4-2 ギルドマスターからの呼び出し
魔法都市『ヴァルミオン』の南区画にある、ギルド『銀水晶』の拠点。
その二階にある執務室に、一人の男が居た。
年の頃は四十。綺麗に撫で付けられた豊富な黒髪。やや苦労が皺に出ているものの端正な目鼻立ち。衰えを知らぬガッシリとした肉体を包む糊のきいたシャツ。
清潔感と威圧感を兼ね備えたこの男は、銀水晶の長、ギルドマスターである、シルバー・ホープラン。
シルバーは今、オーク材を用いた重厚な机に向かい書類仕事を片付けていた。
静かな室内に羽ペンの走る音が響く中、トントントンと叩かれた扉の音が、待ち人の来訪を告げる。
「フィルメイルでーす」
「入れ」
落ち着いたバリトンの良い声に促され、紺のローブを纏う黒髪の少女が「失礼します」と入室する。彼女は入室するや否や、被るとんがり帽を左手で取ると、それを優雅に胸元へと移し、折り目正しく頭を下げた。
「ギルドマスター。フィルメイル・クリスタ。呼び出しに応じ馳せ参じました」
その礼は、まるで劇の一場面であるかのように様になっていた。
だが、拍手をする者はこの場にはいない。
礼を決めたまま動かぬフィルに、シルバーの眼光が鋭さを増す。
机の奥から伸びるシルバーの視線が、夜の空を思わせるフィルの黒髪に突き刺さる中、フィルの右手に納まる長い木製杖が、子供のような高い声を上げた。
「優雅に決めたからって、説教は短くなんねぇぜ、相棒」
「あっ。やっぱり駄目? ちぇー」
相棒たる喋る杖メフィストに返事をしながら、フィルが頭を上げる。
唇を尖らせるその顔には、不服の色が浮かんでいた。
それを鋭い目で見つめるシルバーは、フィルが机の前に来るのを眉に皺を増やしながら待ち、そしておもむろに口を開いた。
「身に覚えがあるのか? フィルメイル、メフィスト」
「ギクッ」
「俺様はねぇよ……俺様はな」
わざとらしく身を震わせるフィルと、ボソリと呟くメフィスト。
動揺するフィルの青い瞳と追及するシルバーの灰の瞳が重なり、じぃーと重なり続け……フィルが折れた。
「たぶんアレの事かな……夜町の女性にしつこく絡んでた男を殴り飛ばして、警らに突き出した件ですよね? ギルドマスター。俺は貴族だぞーとか喚いてたし」
「その件ならば、先方から正式に謝罪があったぞ『バカ息子がすまん』と」
「おや? 貴族にしては珍しい対応。じゃあ、アレかなぁ……」
フィルの呟きに、シルバーの細い眉がピクッと動く。
追及する視線が余計に強まるのを感じ、フィルが背を震わせる。
「この前、食事処で始まったギルド同士の喧嘩に飛び込んで、両方しばき倒した件かも……もしかして店の修理代の請求、銀水晶に届いちゃいました? 店長さんは別にいいよって言ってたんだけどなぁ」
「請求は届いてないから安心しろ。だが両ギルドから抗議と感謝半々の手紙が来ていたな。まぁ気にするな。町中で喧嘩をする奴らが悪い」
「ふぅ、セーフ……ってこれでもない……どれだ?」
「アレじゃねぇか? 相棒」
メフィストの声に、シルバーの眉がピクピクッと動く。
「あー、確かに。魔法学校のお嬢様集団が可愛い女の子虐めてたから、魔法使って追っ払った事かも……気付かれないように、下から風を吹かせてスカートをめくり続けただけなのに」
「あいつら顔真っ赤にして逃げてったからな。ケッケッケッ」
「初耳だ。全く何をしてるんだ、お前達は……」
「ゲッ、やぶへび」
シルバーの眼光から逃れるように、フィルは視線を逸らし、右手に握るメフィストを見た。
「これでもないって事は、メフィちゃん、もしかして……ごにょごにょごにょ」
「いや、あっちじゃねーか? ごにょごにょごにょ」
「えー。この前の……ごにょごにょごにょ」
『ごにょごにょごにょ』と聞こえぬように器用に会話をする一人と一杖を見て、シルバーが大儀そうに、深い溜息を吐いた。
