1-4 ゴーレム〜待ち伏せ〜
的確に処理された二体のヘルハウンド。
感嘆を口笛で示すフィルと小さく息を吐く少女を乗せ、杖メフィストは大通りを真っ直ぐに進む。
「やるねぇ」
「どうも。これでも狩人なの」
「なるほど。それ魔物狩りの武器かぁ。可愛くて強いなんて最強だねぇきみぃ」
「なにそれ……」
攻撃前から腰にまわっていたフィルの手をぺちっと叩き、少女は銃をしまう。
「いてて」と左手を振るフィルを見つめ、少女は言った。
「君じゃなくてアイ――ヴィよ。アイヴィ・アルケイン」
「植物のつるちゃんか。うーん名前まで可愛い。ではこちらも。改めまして、私、フィルメイル・クリスタ。ギルド『銀水晶』所属の魔女見習いだよ。よっろしくー」
フィルは、少女アイヴィが名と家名を偽っている事に気付きながらも、明るい笑みを浮かべたまま表情を変えず、あえて言及もしなかった。
代わりに表情が変わったのは『魔女』と耳にしたアイヴィの方であった。
不安と期待。揺れる瞳の奥に隠れた小さな敵意。
三つの感情を隠し「よろしく。魔女見習いさん」と笑うアイヴィ。
口で笑って目で笑わぬ。そんなアイヴィの不自然な笑みをスルーしながら、フィルは右手で杖をポンッポンッと優しく叩いた。
「で、この子が相棒のメフィちゃん」
「ん? この子……誰が?」
「おいおい嬢ちゃん。ずっと俺様の上に小せぇ尻乗っけておきながら『誰が?』はねぇだろ」
「小さくて悪かったわね! って、えっ? 俺様の上……つ、え? まさか杖が喋ってる!」
「アハハ。初めは驚くよねぇ」
少年らしき高い声の主が杖だと気付いたアイヴィは、元々大きな目をカッと見開き、杖の端から端まで舐める様に観察し始めた。
だが、幾らアイヴィが穴のあくほど見ても、そこにあるのは一メートル八十程のただの木製の杖だけである。
「これレリック……レリック?」
「人に作られたって意味じゃあそうだな。世界一硬い喋る杖とはこの俺様、メフィストフェレス様の事よ」
喋る杖……俺様な杖……。
「おまけに飛ぶよぉ」
おまけに飛ぶ杖……。
他者より魔法の道具に精通していると自負していたアイヴィの中の常識を越えた衝撃が、先程まで彼女の浮かべていた不自然な笑みを消し飛ばしていた。
「まぁ飛んでんのは俺様だけの力じゃねーけど」と言うメフィストの声は、アイヴィの右耳から左耳へと素通りしてしまう。
一方フィルは『呆けた顔の方が可愛いなぁ』と、アイヴィの柔らかな頬をツンツンと指で突いて遊んでいた。
アイヴィがその手を叩いたのは、無人の大通りを暫し飛んだあとであった。
「って何やってんのよ――じゃなくて、今、どのあたり?」
「もうすぐで中央西門。追手は来てないよー」
「流石に大通りを進めば早いわね」
「ところで狩人のアイヴィちゃんや、門を通る手立てはあるのかなぁ?」
フィルの言葉に、アイヴィは言葉を詰まらせていた。
魔都中央に位置する特区は、一周する白い壁に隔てられた地区である。
そこに住まう事を許されているのは、王国の権威構造に組する貴族とその家族、そして使用人ら関係者、もしくは王に特別認められた者だけであり、魔都全体を支える魔力を生み出している超大型の魔力炉がある地区でもあるため、その出入りには厳しい制限が課されていた。
火も水も、熱も冷も、医も商も工も、政も魔も、貴も貧も。
魔都の全ては、特区なしでは成り立たぬ。
間違っても、魔物を狩る者である狩人が自由に出入り出来る場所ではない。
『まぁ、ただの狩人なわけないか』
その言葉を口に出さず、フィルはアイヴィの答えを待った。
『思い付いた!』とばかりに一つ頷いたアイヴィが、その自信に満ちた顔をフィルへと向け、思うがままに口を動かした。
「そのまま飛んで入るのは?」
「……あぁ、ノープランで来ちゃったのねぇ」
憐みすら感じる冷たい表情をしたフィルの視線が、アイヴィに突き刺さる。
その今まで見てきた笑みではない別の表情に、アイヴィは「ウッ」と自身の薄い胸元を押さえた。
魔都の知識に乏しいであろうアイヴィへ、フィルが冷たい視線の理由を告げる。
「ちなみにそれは無ー理ぃ。壁の上には見えなくてかったぁーい障壁が張ってあるから。可哀そうに、よく鳥がゴツンとぶつかって死んでるんだ……私達も真似してみる?」
「別の方法にしましょう」
「まぁ俺様なら、あんな障壁ぶち破れるけどな」
「そして哀れ、私達はそのまま指名手配で追われる身に……」
両手を大きな胸の前で絡ませ、天を見上げ祈るふりをするフィルと、ケタケタと笑うメフィスト。
二人の冗談めいた会話に付き合う気力もないアイヴィは「やっぱりこれを見せて取り次いでもらうしか……」と胸元を押さえたまま苦々しく呟いていた。
そうこうする内にフィル達は、巨人すらも通れそうなほどに大きな門と横に広がる白い壁が見える大広場へと辿り着いた。
