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流星の魔女  作者: ごこち 一
第三話「蠍の尾と小さな悪意」

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3-20 悪い大人にならないように


「いっただっきまーす」「いただきます」


 フィルとアイヴィの声が、昼食時の町の食堂に満ちる喧騒の中へと溶け込む。

 厨房の見えるカウンター席に並び座る二人の前には、鉄板皿の上に乗った焼き目香ばしい牛ステーキが一枚ずつドンッと置かれていた。


 食欲に導かれ、二人は肉へナイフを入れる。

 アイヴィは、二百グラム程のごく一般的な厚さのステーキ肉へと。そしてフィルは、その三倍程近い厚い肉の塊へと。


 フィルの隣に立てかけられているメフィストは『この肉、火、通ってんのか?』と疑問に思うのだが、フィルの切断した肉の断面は美しい赤みを帯びたピンク色になっており、ミディアムな焼き加減であった。


 一口大に切断された肉が、それぞれの口へと運ばれる。

 肉を真ん中に、上の歯と下の歯が重なった瞬間、歯に返る(わず)かな弾力と共に肉が口の中で(ほど)けた。


「「んん~~ん」」


 広がる肉汁に合わせ、肉の旨味を押し上げる僅かな塩味が口の中に広がる。二人は頬を緩めながらも、(あご)の動きを止める事が出来ない。


 肉としての確かな食感はあるのに、不思議と口の中で消えゆく牛。


 二人はナイフとフォークを止めずに、口内が空になる度に、口の中へと再度肉を放り込み続ける。

 (しば)し肉を堪能したフィルは、どこか(はかな)さを感じながらも、空っぽになった口から感謝の言葉を零していた。


「牛さん。ありがとう……もぐもぐ……嗚呼(ああ)美味(おい)しい。この肉、肉、肉ぅって感じもいいけど、ピリッと残る胡椒がたまりませんなぁ」

「ふぅ……主張し過ぎないバターも良い感じね。凄い柔らかいお肉だけど、どこの部位かしら、これ」


「さぁ? 美味しいからどこでもいいよぉ」

「フフッ、それもそうね」


 付け合わせの野菜で口を休めていた二人は、再び肉と戦い始めた。


 幸せそうに綻ぶ二人の顔をメフィストが見守る中、一人の男がフィル達の側に近づいてきた。

 それは、熊のような男であった。


「お隣、(よろ)しいですかな?」


 威圧感あふれる男の風貌(ふうぼう)とは違い、男から発せられた声は柔らかだ。


 もぐもぐしながら男を見上げたフィルは、昨夜会った熊のようなおじさんであると確認し、肉を飲み込み「どうぞー」と気さくに許可を出した。


女将(おかみ)さん。いつもの」


 そう注文を済ませた熊のようなおじさんが、フィルの隣に腰を下ろす。

 すると、まるで待ってましたと言わんばかりに、女店主がパンとシチューをおじさんの前に置いた。


 隣で肉を食すフィルの鼻を、甘い香りがくすぐる。


「いただきます……うん。今日もいい味だ。さて、お嬢様方。朝はお手柄だったようですな。昨日お二人が山狩りに向かうと(おっしゃ)ってましたので、役場で大立ち回りをしたと聞いて驚きましたよ」

