3-19 信頼
拘束した賊と賊の死体を町役場の前に並べ終えたフィルとアイヴィは、監視を町役場の職員に任せ、役場の中で寛いでいた。
フィルは、卓に乗ったカップを口へ運び、赤く色づく茶を一口飲んだ。
澄んだ香りを鼻へ通し、正面のアイヴィへ話しかける。
「それにしても騒々しい朝でしたなぁ」
「全くね。けどやっぱりフィルメイルは凄いわね。あれだけの数を一人で片付けてしまうんだから」
「一人じゃないよぉ。半分はメフィちゃんのお手柄。流石、メフィちゃん、偉い、凄いぃ、カッコいいぃぃ」
そう褒めながら、卓に立てかけた杖メフィストをフィルが優しく撫でる。
メフィストは「ヘヘッ、だろ」と声で嬉しさを表していた。
「全員俺様がやっちまっても良かったんだけどな。まっ、俺様ばっかり活躍しちまったら相棒が拗ねるから仕方ない」
「拗ねないってばぁ。ここ一番の活躍をアイヴィちゃんに持っていかれても、拗ねてないでしょ」
エッヘンと大きな胸を張るフィルを見て、アイヴィが深い溜息を吐いた。
「はぁ……こっちは職員の人に聞いて町長室に駆けつけた瞬間、貴女が人質なんてどうでもいい何て言ってたから、廊下でハラハラしたわよ。あれ、相手を揺さぶってナイフを自分に向けさせる為だったのね」
「まぁねぇ。本当は魔法で保護しようと準備してたんだけど……ナイスショット」
魔法の銃を撃つ身振りをしながら、フィルがウインクする。
お道化た姿に、アイヴィが「フフッ」と穏やかに微笑む。
「ありがとう、けど結局、私がやらなくてもどうにか出来たのね」
「それは違うよ。あの時、アイヴィちゃんが撃ってくれたから、より安全に解決出来たんだよ。そこ、間違えちゃ駄ぁ目っ」
「だぜ。実は相棒、本当に人質を見捨てようとしてたんだぜ」
メフィストの突然の裏切りに、フィルの目がクワッと大きく開いた。
視線がギョロリと相棒へ移る。
「なにぃ! 唐突に相棒を売る問題発言! メフィちゃんや、一体全体どういうつもりだい」
「ケッケッケッ」
「メフィストの冗談なのはわかってるから……いや、冗談を言うレリックって、本当にあなたレリックなの?」
「そんなに見つめんなよ、嬢ちゃん。照れんじゃねーか」
アイヴィから伸びる視線は、決して羨望や愛情の視線ではない。
メフィストへと疑惑の視線を突き刺すアイヴィに、フィルもまた疑惑の視線をぶつけていた。
そんな視線に気が付いたアイヴィは、自然と小首を傾げてしまう。
「どうかした?」
「ねぇアイヴィちゃん。そういえば何で町に残ってたの?」
「ああ、そのこと。山狩りの参加を断ったからよ。マッシュさんに許可は取ってあるから安心して」
「そうじゃなくてってさ、何で態々残ったの?」
そう問い直すフィルの声や口調は明るいものの、フィルの目は真っ直ぐにアイヴィを見つめ、言葉の虚実を見抜こうとしていた。
特に隠す事もないアイヴィは、極々自然に答えを返す。
「貴女が昨日『見えない人狼』の正体は自警団まがいの連中で、それを集めた町長の息子が主犯、そのうえ『蠍の尾』の関係者だって言ったからでしょ。そして恐らく町役場が狙われるって」
「こんな朝早くから動くなんて、予想してなかったけどねぇ」
「私だって呑気に朝ごはん食べてたんだから。ほんとあいつ等、いい迷惑だわ」
「ほんとにねぇ――って、違う違う。証拠もないのに何で信じてくれたの?」
じぃっと見つめるフィルと視線を交わしながら、アイヴィは少し前に聞いたフィルの言葉を思い出していた。
『見えもしない、知りもしない、分かりもしない……そんなことを信じる人なんていないよ』
自警団が犯人であるという昨日のフィルの言葉には『証拠』『確証』という核となる部分が抜けていた。
フィルメイルという少女が、ただ主張しているだけ。
