4-10 怪盗ヴァラファール・前編
バルディアス家の馬車が通り過ぎた一時間程あとの事。
中央西門へ向かう別の馬車の中に、華美な赤い装いをした一人の少女が居た。
腰まで流れる燃える様な赤い髪。きつい性格を表すような凛とした目鼻立ち。絢爛を示す華美な赤い装い。腰から広がり足元まで広がるスカート。そして耳、胸元、指々にて輝く装飾品の数々。
一目で貴族と分かる少女の膝の上には、両手で挟める程の小さな箱が一つ乗っていた。
中央西門に着いた馬車が、足を止める。
馬車の中で待つ少女は、叩かれた扉に「勝手に開けなさい」ときつく言い放つ。
すると馬車の扉が開き、老年の門番兵が顔を見せた。
少女は視線一つ合わせずに、門番兵へ許可証を差し出す。
「コーレル嬢。決まりですので調べさせて頂きます」
「早くなさい」
「はい。少々不自由をお掛けします」
冷たく言い放つ少女に許可証を返却し、老年の門番兵は部下と共に馬車を調べ始めた。
少女は澄ました顔で待ちながら、内心しめしめとほくそ笑んでいた。
『私が偽物の令嬢だなんて、気付ける訳ないもんね』
そう。彼女はコーレル子爵家の令嬢ではない。
令嬢の姿を写し、彼女に成りすました偽物。
怪盗ヴァラファールであった。
御令嬢本人は今、使用人共々、宿の衣装棚の中で眠ったままである。
怪盗が馬車の中にいるとも知らず、若い門番兵が水晶球のような魔法の道具を馬車の中へかざした。その瞬間、水晶球が赤い輝きを放った。
異常を示す水晶球に、若い門番兵の目が馬車の中をつぶさに観察し、そして怪盗へと向く。
怪盗は落ち着き払ったまま、膝に抱えた箱を開ける。
そこには、赤く輝く大きな結晶体が鎮座していた。
開花した花の如く結晶が広がっており、幾枚、幾層と重なる姿はまるで深紅の薔薇を思わせる様であった。
「これですわ」
「お調べしても?」
「あなた方に責任が持てまして?」
言葉に詰まる若い門番兵に代わり、老年の門番兵が「では、お手数ですが共に外へ」と怪盗へ手を伸ばした。
誘われるままに手を取り、怪盗が箱と共に外へ出る。
その間に中を調べた門番兵達が、老年の門番兵と怪盗へ小さく首を振った。
それを鼻で笑い、怪盗は馬車へと戻る。
そして馬車の中でふんぞり返り、御者へ「出しなさい」と短く言い放つ。
苦もなく門を突破した怪盗は、独り馬車の中で再び内心ほくそ笑んでいた。
『師匠はアレコレ言ってたけど、私の演技も中々じゃない。オーホッホッホッ』
怪盗は再び馬車に揺られながら、オークション会場である小劇場についてからの計画を反芻する。
支配人との接触。自然な大金庫への接近。警備の無力化。逃走と変装。そして特区からの脱出。
警備の無力化にさえ手間取らなければ、特に問題はない。
続いて怪盗は脳内で情報を整理する。
会場の間取り。出品物を保管する大金庫の位置。警備としているはずの魔都特務隊の情報。もしもの際の逃走経路……等々。
怪盗ヴァラファールに、万が一の潜伏先を考える必要はない。
もしもの時は、この体を捨てればよいのだから。
怪盗がそうこう考えているうちに、馬が足を止めた。
外から扉が開くのに合わせ、怪盗は優雅に石畳の通りへ足を下ろした。
「お待ちしておりました、トルテ様。支配人がお待ちです」
「ありがとう」
小劇場の案内人へ礼を返すと、案内人の青年が少し顔をキョトンとさせた。
『しまった。この令嬢は案内人に礼を言わない子だった』
小さなミスを息に乗せ吐き出し、怪盗は案内人の指し示す両開きの扉へと歩を進める。
通りに面した小劇場のロビーへ入ると、そこには中のシャツ以外黒一色で身を包んだ六十程の白髪の老人が待っており、美しい礼で怪盗を出迎えた。
「トルテ様。御足労頂き、ありがとうございます。此度のオークションの総責任者を務めさせて頂きます、当劇場の支配人バロックと申します」
「ええ。頼みますわ。これを」
「はい。確かに。お預かり致します」
支配人バロックは怪盗から箱を受け取ると、その中身を確認すらしなかった。
「トルテ様。オークションは明後日の正午。あちらのメインホールにて行われます。不明や心配な点が御座いましたら、何なりと申し付け下さいませ」
「なら一つ。警備が少ないみたいだけど、本当に任せて大丈夫なのかしら?」
「ご安心を。トルシオン卿の指示のもと、魔都特務隊の方々に協力いただいておりますゆえ、警備は万全で御座います」
当然、怪盗はその事を事前に知っていた。
だが怪盗は驚きを顔に表すと、僅かに声を上ずらせた。
「あら、螺旋の君が。なら大金庫も安心ですわね」
「御覧になられますか?」
「是非」
支配人が礼と共に微笑み、ロビーから横へと続く廊下へと歩き出した。
怪盗は知っていた。自らの出品物の行方を知りたいと、多くの貴族達が大金庫への案内を頼む事を。
支配人も怪盗も、その習慣にも似た予定調和に従い、共に大金庫へと向かう。