「嘘つく理由があったからねぇ」

「そうですな」


 おじさんは短く同意し、顔に影を落としながらシチューを口元へと運ぶ。

 それを見るフィルは、肉を味わう事に集中しながらも、おじさん観察の目を休める事はなかった。


「……もぐもぐ……その様子だと、おじさんももう聞いちゃったんだ」

「はい。まさか彼らが家畜を襲った犯人だったなんて。そのうえ凶悪な賊の一味……共に仕事をしていて気付かぬとは、私は愚か者です」


 苦々しく心境を吐露するおじさんを見ながら食べる肉は、変わらず美味しいのだが、フィルはどこか味気なさを感じてしまう。


「……ん~。まぁ仕方ないと思うよ、おじさん。良い人より悪い人の方が嘘つくの得意だから。真面目な人ほどコロっと騙されちゃう。そういうものだよ」

「それでもです」


 美味しいご飯を食べている筈なのに、溜息を吐くおじさん。


 アイヴィは、若干迷惑そうに横目で見ながらも、その感情を口に出さず、口を動かし続けていた。

 それとは対照的に、フィルは食べる手を止め『しょうがないなぁ』と言わんばかりに表情を和らげていた。


「私としては、おじさんみたいな人が悪い事に関わってなくて安心したけどね。おじさんはモンタナの町の為に働いていた。それでOKでしょ」

「お嬢さん……お嬢さんは、私も賊の一味だと思わないのですかな?」


「思わない思わない。もし賊の一味だったなら、おじさん、かなりの演技派だよ。よければ私と一緒に役者でも目指してみない? 目指すは、王立マルフローラ大劇場ぅ!」

「化物役しか出来そうにないですな。ハッハッハッ」


 笑うおじさんの濃い顔から辛気臭さが消え、明るさが生まれた。

 明るい顔と暗い顔。


 顔とは面白いもので、造りは同じはずなのに、明暗一つで別人にも思える程に、おじさんの印象が変わってしまう。

 暗い顔なら獣の如く。明るい顔なら気のいい山男。


 巨漢から感じる圧迫感すら、表情一つで天と地ほどの差があるものだ。

 今のおじさんは天で、そして気のいい山男である。


 そんな姿を「フフン」と笑い、フィルは食事を再開した。


「ありがとう、お嬢さん」

「……ん……美味しぃ。礼は要らないよ、自分のため。しかめっ面で食べても美味しさ半減しちゃうもんねぇ。それにさ、折角私達みたいな美少女二人と一緒に食べてるんだから、美味しく食べないと嘘だし、牛さんにも申し訳ないよ、ねっ」


