3-14 良薬は口に苦し
一メートル四方の小さな敷物の上には、簡単な道具が並べられていた。
複数置かれたガラス製のビーカー。小型の金属鍋とそれを熱する際に使う三脚。ろ過用の白布と漏斗。へら。天秤。重し。水差し。小さな器。サイズ様々な匙の数々……等々。
材料もまた、乾燥し粉々にした草やら謎の粉やら干からびた根やらと、瓶がずらりと並んでいる。
どう考えてもフィルの革鞄に入らぬ量の物が並んでいるが、誰一人としてその事に言及しない。
敷物に座ったまま、あれヨシ、これヨシと一つ一つ指差し確認をしていたフィルへ、コルレオーネが話しかける。
「材料は足りるか?」
「何とか。パパッと作っちゃうから、ちょっと待っててねぇー」
「任せる!」
コルレオーネの活気ある声に手を振り返し、フィルは作業を開始した。
天秤の皿へ重しを乗せ、瓶の中身を匙で掬い、薄紙の乗るもう一方の皿へ移す。平行になった天秤から材料を器へ移し、匙と紙を取り換え、また別の瓶を開ける。
続いてフィルは、幾種もの材料の混ざる器の中へ、ドロリとした液体を流し入れた。そして、それを小さなへらで練り続ける。
まるで混ぜる右腕を鍛えるかの如く、フィルは練り続ける。無心で練り続ける。
ふぅと息を吐き、近くで待機していたコルレオーネへ器ごと手渡した。
「傷口に塗ってあげて」
「これで治るのか?」
「進行を抑える薬。解毒は別」
「了解」と部下達の元へと向かうコルレオーネを見送り、フィルは作業を続ける。
「水よ、生まれ出でよ」
フィルの腕輪が赤く輝くと、水差しの上方、何もない空間から水が生まれ、そう時間も掛からずに水差しを満たした。
魔法を止めたフィルは、風を起こすのとは訳が違うと、深く息を吐く。
当たり前に聞こえるだろうが、魔法とは普通、消せば消えるものである。
土を生み出しても、その土は魔法を消せば消えてしまう。
風も、火も、光も闇も、当然水も。
単純に「≪ウォーター≫」と生み出した水を飲んでも、魔法が消えれば水も消えてしまう為、渇きからは逃れられない。
魔法を消せば、水が押し流したものはそのままだが、魔法で生み出した水は消える。燃え移った火はそのままだが、魔法で生み出した元の火は消える。風の刃が切り裂いた傷はそのままだが、飛翔する風の刃は消える。
そういうものである。
故に、物を媒介させ魔法を持続させる術を生み出した者と、術者を離れても消えぬ魔法を生み出した者が居るのだが……長くなるので割愛しよう。
要するに、魔法で生み出した物をこの世界に残し続けるのは、ただ魔法を扱うのとは別格の難度であるのだ。
先程フィルが使った魔法『クリエイション』も、初歩的な第一階層魔法である『ウォーター』と違い、難度の高い第四階層魔法である。
そう。今、フィルが生み出した水は、フィルが魔法を消しても消えない、飲めば潤う水であった。
三脚の上に乗った金属鍋へ水差しを傾け、フィルは「火よ」と三脚の下に火を生み出した。
魔法を維持しながら、鍋の中へあれやこれやと材料を放り込み始める。
その後も紙蓋で灰汁を取ったり、ろ過したり、また別の物を煮たりと繰り返し、繰り返し作業を続け……解毒薬は小一時間で完成した。
フィルは、完成した解毒薬を全て小さなガラス瓶へ移し替え、集中による疲れを吐き出すように「ふぅ」と息と吐いた。
「かーんせいっと。お待たせコルちゃん。さぁさぁ、このまっずぅぅい薬みんなに飲ませちゃって」
「任せろ! 無理矢理にでも飲ませてやろう」
キラリと白い歯を輝かせたコルレオーネは、緑色の解毒薬四本を受け取ると、急ぎ部下たちの元へと向かった。
薬を飲まされた隊員たちの苦悶の声を聞きながら、フィルは散らかった周囲を見回し……「片付け面倒くさーい」と、つい愚痴が零れてしまう。
だが、使った場所を綺麗にする所までが作業である。
渋々と片付け始めたフィルの元へ、メフィストがふわふわと戻って来た。
「お疲れ、相棒」
「メフィちゃんも『蛇のしっぽ団』しばき、おつかれー。もういいの?」
「ハハッ。相棒がマジで毒消し作り始めた途端、あいつ意気消沈しやがってよ。相手が悪党とはいえ、流石の俺様も、しおしおな奴を叩く趣味はねぇからな」
「メフィちゃん、やっさしぃー」
その優しいメフィストは、片付けの手伝いに来たものの何もすることがなく、賑やかしのためにフィルの周囲をふわふわと浮ことしか出来ない。
だがその行為が、一仕事終えたフィルには嬉しいものであった。
片づけが気持ち早くなったことは、流石の優しい相棒でも気が付かなかった。
