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流星の魔女  作者: ごこち 一
第三話「蠍の尾と小さな悪意」

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33/42

3-11 蠍の尾の住処へ


 フィルとアイヴィがシュークリームで友好を深め、フィルとコルレオーネが練兵場で暴力の限りを尽くした次の日。


 アイヴィ・アルケインことアイリス・ブラッドは、魔法都市『ヴァルミオン』にある狩人ギルドへと、早朝から足を運んでいた。


 洒落た洋装をなめし革で補強した仕事着を着ているのだが、依頼掲示板を眺めるアイリスの表情は渋かった。

 今日も仕事着を着た意味はなさそうである。


「ないわね……」


 独りで受けられそうな依頼が見つからず、落胆と共にアイリスはギルドの受付へと向かう。

 早朝の忙しい時間ゆえ、依頼受諾の為の受付は六人ほどの待機列が出来ていた。だがその横にも別の受付があり、そこに人の列はない。


 そこは、狩人ギルドに所属するギルド員用の相談窓口。

 アイリスの用事はそちらである。


 とぼとぼと窓口へ向かうアイリスを、カウンターの奥で落ち着いた雰囲気の女性が待っていた。


「おはようございます、アイリスさん……いえ、アイヴィさんでしたっけ?」

「どちらでも構いません。あの、私が出したメンバー募集に申し込みってありましたか?」

「残念ながら」

「なら、どこか募集かけてるパーティは――」

「残念ながら」


 書類一つ確認することなく、受付嬢が二度首を横に振る。

 思った以上に厳しい状況であると理解したアイリスの肩が、がっくりと落ちた。


 そんなアイリスを見る受付嬢の表情には、慈愛が満ちていた。 


「そんなに落ち込まないで下さい。これはアイリスさんの所為(せい)ではなく、うちのギルド員達にアイリスさんと組む度胸がないだけですから。このヘタレ(ども)め」


 笑顔で吐かれた毒に、隣に列を作る強面の男達がビクッと反応する。

 だが受付嬢は男達を一瞥(いちべつ)するだけにとどめ、すぐにアイリスへと視線を戻した。


「アイリスさん。ここ狩人ギルド・ヴァルミオン支部では、王都にある本部と違って、他のギルドとの掛け持ちも許可されていますよ」

「それは知っています。けどそれだと……」


「ええ。獣狩りや魔物討伐以外の仕事も受ける事になるかもしれませんね。そこは所属するギルド次第ですが」

「ですよね……考えてみます」


 アイリスは、内に秘めたもやもやを飲み込み、善処を示した。

 それを見る受付嬢の視線は優しい。


「職員の私が言うのもなんですが、ここにこだわる必要なんてありませんよ。狩人だけでギルドを作り、ここの仕事を受けている人達もいるくらいですから。興味があれば、他のギルドもこちらで紹介致します」

「そのぉ……助かります」


 はにかみ頬を()くアイリスに、受付嬢の顔が更に柔らかく緩む。

 その緩む表情とは違い、受付嬢の頭は高速回転していた。


 彼女の頭の中には、現在狩人ギルドが受け持っている依頼の全てが入っており、現在、アイリスが受けられそうな依頼を検索中である。

 そして一つの依頼が、彼女の脳内検索にヒットした。


「アイリスさん、今って仕事もないですし――「うっ」――仲間もいないですし――「うぐぅ!」――お暇ですよね」

「……はい」


 急に飛んで来た言葉の槍に、アイリスは己のスレンダーな胸元を押さえ、(もだ)えてしまう。

 絞り出た肯定の言葉に、受付嬢がニコリと微笑(ほほえ)む。


「そんなアイリスさんに、紹介出来るお仕事が一つ」

「あるんですか!」

「ええ。少々お待ちを……こちらです」


 受付嬢はカウンターの下から一枚の紙を取り出し、食い付くアイリスへと差し出した。

 受け取るや否や、アイリスは食い入るように目を通し始めた。


 依頼の内容は、モンタナの町で起こった家畜襲撃事件の調査。

 残された痕跡から、既に犯人は人型の狼ワーウルフであると判明していた。なのだが、そのワーウルフが何処(どこ)から現れ、何処へ消えるのか誰も見た事がないのだという。


 他の狩人ギルドが調査しても結果は変わらず、討伐対象は所在不明。

 依頼達成不可な案件となっていた。

 ギルド調査後も家畜が襲われ消える事件が続いたのだが、ついに人への被害が出てしまい、ようやく大々的な調査が行われる事となった。


 要するに、その調査隊への参加要請。それが紙に書かれた内容であった。


「調査隊と一緒に移動するからモンタナまで馬車か……片道三日かな。そこから調査と討伐に三日。全部で九日。依頼料は……ちょっと安い。けどまぁ悪くない。それと討伐成功で追加報酬と……」