「はぁ~~、もうそれぐらいにしてくれ。お前達が正しい事をして回っているのは知っているが、俺の胃がもたんのだ……いくらでも尻拭いぐらいしてやる。だが、だが今は! これ以上俺の耳に入れるな!」
「ハイ! 申し訳御座いませんでした」
「悪いな。ギルドマスター」
ピンッと背筋を伸ばし、フィルは深く、深く頭を下げた。
杖からも届いた謝罪の言葉に、シルバーは深く深呼吸をし、平静を取り戻すことに努めた。
フィルが頭を上げるのに合わせ、シルバーが口を開く。
「そもそも今回呼んだのは、説教の為じゃない」
「あはは。もぅ、そうならそうと早く言って下さいよ。ギルドマスタァ」
「そう言う事は、もう少し大人しく生きてから言え」
「ハイ。スミマセン」
再びビシッと姿勢を正したフィルは、上機嫌に「怒られてやんのー」と笑う杖にとんがり帽を被せ、黙らせた。
空気を読んで黙るメフィストと『何をしてるんだ』とジト目をするシルバー。
口を噤んだ彼らに代わり、フィルが会話を進める。
「それで、ギルドマスター。用件をお聞きしても?」
「フィルメイル。お前が解決したアイリス・ブラッド嬢襲撃事件を憶えているな」
「勿論です。ついこの前の話ですし……何か問題でも」
もしや、王室や貴族から圧力でも掛かったのか?
そう考えるフィルであったが、続くシルバーの言葉がそれを否定した。
「いや。事件そのものは問題ない。よくブラッド嬢を守りきったな」
「エヘヘ。ギルドの誇りだなんて、それ程でもぉ」
「言ってないぞ。今回関係するのは、お前がアッシュ・グラントとの決闘に勝ったことだ」
「ゲッ。やっぱり問題発生……いやー、あれが一番マシな手だったんですよ。あっちもやる気でしたし」
後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべるフィルに、シルバーも頷き、同意を示す。
「お前に敵意を向けさせたのは正解だ。でなければブラッド嬢を守り抜くことは出来なかっただろう。自由にさせれば手に負えん。三本線の魔術師アッシュ・グラントとは、そういう男だ……だが、そんな男に勝ってしまったのがな……」
重く息を吐くシルバーを見て、フィルが事情を察した。
「そういう事かぁ、呼ばれた理由って依頼ですよね」
「ああ。お前が色街で殴り飛ばした貴族の息子の、その父親カーリア子爵からの護衛依頼だ」
「配達があるので失礼します。ビシッ!」
自分で効果音まで付け背筋を伸ばしたフィルは、そのまま美しき一礼を決め、シルバーへ背を向け歩き出してしまう。
慌てたシルバーの声が、フィルの背へ飛ぶ。
「待て待て。罠じゃないから安心しろ」
「およ? 罠じゃない……いやいや、どう考えても罠依頼ですよ。罠。バリバリに報復する気満々じゃないですか」
扉へと進む足を止めたフィルは、そう言いながらシルバーへ向き直る。
だが、先程までよりもシルバーとフィルの距離は遠く、隔たりが生まれていた。
その見えぬ隔たりをなくす為、シルバーが言葉を尽くす。
「逆だ。あいつは、カーリア子爵はそんな事で腹を立てるほど小物ではない。むしろ、お前への依頼は息子の尻拭いのようなもの」
「迷惑料ってことですか? 逆に迷惑なんですけどぉ……第一それだと、私がグラントさんに勝ったことと結びつきませんよねぇ、ギルドマスター」
フィルは一歩下がり、扉へと近づく。
『何か隠してるでしょ』と言わんばかりに、疑惑の視線を向けながら。
「別に隠している訳では無い。近々、ここヴァルミオンの中央特区で、レリックを扱うオークションが行われる予定でな」
「お貴族様向けですねぇ」
「今回、そのオークションの目玉となるレリックが、ソロモンの遺産」
『おっ?』とフィルは、興味の視線をシルバーへ送る。
フィルの脳裏に、アイヴィの愛らしい顔が浮かんだ――のだが、すぐに右目にモノクルを付けた灰色の髪の男がアイヴィの隣に現れてしまう。
フィルが深い溜息を吐いてしまうのも、無理はなかった。
「……はぁ……で、蒐集家の夜明けが狙っていると」