高い天井。悠々と歩ける広い廊下。足音一つ立たぬ柔らかな敷物。
無言で歩く怪盗の目が、廊下に飾られた調度品へと向く。
そこには、目が飛び出るほど高価な品々が、自然とそこに存在していた。
『ここが悪党の家なら盗むのにぃ。盗んでやるのにぃ』
不穏な空気を感じ取った支配人が振り返るも、令嬢の姿をした怪盗は澄ました顔のまま立ち止まり、支配人を見つめ返す。
心の中で歯ぎしりをしながら。
微笑みと共に再び歩き出した支配人の背へ、怪盗はホッと短く息を吹きかけた。
廊下の角を曲がり、小劇場の奥へと向かう途中、怪盗の後ろから澄んだ女性の声が聞こえた。
「はっけーん。コルちゃん、こっちだよぉー」
その声に支配人が立ち止まり振り向いた為、怪盗もまた自然と支配人と同じ行動を取ってしまう。
怪盗の視線の先には、濃紺のローブを纏いとんがり帽を被った美しい女性と、金の縦ロールと見ただけで圧を感じる鋭い顔が特徴的な警ら隊の女性が立っていた。
怪盗は、その二人を見た瞬間『ゲッ。なんでここに』と内心毒づいてしまう。
事前に魔都の事を調べていた怪盗は、廊下の奥にいる美しい女性二人が一体何者なのかを知っていた。
トラブルあらば所構わず現れ首を突っ込み、悪党をぶっ飛ばして回る空飛ぶ凶悪少女フィルメイル・クリスタ。
そして、犯罪者を殴り飛ばす事を趣味としているのではないかと専ら噂の暴力の権化、警ら隊遊撃班班長コルレオーネ・ソール。
怪盗は、二人の事も要注意人物として情報を仕入れていた。
なのだが、それは中央特区から脱した後に必要な情報としてであって、オークション会場にて遭遇するとは、怪盗も予想していなかったし予見も出来なかった。
怪盗は、驚きを顔に出さぬ様に努める。
だが、とんがり帽の少女フィルメイルは、その青い瞳を怪盗へ向けながら、近づいて来る。
相手を見通すような澄んだ目に、怪盗の体が微かに震える。
怪盗は震えを押さえると、顔にキッと怒りを浮かべ、近づく二人へ言葉による牽制を放った。
「何か御用かしら。あなた達のような方々に構っている暇はなくてよ」
だが牽制虚しく、二人の足は止まらない。
怪盗と二人の間を取り持つように、支配人が怪盗の横から前へと動いた。
「これはフィルメイル様、コルレオーネ様。何か私めに御用でしょうか?」
「違うよー。用があるのはそっちのお嬢さん。第一不審者はっけぇーん」
そう言いながら残り三歩といった距離で止まったフィルメイルが、柔らかそうな唇をニヤッと歪めた。
この姿は、コーレル子爵家長女トルテ嬢そのもの……気付かれる訳がない。
そう思いながらも、怪盗の直感が告げていた。
この少女は、何かに気付いていると。
故に怪盗は、子爵家の者としての立場を利用する事にした。
わざとらしい程に怒りを露わにしながら、怪盗が怒声を上げる。
「不審者ですって……無礼にも程があるわ! 支配人! なぜこのような怪しげな者が歩き回っているのかしら」
「そ、それは――」
「私が許可したからだ!」
それ以上説明不要とばかりに、コルレオーネが自信に満ちた表情を見せる。
怪盗が支配人へ視線を移すと、少々困り気に眉尻を下げていた。
だが、コルレオーネの言葉に偽りがない事は、出ぬ反論から明らかであった。
警ら隊遊撃班の権力は中央特区内にまで届くのかと、怪盗は驚きを隠せない。
本来なら先の言葉で場をコントロールするつもりであった怪盗は、二の句を告げる事が出来なかった。
そんな彼女の代わりに、コルレオーネが言葉を続ける。
「それにしても、トルテ嬢が不審者とはな」
「おっ。コルちゃんの知り合い?」
「昔、パーティーで何度か見かけたことがある程度だ」
怪盗は、コルレオーネの回答に安堵した。
もし彼女とトルテ嬢が仲の良い知り合いであったのなら、彼女を騙す難度が跳ね上がっていたからである。
光明が見えたと喜ぶ怪盗へ、虚を突く質問がコルレオーネから飛んだ。
「トルテ嬢。君なら私が何者か知っているはずだ。答えてみろ!」
「え?」
突然の問いに、怪盗の思考が回る……が、それが引っかけか何かかすら、怪盗には分からない。
怪盗には、知っている情報をそのままに、演技し続ける事しか出来なかった。
「警ら隊のコルレオーネ・ソールでしょう。先程から何なの、失礼な女!」
冷たく言い放ったその答えが間違いであったと、怪盗にも分かった。
フィルメイルの顔に浮かぶ『あちゃー』という憐みも、奥歯を揺らさんばかりに震える支配人の姿も、不正解と示していたからである。
そして問うた本人からも、採点が下される。
「ソールは仕事用の偽名だ。怪盗ヴァラファール」
怪盗の名を言うが早いか、動くが早いか。
既に踏み込んでいたコルレオーネの動きに、怪盗は反応出来なかった。
コルレオーネの拳が怪盗の、トルテ嬢の凛とした顔に突き刺さり、走る衝撃が怪盗の体を廊下の奥へと吹き飛ばした。




