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流星の魔女  作者: ごこち 一
第三話「蠍の尾と小さな悪意」

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39/42

3-17 襲撃は町役場にて


 狩人達の野営地へ戻って来たフィルは、話し合いから戻ってきたマッシュへ結論を告げた。


「『見えない人狼(ワーウルフ)』なんて居ないと思うよ。てなわけで、私、明日の山狩りには不参加で、よろ」


 周りにいた狩人達はフィルの結論に驚き、ざわざわと動揺し始めた。


 特にアイヴィは、先程フィルが熊のような男に対し『明日、見えない人狼をぶっ飛ばす』宣言をしていた事を知っている所為(せい)で、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。


 ただ独りマッシュだけは、眼帯に隠れぬ右目で冷静にフィルを見つめている。


「クリスタ。何か証拠はあるのか」

「ないよ。残念だけど、私の見立てだけ」

「そうか……」


 マッシュは眉間に(しわ)を寄せながら右目を閉じ、(しばら)く考え込んだ。そして右目を開き、苦々しく口を開いた。


「クリスタ。お前の判断を信じてやりたいが、証拠がなければ人は動かせん。俺達は予定通り、明日の早朝より山狩りを始める」

「うん。それでいいと思うよぉ。この町の警らの人にも動いてもらうなら特にね。証拠、もしくは論理的な説明。今の私には、どっちも出せないし」


 意見を否定された形になったにも関わらず、フィルは平然としていた。まるで初めから分かっていたかのように。

 フィルはわざとらしく背筋をピンッと伸ばすと、ハキハキと喋りだした。


「という訳ですので隊長。単独行動の許可を願います」

「願うも何も、お前は好きに動けばいい」

「ありがと、マッシュさん。ちなみにだけど、私が思う答え、聞く?」


 当たり前だろう。そう言わんばかりにマッシュがニヤリと不敵に笑う。

 同時に周囲の狩人達もまた、(うなず)きを(もっ)て答えとした。

 フィルは念には念を入れ、周囲へ見回し……狩人しか居ない事を確認した。


「それでは皆様、ご清聴を。この事件って実はさ――」


~~~~


 朝日が昇り始めた頃。朝と夜の狭間にある時間。


 モンタナの町の北門に、魔都より来た狩人達とモンタナ警ら隊が並んでいた。

 彼らの前には、この場を取り仕切るマッシュの姿があった。


「これより山狩りを始める。目を凝らせ、耳を澄ませ、魔物はワーウルフのみならず、全て狩れ。一匹たりとも逃がすな。行くぞ」

「「「「「おう」」」」」


 一斉に返る男たちの声が、モンタナの町に朝を告げた。


~~~~


 狩人達の山狩りが始まって(しばら)く経った頃、町役場の前に、とある一団がいた。


 十五人の男達によるその集団の(ほとん)どが、目付きの悪く、堅気でない雰囲気を(かも)し出す風体(ふうてい)をしていた。年齢二十そこらの彼らが、みな剣やら斧やらと武器を持っている事も、物々しい雰囲気を助長している。


 だが、町の者が彼らを見ても『町長の息子さんが雇った人たち』としか認識しないであろう。事実、その町長の息子もまた、今も一団と共に居るのだから。


 町長の息子は、強面(こわもて)集団の中では異質に見えるほど、ごく普通のさっぱりとした容姿をしていた。そして彼に背を向け前に立つ男性もまた、この強面集団の中では異質な人物である。


