3-13 双剣のザムザ
「ホップさん、ここは任せて」
「すみません」
ホップと呼ばれた青年は、地面に落ちた剣を俄かに拾うと、この場をフィルに任せ別の賊へと駆け出した。
フィルと相対する賊のリーダーザムザは、手負いの青年を追う事なく、フィルの足元からとんがり帽まで視線を昇らせ、舐める様に観察している。
「お喋り女。てめぇ警らでもねぇな……何者だ?」
「あれぇ? 濃紺のローブを纏い、とんがり帽子を被った絶世の美女……何か覚えがなぁい?」
フフンと決め顔でポーズを取るフィルに対し、ザムザは曲剣の背で肩を叩きながら呆れの視線を飛ばす。
「美人なのは認めるがよぉ。自分で絶世って言うか――って、ターゲットじゃねぇか! フィルメイル・クリスタちゃんよぉ。つーか奴ら、しくじりやがったな」
「あんなので始末出来ると思ってたなら、お笑いだねぇ。アハハハハ」
「ハッ。そうか。なら俺が直々に相手してやるよ」
その言葉を皮切りに、ザムザは悠長に話をしていた静から、素早く飛び込む動へと急速に動きを変えた。
力強い踏み込みから放たれる双曲剣の連撃が、無造作に立つフィルを襲う。
だがフィルは、特に慌てることなく連撃一つ一つに長い杖を重ね、その全てを弾き、防いだ。
自慢の速さを活かした連撃を完全に防がれ、ザムザがサッと後ろへ跳び退く。
「掠りもしねぇ。鴨がねぎ背負って来たと思ったが、違うみてぇだな」
「とーぜん」
「俺様と相棒は、お前らにお礼参りしに来たんだよ」
「チッ、余裕ぶってクソみたいな腹話術しやがって。舐めてんじゃねぇぞ」
悪態を吐きながらもザムザは、周囲をチラリと一瞥し、状況を確認していた。
部下達が次々と動かなくなっていく現状に、ザムザは焦る。
そう。警ら隊を信じるフィルには焦る理由などなく、ただ待つだけでもよいのだが、現在進行形で部下達を失い続けているザムザには時間制限があり、行動せねばならないのだ。
もし逃げるのならば、今この瞬間にでもフィルを殺し、この場を脱しなければならない。
前方で前腕を重ね、次の一撃に賭けんと集中するザムザの顔は、賊と言うには鋭く、修行僧の如く研ぎ澄まされていた。
短く息を吐き、ザムザが地を蹴る。
フィルの正面に迫ったザムザは、両手に握る曲剣の切っ先を背へ向け、まるで己を抱きしめているかのような構えを取っていた。
ザムザは溜めた力を解放するように、両腕を横へ開き、前方へ斬撃を放った。
それは守りを捨てた、攻めの秘技『連牙』
だが、フィルも呆けていた訳では無い。
フィルは、真正面のザムザへ向け、メフィストを振り下ろしていたのだ。
しかし、その一撃はザムザには届かない。
重く鈍い音が、二人の間で響き渡る。
杖を振り下ろしたフィルも、両腕を外へ広げたザムザも、互いに無傷。
振り下ろされたメフィストが打ち据えたのは、左右から迫る二本の曲剣。
ザムザの曲剣が背から中央へ寄る瞬間、手元で重なる一瞬を叩き潰し、ザムザの放った二閃を一撃にて無に帰したのだ。
並みの防御なら簡単に食い破る『連牙』が、真正面から力で叩き潰されたことにザムザは驚く――だが、まだ連牙は終わっていない。
二攻四閃。名の通りに連続する牙。
曲剣の持ち手をクルリと回したザムザが、横へ開いたままの両腕を再び閉じた。
振り下ろしたままのフィルに、再び左右より迫る剣を避ける術などない。
だが、ザムザは気付いていなかった。
フィルの口元が、ニヤリと歪んでいる事に。
再びザムザの両腕が、自分自身を抱きしめるように戻る。その時、ザムザは気付いた。目の前の女を切り裂いた筈なのに、何の手ごたえもなかったことに。
フィルは一歩も動いていない。
ただザムザの持つ曲剣が、フィルに当たらなかっただけである。
それは魔法でもなんでもない。ただの事実。
ザムザが握っているのは、綺麗に根元から折れた二本の曲剣。
今、折られ飛んでいた二つの刃が地面に突き刺さり、地を鳴らしたその音がザムザに状況を教えた。
刃が折れては、斬撃が当たらぬのは必然であると。
「嘘、だろ」
「悪いな。世界一硬い――」
メフィストが口上を述べる中、フィルは「そいっ」とコンパクトに杖を振り、無防備なザムザの横面を叩いた。
「ゲフッッ」
「――喋る杖とはこの俺様、メフィストフェレス様の事よ。って、もう聞いてねぇな、こいつ」
白目を剥いたまま地に横たわるザムザへ、メフィストが冷たく吐き捨てた。
「あはは。あんまり隙だらけだったから、やっちゃった。ごめんねメフィちゃん」
「別にいいけどな。仕返し完了だぜ」
「いえぇーい、お疲れー」と、呑気にメフィストを撫でるフィル。
それもそのはず。
今、この場に立っているのは、フィルと警ら隊遊撃班の面々、そして、まだ暴れ足りなそうに拳を打ち鳴らすコルレオーネだけであったのだから。
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蠍の尾の一団と衝突し、制圧し終えた警ら隊の面々は、その場で事後処理に勤しんでいた。
