1-5 ゴーレム〜開戦〜
迫るゴーレムの巨腕。
先の言葉と違い焦る素振りをみせぬまま、フィルは横へ一つ跳び、ゴーレムの鈍重な一撃を躱す。反対側へと避けたアイヴィもまた、素早く駆け出していた。
二人の回避に遅れ、地を叩く拳が石畳を砕く。
「おぉ危ない。ほーらこっちだよー」「ゆっくり喋ってるからだろ」
「第一封印解放。まずは定番の頭っ!」
挑発まじりに軽やかなステップを踏むフィル。
腰から抜いた魔法の銃を放ち、ゴーレムの頭部を吹き飛ばすアイヴィ。
だがアイヴィは、己が破壊の成果に対し「チッ、はずれ」と吐き捨てた。
頭部が破壊されたゴーレムであったが、アイヴィを追う動きは止まらず、ドシンドシンと動き続けている。
しかしアイヴィの素早い身のこなしは、ゴーレムの緩慢な動きに捉えられるものではなかった。
一方、もう一体のゴーレムを相手取るフィルは、ゴーレムの手の届きそうで届かぬ位置でちょこちょことステップを踏み、挑発を続けていた。
フィルを狙うゴーレムの手が虚を握り、払う腕が空を切る。
その鬱陶しい動きは功を奏し、ゴーレムをくぎ付けにしていた。
もしもこのゴーレムに感情があったのならば、額に青筋を立てていたであろう。
挑発している当のフィルはと言うと、二体のゴーレムの動き、アイヴィの動き、周囲への警戒、そして門の方向、その全てに視線と意識を向けていた。
観察する目とは違い、フィルの口は自由に動く。
「命中したのにハズレとは、これ如何に? うーむ」
「フィルメイル。ゴーレムの倒し方って知ってる? くぅ、またハズレ」
ゴーレムの右胸に出来た風穴が、アイヴィの放った一撃の強さを表しており、その効果のなさを、なおも動き続けるゴーレムが示していた。
アイヴィを追うゴーレムの頭部は既に復元されており、先程空いた風穴すら、土の蠢きと共に復元が始まっている。
「おぉ、いい回復力。うちのギルドにも一匹欲しいなぁ。ひょいっと」
「ハハハ、相棒。こんなん持って帰ったらギルドマスターが切れるぜ」
「ちぇー、残念」
「こらぁ! フィルメイル! 遊んでないで攻撃しろぉ!」
しびれを切らしたアイヴィの怒声が、回避ばかりのフィルへ飛ぶ。
「もぅ、これでもちゃんと探してるんだよ。ゴーレムのどこかに書かれた『emeth』って文字から一文字消して――」
「そんな古風なゴーレム、もういない!」
「ぶーぶー。一度やって見たかったのにぃ」
「生成時に使われたコアをぶっ壊すの――ちぃ、またぁ」
魔法の銃より放たれた白き光がゴーレムの真ん中を貫き、光の直径よりも大きな穴を空けた。だが、その破壊は土塊を吹き飛ばすだけに終わってしまう。
その光景を見たフィルが「おしい」と一声上げた。
「おしいって何よ。もぅ真っ二つにでも出来れば、コアの位置を推測出来るのに」
「あー、どっちからにょきにょき生えるかで分かるのかぁ」
「もしかして出来る?」
「出来るけど、そんな事しなくてもだいじょーぶ。風よ、穿て」
フィルは、己を攻め続けていたゴーレムから軽やかな跳躍一つで距離を取ると、メフィストを持つ右手を天へと掲げ、短く呪文を唱えた。
言葉に合わせ右腕の腕輪が赤く輝き、宙に二つのウインドスピアが生まれる。
その風の槍は、先刻遭遇した賊が放ったものと同じ、獲物へと先端を向けた細長い円錐状のものであったが、様相がまるで違っていた。
透明度の低い緑色であった賊のものと違い、フィルの魔法は存在感を隠す程に透けており、街灯の光を受け輝く姿はまるで薄く精巧なガラス細工の様であった。
それは純粋なる魔法技術の差。
「ほいっと」
フィルは掲げた右腕を振り下ろし、長い杖でゴーレムを指し示した。
本来必要のないフィルの仕草に従い、鋭く美しい二本の風の槍が放たれ、それぞれのゴーレムを穿つ。
フィル正面のゴーレムは右胸を、アイヴィを追いフィルに横を向けていたもう一体のゴーレムは腰の側面を。
速度を落とさず突き抜けるウインドスピア。
その直径に寸分たがわぬ穴が、フィルの魔法の精密さを表していた。
間を置かず、崩れ始めた二体のゴーレム。その光景が、ウインドスピアの空けた場所にコアがあった事を証明していた。
ゴーレムの死した後には、ゴーレムを構成していた土が盛り上がった山となって残った。そこに手を当てながら、目を閉じるフィル。
彼女は物憂げに息を零し……そして一つ頷き、ぼそりと呟く。
「片付け面倒臭いし、誰に押し付けよっかなぁ……うん、後で考えよっ」
「お偉いさんにでも任せよーぜ」
緊張感無く話すフィルとメフィストの元へ、アイヴィが駆け寄る。
フィルの前で急停止したアイヴィの瞳は、キラリと輝いていた。
「フィルメイル、フィルメイル、貴女、あのとんでもない飛行魔法の時点で凄いのは分かってたけど、とんでもない魔法使いなのね。もしかしなくてもライン持ちの魔術師? じゃないと説明つかないもの。もしあれが予想通りコレクターズ・ドーン謹製のゴーレムだとしたら抗魔力のあるグラブ火山の灰とエルフの森にある肥沃な土を混ぜて作られているから本来風の第二階層魔法であるウインドスピアなんかじゃ傷一つ付けられ――」
「落ち着け」
杖の先端がアイヴィの頭をコツンと叩き、饒舌なアイヴィを黙らせる。
その優しい一撃はメフィストの仕業であるのだが、アイヴィの目はフィルを睨みつけていた。
「なにするの。痛いじゃない」
「えぇ……まぁいいかぁ。叩いてごめんね。けど『だいじょーぶ』って言った通りだったでしょ」
「ええ。ただ、一つ質問していい?」
「だーめ」
「長くなりそうだしな」
メフィストの言葉に、興奮し饒舌であった先の自分を恥じ「ウッ」と視線を逸らすアイヴィ。
そんな愛くるしい姿をクスリと笑い、フィルは中央西門へ向け歩き出した。
アイヴィを背に守りながら歩くフィルの目は、警戒の色を濃くにじませている。
「駄目な理由はそっちじゃないよ。ねっ、そこにずぅーと隠れてる人……てっきりゴーレムに紛れて仕掛けて来ると思ってたんだけど、意外と紳士なのかな?」
「紳士などではないさ。ゴーレムにかけた幻惑の魔法だけでなく、この『夜神の羽衣』すら見通す魔術師相手に、そんな迂闊は出来んよ」
「幻惑の魔法は私もちょっと得意なんだ」「げっ! この厭味な声……」
やや遠くから聞こえる神経質そうな男の声に、アイヴィの眉間が皺を生む。
姿なき男の声が、そんなアイヴィの態度に反応を示した。
「ふぅ。不出来なうえに礼知らずとは……全く、我が妹弟子とは思えんな」
「誰が妹弟子よ! お爺様の教えをこんなことに使って、アッシュ・グラント!」
「貴様は使えもせぬ魔法の勉強をするよりも、礼儀作法を一から学ぶべきだ」
街灯の照らす何もない石畳の上。
嫌味の聞こえるその場所から、隠れていた男が姿を現した。




