4-9 怪盗資料
資料室から場所を移し、遊撃班班長室にやって来たフィル、メフィスト、コルレオーネ。
造りの良い椅子に座るコルレオーネを、窓から差し込む光が照らす。
対しフィルは、机越しに即席の氷の椅子を作り、そこに腰掛けていた。
あまり班長室にまで来ないフィルは、スッキリとした卓上を見て、思ったより綺麗にしているなぁという印象を抱いた。
そんな机の上に、コルレオーネが資料の束を置いた。
「およ? 私が読んでいいの?」
「構わん!」
威勢よく許可を出したコルレオーネは、腕を組み椅子に背を預ける。
フィルはその尊大な姿にクスッと笑い、資料に目を通した。
その資料とは、怪盗ヴァラファールが過去に起こした窃盗事件に関わるものであった。
狙う物は金、宝石、美術品、そして魔法の道具。
要は、金目の物なら何でも狙う泥棒である。
だが、盗んだ金目の物は自分の為に使うのではなく、貧しき者達にばら撒かれており、民衆からは義賊として扱われていたと資料にも書かれていた。
『まぁ盗まれた方はたまったものじゃないよねぇ』と思いながらも、フィルは続きを読み進める。
音もなく忍び込み、鍵は瞬く間に開き、逃げれば疾風の如く駆ける。
盗みの手口は様々で、特に決まったこだわりはない様であるが、一つ、死人を出さないことが最大の特徴であった。
もし警備の者や警らの者に捕まりそうになったら、大人しく投降すると書いてある……だが、一度も逮捕した事がない事もまた書いてあった。
現場で捕縛に成功したことは幾度もあるのだが、捕まえるとその場で――
「え? 自爆する……怪盗って本当に人間?」
「ハッハッハッ! 自爆といってもポンッと破裂し、消えるだけらしいぞ」
「まっ、大爆発してたら死人出てるぜ」
フィルの後ろでふわふわ浮かび、共に資料を読んでいたメフィストがそう言い「ケッケッケッ」と笑う。
「まぁ、何か魔法かレリックでも使ってるのかな? もし魔法だとしたら空間転移かな? だとしたらヤバい魔術師だねぇ」
「ほぅ、空間転移とはそれ程難しい魔法なのか。フィル君にも出来ないと?」
「無理無理。出来たら便利なんだけどねぇ……難度が段違い」
それだけ返し、フィルは資料へと戻る。
そこには事件例と共に、怪盗の不思議な部分が書かれていた。
時には青年の姿で、時には少女の姿で、時には老婆で、時には子供で……性別も年齢も定まらぬ、変幻自在な姿が。
魔法説、魔法の道具説、複数人説や変装の名人説まで警ら隊の見解が書いてあるものの、フィルには正直どれもピンとこない。
ふと脳内に聞こえたメフィストの声に、フィルは資料を捲る手を止めた。
『実は相棒。俺様にはちょっと心当たりがあんだよ』
『んー。こっちで話すって事はコルちゃんには秘密?』
『ああ。今はそうしてくれ』
『OK。後で聞かせてね』
そのフィルの言葉に、メフィストの返事はない。
だがフィルには、返事は無くとも答えは分かっていた。
再び手を動かし始めたフィルを見て、コルレオーネが小さく肩をすくめる。
だが何かを見抜いたとしても、コルレオーネがそれを口にする事はなかった。
資料を一通り目を通したフィルは、とあることに気が付く。
「ねぇ、コルちゃん。これって昔の資料だよね? ここに書かれてる事件の最後の日付って十一年前だし……そこから今までの資料って?」
「ない!」
そう短く断言し、コルレオーネはニヤリと口元を歪め、続きを言った。
「怪盗ヴァラファールは、王都での仕事を最後に忽然と姿を消した。そして今、十一年前の亡霊が再び姿を現した訳だ! なぁフィル君、メフィスト君。実に心躍るだろう?」
酷く嬉しそうなコルレオーネと違い、フィルは難色を示していた。
「普通に考えると名前を借りただけだよね。ヴァラファールさんって義賊として有名だったんでしょ?」
「そうだな。その可能性が最も高い。だがそれはそれで良かろう。ただの盗人を思う存分殴り飛ばせるというものだ」
自信に満ちか顔で「フフン」と笑うコルレオーネを見て、フィルは納得した。
その主義は、きっと正しいと。
「それもそっか。コルちゃんの目的は天使の花冠を守る事と犯人の確保。怪盗が本物かどうかなんて関係なく――」
「悪党を片付けるだけ。それは君も同じだろう? フィル君」
さてどうだろう?