そこは、門へと続く道々が交わる場所。
通りの両脇に続いていた建築物らが途切れ、白壁と町を分け隔てる為だけに作られた、魔都の人々が『ドーナツ広場』と呼ぶ、ただ街灯がぽつりぽつりと並ぶ広いだけの空間。
閉ざされた中央西門へ向け飛ぶ、二人と一杖。
目的地一歩手前まで辿り着けたことに、安堵の溜息を吐くアイヴィ。
反しフィルとメフィストは、警戒の色を強めていた。
今まで通って来た大通りと同じく、人の姿の見えない大広場。
元々人気の少ない場所ではあるが、今は普段と違い人の影一つ見つからない。それゆえの不審。
周囲を見回したフィルは、門と自分達との間に隠された不可視の存在を見つけ、それを仕掛けた犯人に態と聞こえるよう声を上げた。
「前方にゴーレム二体。このまま突撃ぃ」
「え? どこ?」「了解だぜ」
フィルの言葉に反応したかのように、フィル達の進む先、その何もない筈の空間に突如として二体の巨大な土塊が出現した。
人三人分、約五メートルほどの大きさの黄褐色の土塊ゴーレムは、太い胴とそれに見合った太い手足の付いた人型をしており、二体が横に並び、門への進路を塞ぐように立ちはだかっている。
広い空間にゴーレム二体。
飛んでいるならば如何ようにも回避出来る配置。だがフィルとメフィストは、先の言葉通り二体の間へ突撃を続ける。
事態が飲み込めぬアイヴィだけは独り「ぎゃぁーー」と叫んでいた。
高速で空を駆けるフィル達と、彼女らへ向け手を伸ばすゴーレム達。その距離は瞬く間に縮み――ガンッと大きな音を立て激突した。
破壊され、辺りに飛び散る大量の土。
それは、フィル達を捕まえんとしていた二体のゴーレムの片腕だったもの。
衝突の衝撃によりバランスを崩したゴーレム二体が、音を立て、背へ倒れる。
一方、杖前方に張られた風の障壁に守られていたフィル達は健在であった。
「はぁ……死ぬかと思った。けどこれで」
もう少し飛べば中央西門へ辿り着ける。
そのまま門へ一直線――そう思っていたアイヴィの予想とは違い、杖メフィストは速度を落とし、途中で止まってしまった。
「ちょっと、どうして! フィルメイル! メフィスト!」
抗議の声が響く中、フィルはアイヴィを左腕一本で抱えると、ゆるりと降下するメフィストから軽やかに飛び降りた。
「よっ」と地に足を付けたフィルの右手に、メフィストが自然と収まる。
「いやー、このまま行ってもなぁ、相棒」
「うん。外にはゴーレム。詰め所も真っ暗。門番さんもいないし、あれ、開けてもらえないよ」
アイヴィは、その時初めて門にすら人がいない事に気が付いた。
そして、何処をどう逃げても結局この場所で罠にかかり、足止めをくうと決まっていた事に。
あまりの己の不甲斐なさに、唇をかむアイヴィ。
考えなしな自分がこの場に辿り着けたことさえ、偶然の産物であるとアイヴィは理解していた。
音が鳴らんばかりに強く握り締められた拳――そこに、そっと熱が伝わった。
アイヴィは、自分の手に触れた者を見上げる。
アイヴィの橙色の瞳に映し出されたのは、お道化た笑みでもなく、能天気な笑みでもなく、優しい微笑みでもない、自信に満ち溢れた力強い笑みであった。
その笑み一つで、アイヴィの手と唇と心から自然と力が抜けていく。
アイヴィの視線の先で柔らかな唇が動き、透き通る声が耳へと溶け込む。
「大丈夫。私を信じて」
「……うん。お願い、力を貸して」
「もっちろん。この私にまっかせなさーい」
先程までの力強さが嘘のように、胸を張りお道化るフィル。
その姿に、アイヴィの体から余計に力が抜けていく。
「はぁ~、もう流れに身を任せるしかないか」
既に起き上がり、地を鳴らし近づく二体のゴーレム。
破壊された腕は既に復元されており、のしのしと鈍重な四肢を揺らし、迫る。
フィルから敵へと向き直るアイヴィの目に、気負いや険の色は消えていた。
「で? フィルメイル、メフィスト。この状況どうする?」
「うーむ。門の内側の人達は、ここの異常には気付いてるはずなんだよねぇ」
「まぁ外の門番居ねぇしな。とっくに気付いてんだろ? 特区だけに、なっ」
即座にフィルは、右手に持つ杖へ「セイッ」と手刀を打ち込む。
「あほなメフィちゃんは放っておくとして――「酷ぇな」――こっちの問題を解決しないと開けてくれないだろうなぁ。もう一カ所の東門まで飛んでくって手もあるけど……」
そう言葉を濁したフィルの目は、迫るゴーレムや杖メフィストへではなく、閉ざされたままの西門の方へと向けられていた。
「現実的じゃないね」と呟きながら不敵に笑い、フィルはゴーレムへと向き直る。
見上げるほどに近いゴーレムの頭部へ向け杖を構えながら、フィルは一つ見栄を張った。
「てなわけで、一丁ゴーレム退治といきますか――って、先制攻撃はやめてー」
振り上げられたゴーレムの拳が、二人へ向け振り下ろされた。