「そういうことだ。奴らは『奪われたソロモンの遺産を取り戻す』という主義を掲げているんだ。姿を見せん訳がない」
「中央特区ってことは、この前の襲撃の時みたいに大人数で動くってことはないですよねぇ。だからヤバい人が出て来る訳ですにゃぁ」
「ああ。アッシュ・グラントがな」
「ですよねー、うへぇ……」
酷く、酷く嫌そうな顔をするフィル。
しかし、その右手に握る相棒からは、ウキウキとした声が零れていた。
「ケッケッケッ。片眼鏡とのリベンジマッチだぜ」
「勝ったの私達だよ、メフィちゃん」
「次こそは、あのムカつく頭をザクロみてぇにしてやらねぇとな、相棒」
「まぁ戦うならね――っていやいや、戦わないで済むに越したことはないよぉ」
フィルは拒絶の言葉と共に、相棒に被せたとんがり帽を回収した。
そのまま出て行きかねないフィルへ、シルバーは説得を続ける。
「まぁ落ち着け。そもそも奴が現れる『かもしれない』だけで、現れるとは確定していない。カーリア子爵が危惧しているだけだ。それで実入りの良い仕事を受けられるのならば、悪くない話だと思わないか。報酬は破格だぞ」
そんな言葉に目がお金の色に変わる――訳もなく、フィルは上司であるギルドマスターを睨みつけながら、彼の元へと詰め寄った。
「へいへいギルドマスターさんやい。そーんな話で部下を死地に追いやるつもりかい? グラントさんがほぼ100出て来るから、高い金払ってでも私を引っ張り出したいんでしょ」
「うっ」と引くシルバーを無視し、フィルは言葉を続ける。
「確かに私は何でもかんでも首突っ込む猫みたいな激かわな女の子だけどねぇ」
「自分で言うか」「間違っちゃいねぇな」
「だからって死にたがりの異常者じゃなし戦いたがりの暴れん坊でもないし好奇心で見えてる罠踏んじゃうアホじゃないの。この間はアイヴィちゃんって飛び切り可愛い娘を守る為に命を懸けただけ。OK?」
「おっ、OK」
捲し立てられた圧に押され、シルバーもつい同意してしまった。
だが彼は同時に、フィルの言葉の中から突破口を見出していた。
「だがフィルメイル。本当に断っていいのか?」
「受ける理由がない」
「そうか? ソロモンの遺産が関わっているんだぞ。恐らくそのアイヴィちゃん、もとい、ブラッド嬢もオークション会場に来るはずだ」
「む? 確かに」
視線を逸らし考えごとを始めたフィルへ、シルバーが言葉を畳み掛ける。
「彼女が危険に晒され、お前が介入したくても、中央特区で事が起これば入ることすら出来んぞ。護衛にかこつけて中に入るというのも悪い手ではないだろう?」
「んー、別にそこまで仲良くないんだけどなぁ……それにしてもギルドマスター。今回の依頼、やけに押しますねぇ。そこまで貴族の依頼って断り辛いの?」
小首を傾げたフィルへ、シルバーは端正な顔を横に揺らし否定を示した。
「いや。本当に嫌ならば受けなくていい。ただ、友人からの頼みでな」
「あー、カーリア子爵ってギルドマスターの――」
「昔からの友人だ」
その言葉を聞いたフィルは、まるで子供が隠していた悪さを見つけた母のように柔らかな表情で小さく息を吐いた。
「しょうがないなぁ。貸し一個ですよ」
「お前に返して欲しい貸しが大量にあるんだけどな……だが、助かる。メフィストにも迷惑をかける」
「別に構わねぇよ。俺様は相棒に付き合うだけさ」
呼び出された用事が終わり、フィルは左手で持っていたとんがり帽を自身の黒髪の上に被せた。
「依頼の詳細は後ほど。それでは、お仕事行ってきまーす」
「ああ。厄介事に首突っ込むのは程々にな」
「はーい」
「聞く気ねぇな。ケッケッケッ」
笑うメフィストと共に、フィルが「失礼しました」と部屋を後にした。
独り残されたシルバーは、背もたれに体を預け、少々思案に目を閉じる。そしてシルバーは片付けていた書類を端へ退けると、紙と便箋を二組取り出した。
一つは、友への良い返事の為に。
一つは、別の友への頼み事の為に。