だから、今回もあの時にフィルが言った言葉通りだったかもしれない。
そう思いながらも、アイヴィには一つの答えが浮かんでいた。
アイヴィはそれを言葉というオブラートに包み、フィルへと贈る。
「フィルメイル。貴女が答えを言ったんだから、ちょっとぐらい考えるでしょ。そうかもしれないなぁってね。これって貴女への買い被り?」
そう言ってクスクスと無邪気に笑うアイヴィに対し、フィルは目を細め、小さく頷いた。
「うん。買い被り過ぎ」
「そう? きっとマッシュさんも私と同じよ。だから昨日、山狩りに行かないって言った私に『好きにしろ』って言ってくれたんだろうし」
「そっか……帰ってきたらお礼言っとかなきゃなぁ、アハハハハ」
そう作り笑いで誤魔化しながら、フィルはカップで口元を隠した。
茶で口を閉ざしたフィルの代わりに、何も食べぬメフィストが声を発した。
「相棒はすげぇ奴だからな。もっと買い被ってやってくれよ。アイヴィ」
「ん? ええ。メフィスト」
「メフィちゃん。余計なこと言わないの」
口封じの為、相棒を指でぺチンと弾くフィル。
「きかねぇよ」と返る言葉の通り、手を細かく振り痛い素振りをしているのはフィルの方であった。
その後も冗談の応酬を続けるフィルとメフィストを眺めながら、アイヴィもお茶の時間を楽しんだ。最初の一口よりも美味しくなった紅茶とお菓子を。
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騎士団や魔都警ら隊、もしくは山狩りへ行った狩人達。
彼らが帰って来るまでの間、暇を持て余したフィルは、捕えた賊達が転がされている町役場前へと来ていた。
まだ殆どの者が気を失っている中、町長の息子であるカールが恨めしそうにフィルを見上げている。
「おっ。起きてる起きてる」
「相棒の一撃をまともに喰らったのに、お早い目覚めじゃねーか」
「笑いに来たのか、おい」
カールの言葉通り「アハハハハ」と快活に笑うフィル。
周囲で見張りをしている人々は『何をしに来たのだろう?』と黙って状況を見守っている。
「ケッ」とそっぽを向くカールへ、フィルは一本のナイフを取り出した。
「笑いに来たんじゃないよ。まぁ笑うけど。実はこのナイフについてちょっと知りたい事があってねぇ」
「なんだよ。返してくれんのか? それ、ザムザの兄貴から貰った大切なナイフなんだよ」
「いや、返す訳ないっしょ。それに大切なナイフで父親殺そうとしちゃ駄目だよ……『仲良くしなさーい!』なぁんて言わないけどさぁ」
鼻で笑うカールの近くでしゃがんだフィルは、カールの目の前でナイフをふらふらと動かしてみせた。
動く切っ先に、カールの目が恐怖で泳ぐ。
「ちなみに聞きたいのは毒の事。さっき町長さんに聞いたんだけどさぁ、これジャイアントスコーピオンの毒が塗られてるって本当?」
「おいおい。俺らスコーピオン・テイルなんだぜ。当たり前だろ」
自信に満ちたカールの声を聞き、フィルは憐みを顔に浮かべた。
「あー。これもう調べる前に分かっちゃったかも」
「だな。期待薄だぜ」
「あ? 何の話だ? パクッて売ろうって魂胆か? そりゃ高く売れるだろうが、んなこと許さねぇぞ」
「アハハ。売らないよ。ねぇバカ息子さん――「カールだ!」――カールさん。私が何で君らを『蛇のしっぽ団』って呼んだのか気にならない?」
そう言ってフィルはナイフを持たぬ手で鞄を漁り、取り出したビーカーに謎の液体を注ぎ入れ始めた。
「……ちょっとな」
「実は私、昨日のスコーピオン・テイル討伐作戦に参加してたんだぁ」
「あぁ? お前、騎士団と一緒に居なかっただろ……あぁ、空か」
