4-7 疲れを吹き飛ばす癒し
商隊に化けて近づく賊へ石礫の雨を降らせ、真正面から襲う賊を荒れ狂う嵐で吹き飛ばし、寝込みを襲う賊を鬼の形相でしばき倒し……治癒の宝杖を狙う賊全てを捕縛するフィルに、護衛兵達も「もう彼女一人で良くね?」となっていた。
だが当のフィルは、治安の悪さに溜息を吐いていた。
「はぁぁぁぁ……ねぇメフィちゃん。どうなってんのさ? この国」
「金に目が眩むとこんなもんさ、相棒」
「もういっそのこと、コルちゃんと一緒に世直しの旅でもする?」
「ケッケッケッ、王国に血の雨が降るぜ」
そんな不毛な会話をしてしまうのも、無理のないことであろう。
しかし、不平不満があろうとも仕事はきっちりこなすフィルである。
その後も賊をぶっ飛ばし続けたフィルは、無事カーリア夫妻を魔法都市『ヴァルミオン』へ到着させることに成功した。
商隊と別れ、一部の護衛兵と共に馬車で中央特区へ向かうカーリア夫妻。
当然、フィルとメフィストも同行する。
中央特区へ送り届けるまでが、往路の護衛任務である。
魔都の治安の悪さが身に染みているフィルは、ホームである魔都へ戻ってからも気を抜きはしなかった……が、特に問題は起きなかった。
住民たちに『ドーナツ広場』と呼ばれる開けた場所を、白い壁沿いにぐるりと周り、子爵の馬車は中央西門に辿り着いた。
大きな西門は、フィルとアイヴィが来た夜と違って開いており、門の前には物々しい数の門番が出入りする者を厳しく調べていた。
当然のように、子爵の馬車も止められてしまう。
馬車の家紋を見た老年の門番兵が、馬車の扉を叩いた。
開いた窓からカーリア子爵が許可証を差し出すと、老年の門番兵は素早く目を通し、子爵へそれを返却する。
「子爵様。決まりですので少々調べさせて頂きます」
「ホッホッホッ、構わんよ」
「ありがとうございます。お前達、手早くな」
二人の若い門番兵が水晶球のような魔法の道具を掲げ、馬、御者、そして馬車へと対象を移し、危険物の持ち込みを調べ始めた。
フィルは、それを邪魔しかねない場所に着地し、開いたままの窓からカーリア子爵へ別れの挨拶をした。
「子爵様、とりあえず護衛はここまでという事で」
「本当に助かりましたぞフィルメイルさん、メフィスト殿。オークション当日も宜しくお願いします。通行許可はこちらで出しておきますので」
「もうずっと護衛して欲しいぐらいだわ。ありがとうね」
「そう言って頂けると護衛冥利に尽きます。では、魔都観光をお楽しみください」
「じゃあな、子爵様、ご婦人」
とんがり帽を外し丁寧に一礼するフィルと、フランクなメフィスト。
一人と一杖は、邪魔だと言わんばかりに咳払いする門番兵に追い立てられ、トコトコと門から離れた。
中央特区内へ向かう馬車を見送ったフィルの口からは、長い長い息が零れてしまっていた。
「ふぅ~~~~~……流石に疲れたね、メフィちゃん」
「お疲れ、相棒。今日明日ぐらいゆっくり休もうぜ」
「配達の仕事が溜まってなければね……あー考えるのヤメヤメ。帰ろ帰ろ」
フィルが後ろに回した杖に自然と腰掛けると、委細承知とばかりにメフィストが空へと昇った。
日の光に照らされながら、一人と一杖は帰路につく。
ギルド『銀水晶』へと。
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魔都の南側に位置する銀蹄通り。
そこに面する三階建ての大きな建物、ギルド『銀水晶』の拠点の前に降り立ったフィルは、体を縦に伸ばしながら開け放たれたままの扉を潜った。
正面に見える受付の奥で、ギルドの仕事着を着た金髪の小さな女の子がせっせと書類を運んでいるのが見えた。
彼女の名は、ララ。
十二歳にして事務員として働く、頑張り屋な少女である。
