4-6 遺物と郷愁
「ひ、光がぁ――ぐへっ」
「あいつら、吐きやがったな――ぎゃぁぁぁ」
トット村から走って逃げる男達が、一人、また一人と何かに轢かれ吹き飛んだ。
顔に傷持つ男は、吹き飛ばされた仲間の名を叫ぶ。
「ガーク! ウッド!」
彼らの目的は、子爵から宝杖を奪った仲間の撤退を援護する事。
だが、待っていた彼らの元に襲撃の実行部隊は戻らず、代わりに現れたのは、空から体当たりを仕掛けて来る謎の存在であった。
撤退援護の為に集まっていた仲間達は、彼以外全員、空からの襲撃者に轢かれ、大地に倒れ伏していた。
最後に残った男は、仲間達を次々と吹き飛ばした何かを目で追う。
星々が瞬く夜の空に、一条の光が走っていた。
その光は黒の中を泳ぐように空へ軌跡を描き、男の元へと戻って来る。
男は迫る光の奥に、杖に乗り叫ぶ少女の姿を見た。
「おまえで、ラストだぉぉぉ」
視界を潰す光を最後に、男の意識は途切れた。
魔法の障壁による高速タックルを受け、大地を跳ね、跳ね、転がる男。
静寂を取り戻した夜の闇に、紺色のローブを纏う少女が降り立った。
魔法の光が照らす中、大地のあちこちに転がる賊達を見て、少女が呟く。
「成敗完了。フンッ! 私の眠りを妨げるからよ」
「早く引っ立てて帰ろうぜ、相棒」
「だね。ふぁぁぁぁ」
少女は大儀そうに欠伸を一つ夜に零すと、腰の鞄から取り出した荒縄片手に、倒れた男達へ近づいた。
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襲撃の夜の次の朝。
フィルは今、昨夜賊に襲撃を受けた大きな部屋で、朝食を取っていた。
同じ卓につくのは、カーリア夫妻。
昨夜も食べたレタスとオーク肉を白パンで挟んだオークサンドを、もしゃもしゃと頬張るフィル。彼女に、緊張の色は見えない。
朝に似合う朗らかな顔をしたカーリア子爵が、そんなフィルへ話し掛ける。
「いやぁ昨夜は助かりました。まさか窓と変装、両面から来るとは思ってもみませんでしたぞ。人、物、一切に被害なく、変装に使われた者達も無事発見」
逢引していた所を襲われ、トイレで簀巻きにされていた男女の護衛兵。
護衛隊隊長に二人がこっぴどく叱りを受けたことは、フィルにとってはどうでもいい事であった。
『この白パン柔らかいなぁ』と思うフィルへ、カーリア子爵が称賛を送る。
「返す刀で窃盗団も壊滅。流石はシルバーの秘蔵っ子ですな、ホッホッホッ」
「……ふぅ。これも仕事ですから、お気になさらずー」
実際は、安眠妨害されたことに対する単なる仕返しなのだが、態々フィルもメフィストも、要らぬ情報を口に出さない。
フィルの言葉を謙遜と受け取ったカーリア夫人が、夫に代わり言葉を返す。
「いいえ。あの時、フィルメイルさんが居なかったらと思うと……あぁ恐ろしい」
夫人はそう言ってはいるが、別段怖がっている様子はない。
フィルの座る椅子に立てかけられた杖メフィストは『秘蔵っ子? ないない』とフィルの脳内へ語り掛けていた。
フィルは、少々硬いオーク肉を咀嚼しながら『お世辞お世辞』と相棒へ返す。
硬くとも肉肉しさのあるオーク肉に、フィルの顔は満更でもない様子であった。
その様子を眺める子爵夫妻は「ホッホッホッ」と機嫌よさげだ。
とても襲撃を受けた次の日の朝とは思えぬ穏やかさである。
「いやー。フィルメイルさんが突然部屋に押しかけて来た時は驚いたものですが、まさかそのまま、妻共々衣装棚へ放り込まれるとは思いませんでしたぞ」
「ウフフ。ドキドキでしたわね、あなた」
カーリア夫妻は、大きな衣装棚を同時に見つめ、同時に頬を赤く染めた。
フィルはスープで口を休めながら、小太りな子爵と細身の婦人、二人を押し込んだ衣装棚の中の密着ぐあいを想像し……気にせず次のオークサンドを手に取った。
そう。襲撃時、フィルは子爵を『別の場所』に移したと言っていたが、実際は襲撃者のすぐ近くに居たのだ。
だが、そんな事はどうでもいいと、フィルは食事に専念する。
だんまりなフィルに代わるように、カーリア子爵が苦々しい事を明るく言う。
「しかし、情報が漏れているとは困ったものですなぁ」
「そうね、あなた。私達が治癒の宝杖を持っている事は有名だけど、まさか手放すことまであんな窃盗団に知られているなんて」
「どこから漏れたのやら。情報は商人の命なのですぞ」
子爵がオークションの出品側でも参加する事を元々知っていたフィルは、特に口出しすることなく、もぐもぐと顎を動かし続ける。
移動日程を変更するか否かを相談し合うカーリア夫妻。
フィルはというと、脳内に届いたメフィストの声に答えを返していた。
『なぁ相棒。治癒の宝杖って本物の遺物だよな?』
『うん、そうだよ。正式名称は不明。三、いや四百年くらい前に地下世界から掘り出された前人類の遺物だね。四肢欠損ぐらいなら一瞬で再生出来ちゃう凄い奴』
そんな事が出来る光魔法の使い手を、フィルは寡聞に知らない。
実際そんな使い手居るのだろうか?
