3-15 モンタナの町
日が落ち切る前に山の手の町モンタナへ辿り着いたフィル達は、怪我人ホップの体を休めるため診療所へと向かっていた。
空から知り合いへ「やっほー」と声を掛けながら、診療所に辿り着いたフィルは、診療所の主たる女性に揶揄われながらも、怪我人ホップを寝台へ叩き込む事に成功した。
「フフッ、あのイケメン。フィルちゃんの彼氏じゃないなら、あたしが貰っちゃおうかしら」
「お好きにどうぞー」
冗談を言う診療所の主を軽くいなし、フィルはその場を後にした。
再びメフィストに乗り、空から向かう先は食事処――ではなく、先程気になる知り合いを見かけた場所であった。
大きな三階建ての建物である町役場へと到着したフィルは、役場前の広場に降り立ち、そこで野営をしていた狩人達の元へと駆け寄る。
左目を眼帯で塞ぐスキンヘッドの強面男、ギルド『獅子咆哮』のマッシュが、フィルへ向けサッと手を上げた。
「マッシュさーん。さっきぶり」
「来てくれて嬉しいぞ、クリスタ……お前の後ろに乗っていた男は援軍ではないのか? 彼氏を連れて遊びに来た訳でもあるまい」
「違うちがーう。あの人、警ら隊の怪我人。私がコルちゃんと仕事してたの、マッシュさんも知ってるっしょ」
「冗談だ。制服で分かる」
わざとらしく顔を膨らませたフィルが、マッシュの肩をべしべし叩く。
フィルに殴打されても、マッシュは不敵に笑みを浮かべるだけである。
「フッ。お前に怪我がなくてなによりだ。山狩りをしていたようだが、そちらは終わったのか?」
「山狩りってか拠点制圧? メフィちゃんがリーダーしばいたから大丈夫。んー、けどやっぱり騎士団と警ら隊って、昨日この町に滞在してたんだね」
「何故俺が知っているのか、だな。騎士と一緒に飯は食ったが、騎士が口を滑らせた訳では無いぞ。騎士団とお前の動きを知れば、自ずと分かることだ」
「要するに、拠点攻めがバレてたのは当然ってことだね」
フィルは周囲を見回し、この広場に狩人達しか居ない事を確認した。
フィルはその時アイヴィの姿を見つけたが、軽く手を振るだけに済ませ、マッシュとの会話を続ける事を選んだ。
「ほぅ。この町に間者がいるのか」
「賊の名前は『蠍の尾』――「蛇のしっぽ団な」――メフィちゃん。今は面倒臭くなるから、ねっ」
「ほぅ、スコーピオン・テイル。王都で魔鉱石の流通を取り仕切っていた商家を襲撃した奴らか。国外に脱したものと思ったが、こんな所に潜伏していたとはな」
マッシュへ頷きながら、フィルは会話を続ける。
「そうそう。この山の奥にある元坑道を根城にしてたんだよぉ。びっくりだよね」
「なるほど、魔鉱石つながりか」
「おっ、マッシュさんも何が掘れるか知ってたんだねぇ。さっすがぁー」
雑な褒め方にも関わらず、マッシュは強面な顔を嬉しそうに綻ばせていた。
「情報は仕事の前に仕入れておくものだろう。この町が畜産に手を出す前は、純度の高い魔鉱石の産地として有名だったんだ。大規模な畜産を開始出来たのも、その時に稼いだ金が元手だと言われている。そこの町役場が何度も建て替えられているのもそうだ」
三階建ての大きな町役場を見上げるフィルの目と口元が、悪戯そうに歪んだ。
「へー。ふっふっふっ。この町にお宝が眠っている訳ですな」
「そんな噂もあるな。事実は単純に畜産で儲けているからだろう」
マッシュに実情を突きつけられ、フィルの顔がシュンとなる。
「嗚呼、夢の無い話。育った牛は美味しい夢でいっぱいなんだけどねぇ……牛のこと考えたら、お腹空いてきた」
「昼、クッキーしか食ってねぇしな」
「ならば早めに本題に入ろう」
「ありがと。まだスコーピオン・テイルの一味が何人か潜んでるかもしれないから、念のため気を付けてね。よし。伝える事は伝えたし、ご飯行ってきまーす」
鳴る腹を押さえながら、フィルは笑顔でそう言った。
素早く背を向け立ち去ろうとするフィルの肩を、マッシュの手が掴む。
「まてクリスタ。手を貸しに態々来てくれたのではないのか?」
「そのつもりだったけど、ごめんねマッシュさん。もう心と体がご飯食べるモードになっちゃたから、また明日にでも。じゃ、そういうことでー」
マッシュの手をペシッと払い、本当に立ち去ろうとするフィル。
だがフィルの前に、一人の青年が立ちはだかった。
その青年は、先日練兵場にてフィルに迂闊な発言をし、秒でノックアウトされた青年であった。
青年の手には紙袋が一つ。
「おっ! この間のエロい新人さんだ」
「うっ。その、先日は、生意気言ってすみませんでした」
青年が腰を曲げ、頭を深々と下げる。
腹が減っているとはいえ、その堂々たる謝罪っぷりを無視するほどフィルは礼儀知らずではなかった。
「別に気にしなくていーよ。ちゃんと引っ叩いたからノーサイド、ノーサイド」
「お詫びにもならないですが、こちらをどうぞ」
「まぁ貰えるものは貰っておかないとね。ありがと」
メフィストを手放し、差し出された紙袋を受け取ったフィルは、早速ガサゴソと袋の中を覗き込んだ。
次の瞬間、フィルの目がキラッと輝いた。アホそうに開いた口からは涎が垂れそうになっている。
そう。お詫びの品とは、食べ物であったのだ。
「おぉ。このもっちり生地にキノコをたっぷり挟んだコレは、特製キノコサンド。嗚呼、このたっぷり掛かったヨーグルトソースが……たまらん」
袋から目の前の青年へと視線を戻し、フィルはニヤぁっと口元に弧を描いた。
やや怪しげな表情に、青年は気圧されてしまう。
「わかってるねぇ、きみぃ~。お礼にこれをあげちゃう。チュッ」
警ら隊に拒否されたリベンジも込めて、青年へ向け投げキッスをするフィル。
だが、それを受けた青年は苦笑いを浮かべながら、まるで不意に獣に遭遇したかのようにゆっくり、ゆっくりと後退り、後退り……充分に距離を取った瞬間、青年は脱兎の如く逃げ出してしまった。
唖然とした表情で逃げる青年を見送り、フィルは隣で浮かぶ相棒たる杖へ視線を向けた。
「またキス損だよ……何かみんな反応可笑しくない? ねぇ、メフィちゃん」
「それを俺様に言われても困るぜ」
それもそうかと溜息を吐いたフィルは「ならば」と振り返り、次の標的を睨みつけた。
「おうおうマッシュさんやい。女性に投げキッスされて逃げるたぁ部下にどんな教育してんだい」
「相棒がそんな冗談言ってるからじゃねぇか?」
「むしろお前の教育の成果だ。誇れ、クリスタ」
「フンッだ…………ん~、美味しいから許してあげる」
特製キノコサンドを一口頬張っただけで機嫌を直すフィルを見て、周囲の狩人達は学んだ……彼女には、餌付け――もとい、美味しい食べ物を献上するのが一番なのだと。