「ラーラーちゃーん。たっだいまぁー」
フィルの声に振り向いたララの金の髪が揺れ、幼さの残る丸い顔に花が咲いた。
「あっ、フィルさん。おかえりなさいです」
書類を置き受付の奥から手を振るララへ、フィルはゆったりと手を振り返す。
そしてフィルは、わざとらしく疲れた様子でふらふら歩き、受付へ近づいた。
「お早いお帰りでしたけど、大丈夫ですか?」
「ララちゃ~ん。ちょっとおいで~」
手招きするフィルの誘いに乗り、ララが受付の奥から表へと現れた――瞬間、メフィストを手放したフィルが、ララを正面から抱き締めた。
突然の行動に、ララは顔を赤らめジタバタと抵抗する。
「何するですかー。おさわり厳禁ですー」
「あー、癒される……ララちゃん成分が足りなかったんだぁ」
「はーなーしーてー」
「ふぅ。しょうがないなぁ」
珍しく素直に開放するフィル。
熱烈なハグから解放されたララは、お返しとばかりにフィルの両頬を摘まみ、横に引っ張り始めた。
綺麗な顔がみょんみょんと歪むが、なぜかフィルは嬉しそうである。
「ひやー、ひゃいへんだったんだひょー。ヒルドマヒュハーひほんふひいひゃいふはい」
「フフフ。何を言ってるのか分かんないですー」
『大変だったんだよ。ギルドマスターに文句言いたいくらい』と言いたかったらしいが、笑うララには伝わらなかった。
だが、なぜかフィルは満足そうである。
頬を解放されたフィルが、自分の頬を揉みながらララへ質問する。
「で、ララちゃん。私のお仕事って溜まってる?」
「ないですよ」
「え? 私って用なし?」
「おっ。とうとうここに見放されちまったな、相棒」
あからさまな演技で肩を落とすフィルと、それに乗るメフィスト。
ララは肩を揺らし笑うが、冗談そのものには付き合わない。
「指名依頼はそもそも入ってないです。近くの配達は暇な人に、遠くの配達はそっちで仕事のある人に割り振ったですよ」
「おぉぉ。流石ララちゃん、仕事が出来るねぇ」
「頑張ってるな。偉いぞ、ララ」
「んー。このギルドってララちゃんいなかったら潰れるんじゃないかなぁ……」
「いやー、それはないですよー」
言葉では否定しながらも、ララも褒められるのは満更でもないようで、幼さの残る顔はエヘヘと嬉しそうに崩れていた。
そんな頑張る少女の笑顔を見れば、疲れなんて吹っ飛ぶものである。
フィルとメフィストは『褒め甲斐もあるもんですなぁ』『だな』と密かに意思を通じ合い、ハイタッチを交わす。
暫しの間、幸せな空間が三者の間に広がっていたのだが、ふとララがある事を思い出した。
「そういば、昨日コルさんが来て、伝言頼まれてました」
「お? コルちゃんが?」
「ええ、おっほん……『フィル君! 帰ったら警ら隊本部へ来てくれ給え』……だそうです」
小さく愛らしいララの姿と、高圧的な美女コルレオーネの姿。
小鳥がさえずるララの声と、虎の如きコルレオーネの声。
真似しようにも似ても似つかない二人。
そもそも似ていないものまねに、フィルは『折角伝えてくれたのだからちゃんと聞かないと』という誠実さと『キャァァァ。今すぐ抱き締めたぁぁい』という欲望がせめぎ合い、その綺麗な顔がピクピクと引き攣ってしまう。
『似てねぇ』
『こら! メフィちゃん』
脳内に響くメフィストの声を叱り、フィルは何とか平静を取り戻した。
「何の用だろう? ありがとね、ララちゃん。早速行ってみるよ」
「お休みしなくても?」
「コルちゃんは忙しいから。まっ、空振りだったら戻って来るよ。お土産は期待しないでねぇ」
「フィルさんの元気な姿が一番のお土産です」
「言うねぇ」「言うじゃねーか」
エッヘンと胸を張るララをひとしきり愛で、フィルとメフィストは再びギルドを後にした。