まだ息のある者達には、光魔法であるヒーリングの力を込めた魔法水、通称ポーションを拘束したまま雑に掛け、死なぬ程度の治癒が行われていた。
怪我をしたのは賊だけでなく、警ら隊遊撃班の者達もまた多少の怪我を負っていた。それが問題であった。
警ら隊遊撃班の中にも、光魔法が使える者が一人居る。
その二十後半に見える男性リックの手が淡く光り、ザムザに胴を裂かれた青年ホップの傷を癒す。
だが、傷を負った青年の顔色も、そして治癒を行う男性の表情も、芳しくない雰囲気を醸し出していた。
「どうだリック?」
「班長。恐らく毒です。キュアを試みていますが、私では進行を遅らせるだけで精一杯です」
「そうか。今はキュアを続けてくれ」
部下へ指示を出し、コルレオーネはどうしたものかとあたりを見回す。
小さな切り傷を含めて、怪我を負った部下は四名。
だが毒が使われたとなれば、その小さな切り傷が致命傷となりかねないことぐらい、コルレオーネにも分かっていた。
そして傷を負った部下全員が、少々顔色が悪い事にも気付いていた。
思案するコルレオーネの耳に、拘束されたまま地に横たわる男ザムザの不快な笑い声が届いた。
「ハァーハッハッ。俺達、女子供でも容赦しねぇ『蠍の尾』だぜ。毒ぐらい使うに決まってんだろ。ハハッ、どうやら光魔法使えんのは一人だけみてぇだな……少なくとも三人はお陀仏ってこったぁ」
嘲るザムザの声に真っ先に反応したのは、杖メフィストであった。
「おっ。まだ元気じゃねぇーか。相棒、もう一発ぶん殴っとこうぜ」
「んー。私、今忙しいから。暇なら勝手にやっちゃっていいよぉ」
「ケッケッケッ」
フィルの元からフワフワと移動し、ザムザの側までやってきたメフィスト。
「何だぁ?」と睨むザムザの顔を、メフィストは己が先端でぐりぐりと痛めつけ始めた。
「うぉ。やめっ――いてぇだろうが。くそっ。これじゃ交渉も――やめろってんだよ。何なんだこの杖。やめろ! フィルメイル・クリスタぁ! 痛っ」
「えー。私じゃないんだけどなぁ」
ザムザの怒声に気のない返事を返すフィルは、今、透明な液体が満ちたビーカーの中へ血液を一滴垂らしていた。
その血液は、警ら隊の傷口から採取したものである。
ぽちゃんと血液が落ち、透明であった液体が薄紫色へと瞬時に変化した。
「うーん、こっちも同じ毒。しかもこの毒って……嘘でしょ! こらぁ! スコーピオン・テイルゥ! お前ら何て毒使ってるんだぁ!」
毒の正体を看破したフィルは、怒りに満ちた表情を浮かべながら、メフィストにぐりぐりと嫌がらせを受けているザムザの元へと歩き始めた。
怒りで肩を揺らしながら、のしのしと。
そして、横たわるザムザの目の前に、ビーカーをコンッと置いた。
「これ、毒蛇の毒でしょ。しかも魔物である沼の毒蛇の毒」
「よく知ってんじゃねーか。もしかして同業者か? 毒が分かったんなら状況も分かってんだろ? スワンプヴァイパーの毒は、ただのキュアじゃ消えねぇ。俺達が隠し持っている解毒――むぐっ」
お喋りなザムザの口が、しゃがんだフィルの手によって塞がれた。
そのまま力を入れたフィルによって、ザムザの顔がギシギシと軋み始めた。
「そういうことじゃない。お前らスコーピオン・テイルでしょう。ならジャイアントスコーピオンの毒を使いなさいよぉぉぉ!」
「んん? んんんん!!」
何を言われているか分からぬ困惑と顔に広がる痛みで、ザムザが呻く。
だがザムザに同情出来る者達は全員拘束されており、理不尽な責め苦を受けるリーダーザムザを救う事など出来ない。
「折角私が夜なべして作ったジャイアントスコーピオンの解毒薬。どうしてくれるんだよぉこらぁぁぁぁぁ」
「んんん!」
『知るか!』とツッコミを入れようにも、ザムザの口は無情にも塞がれたままであった。
要らぬ物をポイッと捨てるかのようにザムザの口を解放したフィルは、じーと見下したままザムザへ言葉を吐き捨てた。
「決めた。お前らは今日から『蛇のしっぽ』だから。スコーピオンは没収」
「まっ、待ってくれ。せめて『毒蛇の牙』あたりで――」
「あらあら、メフィちゃん。蛇のしっぽ団のリーダーが何か仰ってますわよ」
「蛇のしっぽ団もこうなったら終わりだな、相棒」
「団を付けるなぁ! ちくしょぉぉぉ」
それは、蠍の尾を今まで率いてきたザムザにとって耐え難き屈辱であった。
別に受け入れる必要もないのに『蛇のしっぽ団』を受け入れ、叫ぶザムザに、コルレオーネは冷めた視線を飛ばす。
鋭い目から伸びる冷たい視線に頭が冷えたのか、ザムザは毒に冒された警ら隊四人の現状を思い出し、突然笑い出した。
急激な態度の変化に、フィルは若干引き気味である。
「どれだけ俺を虚仮にしても、なーんも状況は変わんねぇよ。てめぇの所為で、解毒薬の値段がちぃーとばかし高くなっちまったけどなぁ」
「あー、それ。別にいらないから」
「あっ? 虚勢張んのも――」
「自分で作るから。見習いとは言え、魔女を舐めちゃぁいけないよ」
そう言ってフィルは、ザムザへ小粋にデコピン一つ決めると、もう用済みとばかりにすっと立ち上がった。




