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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4ー11 怪盗ヴァラファール・後編


 怪盗ヴァラファールは、吹き飛びながらなぜ自分が高い天井を見上げているのか分からなかった。

 彼女の脳裏に、昔の思い出がフラッシュバックする。


 そこは五年ほど前の、とある村の質素な家の中。

 小さな彼女は、寝台の横にある簡素な木製椅子に腰掛けていた。

 視界の先には、寝台の上で億劫(おっくう)そうに上体を起こすくたびれたおっさんが一人。

 小さな彼女は、足をぶらぶらさせながら、おっさんへ話し掛ける。


「ねーねー、ししょー。ししょーが正体を見破られた時って、どうしてたの?」

「全力で逃げるに決まってんだろ。もうダッシュよダッシュ、猛ダッシュよ」

「えー。あれ使ってるなら逃げる必要なんてないじゃん」


 見えない敵へパンチを繰り出す小さな彼女へ、おっさんが苦笑いを浮かべる。


「そうだな。あのレリックを使っているなら、並みの相手ならぶっ飛ばせるな。けどな、俺は怪盗ヴァラファールなんだ。強盗じゃないだぜ」

「戦わなくても逃げる必要ないじゃん」

「だな……けど、それじゃあ矜持が許さない、逃げ切るか捕まるか。そこまでやらなきゃ格好悪いだろ」


 大儀そうに笑うおっさんのその言葉に、その時の彼女は納得しなかった。

 今なら分かるだろうか?