「だから私を巻き込まないで……」

「いやぁ、今日もここに来て正解でしたなぁ。アッハッハッハッ」


 おじさんが元気を取り戻したのはフィルの狙い通りなのだが、それはそれとしてフィルはおじさんへ忠告を一つ送ることにした。


「まぁ笑ってるけど、おじさんは今からが大変なんだけどねぇ……この先、騎士や警らの人達からのきっっつぅぅい取り調べが待っているのだよ。おぉ怖い怖い」

「覚悟の上です」


 強く頷き、おっさんは乳白色を口へ運ぶ。

 想像通りの答えに、フィルは甘い星形ニンジンを食べながら(しば)し考える。


「んん……警ら隊に口添えしよっか?」

「いいえ。そこまでお嬢さんに世話になる訳にはいきません」


「ははぁん。おじさんって、損して生きるタイプだね」

「そうでもないですよ。こうして美味しく食事が出来るぐらいには。ハハハ」


 嬉しそうに目尻を下げながら匙を動かすおじさんを見て、フィルも『これ以上は野暮かな』と手助けを諦めた。

 それでも、見えない手は伸ばし続ける。


「まっ、何かあったら呼んでくれればいいから。御入用の際は、魔都ギルド『銀水晶』の魔女見習い、フィルメイル・クリスタをどうぞ御贔屓に、てねっ」

「そんな事がないことを祈りましょう、クリスタお嬢さん」


「だねー」と気の抜けた返事をしながらおじさんを見るフィル……おじさんが持つ硬いパンが乳白色の海を潜り、大口へと入り――カリッと快音が耳に届く。


「ねぇ、そのシチュー美味しそうだね――じゅるり――料理長ぅ。私にもおじさんと同じものを」

「料理長なんていないよ。フィルメイルちゃんは変な子だねぇ」


 恰幅の良い女店主が楽し気に肩を揺らし、追加注文の用意を始める。


『どんだけ食うのよ』というアイヴィの冷めた視線は、シチュ―を夢想しながらステーキを喰らうフィルには何の効果もなかった。


~~~~


 魔都警ら隊遊撃班との合流。モンタナの町で発生した事件の説明。蠍の尾残党の引き渡し。クヴェル先生宅への突撃。帰還した狩人達への挨拶……全てを済ませたフィルは、メフィストと共に帰路につく。


 魔都に着いた頃にはもう日が暮れており、夕食を食べ風呂に入れば、あとはお休みの時間である。だがフィルは、ギルド『銀水晶』の一階食堂にて友人とポーカーに興じていた。


 今日のポーカーは、手札五枚の通常版(クローズド・ポーカー)

 フィルは幾度もゲームを繰り返しながら、昨日と今日の出来事を対戦相手である赤毛の少女ベルへ「かくかくしかじか」と語る。


「まるまるうまうまで、大変だったんだぁ」

「『まるまるうまうま』は意味分かんないけど、おつー。だからって賭けで手加減はしない。掛け金上乗せ(レイズ)

「乗った。同額賭けよう(コール)


 積まれたチップを見て、フィルとベルは同時にニヤリと口元を歪めた。


「よしっ勝負だ。ショーダウン――どうだ(ジャック)のスリーカード」

「残念、全部ダイヤ(フラッシュ)。はい、ベルの負け―」

「んがぁぁぁ」


 卓へと倒れ込む赤毛の少女ベルを尻目に、フィルは木に色を塗って作ったチップをベルの側からごっそりと回収していた。


 優雅にコーヒーを飲むフィルの側で立ち並ぶ、四十七枚のチップ。

 突っ伏したまま動かぬベルの側に転がる、三枚のチップ。


 今宵(こよい)の勝利の行く末など、昨日今日のあらすじを語る間に決していたのだ。


「くそぉ……イカサマありなら、イカサマありならぁぁ」

「ベルがやるなら私もやっちゃうよ……例えばメフィちゃんに相手の手札覗いてもらったり――「しないぜ」――触ったカード全部にバレない程度の魔力を付けて裏から見分けたり、トイレ行く振りしてカードを見間違う魔法を――」

「だぁー! 魔法禁止! 負けたよこんちくしょー! 明日の昼食代がぁ……」


 再び卓へ突っ伏すベル。


『この前の治療費に比べれば、安い勝ちだけどねぇ』という言葉を飲み込み、コーヒー片手に勝利の余韻に浸るフィル。


 二人の前に、お風呂上がりの湯気立つ少女ララが、ホットミルクを両手で包みながら現れた。


「賭けはよくないです。真面目にコツコツ働くのが一番なのですよ」

「ララちゃんは分かってるねぇ。悪い事なんてしないで、地道に仕事をこなすのが一番なのよ。うんうん。私達みたいな悪い大人になったら駄目だよぉ」

「私ら、まだ十七だけどね」


 しみじみ語るフィルと、突っ伏したままボソッと呟くベルへ向け、ララは苦笑いを浮かべホットミルクで口を閉ざした。

 十二歳の少女ララも、返答を濁す程度には大人であった。


「よし、フィル。もう一戦やるか」

「ララちゃんも楽しめる奴ね。ブラックジャックでいい?」

「賭けはなしですよ。お母さんにげんこつされるです」


「OKOK」と率先してシャッフルを始めたベル。


 彼女がイカサマしないように見張りながら、フィルは脳内会話(お忍びモード)で『メフィちゃんもやる?』と問う。

『いいさ。見てるだけでも楽しいもんだぜ』と弾む声で返す相棒を撫でながら、フィルはもう片方の手で手元のチップを配り始めた。


 騒ぐ酔っぱらい達の声。勝敗に一喜一憂する少女の声。楽し気な高い少女の声。そしてそれを見守る母の声。

 仕事終わりのモラトリアムは、無為(むい)に、そして騒がしく過ぎていく。


 一人と一杖の笑い声と共に。


 第三話「蠍の尾と小さな悪意」 完

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