってフィルは、機嫌よさげに相棒たる長い杖に頬ずりを始めた。
そんな友の奇行を「ハッハッハッ!」と快活に笑い飛ばすコルレオーネ。
貴族関係者の出歩く中央特区内で繰り広げられる可笑しな光景に、周囲に居た少ない人々は彼女達を避けるように離れていく。
立ち去りたいと思ったのは、怪盗も同じであった。
「じゃ。二人の質問に答えたし、私、帰るね」
「ちょっと待った。俺様の質問にも答えてくれよ」
「いいよ。これが最後の質問ね」
杖からの質問に興味を持った怪盗。
メフィストを見つめる怪盗の視線を受け、さしものフィルも頬ずりをやめた。
フィルから解放されたメフィストが、ふわふわと怪盗の前へと移動し、真剣さを帯びた声で怪盗へ質問する。
「怪盗の嬢ちゃん。その力、これから何に使う?」
「杖君……これのこと知ってるんだ」
「ああ。ヴァラファールの事なら知ってるさ。昔からな」
その懐かしむ言葉に、怪盗は座ったまま身を後ろへ引き、目の前のメフィストから距離を取った。
「暗に返せって言ってる?」
「今は言わねぇよ。第一、俺様の物じゃねーし」
「なんだ、心配して損した。なら答えてあげる」
一度深呼吸をし、怪盗が背筋をピンと伸ばす。
目の前の杖を見つめる怪盗に、二人と一杖は口を挿まない。
「盗み以外には使わないわ。それが師匠から受け継いだ怪盗の矜持だから」
「そうか……なら暫く預けといてやるよ」
「なんか偉そう。杖君、きみって何者?」
「秘密だ。俺様も怪盗の嬢ちゃんと一緒で、謎多き杖なんだよ」
「何それ? 訳分かんないんですけど」
そう言って笑う怪盗を見下ろしながら、フィルは『相変わらずメフィちゃんは甘いなぁ』と、どこか嬉しそうに目尻を柔らかに下げていた。
犯罪者である怪盗を捕えたはずなのに、どこか弛緩した空気が辺りを包み込む。
そんな空気を引き裂くように、四つの足音と一つの怒声が近づいて来た。
「コルレオーネ・ソール。そいつをこちらへ渡して貰おうか」
威勢よく現れたのは、白い軍服を身に纏った男女四人組であった。
先の声の主である年の頃十八程の青髪の女性が、先陣を切ってコルレオーネへと近づく。
先刻まで緩やかであったコルレオーネの表情が、彼女達の出現により興がそがれたとばかりに、平静の鋭きものへと変化していた。
「リーブラか。魔都特務隊も手伝う気がないならば、もっとゆっくり来ればよかろうに」
「中央特区は我々の管轄だ。好き勝手して、その言い草か」
会って早々、リーブラと呼ばれた女性とコルレオーネは睨み合い、その間に火花を飛ばし合ってしまう。
フィルは友の援護をせず、他の特務隊へと視線を向けていた。
一人は、清潔感のある銀髪の男性。
一人は、褐色肌をした荒っぽい印象を受ける黒髪の男性。
そして最後の一人が、茶の三つ編みに黒ぶち眼鏡の少女であった。
眼鏡の少女以外の二人は、どちらも二十歳程度の印象を受ける。
フィルは青髪の女性含め、四人全員に見覚えがあった。
アイヴィと出会ったあの夜に、ヘリクス・トルシオンが引き連れていた人たちの中に居たな、と。
フィルは黒ぶち眼鏡の少女にロックオンすると、気付かれぬ様にそっと、そぉっと移動し、少女の耳元へ「ふぅ~~」と息を吹きかけた。
「ヒヤッ。なっ、なにを」
「ども。あの二人って仲悪いの?」
「えっ? あっ? はい。いいえ。リーブラさんが勝手に嫌ってるだけでして」
「そこ。無駄口を叩くな」
リーブラに叱責され、眼鏡の少女の背がビクッと伸びる。
ついでとばかりにフィルを睨むリーブラ。
気にせず『ヤッホー』と左手を上げたフィルへ、リーブラが顎で移動を命じた。
フィルは肩を竦めながらも、彼女の指示に従う事にした。
「つれないねぇ」
コルレオーネの側へと戻りながら、フィルは自分へ向く友の鋭い視線に一つ頷き返した。それで意思は伝わると。
以心伝心とばかりに、コルレオーネが口を開く。
「よかろう! 怪盗ヴァラファールの身柄は、リーブラ、貴様に預ける。責任を持って連行しろ」
「当然だ! 初めからそう言えば良いものを」
差し出された縄に「何だこの縄は!?」と文句を付けたリーブラは、自前の魔法の道具を使い怪盗の拘束をかけ直した、
改めて半透明で硬質な拘束具を両腕に掛けられた怪盗は、為すがままに手を引かれ、特務隊四人と共に去って行った。
フィル、メフィスト、コルレオーネは、遠ざかる彼女達の背を見送る。
拘束に使っていた縄を鞄に入れ、フィルがボソリと呟く。
「『責任を持って』ねぇ……まっ、いいか」
「ああ。ここから先はあいつの責任だ」
「ご愁傷様だぜ」
二人は互いを見合い「フッ」と小さく笑うと、自然とメフィストに乗り、中央特区の空へと浮上した。
そして彼女達は穏やかに飛ぶ。
遠くから聞こえる怒声と、怪盗の笑い声を聞きながら。