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別の入口から入った騎士団と合流した後、警ら隊遊撃班もまた彼らの調査を手伝うこととなった。
根城であるこの旧坑道を、徹底的に調べ上げるつもりらしい。
組織の規模の確認や資産の接収、そして残党の捜索……賊の主幹を捕えても、彼らのやる事は山積みである。
そもそも警ら隊ではないフィルはというと、現在コルレオーネと共に坑道の外、やや暗み始めた山の中に居た。
コルレオーネの背にも、青年が一人。
恥ずかしそうな顔でコルレオーネに担がれている彼の名は、ホップ。
ザムザに一刀を浴びせられ、毒の回りが特に酷かった青年である。
フィルの作った解毒薬のお陰で毒は抜けたものの、失われた体力までは戻っていなかった。彼には休息が必要である。
フィルは、コルレオーネが担ぐ青年を受け取り、平行に浮くメフィストに青年を腰掛けさせ、自分もその隣に座った。
浮かぶ杖メフィストの上で、フィルは青年の手を掴み、自分の胴へと誘導する。
「ほらホップさん。ちゃんと掴んで掴んで。落っこちちゃうよぉ」
「で、ですが」
「いいからギュッとしなさい、ギュッと。このフィルちゃんを抱き締められる機会なんて、滅多にないんだよぉ。ハッハッハッ、毒も喰らっとくもんですなぁ」
「うっ、す、すみません」
青年は促されるまま、力の入らぬ手でフィルを抱き締める。その結果、フィルの側面に密着する形になり、青年の顔は真っ赤になってしまった。
まぁ毒で真っ青よりはマシかと、フィルはニコリと笑う。
もしもこの場に警ら隊遊撃班の女性隊員が居たならば、ホップ青年の命はなかったであろう。だが幸いにも、この場にはコルレオーネしか居ない。
「フィル君! すまないが、ホップを頼む」
「りょーかい。隊員一名、モンタナまでご案内しまぁーす。そっちはコルちゃんに任せるねぇ」
「まぁ、任せるもなにも、俺様と相棒の用事はもう済んでんだけどな」
「ケッケッケッ」と笑うメフィストに、コルレオーネの鋭い顔が笑い崩れた。
「ハッハッハッ、メフィスト君! 私も殴り飛ばしたかったぞ! 殴り足りん!」
「あはは、コルちゃん。その熱い情熱は残党にでもぶつけてね」
「うむ! そちらも充分気を付けるのだぞ」
「はーい。じゃあ、また明日ぁ」
別れの言葉に合わせ、メフィストが高度を上げる。
コルレオーネに見送られながら木々の高さを超え、夕日に照らされたメフィスト達が南へ針路を向け、加速した。
この場から最も近い町、モンタナへ向けて。
空を飛ぶ中、青年ホップの苦々しい声が零れ落ちた。
「本当に、すみません。俺が不甲斐ないばかりに」
「何度もいいって。それにホップさんが不甲斐ないんじゃなくて、あのザムザって人が普通に強かっただけだよ。一歩間違えれば、私もサクッと斬られてただろうしね。ヨッ! ハッ! 見たか! 師匠譲りの杖術を!」
進行方向に横向きに座ったまま、そして青年に抱き着かれたまま、フィルは自身の発する掛け声に合わせ、変なポーズを取り始めた。
「メロウが教えたのは杖術っつうか、俺様を使った護身術っつうか、敵のぶん殴り方……いや、気にしても仕方ないか」
お道化るフィルと訂正を諦めたメフィストの声に、青年の顔に笑みが生まれる。
「ハハハ。フィルさんは強いなぁ。でも師匠かぁ……俺もそのメロウって人に弟子入り出来ませんかね」
「あー、無理無理。師匠ってば神出鬼没で、今どこに居るかすら分からないから。そもそも男の弟子は取らないだろうし。それにさ、私と同じこと習っても私みたいにはなれないよ」
「だぜ。相棒は相棒。てめぇはてめぇだぜ」
「そう、ですよね」
あははと愛想笑い、下方に流れる森を眺める青年。
青年と違い、進行方向を見つめるフィルの目は、穏やかであった。
「コルちゃんの訓練について行けるなら、大丈夫だと思うけどね。まぁ、強くなるには地道にコツコツやるしかないのさぁ」
「俺、いつか班長を超えて、班長を守れる男になりたいんです」
唐突に熱き声で語られた無謀なる夢に、フィルの口から『無理だと思うよ』という言葉が飛び出かけた。が、フィルはそれをグッと飲み込む。
「そ、そう。コルちゃんの為に頑張ってね」
「ハイッ――うぐっ」
「……今は体調を戻すのが先決かな。アハハ」
元気の良い返事に続き、苦し気に呻く青年。
その様子を感じ取ったフィルは、もう一度飛び出しかけた『無理だと思うよ』という言葉を強く強く飲み込み、笑って誤魔化した……青年の儚き夢を守る為に。そして強者たる友人の為に。