 やや荒々しい周囲の服装と違い、その男性は、少し太めの体に合わせた仕立てのよい洋装を身に(まと)っていた。

 肌つやよく、やや後退した髪も綺麗に撫で付けてある。

 だが権威を象徴するかのように生える口ひげが、今は怯えに従い歪んでいた。


「馬鹿な真似はやめるんだ。カール」

「息子を馬鹿とは、ひでぇ親父(おやじ)もいたもんだ」


 町長の息子は「ハハハ」と笑うと同時に、その手に持ったナイフの先端を実の親の背へ押し当てた。

 当然の如く、身なりの良い男性、町長は背を震わせている。

 突き付けられたナイフは、壁となって歩く男達の所為(せい)で周囲には見えない。


 刃が無言で告げる『歩け』の命令に従い、町長は町役場の中へと歩を進める。

 町役場の中では既に仕事が始まっており、受付を任されていた若い男女二人が町長らを出迎えた。


「おはようございます、町長。カールさんももう起きて平気なんですか?」

「お陰様で。親父(おやじ)とちょっと話があるから、上、行くよ……お前達は好きにしていいぞ。どうせ全員殺すんだからな」

「はぁ?」


 受付の男女は、町長の息子の言った言葉が飲み込めず、キョトンとしていた。

 一方、周囲の男達は『好きにしていいぞ』の意味を理解しており、その顔に下卑(げひ)た笑みを浮かべながら、受付の女性へ視線を向けていた。


 背にあてられた刃に()かされ、町長が歩き出す。

 それに合わせ、町長の息子と男五人が動き出した。

 その五人の男は、お(こぼ)れに(あずか)れぬ事に苛立ち「チッ」と舌打つ。


 彼ら一団を怪しむ受付の二人は、この場から離れる町長の背にナイフが突きつけられているのを目撃し、小さく悲鳴を上げた。


「誰か来てくれー。町長がぁ、賊が――「うるせえよ」――ギャッ」


 助けを呼ぼうとした受付の男性は、雑に振られた剣の刃に腹を裂かれ、血を床に零しながら倒れてしまった。

 その横にいた若い受付の女性は、恐怖のあまり声を上げる事すら出来ない。

 そんな硬直した女性の腕を、血濡れの剣を持つ大男が掴む。


「ヒッ。やめて、放してっ」

「おいおい、つれないこと言わないでくれよ。この町に来た時から俺はずっと思ってたんだぜ……思う存分やりてぇってさ」

「やだ、いやっ、殺さないで」


 女性は必死に叫びながら手を振り払おうとするも、大男からは逃れられない。

 周りに居る男達は、無駄な抵抗をする女性をニタニタと眺め、(はや)し立てる。


「もっと叫んでくれよ。そしたらいちいち殺しに行く手間が省けるからよぉ」

「てか独り占めすんなよな。俺達にババアの相手でもしろってのか?」

「俺は『やる』方より『やる』方が好きだから別にいいけどな」


 嘲笑(あざわら)いながら、周囲へ目を配り、見張る賊の男達。

 その間にも大男の無体は続いていた。

 木の床に押し倒され、大男に組み敷かれる女性。彼女の服は乱雑に破かれ、その白い肌が無理矢理に露わにされていく。


 そんな中、受付の女性は不思議な光景を目にした。

 興奮し目が血走った男の顔。その奥に見える天井。そこに、木で出来た一本の長い杖が浮かんでいたのだ。


 天井近くを飛んでいた杖が独りでに動き出し、高速で大男の頭部へと降下する。

 鈍い音が受付の女性の耳に届き、今し方まで女性を拘束していた剛力がまるで嘘のように消えていた。


 脱力した大男から()うように逃げる女性。

 始めは「あ? 逃げられてんじゃねーか」とゲラゲラ笑っていた男達も、動かぬ大男と臭い立つ血の香りによって、今が異常な状況である事に気が付いた。


「おい。誰がやった……」

「先越されるからって、仲間同士の殺し合いは御法度だぜ」

「誰の得物にも血がついてねぇぞ。おい! 何処(どこ)に――ギャッッ」


 威勢よく叫ぼうとしていた男が、鈍い音と共に短い悲鳴を上げ、倒れた。

 慌てて周囲を見回す男達の目には、誰も居ない町役場の光景しか映らない。

 這って逃げる女性を捕まえんとした男が、次に動かなくなった。


 先程までピンピンしていた仲間が、今は床に三つ転がっている。しかし襲撃者は何処にもいない。この奇怪な状況を受け、残る五人の男達の背にヒヤリと冷たい汗が流れる。


「クソがッ! 誰だ! 出てきやがれ」

「叫ばなくても出て行くってば。こっちだよー」


 それは、呑気(のんき)にも聞こえる澄んだ女性の声であった。

 男達は声のした方向、町役場入口へと一斉に振り向く。

 そこには、濃紺のローブを纏いとんがり帽を被った少女が立っていた。


「お前は昨日の。フィルメイル……クリスタ。貴様かぁ!!」

「せいかーい。もぅ、折角私って餌を撒いたのにさ、ぜーんぜん来てくれないんだもん。だからこっちから来ちゃった。朝早くに御免ねぇ」

 

