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流星の魔女  作者: ごこち 一
第三話「蠍の尾と小さな悪意」

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3-16 見えない人狼


 ここは、町役場前の広場に設営された狩人達の野営地。


 日が落ち暗む空の下、魔法の灯りに照らされながら、フィルは簡素な椅子に腰掛けていた。

 特製キノコサンドを堪能しつつ、フィルは今回の討伐作戦のリーダーを務める男マッシュの話に耳を傾ける。


 山を開拓し作られたモンタナの町。

 畜産で有名なこの町の畜産の場は防壁の中だけでは納まりきれず、防壁の外でも家畜を育てていた。


 事件の起こりは、牛が三頭消える事件であった。

 その時は特に痕跡など残っておらず、家畜泥棒が出たと騒ぎになった程度の事件であった。


 だが、その四日後の満月の夜、再び家畜が姿を消した。

 今度は柵が破壊され、家畜のものであろう血が現場に残されていた。

 柵を破壊した爪痕と、現場に残されていた特徴的な白い毛から、すぐに家畜を襲った襲撃者が特定された。

 

 それは魔物。人型の狼、ワーウルフ。

 だが、その意見に懐疑的な者もいた。


 ワーウルフは、群れを成して動く性質がある。ワーウルフの群れに襲われたのなら、この程度では済まないと。

 だが正体は何であれ家畜が襲われ、近くに魔物が居る事は確かであった。


 (ゆえ)に、町は狩人ギルドへ調査と討伐を依頼した。

 だが、成果は(かんば)しくなかった。


 どれだけ調べても、どれほど探しても、ワーウルフが発見されることはなかったのだ。そして新月の夜、狩人の張り込みも虚しく、家畜に被害が出てしまう。


 その時に被害に遭った牧場主、町長の息子と狩人が口論となり、その狩人は手を引いてしまう。改めて別の狩人が調査をするが、結果は同じ。


 その後も新月と満月の夜に家畜が襲われ、姿を消す。

 その現場には、決まってワーウルフの爪痕と毛が残されていた。


 町の警ら隊の見回りだけではなく、町長の息子が他所の町から狩人崩れを雇い入れ、自警団めいたものを結成し、彼らは見回りを続けた。

 それも虚しく、被害は繰り返される。


 むしろ一度に消える家畜の数は、増える一方であった。

 そして、今日より十日前の満月の夜。

 見回りをしていた警ら隊二名が襲われ、帰らぬ人となってしまったのだ。


 死体には幾つもの爪痕が残されており、(むご)たらしいものであったという。

 流石にこのままには出来ぬと、魔都の狩人ギルドへ案件が移り、腕に覚えのあるマッシュ達が派遣される事となった。


 そして昨夜、騎士団や狩人が町に滞在する中、再び被害者が出てしまう。

 それはマッシュ達と連携し、見回りをしていた町長の息子と自警団の一人であった。町長の息子は背を爪で裂かれ、自警団の男は腹や腕に傷を負っていた。


 命からがら逃げ伸びた二人にマッシュ達が話を聞いた所、音もなく近づかれ、姿も見えなかったという。

 息子が被害にあった町長の頼みという事もあり、明日早くから、町の警ら隊と狩人達とで山狩りを行うことが決まった。


『見えない人狼(ワーウルフ)』を狩る為に。

 