 意識を今に戻した怪盗ヴァラファールは、廊下を一跳ねした勢いを利用し、手足を廊下に付け、滑るように着地した。

 そしてすぐさま廊下を蹴り、怪盗は逃走を始めた。


 それを合図に、怪盗の後方から駆ける足音が響き始める。


「怪盗、(はや)っ!」

「チッ。手加減が過ぎたか」


 長い廊下を尋常でない速度で駆ける怪盗の顔には、殴られた跡一つなかった。

 だがそれは、手加減のお陰では断じてない。

 先のコルレオーネの一撃は、例え猛者(もさ)であれ耐え難き強烈な一撃であったのだ。

 だが、それでも怪盗の体には傷一つ付いていない。


 ほぼ万全の状態で逃げる怪盗。

 怪盗は、この体の走りについて来れる者などいないと自負していた――のだが、背に迫る足音が遠ざかる事はない。


 怪盗は足をフル回転させながら、長いスカートをふわりと横に広げる。

 すると、スカートの裾から三つの球体が零れ落ち、廊下へ転がった。

 そこから噴き出る白い煙が廊下中を包み込み、怪盗と追手の視界を潰す。


 怪盗は事前に調べていた見取り図を頭に浮かべながら、大金庫ではなく裏口を目指し疾走した。そして、わざと音を立てるため裏口の扉を力強く開く。

 ドンッと音が響く中、怪盗はそこから脱出せず、真上へ跳躍した。


 高い天井へ両手を伸ばす怪盗。

 その手が天井に触れた瞬間、怪盗が指輪型の魔法の道具(レリック)を起動させる。

 すると、怪盗の両手両足がスライムの如き緑色の粘液体に包まれ、怪盗を天井に張り付かせた。


 怪盗は、そのまま体の力一つで自身の両足を天井へ張り付かせると、そのまま緑色の手足を動かし、天井を音もなく()い、来た道を戻り始めた。


「逃がさんぞ!」


 怪盗の下を、猛スピードで人影が駆け抜け、外へと飛び出して行く。

 しめしめと口角を上げる怪盗。

 だが、その真下で一つの足音が止まった。


「コルちゃん。戻って戻ってー」

「何だとぉ! (はか)ったな! 怪盗め!」


 真下から聞こえる澄んだ声と、遠くから聞こえる大声。

 下を見た怪盗の目が、白い煙の中に浮かび上がる一つの人影を捉えた。


 あぁ、また見ている……きっと、あの青い瞳が。

 そう思った瞬間、怪盗は脱兎の如く逃げ出した。天井を這ったままに。

 高速で動く怪盗の両手両足に対し、フィルメイルが悲鳴を上げた。


「ひえっ! 気持ち悪っ!」

「ありゃまるでゴキブリだな……」

「追うぞ! フィル君、メフィスト君」


 廊下に響く声を後方に、怪盗が白い煙を脱する。

 そして両手両足の魔法の道具(レリック)を消すと、華麗に身を(ひるがえ)し、勢いのまま廊下を駆け出した。向かうは入口方面。


 怪盗は、そのまま恐ろしき速度で支配人と警備の脇をすり抜け、駆ける速度のままに窓へと飛び込んだ。

 怪盗の体がガラス窓を枠ごと破壊し、ガラスを外へと散らす。

 砕けたガラスが日の光を反射し、外へと逃れた怪盗を輝かせる。


 怪盗は宙に浮いたまま上体を捻ると、小劇場の屋根へと右手を伸ばした。

 次の瞬間、怪盗の右手から薄紫色をした手が伸び、伸び、魔法の手が高い小劇場の屋根をがっしりと掴んだ。

 怪盗の体が、掴んだ部分へと引き寄せられる。


 小劇場を脱した怪盗は、通りへ足を着く事なく、代わりに小劇場の屋根へと足を着けていた。

 そのまま屋根を伝い、中央西門へと向かう。


 隣接する建物へひと跳びで渡り、渡り、渡り、馬車の走る通りの上を跳び越え、驚くべき身体能力で中央特区を駆け抜けた。

 だが、下から声が響く。


「待てぇい! 怪盗ヴァラファール!」

「ちょっと、なんで生身で追いつけんの!? 訳分かんないんですけど!?」

「それはねぇ、コルちゃんだからだよぉ」


 トルテ嬢の演技を捨てた怪盗の独り言に返る澄んだ声。

 屋根の上を駆ける怪盗も、ついそちらへ顔が向いてしまう。


 そこには、杖の上に優雅に座るフィルメイルが居た。

 尋常でない速度で動く怪盗の真横を、すぃーと飛ぶフィルメイルが手を振る。


「ゲッ!」「ハロー、怪盗さん――」


 怪盗の動きは速かった。

 フィルメイルが言葉を続けるよりも早く、耳につけたイヤリングを外し、怪盗がそれを斜め上へと放り投げた――瞬間、閃光が昼の空に広がる。


 駆けながら防御姿勢を取った怪盗と違い、フィルメイルは咄嗟(とっさ)(まぶた)を閉じたものの閃光をもろに浴びてしまう。


「みぎゃぁ!」

「相棒! 無事か!」

「怪我しちゃったら御免ね。フィルメイルさん」


 目を潰し、一人無力化した。

 そう思った怪盗の横を、変わらず飛ぶフィルメイル。

 その両目は、しっかりと閉ざされていた。

 空飛ぶフィルメイルを振り切るため加速しながら、怪盗が愚痴る。


「何で見えないのに飛べるのよ。下の人もあなたも可笑(おか)しいんじゃない!?」

「ちょっと内緒の話がしたかったけど……大地よ(アース)捕えよ(バインド)。やるよ、メフィちゃん」

「おうよ」


 フィルメイルが、目を閉じたまま呪文を唱えた。

 すると彼女の右腕にはまる腕輪から赤い光が放たれ、怪盗が跳んだ先の屋根に土が生まれた。

 土から伸びる無数の手が、着地する怪盗へと伸びる。


 屋根に出来た土の上に着地した怪盗は、足元の土の手を踏み砕くと、迫る無数の手を全てを軽やかに(かわ)し、また次の屋根へ向け跳んだ。

 再び通りを飛び越える大跳躍。


 怪盗の目は、次の着地点たる屋根へと向けられていた。

 そこに魔法の土はない。


「そんなんじゃ、私を――げふっ」


 突然、真横から跳ね飛ばされる怪盗。

 前に進む勢い。そして衝突により横へと弾く力。

 その二つが重なり進む先が変わってしまった怪盗の体は、哀れ石造りの建物の壁に激突し、そのまま下へと落ちてしまう。


 蒼天を仰ぎながら、怪盗の目が、自分に衝突した人物を見た。

 目を(つむ)ったまま口元を猫のように歪めた、フィルメイルの姿を。


 落ちる怪盗の体が、石畳を砕く。

 足を打ち、腰を打ち、背を打ち、腕を打ち、頭を打つ。

 全身を貫く落下の衝撃に、怪盗もすぐには動きだすことが出来なかった。


 本来ならば死も有りえた落下であったが、血の一滴すら流れておらず、怪盗の体には傷一つ生まれていなかった。

 だが貴族然とした赤く美しい装いは、逃走の果てに破け、汚れてしまっている。


『あー。これが負けかぁ』


 怪盗ヴァラファールになって初めて味わう敗北に、怪盗は全身から力を抜いた。

 そんな怪盗の顔に影が掛かる。

 空の青を映していた怪盗の瞳に、金の縦ロールに挟まれた鋭く美しい顔が映り込んだ。

 同時に響く、快活な声。


「ハッハッハッ! 確保だ、怪盗ヴァラファール! ついでに一発いっとくか?」

「降参降参。痛くはないけど暴力反対」


 仰向けのまま怪盗が両手を差し出すと、コルレオーネが空から降って来た縄を掴み、その縄で怪盗の両手を結んだ。

 あまりにも簡素な拘束に、怪盗の口から笑声が零れてしまう。


「プッ、なにこれ。これで私を捕まえたつもり? 捕縛用のレリックは?」

「貴様に使っても無駄だろう? なぁ、フィル君、メフィスト君」

「だねー」「だな」


 自然と上体を起こす怪盗を、側にいるコルレオーネは制止しない。

 今更逃げる気もない怪盗は、地に降り立ちこちらへ近づくフィルメイルへと視線を向けた。

 フィルメイルは、まだ目をパチパチとさせている。


「うー、まだチカチカするぅ……さて、怪盗さん。第一ラウンドは私達が貰ったけど、次はどうする? 明日ぁ? それともオークション当日ぅ?」

「しないしない。負けたんだから今回は手を引くよ。こんな力を使っておいて、何度も何度も挑むだなんて……格好悪いじゃない」


 そう言うと怪盗は、トルテ嬢の顔に「フフン」と自慢げな笑みを浮かべた。

 そんな態度を受け、フィルメイルとコルレオーネが顔を見合わせ――二人は示し合わせたかのように笑顔を向け合う。


 怪盗と同じ笑みを。


「なら私達の勝ちって事で、イェーイ」

「だな! だが貴様のその矜持、信じようぞ! ハッハッハッ!」


 負けは負け。

 師匠の心残りに手が届かなかった怪盗の胸には、苦味と悔しさが滲んでいた。

 だが、通り中に響くフィルメイルとコルレオーネの笑声を聞く怪盗の気分は、そう悪いものではなかった。


『こういうものですかね、師匠』

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