 そう呟きながら最後まで目を通したアイリスは考える。受けるべきか否かを。

 アイリスは、この事件が依頼達成不可だと認定された事が気になっていた。


 魔物を狩る。

 そういう意味では、無駄足になるかもしれない依頼。 


 だが、仕事がない今のアイリスにとって、これは天からの――いや、受付嬢からの救いの手であることに違いなく、条件もそう悪くない仕事であった。


「この仕事、受けます。詳しい資料ってありますか?」

「はい。今、用意しますね」

「はい。ありがとうございます」


 礼儀正しく頭を下げるアイリスを見て、受付嬢は疑問を抱いた……目の前の少女は、本当にあのブラッド伯爵の娘なのだろうか? と。

 そこに侮蔑の意味はなく、ただただ好意的な疑問であった。


~~~~


 日は過ぎ、今日はもう、フィルがコルレオーネから受けた仕事の日。


 フィルとコルレオーネは、魔都から北へ超高速でひとっ飛びし、山の中へと降り立った。そこには、山の中を進む騎士団の一隊と警ら隊の人々が居た。


 金属鎧を身につける騎士団は、控えめに見ても山の行軍には向かなそうな格好である。

 それに比べれば、警ら隊の制服など山歩きに適した(よそお)いであろう。


 騎士団三十名と警ら隊十名。そしてコルレオーネとフィル。

 四十二名がぞろぞろと山の奥へと進み、目的地である蠍の尾(スコーピオン・テイル)の根城へと向かう。


 何故(なにゆえ)か行軍について来る濃紺ローブにとんがり帽子の女性に対し、騎士団の面々から伸びる視線は、酷く(いぶか)し気なものであった。

 だが、コルレオーネの「構わん!」という鶴の一言によりフィルの同行は許された。許されてしまったのだ。


 この場で最も偉そうな騎士が「コルレオーネ様がそう仰るのでしたら」と(うやうや)しく言うのを見て、我が友ながら家柄って怖いなぁと思うフィルであった。


 進む彼らの統率は高く、歩む速度も速い。

 およそ二時間ほどの行軍の末、彼らは目的地へと辿り着いた。


 一団の前にあるのは、先の見えぬ洞窟。暗闇に包まれた中をよく見れば、横穴の内側から木々で補強されているのが分かるだろう。

 そこは昔、自然の中で生まれた純度の高い魔鉱石が産出されていた場所であり、小さな坑道の様な場所であった。


 放棄されて久しいことは、周囲の生い茂る木々を見れば明らかである。


「では我々はこちらを。コルレオーネ様はもう一つの入口へ」

「任せろ!」

「幾人かそちらへ――」

「不要だ。ボルグ殿、心遣い感謝する」

「ハッ。ではコルレオーネ様、御武運を。お前達、行くぞ」


 隊長ボルグの命令に、気迫ある二十九の声が返る。そして、腰につけた灯りを点灯させた二十五名の騎士達が列をなして坑道の中へと消えていった。

 入口に残る五名とも別れ、コルレオーネ達警ら隊遊撃班は、魔都にて捕縛した構成員から聞き出したもう一つの入口へと向かう。


 その道中、(しばら)くは警戒も兼ねて黙って歩いていたのだが、先頭を歩くフィルが、ふと隣のコルレオーネへ声を掛けた。


「いやぁコルちゃんや。末端とはいえ魔都で四人確保出来たのは幸いでしたなぁ。襲われ甲斐(がい)もあるってもんですよ」

「ああ! 一人たりとも逃しはしない。奴らには君や私に関わった事を存分に後悔させてやろう」

「だな、コル。見つけ次第しばき倒してやるぜ」


 フィルの右手に握られながら、メフィストが物騒な意気込みを告げる。

 それに触発されてか、後ろを歩く警ら隊遊撃班の皆から声が上がった。


「俺達も忘れて貰っちゃ困りますぜ、班長」

「うちの管轄で悪さしたんだ。タダじゃおかねぇよ」

「国の命令なんて関係ないね。フィルちゃんの敵は俺達の敵だ」

「おうよおうよ」

「私のフィルさんに手を出すなんて……慈悲なんて要らないわ」


 一人様子の可笑(おか)しい女性がいる以外、全員の士気は高かった。

 フィルは歩き続けながら、そんな警ら隊遊撃班へ器用に振り返った。


「みんな、ありがと。チュッ」


 フィルがお道化(どけ)て投げたキスを、男達は叩き落とすように顔の前で手を払う。


「そういうの、要らねぇ」

「俺、班長一筋なんで」

「フィルちゃんは、こう、なんか違うんだよなぁ……」


「ウッ!」と一人様子の可笑しい女性以外、皆一様に拒絶の言葉に(うなず)いている。

 そんなつれない男達の様子に、フィルが「フンッ」と前へ向き直ってしまった。


「まぁ俺様も要らねぇしなぁ」

「なんだいメフィちゃんまで。これじゃキス損だよキス損」

「ハッハッハッ! 私も要らん!」

「ちくしょぉぉぉぉ――おっと、到着っと」


 急激にも思える切り替えの速さをみせるフィル。

 だが、警ら隊遊撃班の者達からすれば、それは驚き一つない日常であった。

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