 そう話す間にも、また一人、また一人と「ぐがっ」と声を上げ倒れ、動かなくなっていく。

 (いま)だ男達は、何処から攻撃されているのか分からずにいた。


「クソ。どうなってやがる」

「あらあら。見えない敵でもいるのかにゃぁ~。ってそれは君達の事だよね。スコーピオン・テイル――もとい『蛇のしっぽ団』さん」

「ケッケッケッ。これでも手加減してんだぜぇ」


 子供のような高い声が上から聞こえ、賊である男三人は天井を見上げ、自分達を襲う化物の正体を知った。

 それが独りでに宙に浮かぶ、一本の杖であったと。


 だが、フィルの相棒たる杖メフィストを見上げた事が愚かな行為であると、彼らは次の瞬間に知る事となる。

 高速で接近したフィルの拳が、上を向いたままの男の横面を捉えていたのだ。


 そのまま全力で振り抜かれた拳は、大の大人である男を少々吹き飛ばし、そのまま床を滑らせる。ピクピクと微動する男に構う暇など、残る二人の男にも、そしてフィルにもなかった。


 近くにいるフィルへ向け、男が斧を振り上げんとする。

 だがそれよりも早くフィルの上段蹴りが放たれていた。フィルの左足刀が斧持つ右手を捉え、砕く鈍い音と共に斧が手から落ちる。


 落下する斧が木の床へと辿り着くよりも早く、フィルの左足は地に戻っていた。

 流れるように放たれたフィルの肘鉄が、男の鼻をより低くする。

 後ろに倒れようとする男の髪を掴んだフィルは、それを手前へと引き、男の顔を己の膝へと導いた。


 斧が床を割るのに少し遅れ、男が前のめりに倒れ、床に音を立てた。

 肘と膝の二連撃を顔に受け、床に打ち捨てられた男の意識は、当然ない。


 最後に残った一人はというと、あっという間に男二人を始末したフィルに気を取られている隙に、メフィストに頭を打ち据えられていた。

「ナイス」とメフィストを称賛する声に合わせ、最後の男が床へ倒れ込んだ。


 床に転がるのは、死体が二つと気絶した男が六人。死体はどちらも、受付の女性に手を出そうとしていた男達であった。

 そして賊以外にも、腹を裂かれ(うめ)く受付の男性が一人。


「治療優先っと。痛いけどちょっと我慢してね」


 フィルは怪我をした男性を仰向けにすると、その腹の傷の深さを確認した。

 赤に染まった服の奥に、浅く裂かれた肉が見える。


「これなら」


 フィルは腰に納まる革鞄からサッと薬を取り出し、乳白色の液体を男性の傷口にぶちまけた。

 痛みで「ウッ」と苦悶の表情を浮かべるも、裂かれた肉がみるみる内に塞がっていき、男性の顔からも苦しみの色が消え始めた。


「よし。毒もなさそう」

「相棒。こいつらトドメ刺しとくか?」

「別にいいよ。おねーさん。町長の息子は何処(いずこ)へ?」

「恐らく三階、町長室に」


「OK。あと誰でもいいから応援呼んできて」

「はっ、はい――」

「静かにね」


 フィルは口元に人差し指を立て、半裸の女性へ沈黙を促す。

 彼女はコクコク頷くと、隠せる部分を隠し、町役場の奥へと素早く歩き出した。

 フィルは女性を見送るよりも、鞄から縄を取り出し、まだ息のある男達を縛り上げる事を優先した。


「うーん。気付かれないように魔法使わなかったけど……正直、面倒」

「ガツンとやっちまった方が早いぜ」

「まぁ、悪党の命なんてどーでもいいんだけど、一応ねぇ……よっと、おーわり」


 手足をきつく縛った男達を床に転がし終えたフィルは、立ち上がると共に背伸びをし、天井を見上げた。


「じゃ、本命を潰しに行きますか。いくよ、メフィちゃん」

「あいよ。相棒」


 フィルが右手を横へ伸ばすと、血どころか汚れ一つ付いていないメフィストが、そこへ自然と納まった。

 フィルは、受付の女性が戻るのを待たずに歩き出す。


『見えない人狼』の待つ、町長室へと。

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