「というわけだ。クリスタには明日の山狩りを手伝ってもらいたい」

「……ふぅ、ごちそうさま。返事の前に、昨日の現場見てきてもいい?」


 献上された三つ目のキノコサンドを食べ終えたフィルは、特に張ってもいない腹をポンポンと叩きながら、責任者たるマッシュへ許可を願った。

 マッシュは当然のように(うなず)く。


「勿論だ。誰かに案内させよう」

「あれ? マッシュさんじゃ駄目なの?」

「これからこの町の警ら隊責任者と話し合いがあってな。すまん」

「なら仕方ない。じゃあ、こっちから指名しちゃおっかなぁー」


 その発言を聞き、周囲の狩人達に緊張が走る。

 流石に顔には出さぬが、ギルド『獅子咆哮』の面々は、フィルとマッシュから視線を逸らしていた。


 アイヴィ、そしてフィルの事を知らぬ狩人達には、彼らの行動の意味が理解出来ない。

 マッシュは部下達の行動を気にする事なく、フィルの指名相手を言い当てた。


「指名はアルケインだろう」

「正解。やっぱり鋭いねぇ、マッシュさん。アイヴィちゃーん、ご指名ぇ入りましたぁぁ」


 フィルの冗談めいたコールに、狩人達が騒めく。


「まさか! フィルちゃんの関係者だったなんて」

「ほら、この前の襲撃事件の……」

「アッシュ・グラントぶっ飛ばしたって噂本当だったのかよ。マジやべぇ」

「手を出したらフィルちゃんに殺される……」


 狩人達がひそひそと話す中、話の流れで自分だろうなと覚悟していたアイヴィが、溜息と共にフィルとマッシュの元へと歩み寄った。


「もぅフィルメイル、指名したの貴女(あなた)でしょ」

「どうせ行くなら可愛い子と、ねっ」「よっ、嬢ちゃん」


「はいはい。マッシュさん、案内は任せて下さい」

「頼んだ」

「はい。ほら、フィルメイル。行きましょう」


 マッシュへ話しかける時の真面目な顔と違い、フィルへ向けられたアイヴィの表情は、どこか柔らかさを含んでいた。


「はーい。マッシュさん、また後でねぇ」


 そう言ってフィルは椅子から立ち上がると、先行くアイヴィの後を追った。

 そして隣に並び、歩調を合わせる。


「よろしくね、アイヴィちゃん。それにしても奇遇だねぇ」

「ほんとよく会うわね。よろしく。メフィストも」

「おう。早速乗ってくか?」


 アイヴィは、ポルナの町からの帰り道を思い出し「ウッ」と口元を押さえた。

 超高速の空の旅は、想像以上にアイヴィの心にダメージを与えていたらしい。


「飛ぶなら……ゆっくり……」

「あはは。次から気を付けるね」

「絶対よ!」

「は、はい」


 隣を歩きながらギロッと睨むアイヴィに、フィルも大人しく頷く事しか出来なかった。


~~~~


 昨日、町長の息子らが『見えない人狼』に襲われた現場は、町の防壁の外にある牧場の更に先、山と牧場を分ける木の柵の側であった。


 現場に降り立ったフィル達は、呪文一つで魔法の灯りを宙に浮かべると、早速周囲の調査を始めた。だが――


「うん。特に何もない」

「そこの血も、襲われた二人のものよ」

「だよねぇ……」


 近くには破壊された木の柵と、草と大地を汚す血の跡が残るだけであった。

 もう一度周囲を見回したフィルは、言葉通り特に何もない現場に『はぁ……予想的中かぁ』と心の中で呟いていた。


 同時にフィルの口から、小さな溜息が零れる。

 その姿を見たアイヴィは、残念そうに口を開いた。


「もしかしたらフィルメイルなら『見えない人狼(ワーウルフ)』について何か分かると思ったけど、流石にこれだけじゃ分からないわよね」

「フッフッフッ。私のこと買い被るねぇ。まぁ来たのは無駄じゃなかったよ。それに……」


 フィルは言葉を止め、防壁に守られた町の方へ視線を向けた。

 町の方からフィル達の元へと近づいて来る男四人の姿が見える。


 斧や剣を持つ四人を見て、恐らく町長の息子が雇った人たちであろうとフィルは考える。アイヴィからすれば、顔を合わせた事のある者達であった。

 先頭を歩く熊のような男が、フィル達へ向け手を振っていた。