そう疑問に思いながらも、フィルは内心を隠し、軽い口調で返事をする。
「私は半分趣味だけどねー」
「趣味で結構! 問題はやるかやらないかだ。さぁ、どうする?」
「手伝うよ。その為に来たんだし。ただオークション当日は護衛の仕事入ってるから無理だけどねぇ」
「充分だ! 腕が鳴るな」
座ったままのコルレオーネが、鋭い顔を嬉しそうに崩し、右拳を前に突き出す。
フィルは氷の椅子から立ち上がると、その拳に拳を重ねた。
メフィストもまた、重なる拳に己が先端をコンッと当てる。
互いを弾くように二つの拳と一本の杖が離れ、班長室に三つの笑声が木霊した。
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次の日の昼前。
魔都南門より北へ走る大通りを、護衛の一団と二頭引きの馬車が走っていた。
本来、多くの馬車が行き来する時間なのだが、今の大通りには彼らしか居ない。
パカリ、パカリと、馬の蹄が石畳を鳴らす。
護衛の中心に配された二頭引きの馬車は豪勢な造りをしており、その側面と上面にはバルディアス家の家紋が描かれていた。
護衛達とバルディアス家の馬車を、更に外から魔都警ら隊の警備が守っており、更に空からフィルとメフィスト、そしてコルレオーネが周囲へ目を配っていた。
メフィストに横乗りしているフィルは、隣に座るコルレオーネへ呑気にも思える軽い声を掛けた。
「んー、怪しい奴は特にいないねぇ。もーちょっと捜索範囲広げる?」
「いや、このまま警護を続けよう。しかし……うむ。もし魔都で怪盗が動くなら、特区へ入る前、このタイミングだと思ったのだがな」
二人の言葉通り、周囲には怪盗のかの字もなく、物々しい警備と護衛にも関わらず、何かが起こる気配はなかった。
むしろ日頃の馬車の往来がないために、普段よりも長閑さすら感じる程である。
「もう特区に入り込んでんのかもな」
「かもねー」
「油断は禁物だぞ! メフィスト君、フィル君。まずは特区まで安全に送る。そこに集中だ!」
「はーい」
優雅に走る馬車の速度に合わせ、フィル達はふわふわと魔都上空を飛ぶ。
そこから目を皿にして不審者や不審物を探すも、やはり何も見つからない。
「ねぇねぇコルちゃん。あの馬車に乗ってるのって辺境伯だけ? 確かお爺ちゃんだよね」
「なる程! 怪盗は変装の名人らしいからな。既に内部に潜り込んで――」
「そこまで言ってないよぉ。それにもう潜り込んでるなら、魔都に着く前に盗み終えてるだろうし。お爺ちゃんが偏屈な人じゃなければ、直接顔をみたいなぁって思っただけ」
「うむ。人となりなど、直接見なければ分からんからな」
『違うんだけどなぁ』と思いながらも、フィルは態々訂正しない。
そんなフィルへ、コルレオーネが言葉を続ける。
「だが会いに行くのはやめた方がいい。バルディアス卿はそんな事でへそを曲げるような御方ではないが、卿は今あの馬車に乗っていない。乗っているのはただの小物。孫娘であるアダマセインだ」
吐き捨てるように名を呼ぶコルレオーネに、彼女の横でフィルが肩を揺らした。
「アハハ。随分嫌いみたいだね。そんなヤバい子?」
「高慢で情緒不安定で冷血で血統主義で魔術師至上主義な女だ。お抱えの治癒師がいなければ、何人の使用人が死んでいたか分からん程にな」
「……うん。私も無理そう」
「俺様も無理なタイプだな」
友たるコルレオーネの言葉に、関わりたくないと思うフィル。
だが現実として、そんな女性の持つ魔法の道具を守る為に今も空を飛んでいることに、フィルの気が少しだけ滅入ってしまう。
そこに、コルレオーネが言葉の追撃を仕掛ける。
「それで無能ならば、少しは可愛げもあるの――「ないよ」――ハハハ! だな。だがあいつ自身が優秀な魔術師でな。確か今は十九のはずだが、既に二本線の栄誉を受けている。呼び名は……『金剛石の魔術師』だったか」
二本線と聞き、フィルの顔が酷く嫌そうに歪んだ。
そして二つ名がついている事に、さらに酷く嫌そうに歪んだ。
『どこが小物なのさ!』と出る代わりに、面倒臭さがフィルの口から零れ落ちた。
「うへぇー。ねぇコルちゃん。帰っていい? 護衛も警備も要らないじゃん」
「怪盗がどう出るか分からん限りそうもいくまい。それに我々警ら隊が守るのは天使の花冠だ。第一、嫌うからといって手を抜くのは主義では、ない!」
「アハハ。コルちゃんらしいねぇ」
「嫌いって言っちまってるじゃねーか」
尻の下から飛ぶメフィストの声に、コルレオーネが「ハッハッハッ!」と快活で豪快な笑い声を上げた。
地上に届かんばかりの大声に反応はなく、馬車はただ穏やかに走り続け……何事もなく、中央特区へ続く大門へと到着した。