普段からこの町に配達に来ていたフィルのことを、町長の息子たるカールは当然の如く知っていた。空を飛びまわる姿も。
「正解。それでさ、昨日の戦いで毒を受けた人達が居たんだけど――」
「へっ。いい気味だぜ。のたうち回って死ねばいいのさ」
「ザムザって人が使ってたその毒が、実はね……沼の毒蛇の毒だったんだ」
「…………はぁ?…………そんな訳ねぇだろ。俺達は『蠍の尾』なんだぜ」
小馬鹿にするように語るカールへ、フィルは「うんうん」と何度も頷き返す。
「私もそう思ってジャイアントスコーピオンの解毒薬をせっせと作って持って行ってたんだよ……けど、結局一本も使わなかったんだ。で、今、このナイフはどうだろうかなぁって調べようって、は・な・し」
フィルは透明な液体で満ちたビーカーを、カールに見える様に地面へ置いた。
ビーカーを見つめるカールは、自分の中に生まれてしまった疑念を、生唾と共にごくりと飲み込む。
「……知ってどうすんだよ」
「ただの興味。ただ、このナイフの毒が本物なら、君達に『スコーピオン』の名前を返してあげようかなぁっていう、親切心? 毒に反応するこの液体が真っ赤に染まったら本物。薄紫色になったら毒蛇。さぁーてどっちかなぁ……」
ウキウキでナイフの先端を液体につけるフィル。
カールが固唾を飲む中、ビーカー内の液体は薄紫色へと変化してしまった。
目を見開き、カールが叫ぶ。
「嘘だ! そんな訳ねぇ!」
「んー、信じられないならさぁ……毒消しもあるし、ひと刺しいってみる?」
ビーカーを退かしたフィルは、代わりに革鞄から取り出した解毒薬をカールへと見せつけた。
解毒薬の隣では、ゆらゆらとナイフの刃が揺れている。
「相棒って偶にヤベぇこと言い出すよな……」
「合理的判断ってやつだよ、メフィちゃん」
恐ろしい提案の後でさえ呑気に杖と話すフィルに、周りで見張りを行っている人達も若干引き気味である。
周囲の誰もが断るであろうと予想していたのだが、当の被験者たるカールは、既に覚悟が決まっていた。
「やれ! 俺は兄貴を信じる」
「はーい。チクッとしますよー」
そう言ってフィルは、躊躇なくカールの腕をナイフでチクッと刺した。
光魔法で傷口を塞ぎながら、フィルとカールは経過を待つ。
そして十分が経ち――
「気持ち悪い」
「そりゃぁ、毒、回ってるからね」
十五分が経ち――
「まだだ……これから全身に激痛が走るんだ……そうなんだ」
「強情だねぇ」
ニ十分が経ち――
「……嘘だろ……ザムザの兄貴ぃ」
「そろそろ飲む?」
「……いや、だ」
そして三十分が経った頃。
「…………いっそのこと…………殺してくれ」
「は~い、時間切れぇ~。もう飲みましょうねぇ」
「うっ。うぐっ」
横たわるカールの上体を軽く持ち上げながら、フィルは解毒薬をカールの口へ無理矢理流し込んだ。
あまりの不味さに吐き出しそうになるも、自然とカールの体は生きる為にゴクッゴクッと飲み込んでいた。
「残念だったねぇ。蛇のしっぽ団さん」
「……う、ううう……俺達は……へびの……しっぽ、だん」
それだけ言うと、カールはがっくりと項垂れ、そのまま動かなくなってしまう。
フィルとしては、もっと何か言ってやろうと思っていたのだが、あまりにも哀れな姿にさしものフィルも口撃するのを止めた。
そこに呆れ顔のアイヴィが近づく。
「途中から見てたけど……何してるのよ……」
「アイヴィ、こいつが相棒の事を信じないから、その身で毒を味わってもらってたのさ、ケッケッケッ」
「Oh、メフィちゃん。ヤバい奴じゃんそれ」
「貴女のことでしょ、フィルメイルぅ……」
「ハハハ。誤解だよ、誤解」
陽気に笑いながら自分を見上げるフィルを見て、アイヴィの心に『この子、本当に信じていいのだろうか』と、小さな疑いが芽生えていた。