「おーい。お嬢さん方ぁー。危ないから町に戻りなさーい」

「はーい。調査も終わったんで帰りまーす」


 調子を合わせたフィルの声に、熊のような男は得心が行ったという表情を浮かべた。だが、その後ろに居る三人の男達は、フィルを怪しんでいる。


「なるほどなるほど。狩人の方でしたか。そういえば、そちらのお嬢さんは見覚えがありますな。いやぁ、可愛らしいお嬢さん方でしたので、てっきり旅行者か何かかと」


「おっ! 可愛いだって。おじさん見る目あるねぇ……あいつ等に聞かせてやりたいくらい」

「意外と根に持つな、相棒」


 突如聞こえた子供のような高いメフィストの声に、熊のような男は見覚えのある狩人アイヴィへ向け、ニコリと人好きしそうな笑みを浮かべた。

 誤解を受けたアイヴィは「違う違う」と、首を横に振り否定する。


 熊のような男は小首を(かし)げるも『別にいいか』と言わんばかりに笑い始めた。

 一方、先程まで体をくねくねさせていたフィルは、とんがり帽を左手で押さえながらニコリと笑い、男達四人に問いを投げ掛けた。


「ねぇ、おじさん、お兄さん方、濃紺のローブを(まと)い、とんがり帽子を被った(うるわ)しき美少女……何か感想はないかなぁ?」

「見たままですな。ハッハッハッハッ」


 快活に笑う熊のような男の後ろで、男三人が表情を変えた。当然、フィルはそれを見逃さない。だがフィルは、この場で言及はしなかった。

 代わりに(わざ)とらしく口を膨らませ、熊のような男をなじり始める。


「もー、駄目だなぁおじさん。そこは『どこに麗しい美少女が?』って突っ込む所でしょ。そしたら横の麗しい美少女を紹介してあげたのに」

「これは面目ない」

「私を巻き込まないで……」


 恥ずかしそうに顔を背けるアイヴィを見て、フィルと熊のような男が肩を上下させ笑う。


「そんな麗しきお嬢さん方も、明日の山狩りに参加を?」

「まぁね。おじさん達は?」


「残念ながら。雇い主にその気がないものでね。昨日までは彼も『ワーウルフの野郎、絶対にぶっ殺してやる』って意気込んでいたのだけれど、流石に襲われれば怖くなるのも当然でしょう」


 腕を組み、(しき)りに(うなず)く熊のようなおじさん。

 フィルは同調する様に、同じポーズを取っていた。


「うんうん、仕方ないよねぇー。まぁ『見えない人狼』は、明日私がぶっ飛ばしておくから、おじさんはお茶でも飲んでゆっくり待っててよ」

「私達が、でしょ」


 自慢げにそう言うアイヴィを見て、困ったように眉尻を下げるフィル。

 熊のような男もまた、圧のある顔を困り気に変化させていた。


「頼もしいのはいい事ですが、危なかったら逃げるのですよ、お嬢さん方。私はそれが出来ず、狩人を引退した身でして。よく分からない敵からは逃げても良いのです……狩人をやっている以上、命懸けは承知の上でしょうが……ハッハッハッ、おじさんになると要らぬ事を言ってしまうものですな。忘れて下さい」


 夜道で会えば恐怖しか覚えない熊顔でも、無理に笑顔を浮かべる姿には、恐怖よりも哀愁の色が強く浮かんでいた。

 そんな熊のような男を見るフィルの視線は、柔らかであった。


「ううん。忠告ありがと。おじさん良い人だねぇ。惚れちゃいそう」

「ええ……貴女の趣味って……」「ケッケッケッ」


「ハハハ、おじさんを揶揄(からか)うものじゃないよ。さぁさぁ明日は早いのでしょう? 今夜の見回りは私達に任せて、ゆっくりお休みなさい」

「はーい。おやすみー。お兄さん方も、ねっ」


「ああ」と短く返事をする男三人にも微笑(ほほえ)みを返し、フィルとアイヴィは杖メフィストに乗ってその場を立ち去った。


 突如飛び去った二人と一杖。


 熊のような男は、夜の空に消える彼女達を見送りながら、あれ程軽やかに飛ぶ魔法使いならば要らぬ心配だったのではないかと、ほっこり表情を緩めていた。

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