そうもぐもぐ考えるフィルの脳内に、クイズの答えに正解したかのようなメフィストの弾む声が響いた。
『おぉ、やっぱりあれか。昔は球だけだったから、ぱっと見わかんなかったな。実際、人の足がにょきっと生えたとこ見た事あるぜ』
『おー、やっぱり本当なんだ。生の体験談は貴重ですなぁ。まぁ、膨大な魔力が必要だから、ポンッと使える訳じゃないんだろうけど……気になぁる?』
『ん。まぁちょっとな。遠い遠い故郷の顔見知りに、ふと偶然会った気分だぜ』
メフィストの不思議な言い回しに、顎を動かしながら首を傾げるフィル。
突然首を傾げたフィルに、カーリア夫妻は自分達の相談内容に異議があったのかと視線を送るも、どうやら関係ないと知り「ホッホッホッ」と朗らかに笑うだけであった。
『んー。よく分かんないね、それ。顔見知りレベル?』
『まぁな。知り合いってほど詳しく知らねぇからな』
少しだけ悲しさの乗るメフィストの声を聞き、フィルは『そっか』と素っ気なく返し、追及をやめた。
代わりにフィルは、突拍子もない事を脳内で言葉にする。
『盗むなら手伝うよぉ。闇夜を駆けるメフィストフェレス怪盗団、結成だね』
『おいおい俺様が主役かよ……ってか別にあの杖は要らねぇよ。あいつが残したものならまだしも、ありゃただの後追いの一つだからな』
声に郷愁の香りが残る『あいつが残したもの』という言葉に、フィルは少しだけ驚いていた。
メフィストは、過去を多く語らない。
故に、直接『あいつ』の事をメフィストが語ったことは殆どなかった。
だがフィルは、相棒の言う『あいつ』が誰かを知っていた……よく見る夢の中でいつも相棒の隣にいる優しい青年の事を。
メフィストに『ハル』と呼ばれていた、魔導王ソロモンの事を。
ちょっと妬けちゃうなぁと思いながらも、フィルは平静を装いながらメフィストへ言葉を返した。
『ふむふむ。ソロモンさんとは関係なし、と』
『ああ。てなわけで気にすんな』
『りょーかい。けど一回くらい、怪盗もやってみたかったなぁ』
『やるなら悪人の所でやろうぜ』
『おっ! メフィちゃんってば、根っからの義賊だねぇ』
『フッフッフッ』『ケッケッケッ』と脳内で笑声を共鳴させるフィルに、現実の声が掛かった。
「…………という訳ですが、宜しいですかな? フィルメイルさん」
「……ふぅ、ごちそうさま。美味しかったぁ。はい。日程を少し早め、護衛体制はそのままに。あと二日。魔都に近付くにつれ襲撃の可能性は高まりますから、そこを駆け足で抜けるのには私も賛成です。まぁ、もしも賊が来たらバシッとやっちゃいますんで、ご安心を~」
メフィストと会話をしていても、話はしっかり聞いているフィルである。
「頼もしいですなぁ。しかし本当はもう少々妻との旅を楽しみたかったのですが、仕方ありませんなぁ」
「その分、ヴァルミオン観光を楽しみましょう。あ・な・た」
「ホッホッホッ……」と笑声を重ねる夫妻を見て、フィルに『ちょっとだけ頑張りますか』という気持ちが芽生えた。
そして同時に、このカーリア子爵のところで怪盗になる必要はなさそうだと、口元に小さな笑みを浮かべた。




