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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第四話「ソロモンの遺産と後継者」

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4-4 暇な護衛任務とオーク祭り


 起伏穏やかな平原の中、北へと伸びる街道。

 進む商隊。歩く荷馬車の群れ。随伴(ずいはん)し周囲を(にら)む護衛兵達。


 護衛任務中のフィルは、その二十メートルほど上方にて相棒たる杖メフィストに腰掛け、優雅な空の旅を楽しんでいた。

 馬の歩く速度に合わせ、ゆったりゆったりと飛ぶ。


「ん~。(たま)にはまったりするのも良いですなぁ~」

「気ぃ抜き過ぎんなよ、相棒」

「あいよー」


 気の抜けた返事をしながらも、フィルの警戒心はピンッと張られていた。

 空から走るフィルの視線と鋭敏な感覚から、(のが)れられる者はいない。


 カーリア領から魔法都市までの道程(みちのり)に置けるフィルの役目は、商隊と共に馬車で移動するカーリア子爵を護衛する事。

 そのついでに、商隊も守る事。


 とは言え、基本的にはフィルが直接的に戦う必要は無く、野盗や魔物が居ないかを空から見張るだけでよく、彼女にとっては簡単なお仕事であった。


 パカリ、パカリと鳴る(ひづめ)。黒髪を(なび)かせる柔らかな風。

 そう変わらぬ景色が続き、ずっと続き……初日、二日と時間は経ち……護衛三日目ともなれば、溜息も出てしまうものである。


「ふぅ……ねぇメフィちゃん。もうちょっとなーんかないかねぇ……ちょい暇」

「平穏無事が一番とはいえ、のどか過ぎるからな。相棒が飽きんのも分かるぜ」


 護衛初日、そして二日目の暇な空の旅を思い出し、フィルの口から欠伸(あくび)(こぼ)れてしまう。初日と二日目にしたことといえば、木の陰に隠れたゴブリンを空から魔法で狙撃したぐらいである。


 魔物や野盗が現れぬのは良い事だとフィルにも分かっているのだが、それと時間と心を持て余すのは別問題であった。

 そんな暇な彼女の目が、遠くに見えるピンク色の人影を発見した。


「おっ! 暇つぶしはっけーん。メフィちゃん。お(うかが)いにいくよー」


「おうよ」と小気味よい返事に合わせ、メフィストがゆっくり降下を始める。

 そしてカーリア子爵家の家紋が描かれた馬車に並走したフィルは、馬車を三度ノックした。


 すると横開きの窓が開き、カーリア子爵が広い顔を出した。


「ホッホッホッ。おじさんの話し相手をしに来てくれたのですかな?」

「あなた。フィルメイルさんはお仕事中よ」


 馬車の中から響くカーリア婦人の(とが)めを受け、子爵の太い眉がしょんぼりと下がった。

 それを気にせず、報告を済ませるフィル。


「子爵様。街道脇にオーク四体発見。遠くの森からのはぐれでしょうが、いかが致しましょう? サクッとやっちゃいます?」


 礼儀と気さくさが入り混じる報告を受け、カーリア子爵の目がキラリと光った。


「おぉ! お願いできますか。既に()が領を抜けたとはいえ、街道の安全は商人みなの願いですからなぁ」

「うけたまわり」「いってくるぜぇ」

「出来れば頭は傷つけずに」

「はーい。頭は珍味ですからなぁ。メフィちゃん、ゴー」


 笑う子爵夫妻からすぃーと離れ、フィルとメフィストが速度を上げる。

 商隊と護衛兵を追い抜き、速度を更に上げるフィル達。

 フィル達が近づくにつれ視界に映るピンクが大きくなり、草原の緑に()える四匹のオークの姿を明瞭(めいりょう)にした。


 人からすれば大きな二メートルほどの巨体。

 二足歩行のを支える足や、木製の大棍棒を持つ腕は、ブクブクと太り贅肉(ぜいにく)の塊にも見える。同じく腹もでっぷりと()えており、歩く度に肉が揺れていた。


 全身のピンク肌を隠すものはないのだが、ゴブリンと違い股に生殖器は見受けられない。

 顔は豚そのものであり、前に突き出た平たい鼻をブヒブヒと動かしていた。


 標準的なオークであると同定(どうてい)を済ませたフィルは、わざと高度を下げ、ヒョイと草原に降り立った。


「子爵の注文がなけりゃ、軽く殴り飛ばすんだけどな」

「まぁまぁ、オーダー通りチャチャッと片付けましょ」


 呑気(のんき)に話す乱入者に、オーク達が息を荒げ睨み、ズシン、ズシンと駆け出す。

 目を血走らせ迫るピンクの巨躯(きょく)を前に、フィルは余裕を崩さない。

 それもそのはず。地に降り立つ前に魔法の準備は終わっているのだから、当然と言えば当然であった。


風よ(ウインド)広がり(ワイド)切り裂け(スラッシュ)


 呪文に合わせ、フィルが杖持つ右手を横へ払う。

 すると、頭の高さで払われた杖の軌跡に沿()い、緑色に輝く刃が生まれた。


 透き通る刃をオークが認識できたのは、一瞬。

 次の瞬間には、四体全てのオークの首が宙を舞っていた。

 

頭を(フォーカス)こっちへ(シフト)


 続けて放たれた魔法が落下を始めた頭部を(とら)えた。魔法により浮かぶオークの頭部四つが、揺ら揺らとフィルの元へと引き寄せられる。

 血を流しながら近づく豚の頭は、見る者によっては恐怖でしかないだろう。


 だが、フィルは特に気にすることなく、むしろ別の事を考えていた。


「ねぇ、メフィちゃん。やっぱり鮮度って大事だよね?」

「ん? そうなんじゃねーかな。肉は新鮮な方が(うま)いんだろ?」

「だよね。氷よ(アイス)凍え(フリーズ)棺と成れ(コフィン)


 フィルの放った魔法により、直立したままの体四つと空中に浮かぶ頭四つが、瞬時に氷に包まれる。

 その壮観な光景に、メフィストが呟く。


「生きてる奴もこう出来りゃ、楽なんだけどな」

「生物本来の抗魔力に邪魔されて失敗しちゃうから仕方ないよ。氷の棺(アイスコフィン)とは名付けた人も、よく言ったもんさね」

「死ななきゃぶち込めないってか」


 フィルは「ハッハッハッ」と(ひと)笑いすると、氷に包まれた八つのオブジェを前に溜息を吐いた。


「重いと大変なんだよなぁ。よっこいしょっと」


 別に自分が直接持ち上げる訳でもないのに、フィルは重そうな声を上げた。

 するとオークの死体達がふわりと浮かび、歩くような速度で移動し始めた。

 ヒョイっとメフィストに乗ったフィルは、そのまま死体を連れて飛んで行く。


「暇つぶし終わり。今日の夕飯はオーク祭りじゃぁぁ」

「あんま相棒が食ってるとこ見ねぇけど、美味(うま)いのか? これ」


「んー? 普通の豚の方が美味(おい)しいよ。畜産家さん万歳」

「なんだ。駄目じゃねーか」


「アハハ」と笑いながら、オークの死体と共に帰って来たフィル。

 彼女を出迎えた商隊と護衛兵の顔は、恐怖と驚きでピクピクと引き()っていた。


~~~~


 冷凍オークが運び込まれたトット村の宿では、小さな宴会が行われていた。


 酒と共に、大きなオーク串を(かじ)る者達。

 酒を飲まずとも、焼き、蒸し、煮た数々のオーク料理に舌鼓を打つ者達。


 美容に良いと噂されるオークの頭の丸焼きを前に、大層喜ぶカーリア夫人。

 それを横目に、(ほが)らかに笑うカーリア子爵。


 皆が歌い騒ぐ中、フィルは黙々とオークを喰らっていた。喰らい続けていた。

 野菜をオーク肉で巻いた蒸し料理をソースにチョンとつけ、口へと運ぶフィル。


 フィルの横に立てかけられたメフィストが、食事に夢中な彼女へ脳内会話で話しかけた。


『なんだ。イケそうじゃねーか』

『うん。シェフに感謝だね。んん~ん、腹肉の脂が丁度いいねぇ』

『なあ、相棒は食わねぇで良かったのか? アレ』


 メフィストの言う『アレ』へ目を向け、フフンと鼻を鳴らす。

 そこには、嬉しそうにオークの頭と格闘を続ける子爵夫妻の姿があった。


『幸せに水差す趣味はないよー。それに私は、珍味よりも美味(おい)しいものを一杯食べたいのだ。うむ。ちょっと硬いけど、この肩肉のステーキも悪くない』


 そう脳内で言葉にするフィルの顎とナイフとフォークは、止まらない。


 オークすね肉のハーブロースト。むね肉のオークポトフ。白パンに挟んだオークサンド。オークのワイン煮。ブラウンに色付いたオークシチュー。オークの腕肉を使ったミートパスタ……。


 密かに近くで同じものを食べていた男達が次々とダウンする中、フィルの前に並ぶ料理達は綺麗さっぱりと皿から消え、全てフィルの胃袋の中へと吸い込まれていった。


「ふー。食った食った」


 そんなフィルの言葉に、ただ一人フィルに食らい付いていた護衛兵の男がニヤリと口元を歪めた。

 俺は試練に耐えきったぞ、と。


「よし。デザート貰ってこよっと。ヘイ、シェフ~甘いものプリーズ」


 元気に立ち上がるフィルを見て、最後の一人であったその男は、ガクリとうなだれ動かなくなってしまった。

 そんな彼の絶望を知らず、ウキウキで厨房へ向かうフィル。


 立てかけられたまま残されたメフィストは、周りの男達へ忠告を送った。


「食事は自分のペースで食うもんだぜ。無理して食っても美味(うま)かねぇだろ」

「「「「うっす」」」」


 敗者たちは多くを語らない。

 敗北という教訓を胸に、ただ静かに身と胃を休めるだけであった。

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